第23話 はじめての場所
リハーサルでも思ったけど、この会場が埋まる程の人が集まるなんて…………想像もつかない。
五万人以上の人が、私たちの曲を聴きに来てくれるなんて…………規模が違いすぎて、震えるくらいに鳴ってるの。
三月二十八日、午後六時開演の会場は超満員となっていた。
照明が暗くなり、一際大きな歓声が上がる。
「こんばんはーー! 記念すべき東京ドーム初ライブにお越し頂き、ありがとうございます!」
圭介の挨拶から、明るくノリのいい曲が会場に流れていく。
この日の為にイヤモニも耳に馴染んできたし、大丈夫!
聴いて、これが私たちの音楽!!
奏はいつも通りマイクを握り、声を出した。
その姿は、初めて彼女の歌を聴いた日の事を和也に想い起こさせた。
あぁー、やばい…………抱きしめたい。
こんな風に歌えるのは、奏しかいないよな。
和也は彼女というだけでなく、奏自身の音楽性を誰よりもかっていた。
熱い視線に気づき、ファーストインパクトを想い起こすメンバーに対し、彼女が気づく気配はない。
ーーーーーーーーはじめて聴いた日から…………ずっと……鳴り続けてるんだ……
視線が交わり、笑顔を向けられ胸が高鳴る。ステージ上にいるとは思えないやり取りだが、ある意味ではいつも通りである。
それは、まるで音で会話をしているような瞬間だった。
「ーーーー凄い……」
「これが、生の音なのね……」
創の隣では、父と母が自分の娘を別人のように感じていた。
彼らの音に乗せ、ステージがダンスフロアのように反応し、照明が動いていく。目新しくなくなったとはいえ、プロジェクションマッピングが駆使された演出だ。
彼女の家族だけでなく、他のメンバーの家族も同じような反応を示す。
はじめて実際に見る姿に泣きそうになっていたのは、彼女の母だけではない。キラキラと瞬く光が、まるで本当の流れ星のような映像を創り出していた。
「綺麗ね……」
「あぁー、星が瞬いてるみたいだな……」
観客の呟いた声がステージまで届く事はないが、瞳に映る観客の動きで演出は成功だという確信だけはあった。
会場の演出が変わる度に、観客も音に乗るように体を動かし、リズムを刻んでいた。
数日前まで、姉が多忙な日々を過ごしてきた事を知る創は、全てこの日の為に努力し続けてきたんだと、実感していた。
会場を包み込むような音色に、実際に体感する世界に、観客が惹かれている。
そう、彼の心にも響いていた。試合直前にも励まされていたように。
ドラムに乗せてメンバー紹介が行われていく。コーラスやヴァイオリン等、ステージ上にいるメンバー全員だ。
衣装を着替えたメンバーがステージに現れる度、一際大きな歓声が上がる。最初に登場した圭介がメンバー紹介をする度に、音が一つ、また一つと重なっていく。
「そして、ボーカルのhana!」
圭介の声を合図に曲が流れ、奏のテンションも上がる。
ーーーー楽しい!!
keiがいて、akiがいて、hiroがいて……miyaが在る。
そして、私たちの為に動いてくれるスタッフが大勢いて……
音が重なっていく度、胸がドキドキと鳴って、高揚してるのがはっきりと分かる。
みんなの音に乗せて歌う度、実感するの。
私……憧れてたステージに立ってるんだって…………今が、現実になったんだって…………
メンバー紹介の後もMCを挟む事はなく、幻想的なステージが流れていく。彼らが創り上げた世界観は、観客を惹きつける為の緻密な計算がなされていたが、それを少しも感じさせる事のない充分な手腕であったといえるだろう。
ステージを去っても、熱狂に近いアンコールの声が響き渡っていた。
「はい、水分摂ってー」
「ありがとうございます」
スタッフからペットボトルを受け取り、舞台袖で喉を潤すと、用意されたTシャツに手早く着替え、ステージに戻っていく。
「えっ?!」 「本物?!」
「若っ!!」 「美男美女じゃん!!」
「あの子が歌ってたんだ!」 「めっちゃ、かっこいい!」
スクリーンにはっきりと素顔が映し出される。
初めての顔出しにまた一際大きな歓声が上がり、その熱は冷めそうにない。
「ーーーーそれでは……アンコールにお応えして、もう少しお付き合い下さい」
五人は視線を通わせ、"夢見草"を奏でる。
ちょうど……桜が咲いている今の時期に似合う曲。
和也に、一番に聴いてもらいたくて……弾き語りをしたっけ…………
私には、はじめての事ばかりだったけど……みんなが居たから出来た曲。
思えば、スギさんと出逢った時にも弾いてた…………ある意味、私の……hanaのはじめての曲。
当たり前のようにピアノを弾き語りする技量に、観客のほとんどが衝撃を受けた筈だ。澄んだ声が涙を誘いながらも、思わず口ずさむ。
世間に浸透した一曲は、卒業シーズンになると毎年のように誰もが耳にするだろう。今年も流れていたように。
最後には締めで鉄板の"バイバイ"を披露して、初日のライブが終わりを告げる。
water(s)が去った後もステージに向けて、惜しまない拍手と歓声が鳴り響いていた。
ーーーーーーーー夢みたい…………二百万枚って言われても正直……想像がつかなかったけど、ここにいる人たちで五万人…………この人たちが、全員CDを買ってくれているとしたら…………すごい数だよね。
それは、言葉にならないくらい…………
「お疲れさま」
笑顔で出迎えた杉本に揃って抱きつく。
「スギさん! ありがとう!!」
「スギさん、ありがとう!」
「ありがとうございましたー!」
「ありがとうございます!」
「スギさん、ありがとうございます!」
次々と出てくる言葉に、涙ぐみそうになる彼には感謝しかない。それがメンバー共通の想いでもあった。
スギさんがあの場所に来てくれなかったら、あの日……和也と楽器店に行っていなかったら…………もしかしたら……なんて、そんなこと言ってもしょうがないけど……出逢えていなかったら、まだ夢のまま……時だけが、過ぎていってたのかもしれない。
今、この瞬間にも曲が出来るの。
音が溢れてくる……止まらないくらいに…………今の私にしか描けない曲があるの。
彼らは同じ気持ちを抱えていた。新たな体験をする度に、音楽に反映されていくのだ。
「皆ーー、撮るよーー」
ライブ終了直後にも関わらず、疲れた色を見せない。直後という事もあり、彼らのテンションは高めだ。SNS用だからと身構えたりはせず、自然体のまま収まる。
マネージャーの仕事を全うしている彼の姿に、明日もまた笑えるように……と、願う五人がいた。
彼らの願い通りというよりも、今までの努力が報われた瞬間だった。
東京ドーム2days公演は大盛況で幕を下ろした。
プロデューサーの佐々木も客席から見守っていた。
彼らの創り上げた空間に、その音色に、魅了されていたのだろう。誰もいないステージに熱い視線を向ける。
周囲の歓声を聞きながら、ただ眺めていた。
「ーーーーーーーー久しぶりだな……」
想像を遥かに超えるライブの出来に思わず漏らす。
鳴り止まない拍手と歓声が、彼らの音楽性を支持する者が多い何よりの証拠でもあった。
「もう一度、登壇だってさ」
「……うん」
ステージに姿を現した五人に、一際大きな拍手と歓声が送られる。
彼女の右手は和也を、左手は圭介の手を握っていた。手を繋いで揃って一礼すれば、割れんばかりの拍手が響く。
三度目の登壇になるが、最大限の賛辞が送られ続けていた。
ーーーーーーーーもう終っちゃったんだ…………
もっと……ずっと、歌っていられたらいいのに…………
会場に閉演のアナウンスが流れる頃、バックステージで五人は抱き合っていた。
本当に……幸せな二日間だった…………
でも、もう一度…………もう歌いたくて、仕方がなくなっているの。
ライブを終えたばかりだけど、みんなも同じ気持ちみたい。
まだ足りないの…………もっと……もっと、多くの人に届けたくて…………届いてほしいと、どうしようもなく願ってしまうから…………
誰一人として現状に満足していなかった。叶えたい夢は、まだあったからだ。
「……目指せ、ワールドツアーだな!」
「さすがmiya!」
「だなーー!」
「必ず演るだろ?」
「うん!」
再び重ね合わせた右手を掲げ、ハイタッチを交わす。
それは単なる高揚感からくるものではなく、明確な目標が新たに定まった瞬間でもあった。




