第21話 ギフト
water(s)は、その年のレコード大賞新人賞に加え、紅白歌合戦、年末年始のカウントダウンの歌番組等、十二月頭から年明けにかけて、音楽番組の出演依頼が山ほど来ていた。
「スギー……顔出しはしないだろ? 中継で生演奏のオファーは、どうするつもりだ?」
長いテーブルに突っ伏しながら書類に目を向ける彼もまた、多忙な日々を過ごす一人だ。
「佐々木さん、そうですね……録画が妥当ですかね。顔を抜かれたら意味がないので……」
「そうか…………とりあえず、あと一年近くだったな?」
「はい。予定よりも早かったですが、hanaの高校卒業を待って解禁になります」
「ーーーー楽しみだな。彼らの姿まで見れるのは……」
佐々木の期待に満ちた瞳に、杉本も微笑む。
デビューした直後から数々の偉業を作ったwater(s)は、最速で音楽業界の中心にいた。
CMやドラマ、アニメや映画の主題歌と、幅広く依頼があり、その音色には定評があった。一流のプロが唸るような名曲揃いであると。
耳にしない日がないと言っても過言ではない程に浸透した事は、マネージャーとして誇りに思う反面、描いても描いても溢れ出る彼らの音源は一体どこにあるのだろうと、不思議でもあった。彼自身も音楽経験がある為、余計にそう感じずにはいられなかったのだろう。
杉本はオフィスを出ると、迎えの車を走らせた。その際も、デビュー1周年にライブが出来たらと考えを巡らせていた。彼にとってもwater(s)と関わった一年は、特別なモノであった。
いつもの場所に着くと、珍しく五人が揃っていた。車に乗り込んでからも続く話は、クリスマスソングについてだ。
「色っぽい……大翔のサクソフォンとか?」
「いいかもなー。後はジャズっぽい感じで、みんなの専攻の楽器は?」
奏に続いて提案する和也に、メンバーからも納得が得られると、更に曲調を進めていく。時折音楽用語が出てくる為、杉本でさえも分からないものがあったが、いつも楽しそうに議論していた。
これがあるからこそ、CDの売れない時代にミリオンヒットを連発したのかもしれない。
スタジオに着くと、先程話していた通り、ヴァイオリン、チェロ、サクソフォンに、ピアノが主体で合わせていくが、弦楽器が一人ずつでは歌に対して音量が足りなかったのだろう。ディスカッションの結果を圭介が告げた。
「スギさん、生演奏になる場合は、ヴァイオリンを三人と、ビオラを二人、追加って出来ますか?」
「勿論、出来るよ。他には?」
「そしたら、チェロもいた方がいいかもなー。俺がドラムの方がいいだろ?」
「そっか…………akiがドラムの方が曲が締まるよね」
「了解したよ。皆、テレビ出演に意外と前向きで助かったよ」
「それはスギさんのおかげですから、顔出ししないでOKなら、何でも出ますよ?」
「そうか……」
和也の何気ない言葉に、彼らの表情に、諦めずにいて良かったと改めて感じる杉本にとっても、彼らは夢を叶える体現者であった。
「……ライブ、楽しみだね」
「あぁー」
新曲のアレンジとライブの準備は並行して進んでいた。飲み物を口にしながら、奏の頬が思わず緩む。
またseasonsで、歌えるんだよね……
「hanaーー、もう一回試すぞ?」
「うん!」
追われる事なく並行して作業は進んでいく。
数時間で仕上げる驚異的な速さに、また感嘆せざるを得ない。それは杉本に限った事ではなく、彼らに関わる人達の総意でもあった。
周囲の反応をよそに、奏は目の前の音と向き合っていく。耳馴染みのいい音色に自然と口角が上がっていた。
こうして仕上がったクリスマスソング"雪降る街に"は、十二月になるとイルミネーションで彩られる街並みに、花を添える曲となる。
それは予感ではなく確信であった。街中から流れるイメージが浮かぶ杉本に対し、本人達は冷静に現状を見極めているようだった。
「はぁーーーー…………」
溜め息ではなく、深く息を吐き出す。何度も繰り返しているが、奏の気持ちが落ち着く気配はない。
手を握られ、顔を上げれば、高揚感を滲ませた和也が目に入る。見渡せば、四人とも同じような表情だ。
待ち遠しかった…………みんな、そんな風に思っているみたい。
そう、seasonsでライブが出来るのは、デビュー以来だから楽しみで…………
重ねた手を掲げ、声を出す。
早まる心音を自覚しながら平常心を保つ。正確には、保っているように観客には映った。
「こんばんはーー! water(s)です! 本日はクリスマスライブに来て下さってありがとうございます!」
いつものようにテンションを上げてkeiが挨拶すると、seasonsでのクリスマスライブが始まった。
今回は以前とは違って、CDを買ってくれた綾ちゃん達を招待してるから、少しでも楽しんでくれるといいな……届いてくれていたなら…………
通常はワンドリンク制の会場だが、今回は八十名限定のチケット制のライブだ。
ステージ中央で歌うhanaは、教室で毎日のように顔を合わせる彼女とは違う。基本動作は変わらないが、歌う時は堂々としていて伸びやかさを感じるクラスメイトがいた。
「はぁーー、water(s)かっこいいね」
「ねぇー……hanaは楽しそうに歌うよね」
「そうだな……」
真紀に綾子、佐藤に酒井と奏はクラスメイトの四人を招待していたが、彼だけはただステージを見上げていた。
「ーーーー酒井、どうかしたか?」
「いや……こんな風に弾けたらなって、思ってさ……」
酒井はデビューライブも一人で見に行く程のファンだ。間近で見られる距離感に感動もひとしおなのだろう。
「…………凄いな」
「うん……」
音楽高等学校に通うだけあって一般の人よりも耳が良く、反響の悪さにも気づいていたが、それ以上は言葉にならない。
音響が良いとは言えず、会場もそこまで広くない事もあるのか、誰もイヤーモニターをつけていない。自分達の耳で音を聴き分け演奏している。その凄さに気づけたのも、彼らも音楽が好きであり学んでいるからだろう。
奏者にスポットライトを当てない演出にも関わらず、会場のボルテージは高い。一緒になって歌う姿も見受けられ、手拍子が弾む。
ーーーーーーーークリスマスライブが出来るなんて……去年の今頃からは、考えられない。
私たちの音が……スクリーンから、テレビから流れる度、何処か……夢見心地のままで…………
デビュー前を想い浮かべながら、今ここに立てている事に、聴いてくれるファンがいる事に、心から感謝していた。
「ーーーー凄かったね」
「うん……」「そうだな……」
揃って会場を後にする中、口数が少ない。教室で騒ぐような雰囲気はなく、圧倒的な差を感じずにはいられなかったのだろう。沈黙が流れる。
形は違っても、音楽に関係のある職に就きたい事に変わりはないのだ。
「…………頑張るしかないか」
「だね!」
いつもの調子で口にした酒井に、綾子も大きく頷く。
努力すれば必ず実を結ぶと約束されたものではないが、立ち止まっては一生叶う事のない道だ。これから目指すべき場所にすでに進む姿は、羨ましくもあるが勇気づけられてもいた。
頭上から流れる音色が想いを加速させる。それは同級生であり、hanaから発せられるwater(s)の音色であった。
アンコールにも応え、二時間近くあったライブが終わると、スタッフも交え、打ち上げが行われていた。今回は圭介も明宏も大翔もお酒の飲める年になった為、未成年組を除きアルコールで乾杯している。
「スギさん、お疲れさまです。これは、私たちから……」
奏から綺麗にラッピングされた包みを受け取ると、中には深緑色の万年筆とスケジュール帳が入っていた。
「ありがとう……」
「メリークリスマス!」
『メリークリスマス!!』
声を合図に、悪戯顔をした四人がクラッカーを鳴らす。
笑い声で溢れる中、彼らは用意していたクリスマスプレゼントをスタッフ一人、一人に手渡していく。茶色の小さな箱にはチョコレートが入っていた。
その様子を見ていた杉本は、スタッフに志願したくなる子が増える筈だと感じずにはいられなかったようだ。
全員に配り終わると、seasonsのオーナーである春江には、大きな花束とサイン入りのCDを手渡した。
「ーーーー皆、ありがとう……」
喜んで涙目になる彼女に、微笑んで応える。
「いつも、ありがとうございます」
「また、お願いします!」
ライブ直後の高揚感を滲ませる姿に、遠い記憶が蘇る。
『いつか…………此処から、プロになる子が出るかもしれないだろ?』
そうかつて彼女に言った者はもう居ないが、彼らが春江の夢の第一号だったのは確かだ。信じ続けていた願いが、ようやく叶った瞬間でもあった。
「ーーーーwater(s)……か…………」
「オーナー、どうされましたか?」
「いえ……此処も賑やかになったわね」
「そうですね……」
視線を向けると、アルコールの飲めない和也と奏は、変わらずに春江お手製のレモネードで乾杯を繰り返していた。
不意に気づいたのだろう。和也が奏の耳元に唇を寄せると、二人は春江に向けて微笑む。
夢を体現する彼らに笑みを返し、懐かしい味に振り返っていた。
「hanaーー、歌ってーー」
「ちょっ、hiro? 酔ってる?!」
「んーー、大丈夫」
「hiro、近すぎ」
肩を組んできた大翔の手を剥がすと、和也が自分の方に引き寄せる。
「miya?」
「ーーーー歌うのは、俺も賛成」
「えっ!?」「だろーー!!」
正反対の反応だが、肩を抱かれたまま促され、追い討ちをかけるように大翔がマイクを手渡す。
「ーーーーっ、みんなもだよ?」
「分かってるって」
「あぁー」
ライブの疲れを感じさせる事はなく、五人の音が重なる。それはイルミネーションに染まる街を彩っていた曲だ。
「……素敵な……クリスマスプレゼントね」
「はい……そうですね…………」
春江の呟きに応えた杉本だけでなく、会場にいた誰もが彼らに耳を傾けていた。
視線を通わせ、楽しそうに声を出す。
幸せなひと時を過ごす中、重なり合う音色に募っていく想いが確かにあった。




