第18話 流れ星
奏はクラスメイトと分かれると、練習室に急いでいた。
出来たばかりの歌詞を……和也に、一番に見て貰いたい。
早く聴いてほしくて、仕方ないの…………
重い扉を勢いよく開けると、彼はギターケースから楽器を出そうとしている所だが、奏はその勢いのまま抱きついた。
「ーーーーっ、奏……」
「和也! 出来た!!」
自分の腕の中で、瞳を輝かせる彼女の頭を撫でると、平静を装ったまま出来たばかりの歌詞に視線を落とす。
「…………ギターと合わせてみる?」
「うん!」
奏がピアノの椅子に腰掛け楽譜を持つと、和也の音色に合わせ歌っていく。それは、彼が想い描いた以上の出来だ。
ーーーー和也のギターが……私に合わせてくれてるのが分かる。
ずっと……こうしていられたらいいのに…………
そう思ってしまうくらい……和也と、みんなの音に合わせて歌うのは楽しくて…………時間が経つのが、あっという間に感じるの。
「…………出来た……」
「やったな!」
歌詞と曲が二人の想い描いたものに、仕上がっていた。
抱き合って完成を喜んでいたが、急に我に返ったのか、頬が染まる。
そんな彼女の頬に触れ、唇を重ねた。
「ん……」
思わず声を漏らす唇を濡らすように奪っていく。奏は足の力が抜け、彼にもたれかかっていた。
「ーーーー大丈夫?」
「…………うん」
「……学校だったな…………」
そう、学校! こんな所、誰かに見られたら?!
半ばテンパり気味になった奏の頭を優しく撫でると、長い髪にキスをおとした。
「…………学祭成功したら、奏をちょうだい」
熱を帯びたような瞳で見つめられ、真っ赤に染めながらも、頷いて応える。奏にも、その言葉の意味は分かっていた。
和也は嬉しそうな、一瞬安堵したような表情を浮かべ、また唇が寄せられると、名残惜しそうに離れていった。
ーーーーーーーー愛しい…………思わず力が抜けて、恥ずかしくなって、手を離したけど……触れたい…………
ずっと、一緒にいられたらって……思ったりしてる自分に気づかされる。
そう感じながら後ろ姿を静かに見つめていると、いつもの声で和也が振り返った。
「奏、いつもの喫茶店に集合だって」
「うん!」
いつも通り応えると、彼の隣を並んで歩いていった。
喫茶店に着くと、彼らが先に文化祭について話を進めていた。
「文化祭は大学の講堂だけど、セットはどうする?」
「 グランドピアノ、ギター、ベース、ドラムとキーボードじゃないか?」
「あぁー、そうだな。"夢見草"は、やっぱピアノの方がいいからなー」
「演出は? 今回は通常のライトのままでいいか?」
「いいんじゃないか? 学祭っぽくて、今回は有料チケットじゃないし」
「こだわりすぎるとスギさんが困るしな」
「確かに。いつも圭介がMC的なのやってくれてるけど、今回は和也たちに任せるとか?」
「面白そうじゃん! 周りの反応も楽しみだよなー」
大学生の三人は、必要な事をiPadにメモをしながら、思い思いの意見を出し合っている。彼らの付き合いは四年目になる為、息が合っていると言えるだろう。
空になった飲み物を注文しようと圭介が席を立ち、後から来た二人に気づいた。
「和也、奏、お疲れさま」
「お疲れー」「お疲さまー、話し合ってたの?」
「概ねだけどな。後は二人の意見も入れて、要検討って所だな」
iPadのメモを元に二人も意見を述べていく。water(s)内で年の差は関係ない。
最初は自分の意見を主張するのは、難しかったけど…………今では、ちゃんと伝えられるようになったと思う。
こうやって意見交換というか……みんなで一つのモノを創り上げる時間って、大変な事もあるけど、楽しみでもあるんだよね。
何が起こるかワクワクしてきて……予感みたいなものを感じるの…………
「じゃあ、これでスギさんに連絡しとくな」
まとめ役の圭介がメールの作成を終えると、和也が先ほど仕上がったばかりの曲を発表した。
「作詞が奏で、曲は俺が作りましたー! またアレンジは、みんなでよろしく」
彼がコピーしてきた楽譜を渡すと、三人とも真剣に目を通していく。
無言の時間が五分程流れると、曲の総評になるのだ。
奏は内心緊張していた。いつまで経っても、この瞬間には慣れないのである。
ーーーーーーーー私が、いくら良いと思っていても…………大衆の心に残らなければ、生き残れない。
みんなが納得するものでないと、誰の耳にも届かない。
それが…………今の私たちのいる世界。
厳しい声もあるけど、音で溢れるような……
「うん……奏、歌詞書くの早くなったな」
「あぁー、良いんじゃないか?」
「うん……いいな……」
大翔に続き、明宏に圭介と、三人の同意を得られ、また手を取り合い喜ぶ。
「……これは、キーボードいれたいんだろ?」
「さすが圭介!」
「だよなー、あとギターのリフがお気に入りか?」
「そんな事まで分かるの?」
「あぁー」
「そこは長い付き合いだからな。それに、奏だって分かってるだろ?」
「えっ?」
驚いた様子に、顔を見合わせて微笑む。
「だって、俺達の癖も分かってるし。この曲の特徴も、どうせ一発で分かったんだろ?」
戸惑う奏の代わりに応えたのは和也だ。
「うん、即答だったな」
「やっぱなー」
「本当、センスあるよな」
「負けてらんないな」
「いや、和也はいいから」
「どういう意味だよ?!」
目の前で繰り広げられる会話に、笑みが溢れる。
「ーーーーありがとう、頑張るね」
そう応えた彼女に、微妙に伝わっていないと悟る。
修正が不要な程の歌詞を見せられ、劣等感を抱かない筈がない。それはメンバーの専攻楽器からしても明らかだ。
「うん……じゃあ奏、歌ってみてくれるだろ?」
「う、うん……」
和也の無理難題は今に始まった事ではない。この一年で彼女自身も身に染みていた。
深く息を吐き出し、ギターに合わせ声を出す。澄んだ高音を低音と変わらない表情で歌う姿に、鳥肌が立つ。
アップテンポな曲調も、高低差の激しい音域も、技術的な部分を一切感じさせない技量だ。初めて聴いた時の衝撃は、今も続いていた。進化しなければ追いつかないと感じたのは、彼らの方だったのかもしれない。
「ーーーーうん……奏だけだ…………」
店内の客は彼らを除いて常連客の一人だけだ。カウンターにも、はっきりと歌声が届いていた。
「上手いねー……」
「ええー、いい声してますよね」
「今の曲は分からないけど、あの子の歌はいいねー」
何処か懐かしむような表情を浮かべ、聴き入っていた。
ギターに乗せて歌う奏は楽しそうだ。ここが喫茶店だという事は、歌っているうちに頭から抜け落ちていた。
ただ彼の作った曲を聴いてほしい一心で歌っていたのだ。
送られる拍手に頬を緩めると同時に、カウンターから聞こえてきた拍手に赤らめた。
『ご清聴ありがとうございました!』
揃って伝えるメンバーに対し、奏はぺこりと一礼をして返す。想いは声にならず、態度で示すだけで精一杯である。
「ーーーーまた、楽しみにしていますね」
顔を上げれば、穏やかな顔をした男性が目に入る。
『ありがとうございます!!』
今度は奏も揃って声を出した。常連客のBGMになるような音色になったようだ。
ーーーーーーーー嬉しい…………water(s)の音楽が、認められた気がした……
「よかったな……」
「うん!」
嬉しそうな笑顔に、和也も釣られる。ここが二人きりの練習室だったなら、抱きしめられていた事だろう。優しく触れる頭に、奏は柔らかな笑みを浮かべた。
「明日は一足早いけど、ホール借りてるからな?」
「やった! 本番みたく演奏できるってこと?!」
「あぁー」
「気合が入るよなー」
「わーい! 楽しみだね!」
「そうだな」
明日を待ち遠しく感じる。それは彼ら共通の想いでもあり、デビュー曲にかけた想いでもあった。
昨日、圭介が言っていた通り……私たちの為に、多くのスタッフが動いてくれてる。
会場を借りられるのは、今日一日と本番前日の四十分の二回だけ。
実質、本番前の長時間利用は今日だけで…………
押し寄せてくる緊張感は隠せない。いつものメンバーだと分かってはいても、気持ちがすぐに切り替えられる程、奏はライブ慣れしていないのだ。
「緊張するよな」
「ーーーーうん……」
隣に並んだ和也に小さく頷く。そう言った彼自身は緊張感とは無縁のようだ。今も嬉しそうな笑みを浮かべている。
「……俺は楽しみの方が強いな。実感が湧いてくるだろ?」
「…………うん……」
瞼の裏に浮かぶのは、初めてwater(s)の生音を聴いた時。
泣き出しそうになるくらい……胸にくるものがあった。
私の理想の姿だった…………それに、夢のような場所に居たんだと気づかされた。
あまりの緊張感から、しゃがみ込んでしまったけど……手の熱に惹かれないはずがなかったんだ……
「……miya、ありがとう…………」
「うん、俺も……hanaの音が楽しみだよ」
keiの呼びかけに応え、miyaは立ち上がり手を差し出す。それは、初めて人前で披露した日と重なって映る。
「……一番光るスポットライト、目指して歌うぞ!」
「うん!」
初めてseasonsでライブをした日も……そう言ってくれた。
「頭から流すぞー」
『はーい』
高揚感を滲ませながら揃って応えた。
先程までの固い表情が消え去ったhanaに期待が高まる。
視線を移せば、珍しく分かりやすいmiyaに頬が緩んだ。彼女以外には彼の想いが伝わっていた。早く人前に出したいほど、その歌声に魅了されていたのだ。
張り上げるまでもなく、声量のある音だ。初めて聴いた時よりも、更に響く歌声に期待せずにはいられない。彼らだけではなく、マネージャーでありながら音楽に携わってきた杉本にも分かっていた。これが始まりだという事を。
「ーーーーすごい……」
思わずそう漏らしたスタッフに、注意する事すら惜しんだ。ずっと聴いていたくなるような音に囚われ、視線を逸らせない。
本番さながらの演奏に賛辞の拍手が送られ、夢中になっていた事に気づく。
「ーーーー大丈夫そうだな?」
「あぁー、せっかくだし、新曲も仕上げるか?」
「賛成!」
「とりあえず、あと一回やってからな?」
「だな!」
マイクを持ったまま固まるhanaに微笑むメンバー。miyaに手を引かれ、輪の中に入る。
「hanaも、それでいい?」
「ーーーーうん!」
呼び名にwater(s)で在ると思い出す。
本当に……すごい人達と、音楽が出来てるんだ……
「hana、見るよ?」
「うん……」
miyaの隣に座り、録画したばかりの映像を見直す。クオリティの高さはプロそのものである。照明に拘らなかった分、音の質に余念がない。流れる音色はライブ感がありながら、高音まで澄んでいた。
「ーーーーhana……」
小声で耳を寄せるように手招くmiyaに素直に従う。
「……また、上手くなったな…………」
潤みそうになりながら頷くと、頬に触れた唇が一瞬で離れていった。
「ーーーーここは?」
「ライブ仕様に、少し変えてみる?」
「うん、演りたい」
悪戯っ子のような笑みが、また真剣な横顔に切り替わる。
意見を出し合いながら一つのモノに仕上げる過程は、曲もステージも変わりはない。
「hanaは歌いにくくないか?」
「うん、変えてみるね」
難しい提案の場合もあるが、彼女の答えは決まっている。弱音を吐かないからこそ彼氏の出番だが、彼自身が無理難題の提案者であり、確認する役目でもあった。
「イメージが膨らむな……」
その呟きは、すでにアレンジに気が向いている事を示していた。
こうして、五人でアレンジを重ねた"流れ星"は、四枚目のシングルとして発売される事となった。