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君のうた  作者: 川野りこ
17/126

第17話 2人と音色

 三ヶ月連続でリリースしたCDは、今もランキングが落ちることなく続いていて、異例の大ヒットみたい。

 メディアで取り上げられたり、CMで流れたりする度……不思議な感じだけど、私自身は特に何も変わっていない。

 みんなで音合わせをする時間は楽しくて、あっという間で…………


 「miyaとhanaの高校の文化祭で、ライブをする事になったから」


 杉本よりそう告げられたのは、七月が終わる頃だった。


 「メディアには顔出しはしないけど、ライブは別だからいいよね?」


 念を押す杉本に、彼らは微笑んでいる。


 「はい!」 「勿論です!」

 「大学内の講堂を使う演奏会のラストに出演で、持ち時間は四十分。選曲は任せるから、当日に用意するものがあれば手配するから言ってね」

 「分かりました」


 圭介が応えると、五人はさっそく選曲を始めていく。

 スタジオで練習をしていた為、簡易の椅子に座り、即席の会議が行われていた。


 「サードシングルまでの曲は、カップリング曲も合わせてやるなら……六曲は、キープかな?」

 「そうだな。CD買ってる人が身近にいたから、やっぱり演奏必須でしょ?」


 奏と和也に同意見だったが、残りの曲が問題だった。インターネットで配信はしているが、デビュー前の曲を全ての人が聴いてくれている訳ではないのだ。


 「鉄板は"春夢"だろ?」

 「あぁー、男女問わず人気だよなー」

 「四十分なら、アンコールなしで八曲くらいが妥当か?」


 大翔に続き、明宏、圭介の意見も加え、スムーズに曲数は決まるが、曲順は演奏をしながら決める事になった。


 「じゃあ、この順で演奏してみるよ?」


 圭介がホワイトボードに書き出し、楽器を用意すると、スタジオにwater(s)の音色が響いていく。


 「……"春夢"、いい曲だな」


 思わず呟いてしまう程、次のリリース曲にしても遜色はないと感じる杉本がいた。


 その日のうちに曲順まで決まり、当日の照明の演出や楽器の配置等については、また後日に決定していく事となった。


 ライブが出来るのは嬉しい。

 でも……友達に聴かれると思うと…………緊張する。

 お母さんたちの前でも気恥かしくなっちゃうから、自分たちのCDを聴いた事は一度もない。


 ーーーーーーーー歌う私は……私じゃないみたい…………


 「何か、正体バラすみたいで面白そうだな」


 楽しそうにする和也に、自然と笑みがこぼれる。


 「うん、みんなで演奏できるの楽しみ!」


 いつもの笑顔に和也だけでなく、彼らも安心感を覚えていた。デビューライブ直前に感じていたプレッシャーは、どこにもないようだった。




 季節は夏に移り変わり、ライブの練習をしながら和也は新曲を作っていた。

 彼の部屋には電子ピアノにギター、テーブルにはパソコンが置いてある。今回はギターを片手に作曲していると、兄が声をかけた。


 「和也ーー、夕飯だぞ?」

 「おかえり、健人たけと


 そう応えると、無造作に置いた楽譜をテーブルに並べ、健人に続いて階段を下りていった。


 「四人揃うの久しぶりねー」


 母の嬉しそうな声でダイニングテーブルに着くと、巻き寿司の具材が綺麗に並べられていた。健人は社会人二年目の為、土曜日の夜は出かけている事が多いが、今日は珍しく家族団欒の席に顔を出している。


 「健人がこの時間にいるの珍しいね」

 「今週忙しかったから、今日は寝てたんだよ」

 「お疲れさま。あっ、母さん。明日、彼女連れて来るから」


 さらりと告げた事実に父と母は嬉しそうにしていたが、兄は驚いて具材が箸からこぼれ落ちる。


 「楽しみねー」

 「えっ?! 和也、彼女いたのか?」

 「ん? うん……」

 「同じ学校の子?」

 「そうだよ。一つ下の後輩で、バンドのボーカル」

 「えーーっ!! 俺も会いたい!」

 「えっ……健人はいいよ。彼女さんと会うんじゃないの?」

 「それは会うけど、見たいじゃんか! hanaって事でしょ?」


 六つ歳の差があるからか、健人は基本的に和也には甘く、仲が良い兄弟といえるだろう。


 「十二時に駅前で待ち合わせて、お昼一緒に食べてから家に来るつもりだったけど……じゃあ、健人も駅まで来る?」

 「行く! 彼女もwater(s)すきみたいだから、一緒に昼飯食べないか?」

 「えーーっ、デートじゃないの?」

 「奢るし!」

 「…………じゃあ、奏に聞いてみる」


 健人は和也の懐柔を心得ていた。兄は食通の為、美味しいものを食べられると思うと即座に断れない。勿論、兄の奢りというのも彼を頷かせるポイントだろう。楽器やバンドを組むには、それなりにお金がかかるからだ。


 「奏、大丈夫だってー」

 「俺も久美くみが楽しみにしてるってさ」


 兄弟の仲の良い会話に、両親は嬉しそうな表情を浮かべながら、すきな具材を乗せていった。




 駅前に宮前兄弟が着くと、奏が階段下の広場の隅で待っていた。彼女の手には、手土産であろうお菓子の紙袋が握られている。


 「奏!」


 和也の呼ぶ声に笑顔で応えると、二人に駆け寄る。


 「はじめまして、上原奏です」

 「はじめまして、和也の兄の健人です」


 礼儀正しい彼女の様子に健人が嬉しそうにしていると、声をかけられた。


 「健人! 和也くん、久しぶり」

 「お久しぶりです。久美さん……彼女の奏です」

 「はじめまして、久美です。奏ちゃん、よろしくね」

 「はい、よろしくお願いします」


 和也は奏を引き寄せ、健人の彼女に紹介していた。近い距離感に奏の頬は染まりそうだ。


 「じゃあ、昼飯食べに行こうか」


 健人の案内で駅からほど近い、洋食店を訪れていた。


 「好きなの頼んでね」

 「はい……」


 少し緊張気味に応える奏と和也は、一つのメニュー表を二人並んで見ている。


 「オムライスとパスタをシェアする?」

 「うん、パスタはトマト系にする?」

 「うん」


 喫茶店のように手早く注文メニューが決まる。


 「和也、サラダ頼んで四人でシェアでいいか?」

 「うん」


 さすがは兄弟だ。健人たちもすぐにオーダーが決まり、店員に注文する。その仕草を見ていた奏が和也と似ていると感じていると、久美に話しかけられた。


 「奏ちゃん、あの……サイン貰えたりする?」

 「えっ? 私のですか??」

 「久美はダウンロードもしてるのに、CDも買ってるんだよ」

 「ありがとうございます…………はい……私なんかでよければ……」


 そう言って久美からCDと油性ペンを受け取ると、サインをした事がないと気づく。何て書いていいか迷い、ペンを持った手が止まる。


 「……water(s)とhanaって、ローマ字でいいんじゃないか?」

 「そっか……和也も書いてね?」

 「ん……」


 奏からペンを受け取ると、「hana」の文字の隣に「miya」と書いて、久美へ手渡した。


 「ありがとう」


 嬉しそうな彼女に、二人は顔を見合わせ、揃って応えた。


 『こちらこそ、ありがとうございます』


 突然、和也の兄カップルと食事をする事になった奏だが、和やかな雰囲気での食事は楽しく、健人お薦めの洋食店という事もあって、どれも美味しかったのだろう。自然と緊張感は解けていった。


 「ごちそうさまでした」

 「いえいえ、またゆっくり会おうね」

 「はい」


 二人は手を振り健人と久美を駅まで見送ると、和也が奏の手を引いて実家に歩いていく。


 「ーーーー和也…………もしかして、緊張してる?」

 「してる…………彼女、連れてくの初めてだし」


 微かに頬を赤らめる和也に、穏やかな笑みを浮かべる。


 「私も、緊張してるよ……お父さんもお母さんもいるんだっけ?」

 「父さんは図書館から戻って来てればいるな」

 「本、すきなの?」

 「そう……昔は書庫もあって大変だったから、今は母さんに止められて、貸し出しで我慢してる」


 家族の何気ない話を幸せに感じながら聞いていると、すぐに彼の実家に辿り着いた。


 「こんにちはー」

 「こんにちは……はじめまして、上原奏です。これ、母からです。よかったら、みなさんで召し上がって下さい」


 そう言って持っていた紙袋からお菓子の包みを出し、和也の母に手渡す。


 「ありがとう。後で、一緒に頂きましょうね」

 「母さん、しばらく部屋で練習するから」

 「はいはい。お茶の時間には下りてきなさいよー」

 「分かったー」


 和也は足早に奏の手を引いたまま、リビングから二階にある自室へ向かうと、扉を閉めるなり抱きしめた。


 「…………和也?」

 「少し……このままで……」


 頷く代わりに背中に手を回し、頭を肩へと傾ける。二人の間に甘い空気が流れるが、和也が気持ちを切り替えるように息を吐き出すと、出来たばかりの曲を披露していく。


 ーーーーーーーーすごい……和也は、いつも新しい。

 日々の暮らしの中で…………和也は、音と触れ合っているんだ……


 奏の感じた通りだ。彼は日々の生活の中で、自然と音を聞き分けている為、耳がよく、新しいものに挑戦する事にも躊躇がない。


 パソコンから流れ出るメロディーと彼のギターの音色に、奏の頭には歌詞が浮かんでいく。


 「…………率直な感想は?」

 「メッセージ性の強い歌詞と……合いそう……」


 和也は両手を握り、喜びを露わにする。


 「そうなんだよ! 今回はキーボード音で、僕らのーー……みたいな歌詞のイメージかな?」

 「分かる! たとえば……こんな感じとか?」


 そう言って声にした詩は、和也のイメージしていたサビにぴったりと当てはまるような言葉だった。


 「歌詞は、奏に任せる」

 「うん!」

 「少し練習する?」

 「いいの? 下まで響かない?」

 「大丈夫。俺がいつも弾いてるから、奏のうたが聴きたい」


 …………和也は、私を歌わせるのが上手い。


 ギターのメロディーに乗せ、声を出す。何度か繰り返すうちに曲調が変わっていく。それは、初めて五人で奏でた"春夢"である。

 二人はベッドを背にし、並んで座りながら曲を奏でていく。その音色はリビングまで届いていたが、彼の母にも、父にとっても、心地のよい時間になった。


 音楽に没頭しやすい二人はその後、和也の母に呼ばれ、リビングでお茶をする事になったのは言うまでもない。


 希望に満ちたような歌詞がいいな……和也の爽快なギターに合うような…………


 奏は自宅に帰ると、さっそく作詞に取り掛かった。

 彼にも分かっていたのだろう。早めに切り上げるようにと、携帯電話にメッセージが届いているのだった。

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