第17話 2人と音色
三ヶ月連続でリリースしたCDは、今もランキングが落ちることなく続いていて、異例の大ヒットみたい。
メディアで取り上げられたり、CMで流れたりする度……不思議な感じだけど、私自身は特に何も変わっていない。
みんなで音合わせをする時間は楽しくて、あっという間で…………
「miyaとhanaの高校の文化祭で、ライブをする事になったから」
杉本よりそう告げられたのは、七月が終わる頃だった。
「メディアには顔出しはしないけど、ライブは別だからいいよね?」
念を押す杉本に、彼らは微笑んでいる。
「はい!」 「勿論です!」
「大学内の講堂を使う演奏会のラストに出演で、持ち時間は四十分。選曲は任せるから、当日に用意するものがあれば手配するから言ってね」
「分かりました」
圭介が応えると、五人はさっそく選曲を始めていく。
スタジオで練習をしていた為、簡易の椅子に座り、即席の会議が行われていた。
「サードシングルまでの曲は、カップリング曲も合わせてやるなら……六曲は、キープかな?」
「そうだな。CD買ってる人が身近にいたから、やっぱり演奏必須でしょ?」
奏と和也に同意見だったが、残りの曲が問題だった。インターネットで配信はしているが、デビュー前の曲を全ての人が聴いてくれている訳ではないのだ。
「鉄板は"春夢"だろ?」
「あぁー、男女問わず人気だよなー」
「四十分なら、アンコールなしで八曲くらいが妥当か?」
大翔に続き、明宏、圭介の意見も加え、スムーズに曲数は決まるが、曲順は演奏をしながら決める事になった。
「じゃあ、この順で演奏してみるよ?」
圭介がホワイトボードに書き出し、楽器を用意すると、スタジオにwater(s)の音色が響いていく。
「……"春夢"、いい曲だな」
思わず呟いてしまう程、次のリリース曲にしても遜色はないと感じる杉本がいた。
その日のうちに曲順まで決まり、当日の照明の演出や楽器の配置等については、また後日に決定していく事となった。
ライブが出来るのは嬉しい。
でも……友達に聴かれると思うと…………緊張する。
お母さんたちの前でも気恥かしくなっちゃうから、自分たちのCDを聴いた事は一度もない。
ーーーーーーーー歌う私は……私じゃないみたい…………
「何か、正体バラすみたいで面白そうだな」
楽しそうにする和也に、自然と笑みが溢れる。
「うん、みんなで演奏できるの楽しみ!」
いつもの笑顔に和也だけでなく、彼らも安心感を覚えていた。デビューライブ直前に感じていたプレッシャーは、どこにもないようだった。
季節は夏に移り変わり、ライブの練習をしながら和也は新曲を作っていた。
彼の部屋には電子ピアノにギター、テーブルにはパソコンが置いてある。今回はギターを片手に作曲していると、兄が声をかけた。
「和也ーー、夕飯だぞ?」
「おかえり、健人」
そう応えると、無造作に置いた楽譜をテーブルに並べ、健人に続いて階段を下りていった。
「四人揃うの久しぶりねー」
母の嬉しそうな声でダイニングテーブルに着くと、巻き寿司の具材が綺麗に並べられていた。健人は社会人二年目の為、土曜日の夜は出かけている事が多いが、今日は珍しく家族団欒の席に顔を出している。
「健人がこの時間にいるの珍しいね」
「今週忙しかったから、今日は寝てたんだよ」
「お疲れさま。あっ、母さん。明日、彼女連れて来るから」
さらりと告げた事実に父と母は嬉しそうにしていたが、兄は驚いて具材が箸からこぼれ落ちる。
「楽しみねー」
「えっ?! 和也、彼女いたのか?」
「ん? うん……」
「同じ学校の子?」
「そうだよ。一つ下の後輩で、バンドのボーカル」
「えーーっ!! 俺も会いたい!」
「えっ……健人はいいよ。彼女さんと会うんじゃないの?」
「それは会うけど、見たいじゃんか! hanaって事でしょ?」
六つ歳の差があるからか、健人は基本的に和也には甘く、仲が良い兄弟といえるだろう。
「十二時に駅前で待ち合わせて、お昼一緒に食べてから家に来るつもりだったけど……じゃあ、健人も駅まで来る?」
「行く! 彼女もwater(s)すきみたいだから、一緒に昼飯食べないか?」
「えーーっ、デートじゃないの?」
「奢るし!」
「…………じゃあ、奏に聞いてみる」
健人は和也の懐柔を心得ていた。兄は食通の為、美味しいものを食べられると思うと即座に断れない。勿論、兄の奢りというのも彼を頷かせるポイントだろう。楽器やバンドを組むには、それなりにお金がかかるからだ。
「奏、大丈夫だってー」
「俺も久美が楽しみにしてるってさ」
兄弟の仲の良い会話に、両親は嬉しそうな表情を浮かべながら、すきな具材を乗せていった。
駅前に宮前兄弟が着くと、奏が階段下の広場の隅で待っていた。彼女の手には、手土産であろうお菓子の紙袋が握られている。
「奏!」
和也の呼ぶ声に笑顔で応えると、二人に駆け寄る。
「はじめまして、上原奏です」
「はじめまして、和也の兄の健人です」
礼儀正しい彼女の様子に健人が嬉しそうにしていると、声をかけられた。
「健人! 和也くん、久しぶり」
「お久しぶりです。久美さん……彼女の奏です」
「はじめまして、久美です。奏ちゃん、よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
和也は奏を引き寄せ、健人の彼女に紹介していた。近い距離感に奏の頬は染まりそうだ。
「じゃあ、昼飯食べに行こうか」
健人の案内で駅からほど近い、洋食店を訪れていた。
「好きなの頼んでね」
「はい……」
少し緊張気味に応える奏と和也は、一つのメニュー表を二人並んで見ている。
「オムライスとパスタをシェアする?」
「うん、パスタはトマト系にする?」
「うん」
喫茶店のように手早く注文メニューが決まる。
「和也、サラダ頼んで四人でシェアでいいか?」
「うん」
さすがは兄弟だ。健人たちもすぐにオーダーが決まり、店員に注文する。その仕草を見ていた奏が和也と似ていると感じていると、久美に話しかけられた。
「奏ちゃん、あの……サイン貰えたりする?」
「えっ? 私のですか??」
「久美はダウンロードもしてるのに、CDも買ってるんだよ」
「ありがとうございます…………はい……私なんかでよければ……」
そう言って久美からCDと油性ペンを受け取ると、サインをした事がないと気づく。何て書いていいか迷い、ペンを持った手が止まる。
「……water(s)とhanaって、ローマ字でいいんじゃないか?」
「そっか……和也も書いてね?」
「ん……」
奏からペンを受け取ると、「hana」の文字の隣に「miya」と書いて、久美へ手渡した。
「ありがとう」
嬉しそうな彼女に、二人は顔を見合わせ、揃って応えた。
『こちらこそ、ありがとうございます』
突然、和也の兄カップルと食事をする事になった奏だが、和やかな雰囲気での食事は楽しく、健人お薦めの洋食店という事もあって、どれも美味しかったのだろう。自然と緊張感は解けていった。
「ごちそうさまでした」
「いえいえ、またゆっくり会おうね」
「はい」
二人は手を振り健人と久美を駅まで見送ると、和也が奏の手を引いて実家に歩いていく。
「ーーーー和也…………もしかして、緊張してる?」
「してる…………彼女、連れてくの初めてだし」
微かに頬を赤らめる和也に、穏やかな笑みを浮かべる。
「私も、緊張してるよ……お父さんもお母さんもいるんだっけ?」
「父さんは図書館から戻って来てればいるな」
「本、すきなの?」
「そう……昔は書庫もあって大変だったから、今は母さんに止められて、貸し出しで我慢してる」
家族の何気ない話を幸せに感じながら聞いていると、すぐに彼の実家に辿り着いた。
「こんにちはー」
「こんにちは……はじめまして、上原奏です。これ、母からです。よかったら、みなさんで召し上がって下さい」
そう言って持っていた紙袋からお菓子の包みを出し、和也の母に手渡す。
「ありがとう。後で、一緒に頂きましょうね」
「母さん、しばらく部屋で練習するから」
「はいはい。お茶の時間には下りてきなさいよー」
「分かったー」
和也は足早に奏の手を引いたまま、リビングから二階にある自室へ向かうと、扉を閉めるなり抱きしめた。
「…………和也?」
「少し……このままで……」
頷く代わりに背中に手を回し、頭を肩へと傾ける。二人の間に甘い空気が流れるが、和也が気持ちを切り替えるように息を吐き出すと、出来たばかりの曲を披露していく。
ーーーーーーーーすごい……和也は、いつも新しい。
日々の暮らしの中で…………和也は、音と触れ合っているんだ……
奏の感じた通りだ。彼は日々の生活の中で、自然と音を聞き分けている為、耳がよく、新しいものに挑戦する事にも躊躇がない。
パソコンから流れ出るメロディーと彼のギターの音色に、奏の頭には歌詞が浮かんでいく。
「…………率直な感想は?」
「メッセージ性の強い歌詞と……合いそう……」
和也は両手を握り、喜びを露わにする。
「そうなんだよ! 今回はキーボード音で、僕らのーー……みたいな歌詞のイメージかな?」
「分かる! たとえば……こんな感じとか?」
そう言って声にした詩は、和也のイメージしていたサビにぴったりと当てはまるような言葉だった。
「歌詞は、奏に任せる」
「うん!」
「少し練習する?」
「いいの? 下まで響かない?」
「大丈夫。俺がいつも弾いてるから、奏のうたが聴きたい」
…………和也は、私を歌わせるのが上手い。
ギターのメロディーに乗せ、声を出す。何度か繰り返すうちに曲調が変わっていく。それは、初めて五人で奏でた"春夢"である。
二人はベッドを背にし、並んで座りながら曲を奏でていく。その音色はリビングまで届いていたが、彼の母にも、父にとっても、心地のよい時間になった。
音楽に没頭しやすい二人はその後、和也の母に呼ばれ、リビングでお茶をする事になったのは言うまでもない。
希望に満ちたような歌詞がいいな……和也の爽快なギターに合うような…………
奏は自宅に帰ると、さっそく作詞に取り掛かった。
彼にも分かっていたのだろう。早めに切り上げるようにと、携帯電話にメッセージが届いているのだった。