表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君のうた  作者: 川野りこ
16/126

第16話 夢にまで見た瞬間

 「奏ーー!」

 「綾ちゃん、久しぶりー」


 一学年一クラスしかない為、進級してもクラスメイトが変わる事はない。


 教室で久しぶりに会う親友と話していると、音楽の話題になる。毎日のように話題になるのは、音楽高等学校ならではの光景だが、今はそれだけが理由ではない。


 「奏って、配信サイトとか見たりする?」

 「あんまり見ないかなー……弟はよく見てるけど」

 「そっかぁー。最近、めっちゃ歌の上手い人がデビューしててー」

 「water(s)でしょ!」


 二人の会話に入ってきたクラスメイトに、綾子が頷く。


 「そうそう! 顔出ししてないのが残念なんだけどね」

 「ねぇー、でもボーカルの声すきー!」

 「私も! 早く次のCD出ないかなぁーー」

 「待ち遠しいよねー」

 「ーーーーそう……なんだ……」


 奏は嬉しくて顔が綻んでしまいそうになるのを抑え、平然を装った。

 綾子が動画を再生しようとしたがチャイムが鳴った為、この話題は昼休みに持ち越しとなった。


 ーーーーーーーー予想以上の反応……というか、こんな身近に知ってる人がいるなんて思わなかった。

 water(s)のデビュー曲は、オリコンチャートやiTunes等様々なチャートでトップ入りを果たしていたみたいだけど、私自身は何も変わらないから実感がない。

 でも……今みたいに聴いてくれてる人がいるって思うと、それだけで…………


 顔出しをしていない事も話題になっていたが、water(s)に限った事ではない為、聴衆には関係ないのだろう。彼らはその音楽性だけで、CDの売れない時代にCD売り上げが一位となっていたのだ。


 鮮烈なデビューから三ヶ月連続リリースも、話題性に一役買っており、セカンドシングルへの期待が高まっている現状である。


 教卓では古典の授業が行われていた。音楽高等学校とはいえ、専門分野以外の教科も習うのだ。

 奏は気持ちを切り替えるように窓から空を見上げると、苦手な教科をノートに書き写していく。


 まだ、夢みたいで…………


 意識が音楽に向きそうになるのを堪え、授業に取り組む姿は奏だけではなかった事だろう。彼らにとっても初めての経験であった。


 昼休みになると、近くに座る者同士や仲の良いグループで机を並べ、お弁当を食べている。

 奏も特に仲のいい綾子と真紀と、机をくっつけてお弁当を広げていた。


 「実力試験もあるのに、来月は前期の学科試験かぁーー」

 「実力試験は対面式だから緊張するよね」

 「そうそう、あれには慣れないよー」

 「そうだ! 朝、言ってた動画、これだよーー」


 綾子の携帯電話の画面には、water(s)がデビュー時のライブ映像が流れている。


 「やっぱり、かっこいいねー」

 「ねーっ、真紀もそう思うでしょ? 奏はどう?」

 「うん……音楽性はすきかな……」


 ーーーーーーーー嘘は言ってない。

 water(s)の音がすきなのは、本当のことだもん。

 でも、これ以上は…………まだ言えない……


 「そういえば、酒井がライブ見に行ったって言ってたよね?」

 「そうなんだ……」


 ライブはクラブのように、演奏者にライトを当てるような演出にはしていなかった。

 光りと音を楽しんで貰えるようなステージにしていたけど、酒井が見に来てくれていたなんて…………すごく嬉しいけど、同時に緊張が走る。

 CDと遜色のない歌声だったかな?

 少しは……楽しんで貰えたのかな?


 聞けない奏の代わりに、綾子が尋ねていた。彼女自身がライブを見に行きたかった為、興味津々な様子だ。


 「酒井、water(s)のライブどうだった?」

 「ん? それはめっちゃ良かったよ。音響が微妙な会場だとは思えなかったなー」

 「いいなぁーー、私も今度見たい!」

 「私もー! ファンクラブ入らないとかな?」

 「かもな。チケット入手、難しくなりそうだしなー」

 「だよねー」


 奏は内心、気がきでない。ライブに来ていたという酒井まで、話に加わってきたからだ。


 周囲に合わせ話を聞いていると、昼休み終了まで十分程の所で声をかけられた。


 「奏」


 席を立ち、扉付近で手招きする彼の元へ行くと、iPadが手渡される。


 「和也、遅れるの?」

 「うん。今日は委員会で遅れそうだから、圭介達に渡しといて? スギさんには連絡してあるから」

 「うん、分かった……」


 二人の距離は近いと言えるだろう。和也は周囲に聞かれないように、耳元で囁くように伝えると、手を振って自分のクラスに戻っていった。


 最後に告げられた言葉に、思わず自分の耳に触れる。


 「……奏、大丈夫だよ」


 人によっては疑問に思う場面だろう。ただ奏には、それだけで十分だった。




 セカンドシングルである"夢見草"は、デビューシングルよりも更に売り上げ枚数を伸ばす事となった。季節感を考慮し、桜の散り際にリリースした事も勝因の一つといえるだろう。

 今まで数々のアーティストを手掛けてきただけあって、プロデューサーである佐々木の見極める嗅覚は鋭い。


 「スギー、あの子達の出来は想像以上だな……」

 「はい、そうですね……とはいえ、まだ学生なので来月リリースの後は、八月、九月辺りでしか主立った活動は出来ませんが……」

 「学生なら、学祭でライブは?」

 「miya達の通う高校は一般公開していないので、シークレットライブ的にはいいかもしれませんが身バレしますよ?」

 「そこは、彼ら次第って所だな」

 「…………分かりました。では、講堂の許可や日程等、大学も含め検討しておきますね」


 対応の早い杉本に、笑みを浮かべる佐々木。彼らはプロデューサーとマネージャーという関係以上に、気の合う飲み仲間でもある。


 「今日は、ここのスタジオに五人、集まるんだろ?」

 「そうですよ。顔出しするなら、七時前にお願いしますね」


 そう言って杉本が会議室を出て行くと、一人きりになった佐々木は思考を巡らせる。


 water(s)とは音楽プロデューサーとして、挨拶したが実質的なプロデュースはしていない。クレジットも載っていない為、アドバイザーといった方が正しいだろう。

 彼らは基本的に、アレンジから音の抽出まで自分たちで行える事もあり、最初はレコーディングの度に立ち合っていたが、曲の創作についてはノータッチだ。


 「ーーーー予想以上の反応だな……」


 このCDの売れない時代に、増版がかかる事は滅多にないと痛感していたが、彼らはそれを軽々と超えていった。


 佐々木は数々のアーティストや映画音楽まで手掛けている為、多忙な日々を送っていたが、water(s)の音楽は刺激になっていたのだろう。彼らの音を聴く度、自身の創作意欲を掻き立てられる気がしていた。その為、彼らが会社のレコーディングスタジオを使う際は、必ずと言っていいほど顔を出すようにしていたのだ。


 CDの販促にあたっては、「音楽プロデューサー佐々ささきのぼるも絶賛!」と、銘打っていたが大袈裟ではなく事実であった。


 「…………確かに絶賛だな」


 手元にあるwater(s)のCDジャケットを見つめながら、曲を聴く。耳に残るキャッチーな音色から離れられない一人になっていたのだ。




 「うーーん、ここは?」

 「ちょっと、テンポ変えてみるか?」

 「hana、出だしアカペラで演ってみて?」

 「うん」


 佐々木が静かにスタジオへ入ると、彼らは意見交換の真っ只中だ。誰も佐々木が入って来た事に気づく気配はない。


 アカペラで歌い出した瞬間、彼は鳥肌が立っていた。澄んだ歌声に、心を掴まれたのだ。

 それは佐々木に限った事ではなく、その場にいた誰もがそう感じるような、空気が震えるような声色だった。


 「ーーーーhana……上手くなったな……」

 「本当?!」


 嬉しそうに無邪気な笑顔を見せる彼女は、先程までとは違ういつもの奏に戻っていた。


 「あっ、佐々木さん! おはようございます」

 「おはようございます。すみません、気づきませんでした」

 「いや、おはよう。いいもの見せて貰ったな」

 「……ありがとうございます」


 代表して応えた圭介に、佐々木も微笑む。その視線は彼女へ向けられていた。

 化けると思っていた彼も、ここまですぐに変貌するとは思っていなかったのだろう。water(s)に新たな可能性を感じていたが、それは佐々木に限った事ではない。メンバーに限っては最初から確信していたと言える。五人の音色が何処にいても聴ける日が必ず来ると。

 



 サードシングルが発売された六月、奏は前期専攻実技試験に挑んでいた。

 彼女のピアノの音色を講師は絶賛していた。これは、彼女が毎日のように触れていたからこそ成せる技だろう。

 高い評価を受けた彼女は順当に試験を終え、来月に控える前期学科期末試験に備えていた。


 バンドの練習がある為、日々の授業は真剣に聞いている。今も黒板の文字を丁寧にノートに書き写している中、歌詞のフレーズが思いついたのだろう。メモ用のノートに言葉を綴っていく。学校の勉強とバンド活動を正に両立していたのだ。


 「綾ちゃん、ちょっと三年の教室に行ってくるね」

 「うん、先にご飯食べてるよーー」

 「うん!」


 先日借りたCDを持って、三年生の教室に来ていた。今日は別々にレッスンがある為、放課後は一緒に行動できないからだ。


 普段は上級生の教室に行かない奏は、緊張しながらも顔を出すと、声をかけられた。


 「奏ちゃんじゃん! 和也ーー!」

 「あ、ありがとうございます」

 「いいえー」


 クラスメイトに呼ばれた和也は、食べかけのお弁当を残して席を立った。


 「奏、どうした?」

 「うん……これ、CDありがとう」

 「今日、別だから来てくれたのか……ありがとう」

 「ううん、また明日ね」

 「うん、また連絡するな」


 二人は軽く手を触れ合わせ、そのまま自分のクラスへ戻っていった。


 「三井みつい、ありがとう」

 「いや、今のが和也の彼女でしょ? 初めて近くで見たけど、綺麗な子だなー」

 「うん」


 一つも顔色を変えず告げる和也に、三井は笑みを浮かべると彼の隣の席に腰掛け、買ってきたパンを食べ始めた。


 「今のがミヤの彼女かーー、CDって何貸してたんだ?」

 「ん? 洋楽だけど、聴く?」


 和也の周りには数名の男子が集まり、昼食をとっていた。


 「あっ、俺も聞きたい!」

 「宮前、私も借りたい」

 「うん。じゃあ三井、次に貸したげて」

 「はいよー」


 三年間クラス替えのない事もあり、CDの貸し借りは日常茶飯事だ。


 「三井。これ借りてたやつ、ありがとう」

 「あーー、木下きのしたに貸してたっけ?」

 「もう適当だなぁー。でも、めっちゃ良かったー! ありがとう」

 「三井は、何のCD貸してたんだ?」

 「water(s)のセカンドシングル!」

 「あぁー、"夢見草"だっけ? いい曲だよなー」

 「私もダウンロードしたよーー」

 「俺も。サブスクで聴いてるけど、CDも買おうか検討中」

 「ーーーーそうなんだ……」


 water(s)の話題になると、和也は頬が緩みそうになるのを抑え、平静を装った。CDの売れない時代に、購入者が身近にいる事が単純に嬉しかったのだ。


 バンドのグループラインにメッセージを送れば、他のメンバーも同じような反応を得ていた。


 オリコンチャートトップを独占する結果は快挙といえる。数々の記録を作り出していった。


 デビューした事も夢見心地だったがCDになり、ラジオやCMから流れる自分たちの曲に、夢にまで見た瞬間が訪れたと感じる五人がいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ