第14話 はじめての撮影
water(s)の為に、多くのスタッフが集まっていた。
こんなに……たくさんの人が、私たちのデビューに携わってくれてるなんて…………
顔合わせをした時も思ったけど…………すごい人たちしかいない。
それこそ、一流と呼ばれるような人しか……
「じゃあ、ジャケットデザインはこっちで今の案をまとめて出すとして、宣材写真は後ろ姿で撮る感じでいいかな? 学校卒業後は顔出しするでしょ?」
「はい」
杉本の的確な提案に、リーダーが対応している。徐々に準備が整っていく様子に、奏は嬉しそうだ。
「衣装はナチュラルな感じでいいかな? この辺りとかどう?」
「いいですね」
会社のミーティングルームの一室では、デザイナーやカメラマン等のスタッフと会議が行われていた。
長い簡易のテーブルには、資料やラフ等の紙ベースとノートパソコンが並んでいるが、堅苦しい会議でない事は、彼女の表情からも明らかだ。
「……それと、seasonsでデビューライブを演ってもらうからね」
さらりと告げた杉本に、いち早く反応したのは和也だ。
「やったな!」
「うん、楽しみだね!」
隣にいた奏と手を取り合い、喜びを分かち合っているが、楽しみにしているのは彼らだけではない。water(s)には、ライブが待ち遠しくて仕方がないメンバーしかいないのだ。
プレッシャーを感じる様子は微塵もなく、期待を寄せる姿に周囲は感心していた。
「来週、ジャケットの撮影だから体調管理に気をつけてね」
『はい!』
マネージャーの杉本から見ても、彼らは常に自然体だ。
目上の人に対して敬意を払っているが、意見する所はきちんと告げる。それはミーティングにおいて重要な事だが、自分の意見を述べるというのは、簡単なようで難しい。それが一番年下ともなれば尚更だ。
そんな中、彼らは自分達の要望をきちんと伝えていた。一流と呼ばれるスタッフを前にしても、その信念に変わりはない。より良いモノを作る為の姿勢を伺い知る事ができる。
物怖じしないメンバーに、思わず声を漏らしたのはカメラマンだ。
「スギさん、この子達まだ十代でしょ? しっかりしてるわねー」
「はい、そうですよね」
杉本が彼らと会う時は、音楽に関する時だからだろう。純粋に音楽をすきな想いまで伝わっていた。
「スギさんも楽しそうね」
「……そうですね。彼らを見ていると、楽しみになります」
杉本の予想の斜め上を行く五人に視線を移すと、打ち合わせを終えた後も、今後について話をしながらスタジオに向かっていく。
その後ろ姿に未来を見ていたのは、彼に限った事ではない。この場にいるスタッフがそう感じる程のカリスマ性があった。
「hana、この曲のピアノ出来そう?」
和也から楽譜を受け取ると、奏は一通り目を通していく。
「うん、大丈夫そう…………でも、初見だけどいいの?」
「miya、また無茶振りー」
「そうなんだけど、hanaに弾いてほしいから。ライブの練習だし、詰まりそうになったら適当に流していいから」
「……分かった」
「hanaもきつそうだったら、ちゃんと言うんだぞ?」
「うん、kei、ありがとう」
圭介は奏の頭を自分の妹のように撫でた。彼に妹はいないが、三つ年下の奏は妹的な存在なのだろう。
彼女自身も触れられる事に、この数ヶ月ですっかりと慣れていた。
気遣う様子はあるが和也の意見には同意の為、止める者はいない。フォローはするが、実質止める選択肢は彼らにはないのだ。
奏もそれが分かっているのだろう。移動中のエレベーター内でも楽譜を読み返している。
「hana、降りるよ」
「…………うん」
和也はそう言って、奏の右手を取って歩いていく。メンバーにとってはいつもの光景だが、周囲にいるスタッフの多くは初めて見る光景だ。
必然的に視線を集めていたが、二人に気にする様子はない。顔を上げていれば気づいたかもしれないが、奏の視線は楽譜をなぞっていた。
「…………これ……miyaが加筆したんでしょ?」
「うん、hanaならこのくらい余裕でしょ?」
「えっ……結構、難易度高いよ?」
二人は顔を寄せ合いながら歩いている。近い距離感は恋人ならではだ。
手を繋いだままスタジオに着くと、ライブの練習が始まった。
「seasonsはアップライトだから、それで練習しようか?」
「うん」
演出担当をつける事も出来たが、water(s)はスタッフの手を借りながら、自分達で設置場所を見極めている。奏は中央左寄りのピアノの前に腰掛け、弾き始めた。
五人の音色は鮮やかな景色を時に見せる。そんなメロディーに、若手スタッフの一人は泣きそうになっていた。感受性が豊かなのだろう。奏はそんな彼女に微笑むと、アップテンポの明るい曲を歌い始めた。
ーーーー泣いてくれる人がいるんだ…………この音色が、ずっと残っていられたらいいな……
ずっと……みんなと音楽を演っていられたら…………
届くようにと願い声を出す。流れるように音が重なり、また見た事のない情景を生み出していく。
杉本はライブならではの緊張感のある練習に、心を掴まれたような気がした。初見であるはずのピアノは、楽譜を読みながら弾いているが素人目には気にならない程、滑らかに指先が動いている。初めてとは到底思えない音色だ。しかも、ただ弾いている訳ではない。彼女は弾き語りをしていた。
澄んだ歌声に視界が滲む。音楽関連でないスタッフには分からなかったが、関係者にはどれだけの事を簡単に演っているか分かっていた。
彼らは音楽の基礎が出来ている。音符や休符の長さが正確なのはその為だ。そして、人の感情を動かすほどの音色を何気なく、さも当たり前のように紡いでいく。
「ーーーー音楽は……色彩とリズムを持つ時間とからできている……と、ある音楽家が言ってたけど……正にそれだな……」
プロデューサーの佐々木が漏らした言葉は、隣にいた杉本には届いていた。
色彩豊かな音色がスタジオを包み、ライブさながらの高揚感さえ生まれていた。
ひと通り演奏を終えると、拍手が響く。関係者が思わず送ってしまいたくなる程、心に響く音色だった。
「ーーーーーーーーありがとうございます……」
思わずお辞儀をした奏に釣られるように、メンバーも揃って一礼すると、また頭から繰り返していく。
……夢中になってた…………私……今、歌ってるんだ……
「曲順、少し変えるか?」
「……うん」
試行錯誤を繰り返しながら紡がれる音色は、深みが増していくようだった。
音色を披露した先週よりも緊張感が走る。プロによるメイクが施され、シャッター音を聞く度に微かに肩が動く。
「ーーーーおしゃべりしてていいわよ」
「はい……」
そうカメラマンに言われても簡単にはいかない。初めてづくしのwater(s)に関わるプロは全てが一流だ。何気なく撮っているジャケット撮影者は、世界的にも評価され、国内外で個展を開けば長蛇の列が出来ると有名なフォトグラファーの菅原だ。彼に被写体に選ばれ、有名になったモデルは多い。
「hana、この間のCMの曲、どんなだっけ?」
「この間の?」
「あーー、俺も聴きたい」
和也の意図を組んだメンバーが話を振る。迷いながらも口ずさめば、澄んだ声が響く。口ずさんだ本人よりも周囲の方が驚きを隠せない。楽しそうな横顔だけでなく、その歌声にだ。まるで、最初から彼女の曲のようであった。
「ーーーーって、感じじゃなかった?」
「あ、あぁー」 「うん……」
知っていたはずのメンバーでさえ、再現度の正確さに驚嘆である。
ファインダー越しの菅原は、自身の事のように喜ぶ和也と無自覚な奏に、思わず広角が上がる。久しぶりに感じる胸の高鳴りだ。
時間が経つにつれ、スムーズに仕上がっていった。
楽器を持った後ろ姿のシルエット写真。奏は五人が並んだ真ん中に立っていた。その手には、かすみ草が握られている。
クラシカルな仕上がりの写真に思わず声を上げた。
「すごい…………こんな風に仕上がるんですね……」
菅原ですら久しぶりの感覚に微笑む。
「そうだよー。被写体がいいからね。平均身長、みんな高いでしょ? モデルが出来そうなメンツよね」
「平均身長……高いですかね?」
「hanaが一番低いけど、170cmだっけ?」
奏の肩に触れ、和也が会話に入る。
「うん……クラスだと、女子で一番高いの」
嬉しくなさそうに応える彼女の頭を、大翔が撫でた。
「スポーツやってそうって言われるだろ?」
「うん、バスケとバレーでしょ?」
「あるな。どっちも体育でしかやらないけど」
「確かになー、突き指したら最悪だからなー」
大翔に続き、圭介に明宏も会話に加わっていく。五人とも背が高い為、共通の経験談のようだ。
「聞いてた通り、仲がいいね。みんな、学生でしょ?」
「はい」
「次は一人ずつでも撮るから、まずkeiからね」
菅原の指示通りヴァイオリンを持った圭介の横向きのシルエットは、姿勢が良い事もあって美しい。
「はーい、次はギターね」
圭介がギターに持ち替えて立つ姿を、彼らは静かに見守っていた。
「OK、次はakiが入ってー」
椅子に腰掛けチェロを奏でる仕草をする明宏も、圭介と同じようにドラムセットの前にも腰掛けた。
こうして大翔、和也と順調に撮影が進む中、奏の番になった。
先程のかすみ草は、グランドピアノの上に置かれている。
椅子に腰掛け、ピアノを弾く仕草をしているが、見るからに動きがぎこちない。メンバーだけでなく菅原にも緊張感が丸分かりな程で、時間が遡ってしまったかのようだ。
「hanaー、ピアノは実際に弾いてみてもいいから」
「はい……」
息を深く吐き出し、ゆっくりと鍵盤に指を滑らせていく。
ピアノに触れて落ち着いたのか、デビュー曲になる"終わりなき空へ"を奏でていく。
「うん、いい表情ね」
たとえ顔が写らなくても、撮影時の空気感が反映されるのだろう。程よく肩の力が抜けた為、その後の撮影はスムーズに行われる事になるが、彼女はピアノを弾きながら歌っている。それは、彼に出逢った日を想い起こさせた。
「ーーーーさすが……hanaだな……」
「miyaが見つけた時みたいか?」
隣にいる圭介に頷く。
「うん、hanaは歌がすきなんだよな……」
「……そうだな」
菅原はアーティストやモデル等、人目を惹く人物を撮影する事が多い中、久しぶりに手応えのある感覚を得ていた。
慣れない初心者を撮っている感覚はあるが、彼らは音楽を司る表現者だと感じずにはいられなかったのだ。少なくとも彼にとっては、一際強い輝きを放っているように感じた。
鍵盤に触れたら……少し落ち着いたみたい……
はじめての事だらけで、緊張の連続だけど…………届けたい想いだけは、強くなっていくみたいで……出逢った日から、胸の高鳴りだけは止まないの…………
「OK、次はマイクスタンドの前ね」
「はい……」
……歌いたい……本当は、今すぐにだって…………
「本当に歌い出しそうだな」
「あぁー」
「hanaは意外と強いからな」
「うん……」
見惚れている和也に、温かな視線が向けられている。
「……本当…………」
そう呟いた言葉の続きは、メンバーには分かっていた。「本当に敵わない」と、そう思わせるほどの魅力が彼女にはあった。
知っているからこそ、澄んだ声を聴きたくなるような姿に、胸が弾んでいたのだ。
全ての撮影を終え、彼らが着替えに出て行ったスタジオでは、菅原が撮ったばかりの写真を見つめている。
モノクロに仕上がった写真は、見た者が彼らの顔を見たくなるような仕上がりになっていた。