第13話 年が明けても変わらない
「奏ーー、お餅何個食べる?」
「二つー、私も手伝うね」
奏はエプロンを着けると、お雑煮の準備を手伝っていた。
ダイニングテーブルには御節の三段重に、お屠蘇の容器が用意されている。
『あけましておめでとうございます』
『おめでとうございます』
食卓に家族四人が揃うと、お屠蘇を弟の創から順に飲み、御節に箸をのばした。
「そういえば、奏はバンド活動どうなってるの? 最近、更新してなくない?」
あの日以来、創はwater(s)のアカウントをチェックしていたのだ。
「うーーんと、デビューが決まったから、更新はマネージャーさん担当になったの。SNSはお休みの間に更新されるはずだよ?」
さらりと告げられる事実に、思わず声を上げる。
「えっ?! デビューって、プロってこと?! 凄いじゃん!!」
「ありがとう」
「奏、もっと早く言ってよー」
「だって、創は剣道忙しそうだったし。顔合わせるのも少なかったから」
「そうだけどさー。で、いつデビューなの?」
「三月二十八日に、デビューシングルが発売になるよ」
姉の活動に興味津々のようだ。次々と出てくる質問にも、奏は笑顔で応えていた。
そんな姉弟の会話に父や母も加わり、賑やかなお正月の朝となった。
久しぶりの家族団欒に母も嬉しそうだ。奏も創も放課後の活動が忙しい為、家族揃っての食事は滅多にない。
学校が休みでも活動はある為、ここ数年で四人が揃うのはお正月休みくらいだ。
「二人とも初詣行くんでしょ? 気をつけてね」
「はーい」
「うん、お父さんもお母さんも気をつけて行って来てね」
姉弟二人が出かけるのを見送ると、テレビを見ていた父は、嬉しそうな笑みを浮かべていた。
「どうかしたの?」
「いや、すきな事に没頭出来るのは羨ましいな」
「そうねー。二人とも同じようにピアノと剣道を習わせてたけど、自分のすきな事を選んだみたいだからね」
「創の試合は、また見に行くとして…………奏のCDが出たら、買わないとな」
「うん!」
父の息子と娘を応援する言葉に、母は柔らかな笑みを浮かべた。その笑顔は、彼女とよく似ているのだった。
奏は創と並んで歩いていた。待ち合わせ時間が同じだった為、揃って駅に向かっている。
「創は、今日は部活の子と?」
「うん、地元の神社に行く予定。奏は?」
「私も待ち合わせて、地元の神社に行く予定だよ。その後は、バンドのメンバーと待ち合わせて練習」
「奏は本当、音楽がすきだよなー。家でもピアノ弾いてるし」
「それは創もだよね? この間も優勝してたし、元旦は久しぶりのお休みじゃない?」
「うん、部活はハードだからなー。やり甲斐はあるけど」
歳が二つしか変わらない事もあって、名前で呼び合う仲だ。
十分程で駅に着くと、奏の待ち合わせ相手が待っていた。
「和也ーー!」
「えっ?! 奏の待ち合わせの相手って男?」
思わず声を上げた創に、奏は大きく振った手を下ろす。
「そうだよー。綾ちゃんだと思った?」
「うん……彼氏?」
和也の隣に並ぶ姿は嬉しそうだ。
「うん、宮前和也先輩。バンドメンバーの一人で、私をメンバーに入れてくれた人だよ」
「はじめまして、宮前和也です。弟の創くんかな?」
「はい……」
創の目の前には笑顔の姉と、人目を惹くようなルックスの和也が同じように微笑んでいる。
二人の仲の良さは、彼から見てもすぐに分かった。彼女の弟に丁寧に挨拶をしただけでなく、二人から同じような、何処となく優しい雰囲気が漂っていたからだ。
「じゃあ、俺はあっちで待ち合わせだから」
「うん、創も気をつけてね」
「創くん、またね」
「はい」
手を振る二人と分かれると、創は友人の待つ店内へ向かう。振り返れば、自然と手を繋いで歩く二人の姿が目に入る。
美男美女のカップルを見ていたのは、創だけではない。時折、振り返る人がいる事に気づく。見ている自分まで、頬が緩みそうになるような表情を浮かべている。
周囲の視線を集めながらも、理想的なカップルに、少なからず羨ましいと思う弟がいた。それと同時に、インターネットの中でしか知らなかったwater(s)のギタリストに会えた喜びを噛み締めていた。
「ーーーーまさか創くんと会うとは思わなかった」
「驚いた? 同じ時間に待ち合わせだったから、一緒に出てきたの」
二人はお参りの順番を待っている間、甘酒で暖をとっていた。
「はぁーー、美味しいね」
「うん、奏は弟……創くんと仲が良いんだな」
「そうかな……歳が近いからかな? 和也はお兄さんとは歳が離れてるんだっけ?」
「健人とは六つ歳が違うから、もう社会人だな」
「社会人かー……大人なイメージだね」
「うん、健人は音楽好きの優しい兄だな。CD買うって、言ってたし」
家族の話をしながらも、二人の手は繋がったままだ。
時間が経つのが早かったのだろう。和也に促され一礼するまで、順番が来た事に気づかなかった。
お賽銭を入れ、瞳を閉じて願い事を唱える。
ーーーーwater(s)で、ずっと……歌っていられますように…………
隣にいる和也と……ずっと、一緒にいられますように……
奏の願いは長かったのだろう。和也が瞼を開けても、まだ閉じたままだ。
そんな彼女の横顔を優しく見つめていると、二人揃って一礼し、神社を後にした。
気持ちはすでに練習へ向かっている。それは彼女の横顔からも明らかだ。
「ーーーー奏、楽しみでしょ?」
「うん…………そんなに分かりやすい?」
「うん、俺も同じだし……」
「そっか……」
繋いだ手から、その熱も伝わっていくようだ。
ちゃんと……口にしたばかりっていうのもあるけど……本当に叶う日が来るんだよね。
和也が見つけてくれなかったら、今の私はいないから……
「早く着きそうだな」
「そうだね……どうする? 駅前でお茶してから行く?」
「うん」
楽器も弾ける広い部屋のあるカラオケ店の予約時間まで、まだ三十分以上時間がある。
二人は駅の改札を出ると、コーヒーショップに入り時間を潰すことにした。早く来てしまうほど、楽しみで仕方がなかったのだ。
「和也もココアにするの?」
「うん。早く、マスターのコーヒーが飲みたいな」
「そうだね」
和也がそう言うのも無理はない。マスターは客の好みのコーヒーを淹れてくれるのだが、年末から一月六日にかけてお正月休みの為、数日はチェーン店に頼るしかないのだ。
「……和也……奏?」
揃って振り返ると、和也と同じく楽器ケースを持った圭介が飲み物を片手に立っていた。
「圭介も早く来たんだね」
「うん、明宏と大翔もすぐに来るよ? さっきまで楽器店で一緒だったから」
時間厳守なwater(s)の為、程なくして明宏と大翔も合流し、五人はカラオケ店に入る前にコーヒーショップで集まっていた。
「和也たちは珍しいの飲んでるなー」
「大翔もココア飲む? もうお店出るでしょ?」
話している間に、予定時刻の五分前になっている。奏はカップを大翔に差し出した。
「大翔はこっち」
差し出したカップを和也が受け取ると、自分のカップを大翔に手渡した。彼らからだけでなく、気にしていなかった彼女自身も笑みを浮かべる。
「……奏まで…………笑うなよ」
「ううん、ありがとう……気をつけるね?」
「うん……」
そんな二人の様子を、彼らは微笑ましく感じていた。
「和也は相変わらずだな」
「あぁー、こういう時は人の子だったって思うよなー」
「そこ、うるさいよー」
回し飲みすら許せない彼氏と意外と無頓着な彼女も、音楽の話に戻るとまた瞳を輝かせていた。
それぞれ楽器を取り出すと、"終わりなき空へ"に続いて"夢見草"を演奏していく。
三月から三ヶ月連続でCDをリリースする事が決まった為、五月に売り出す曲を早々と検討中である。
water(s)が今までに書き溜めた曲は三十曲以上あるが、奏の為にアレンジし直したのは、その中のおよそ半分強である。
「ちょっと変化つけて……次は、アップテンポな曲がいいよな」
「だよなー。"夢見草"がクラシカルな感じだからなー」
「うーーん、"バイバイ"とか? 後は……B面は先取りで、ウェディングっぽい感じの"honey"とか?」
「いいかもな! ちょっとやってみるか」
iPadに入れている音と合わせ、奏に歌うように促した。
彼女のキーは基本的に高い。人の耳に伝わりやすい声に、その姿に、足を立ち止める人がどのくらいいるだろう。
彼女に合わせ演奏する度、そう感じていた。世に出る事が不安と言うよりも、待ち遠しくて仕方がないのだ。
「失礼します……」
少なくとも飲み物を持ってきた店員が、思わず聴き入ってしまうような歌声だった。グラスを置く手が止まっている。
「し、失礼しました!」
視線を感じ、慌てて出て行く店員に、ファンを一人掴まえたような気持ちで見つめる四人がいたが、彼女だけはいつもの調子で応えていた。
「いえ、ありがとうございます」
そう言って、テーブルに置かれたグラスに手を伸ばす。
「ーーーー奏、今の気づかなかったのか?」
「うん? 飲み物がどうかしたの?」
アイスティーにシロップを入れ、ある意味いつも通りの奏だ。
「次は、どれを練習するの?」
期待に満ちた瞳で聞かれては、それ以上を伝えるよりも音合わせが最優先となった。
カラオケ店の一室に、water(s)の音色が響いていく。
この日に決めた内容は、そのままCDに反映される事になるが、ジャケットや宣伝資材等の慣れない事が待っているのだった。