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君のうた  作者: 川野りこ
120/126

第109話 星となる。

 ーーーーこれからも、ずっと続くと信じていた。

 当たり前のように、water(s)が……家族四人の日々が…………

 日常が、こんな一瞬で消え去る事なんて……想像もつかなかった。


 目の前の光景が、まだ信じられない。


 「……っ、和…也…和也! 和也!! 」


 お願い! どうか目を覚まして!!

 もう一度、笑ってよ!!


 反応のない彼に、奏はその場で泣き崩れている。その場にいた誰にも、彼女にかける言葉を見つけられずにいた。


 「……奏ちゃん……」

 「……っ! 健人さん!! あ…あの……」


 目を赤く腫らした彼女を健人は抱きしめ、子供をあやすように背中をさすっていた。


 「ふっ、んっ……お義母…さ…ん達…は……?」

 「今……向かってる……」

 「そう……です…か」

 「奏ちゃん?」 「奏?!」


 私の記憶はそこで途切れ、その後の事はよく覚えていない。


 電話をくれた圭介に、明宏も大翔もその場にいた筈だけど…………どうやって搬送先の病院に向かったのか、梨音と怜音はどうしてた? とか……なにも……


 周りは見えていなかったのだろう。叫び声に近い泣き声だけが、静かな部屋に響く。

 その場に倒れこんだ彼女を健人が支えていた。


 「……健人さん…ご両親がいらっしゃたので、奏は預かります」

 「あ、あぁー……ありが…とう……」


 圭介が彼女を抱きかかえ部屋を出て行くと、健人は親と共に、和也が息を引き取った現実と向き合っているようだった。




 「スギ! 連絡はついたか?!」

 「はい……のぼるさん……」


 杉本は素で佐々木に応えた。


 「miyaが……病院に搬送されましたが……息を、引き取ったそうです……」

 「……っ!! miya…だけなのか? 今日、ニューヨークから皆……帰国のはずだろ?」

 「ーーーーはい…………今の連絡もkeiからで……タクシーで帰宅中……事故に、巻き込まれたそうです」

 「そうか…………hanaは?」

 「hanaは病院で倒れたようですが、皆がついてるので大丈夫だと……言っていました……」

 「ーーーー……そうか……フェスは中止だな……」

 「ーーーーはい……」

 「だが、kei達の意思を尊重したい…………どちらにせよ、すぐに動けるように手配してくれ」

 「はい……」


 杉本は先日、彼と話をした事が夢のように感じていた。誰もこの残酷な現実を受け止めきれていないようだ。


 彼の夢、ワールドツアーをやり遂げる。

 その機会は、永遠に失われてしまったのだから。



 テレビ画面の上部には緊急速報が流れる。潤は自分の目を疑っていたが、すぐに夜のニュース番組にチャンネルを変えると、miyaが交通事故で亡くなった悲報が伝えられていた。


 「ーーーー嘘……だろ? 拓真、拓真!!」

 「んーー? 潤、どうしたんだよ?」

 「こ、これ!!」


 彼の亡くなった報道に、拓真はマグカップを取り落とした。ガシャーーンと、カップが床で割れる音が響くが、その音すら何処か遠くに聞こえているようで、動けずにいる二人がいた。


 交通事故の詳しい内容は、高速道路内での玉突き事故に、彼の乗っていたタクシーも巻き込まれたようだ。トラックが事故の原因だったようだが、詳しい詳細はまだ分かっていない。

 彼の他にも死者が出た事、重体や重傷者が多数いる事だけが事実として報道されていた。


 「ーーーーmiyaが……」

 「あぁー……」


 潤と拓真からは、自然と涙が流れる。


 「そんな……」


 悲痛な思いが、彼らを襲っていた。



 「ーーーーう…嘘……」


 綾子は、携帯電話のネットニュースの速報に手が震えていた。


 「どうかしたのか?」

 「……しんちゃん……ミヤ先輩が……」


 彼女の携帯電話を慎二が覗くと、miyaの悲報が流れていた。


 「……えっ?」


 彼も信じられないのだろう。他に言葉が出てこない中、彼女の顔色が徐々に悪くなっていく。注いできたばかりの麦茶を飲み干すと、綾子の肩をしっかりと掴んでいた。


 「ーーーー綾子……しっかりするんだ。奏ちゃんが心配なのは分かるけど……」


 彼女から涙が零れ落ちる。


 「ーーーー……しんちゃん……」


 奏を思うと胸が痛むのだろう。彼女は胸元の服を掴むような仕草をしていた。


 「……綾子……」


 慎二は彼女を強く抱きしめていた。綾子は彼の腕の中で、泣いていた。親友の事を思い浮かべながら。



 彼が事故死したニュースは、日本だけでなく、アメリカやイギリス等、water(s)がワールドツアーを組んでいた各国で報道されていた。


 「James! James!! Look at this!!」


 彼のスタッフの一人が慌てた様子で、スタジオに入ってきた。


 「What happened?」

 「Look at this!!」


 iPadに視線を移すと、miyaが亡くなった報道と共に、各国のファンが彼との別れを惜しむ姿が映し出されていた。


 「ーーーーWhat?!」


 Jamesは思わず声を荒げた。


 「Peterピーター……please immediately arrange a ticket for Japan」

「Yes……That has already been arranged……」


 Jamesはその場をPeterに託すと、明日の便のチケットを受け取り、移動しながら電話をかけた。


 『Hello……James?』


 彼は電話口の相手の声に、現実を受け止めきれないでいた。友人や家族を看取みとった事のある彼ですら状況が呑み込めず、最後にテレビ電話越しに話した彼女の顔が、Jamesの頭に浮かんでいた。


 様々な報道がなされる七月二十六日。

 ーーーー宮前和也は二十八歳で、この世を去った。




 『ママー、パパはー?』

 「……パパは…ね…」

 「どうしたの?」 「ママ?」

 「……パパは…死んじゃったの……だから、もう会えないの……ちゃんとお別れしようね? パパが安らかに眠れるように……」


 彼の棺には、白を基調にした花や生前に残した楽譜や写真が入っていた。


 「ーーーーmiya……」 「……っ」

 「和也……」


 奏や家族だけでなく、圭介も明宏も大翔も、彼の亡くなった事実を受け入れられないでいた。


 ーーーー和也……なんで……和也が…………

 あの日……交わした言葉が、最期になるなんて……聴きたい話がたくさん……たくさんあった筈なのに……


 彼女は喪主を毅然とした態度でつとめていたが、その目元は赤くなっている。涙を堪える事は出来なかったからだ。


 告別式には、多くの友人や音楽関係者、著名人が訪れていた。外にいる大勢のファンに見送られる中、彼は出棺となった。


 「本日はお忙しいところ、夫……miyaの葬儀にご会葬くださり……誠にありがとうございます。皆様から心のこもったお別れの挨拶を賜り、故人もさぞかし喜んでいると存じます……」


 彼女の言葉に、ファンからすすり泣く声が聞こえてくる。ライブツアーのタオルで目元を拭う人が多数見受けられた。


 「……本日は、誠にありがとうございました……」


 深々と一礼をする喪服姿の彼女は、瞳に涙を溜めながら堪えていた。


 霊柩車のクラクションの音が響く。それが最後のお別れの合図となると、周囲にいる人々は涙を拭い、彼との別れを惜しんだ。

 梨音と怜音も黒い服に身を包み、静かにママを見守っているようだった。




 ーーーーどんなに泣いても……あとから……あとから………溢れてくる。

 和也はもう……ここにはいない……それが現実。


 子供達が寝静まると、彼女はレコーディングルームにいた。夜になると喪失感に襲われていたからだ。


 持っていた楽譜を投げつけると、鍵盤に手を打ちつける。不協和音が響く中、その場で泣き崩れていた。


 「ーーっ…あ…か…和也……」


 ーーーーーーーー会いたい……和也……会って、話を聴きたい…………もう一度だけ……一瞬だけでもいいから……


 …………和也に会いたい。


 足元に散乱する楽譜の上に、倒れ込んでいた。ドサッという大きな音が響くが、防音になっている為、誰にも気づかれる事はない。彼女はそのまま天井を見上げていた。


 ーーーーこんな……こんなに、胸が痛いのに……音が浮かぶなんて……


 「ふっ…なんで……」


 その呟きに答えをくれる人は、もういない。


 「…………和也……」


 天井に向けた両手は、顔を覆っていた。涙が肌をつたい楽譜を濡らしていく。


 しばらくすると、部屋に音色が響く。鍵盤に指を滑らせているが、その右手は先程のせいか少し赤くなっている。


 彼女の中に喪失感から生まれる音があったのだ。その歌声は哀しくて、せつない……彼への鎮魂歌レクイエムのようだった。




 彼のお通夜、葬儀・告別式と滞りなく終え、和也の楽しみにしていたフェスが、五日後に迫っていた。

 佐々木の前に集まったwater(s)の表情は硬い。奏にいたっては、生気が感じられない。この一週間程眠れていないのだろう。顔色が明らかに悪く、今にも倒れそうだ。


 「ーーーー……今日集まって貰ったのは、今後のワールドツアーについてだ……フェスは、君達の要望通り参加にしてあるが…ツアーは……」

 「ーーーーやらせて下さい……」


 そう口にしたのは、他の誰でもない彼女だ。


 「hana?」

 「お願いします! 佐々木さん……やらせて下さい!」


 まっすぐに佐々木を見つめ、深々と頭を下げた。


 「佐々木さん……僕達からもお願いします。最後までツアーを行わせて下さい!!」


 圭介の強い声に、明宏も大翔も、彼女と同じように深々と頭を下げる。


 佐々木は思わず息を吐き出していた。


 「…………フェスの一時間半のライブとは、わけが違う。来月からドイツ……イタリア、フランス、オーストラリアと各国を回ったら、また日本で……ドームを回るんだぞ? 来年の二月下旬まで……」

 「分かっています。このワールドツアーだけは、どうしても成功させたいんです!」


 それでも食い下がる彼女に、佐々木は返す言葉を見つけられず、周囲のスタッフも覇気のある声に圧倒されていた。


 「スギさんに……テレビの……メディアのオファーは、すべて断って貰いました……このワールドツアーだけは、譲れません! お願いします!!」

 『お願いします!!』


 彼女の声に続くように、揃って頭を下げれば、長谷川や杉本等、ライブ関係者のスタッフからも声が上がっていく。その想いを叶えたいからだろう。


 「佐々木さん、お願いします!」

 「私からもお願いします!」

 「ーーーー……分かった……ただし、条件がある」

 「はい……」

 「その状態で歌えるとは、私には思えない。フェスを成功させたら……ワールドツアーを認めよう」


 佐々木はあえて厳しい言葉を選んだが、彼らには通用しないようだ。


 『はい! ありがとうございます!!』


 圭介達が喜びの表情を浮かべる中、安堵する奏がいた。


 ーーーーーーーー繋がった……まだ……希望がある。

 和也の夢を失くしたりしない。

 必ず……叶えるから…………


 彼女の横顔は変わらずに顔色の悪い状態だったが、その瞳は微かに光を帯びているようだった。

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