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君のうた  作者: 川野りこ
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第102話 ヴァース

 盛大な拍手に包まれる中、彼らは再びステージに立っていた。


 「今のお気持ちは?」

 「……ありがとうございます……嬉しいです……」


 受賞のコメントを求められているが、彼女は上手く応えられずにいた。そう口にするのが精一杯であった。


 テレビ画面にエンドロールが流れる中、彼らは受賞曲を再び演奏していた。


 「お父さん! 奏達が今年も大賞受賞したわよ!」

 「本当か?! 凄いなー……」


 彼女の父と母も、リビングのテレビから流れる映像に感激しているようだ。娘夫婦の姿に、泣きそうになっていた。


 ーーーーーーーー嬉しい…………賞を受賞する機会があると……少しでも周囲に認められた気がして……


 彼女は涙目になりながらも歌いきっていた。


 控え室で抱き合う頭には、最後に舞っていた紙吹雪がついている。


 「hana、ついてる」

 「……miyaもだよ?」


 紙吹雪を取り合う二人の距離の近さに、彼らは微笑んでいたが、高揚感の滲んでいる為かイタズラ心が湧いたのだろう。肩を組むと、二人の頭を態と大きく撫でた。


 「わっ!」 「ちょっ、keiまで!」

 「二人とも、髪ぼさぼさだなー」

 「ったく……hana、ほどこうか?」

 「……aki、お願いしまーす」


 和也の申し出は、あっさりと断られる。


 「なんで俺じゃ駄目なんだよ?」

 「miya、こういうの不器用じゃん?」

 「うん、akiは妹さんいるから上手だし」

 「うっ……」


 反論の出来ない彼は、明宏が触れる手に羨まし気な視線を向けるが、彼女の言ったとおり、器用に髪をほどいていった。


 「miya、心狭い」

 「うるさいなぁー、hiro」


 照れくさそうにする姿に、控え室から笑い声が漏れるのであった。


 「今年も大賞は駄目だったなー」

 「あぁー、でも……有り難い事だって、分かってるんだけどな……」


 その年に世に出る曲は山程あり、その中でノミネートされるのは、ほんのひと握りだからだ。酒井も樋口も頭では分かってはいても貪欲に思ってしまうのだろう。


 「なぁー、JUN……hanaがまた歌唱賞もとってたな」

 「そうだな……よく、あんな声が出せるよな」


 彼の言葉に酒井も同意のようだ。どんな時でも今の一番を発揮しているような歌声は、彼らにとっても大きな存在である。


 「今年も紅白と……カウントダウンで、顔を合わせるよなー……」

 「そうだな。時間帯は違うけど……今年は、白組が勝てるといいな……」

 「打倒water(s)だな!」

 「あぁー、そうだな……」


 張り切る酒井に笑って応える。そんな会話を出来るようになる程、彼らもまた音楽の世界の住人なのだろう。年末年始の音楽番組は、彼らにとっても冬の風物詩の一つとなっていた。




 『ママー! パパー!』

 「そうね。ママとパパが出てるね」

 「あかぐみ、かつかな?」

 「梨音も怜音も応援しないとね!」

 「うん! ばぁばとおうえんするー」


 双子は奏の実家で大晦日を過ごしていた。彼女達がテレビ画面に映る度に楽しそうな声を上げていたが、どんなに遅くとも九時前には就寝する為、water(s)の出番までは待てなかったのだろう。祖母の膝の上で揃って夢の中であった。


 「……梨音達、寝たのか?」

 「うん、寝室に連れて行かなきゃね」

 「怜音は俺が連れてくよ」


 創が怜音を、祖父が梨音を抱え、布団に寝かせると二人とも心地のよい夢を見ているのだろう。笑っているような寝顔に思わず頬が緩んでいた。


 ここ数年、紅白は最後までは出演できてない。

 最後までいたいけど、カウントダウンのライブに間に合わなくなるから……


 スタジオに着くと、急いで衣装に着替え、三十五分間の時間を目一杯楽しむと誓う。


 「今年も最後で、最初のライブになるな!」

 「あぁー!」 「そうだな!」 「楽しみだな!」

 「うん!」


 五人は控え室で円陣を組み、いつものように重ねた右手を掲げた。


 ーーーーーーーーはじまる……今年最後で、最初のライブが……


 water(s)のファンも観覧に来ているのだろう。ライブのタオルやペンライトを持つ人達が多く、反応の良さに思わず綻ぶ。

 ダイレクトに届き、また新たな年にライブが出来る事を感謝していた。

 

 拍手と歓声がスタジオに響き渡る中、ステージを後にした。司会者が次の出演者を紹介すると、その音は収まり、新たな拍手が小さく響く。そんな中、控え室では年をまたいだライブを終え、抱き合っては喜びを噛みしめていた。


 「……あけましておめでとう!」

 「おめでとう! お疲れさま!」

 「あぁー、お疲れー!」

 「今年も行くだろ?」

 「うん! 初詣!!」

 「ワールドツアーの祈願だな」

 「うん!」 「あぁー!」


 ホテルに移動すると、いつものように大翔の部屋に集まった。


 「十二年目にして、やっとだな……」

 「あぁー……ようやくワールドツアーって、呼べるな」

 「そうだな……」 「ーーーー楽しみだね……」

 「念願だからなー」


 テーブルにはお酒の入ったグラスや夜食が並んでいるが、その殆どが空になっている。話ながらも、ささやかな宴会を楽しんでいた。


 「奏が作った英詞の曲……演るの楽しみだなー……」

 「…………和也?」

 「珍しいな……hiroじゃなくて、miyaが寝るなんて」

 「そうだな」

 「おーい、miya! 寝るなら部屋行くか?」

 「うーーん……」


 話を続けたいが、眠気の方が勝っているようだ。


 「和也? 部屋に行く?」

 「う、ん……」


 目をこすりながら歩く和也に寄り添って彼女も部屋を出て行くと、年長組が部屋に残った。ただ今年も初詣に行く為、あと数時間後には出かける予定である。


 「miyaが酔うの珍しかったな」

 「久々に、空きっ腹に飲んだからだよなー」

 「hanaがいるから、明日……ってか今日か、大丈夫だろ?」

 「そうだな」

 「さっきmiyaも言ってたけど、"answer"はかっこいい感じの楽曲に仕上がったよなー」

 「ライブで演るの楽しみだな」

 「だなー、待ち遠しい……」


 大翔の言葉がすべてだ。彼らは皆、ライブが待ち遠しくて仕方がないのだ。


 「俺らも早めに寝るか?」

 「そうだな。さすがにオールは、もうきつい……」

 「確かに……」


 デビュー当時は十代だった彼らも、三十歳になっていた。


 風呂上りの彼女が喉を潤していると、彼がソファーの上で起きたようだ。


 「んーーーー……」

 「和也、気持ち悪くない? 大丈夫?」

 「悪い……寝てたな……もう大丈夫、奏は平気?」

 「うん。私は乾杯の一杯しか飲んでないから、大丈夫だよ」

 「そっか……今、何時?」

 「もうすぐ二時だよ? お風呂入ってくる?」

 「あぁー、行ってくる……また四時半にはロビーだっけ?」

 「うん」


 和也が酔うの珍しいよね。

 空きっ腹に飲んだのもあるけど……緊張感から解放されたのもあるのかも…………今年はwater(s)にとって、どんな年になるのかな……


 ーーーー叶うなら……あの日の夢に少しでも、近づいていられる私でいたい。


 浴室から戻ると、ベッドには布団を掛けずに眠る彼女がいた。顔を寄せれば、目元にはこの数日の多忙さから出来たクマがあった。そっと目元に触れ、微かに笑みを浮かべる。


 「……お疲れ…」


 和也が抱きしめるように眠りにつけば、彼女の髪から同じシャンプーの香りが、ふわりと香っていた。


 奏が目を覚ますと、目の前には彼の寝顔があった。


 ーーーーーーーー抱きしめられてたから、温かかったんだ……


 静かに寝顔を見つめていると、不意に強く抱き寄せられる。


 「……奏、見過ぎ…」

 「あ……起こしちゃった? おはよう、和也……」

 「おはよう……」

 「まだ時間あるな……」

 「うん……んっ……」


 奏の耳に唇を寄せる彼は、実に楽しそうな表情だ。夜明けが待ち遠しくて、仕方がないのだろう。


 「……和也?」

 「んーー……今年もよろしくな」

 「うん……今年もよろしくね」

 「奏、温かい……」

 「……和也も温かいよ?」


 額を寄せ合い可愛らしい笑みを浮かべれば、和也が思わず柔らかな髪に手を伸ばし、唇を寄せた。


 「……和也?」

 「ーーーーお疲れ……」

 「うん、お疲れさま……」


 ぎゅっと抱き合った二人は、甘い口づけを交わしていた。


 神社での初詣を済ませると、参道から見える初日の出を眺めていた。


 ーーーー赤い……光の道……


 奏は瞳を閉じて静かに願っていた。


 ワールドツアーが無事に終わりますように……


 彼女の祈るような横顔に、彼らも同じように願いを込めた。七夕の短冊と同じで、五人共通の願いだったからだ。


 「スギさんも言ってるけど、みんな体調に気をつけて乗り切ろうな!」

 「あぁー、勿論!」

 「だな! 待ち遠しいな」

 「あぁー、楽しみだな!」 「うん!」


 ライブ前のように、重ねた右手を掲げた。ハイタッチを交わす姿に迷いは無く、朝日を浴びる姿はまるでスポットライトの光を浴びているかのようだ。


 ーーーーまた音がするの…………いつだって、鳴り止まない音色が…………




 彼女はいつものように梨音と怜音を見送ると、自宅でピアノの練習をしていた。今日は双子の給食がない日の為、いつもより早く帰ってくるからだ。


 「奏、掃除とか終わったよー。それ弾き終わったら、ギターのセッションしないか?」

 「ありがとう、和也。もうちょっと待ってて?」

 「あぁー」


 和也は心地よいピアノの旋律に耳を傾けた。滑らかに動く指先は、彼女が毎日のように練習している証拠だ。多彩な音色に触発されたのだろう。彼はピアノに合わせるように、ギターを弾き始めた。


 ーーーーこういう所は、学生の頃から変わってないって思うの。

 私達は音楽がすきだから…………

 最高のタイミングで……和也の音色が入ってくる。


 アイコンタクトを取り合いながら、曲は綺麗なハーモニーのまま終わりを告げた。


 「……さすが、和也……」

 「次はギターだな」

 「うん!」


 彼女もギターを用意すると、二人並んで弾き始めた。その音色は、アップテンポなノリの良い曲調だ。二人とも譜面は見ずに音を合わせていく。ライブに向けての準備は、すでに整っているようだ。


 「奏、ギターまで上手くなってどうするんだ?」

 「うーーん、和也と並んで弾いても……大丈夫なくらいには、なりたいかな? まだ遠いけど……」


 miyaに比べれば彼女の腕前は及ばないが、一般的に見れば彼女の腕前も上級者の部類に入る。


 「……無理はするなよ?」

 「うん……和也もね?」

 「ありがとう」

 「今日は掃除とかありがとう。助かりました」

 「あぁー。二人を迎えに行ったら、そのままスタジオに行くか?」

 「うん! じゃあ、お弁当作るね」

 「一緒にやるよ。おにぎりでいいか?」

 「うん、ありがとう」


 仲良くレコーディングルームを出ると、弁当作りの為、今度はキッチンに並んで立っていた。


 昼食を食べ終えた梨音と怜音は、制服から私服に着替えてお昼寝タイムだ。

 奏と和也は、入れ替わりでメンバーが二人を見てくれている間、スタジオで音合わせを行なっていた。

 彼女はセットリスト通りに歌っていた。その声は、変わらずに伸びやかで澄んでいる。その音域は、狭まる処か歌う度に広がっていくようだ。


 「ーーーー高音が出てるな……」

 「少し修正するか?」

 「いや、ライブで出しすぎて枯れたら困るから、惜しいけど……そのままだな……」

 「miyaの惚れてる音だからな」

 「あぁー……keiって、たまに言うよな……」

 「まぁー、たまにはな。念願のワールドツアーは、僕にとっても楽しみって事だよ」


 いつも以上に練習にも力が入る。待ち遠しくて仕方がないのも共通の想いだ。


 三十分程で梨音と怜音が起きた為、ガラス越しに練習風景を眺めていた。


 「すごーい!」

 「ママがキーボードだー!」

 「れーもひきたい!」

 「うん! りーも!」


 普段のテレビでは見た事のない彼らの様子に、双子も楽しそうだ。音だけで魅せるインストは、双子だけでなく彼らも好きな音楽の一つだ。その音色は、多彩な輝きを放っている。


 ーーーー小さな観客だね……


 楽し気な梨音と怜音に、奏だけでなくメンバーからも笑みがこぼれる。


 ……日本ではあまり馴染みのないインストも、この数年で広まってきてるみたいだし…………これからが楽しみ……ようやく叶う、念願のワールドツアー。

 あの日、必ず……何処にいても聴こえるように、ずっと聴いてくれる人がいるような…………そんな歌をこれから……もっと作っていくと誓った。

 和也と、water(s)と共に…………その為の一歩。


 念願のワールドツアーである事は確かだが、それすらも通過点でしかない。


 「梨音達、元気だなー」

 「インストの楽曲が、すきみたいなんだよね」

 「そうだな。激しめの曲調が多いから、家でもジャンプしたりしてるなよな?」

 「うん」

 「へぇー。じゃあ、次も演ろうか?」

 「いいの?」

 「あぁー、小さな観客だからな」 「うん、楽しそうだし」

 「ありがとう……」


 再び演奏を始めると、小さな観客は手拍子をしながら聴いていた。音楽の事が分からなくても、彼らの曲がかっこいい事は、しっかりと伝わっているようだ。


 『パパー! ママー!』

 「二人とも声援ありがとう」

 「かっこよかったー!」

 「うん! でもママのうたも、ききたいー!」

 「りーも! 」


 怜音も梨音も、彼女の歌声が大好きである。


 「怜音も梨音もありがとう。じゃあ、もう少しみんなで演奏するから、待っててくれるかな?」

 「うん!」

 「ママ、うたうー?」

 「うん、聴いててね」

 「わーい!」 「うん!!」


 二人とも全身で喜びを表現していた。


 「じゃあmiya、hana、"answer"から演るか?」

 「あぁー!」 「うん!」


 揃って応え、新曲を奏でる。ワールドツアーでの演奏が初披露になる曲だ。アップテンポの中に、彼女の澄んだ声が混ざり合っていた。


 感受性が豊かなのだろう。英詞の曲の為、ほとんど歌詞の意味は分かっていない筈だが、梨音と怜音の瞳が潤む。


 「ーーーーすごい……」

 「うん……」


 二人は手を取り合いながら、彼らの音の世界に惹き込まれていた。

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