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君のうた  作者: 川野りこ
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第101話 アルバム

 十二枚目のアルバム制作も順調に終えるようだ。


 ーーーーーーーー音があふれてくる。

 この曲が届くようにって、想いが……


 ブースで歌う彼女は、喉の調子が良いのだろう。スムーズに歌録りが行われていた。


 「……miya、どうかしたのか?」

 「いや……順調だよな。hanaもレコーディングする度に、上手くなってる気がするし」

 「確かになー、明日はジャケット撮影だろ?」

 「あぁー、菅原さんが撮ってくれるから有り難いよな」

 「そうだな。あと来月は歌謡祭、紅白、カウントダウンライブとかが毎年恒例になったなー」

 「だよなー、今年もカウントダウンは三十五分の持ち時間でしょ?」

 「あぁー、何かあっという間に今年も終わるな」

 「早いよな……」


 一年が過ぎ去るのを早く感じていた。年が明ければ、それぞれが忙しいスケジュールの合間をぬって、ワールドツアーの準備が始まる。

 彼女の収録が終わると、いつものように手でサインを作る彼らがいた。


 「hanaの衣装は今回、ピンクで色が違うんだな」

 「みんなもピンクベージュ系のパンツとかTシャツで、統一はされてるみたいだよ?」

 「えっ? このベージュっぽいのも、ピンクに分類されのか?」

 「うーーん、たぶん? hiroが履いてるパンツとakiのシャツも色味は違うけど、ピンク系だよ?」

 「へぇー。じゃあ、今回はピンク系って事だな」

 「あぁー、毎回アルバムの時のジャケットは、統一してるもんなー」

 「そうだな。そういえば、さっきmiyaがhanaの衣装を気にしてたけど……」

 「あーー、なるほど」

 「えっ? どうかした?」


 彼女の番になった為、羽織っていた上着を脱ぐと、その理由が分かった。レースになった淡いピンク色のワンピースは、背中が大胆に開いたデザインだったからだ。


 「……いや、綺麗だから大丈夫」

 「う、うん?」


 個別の撮影を終えた和也と手を重ねると、彼女は菅原の前に立っていた。


 「miyaー、そんなに心配しなくても、夫婦なのは周知の事実だろ? 顔見知りのスタッフが殆どだし」

 「そうなんだけど、危なっかしいんだよ。hanaだって思えば、何でも出来るみたいだから……」

 「あぁー。普段のhanaなら、着ないデザインだよなー」

 「そうだな。miyaが選んでも反論しそう」

 「でしょ? それなのにお構い無しだからなー」

 「まぁー、何にせよ。ガチガチに緊張するよりは、いいんじゃないか?」

 「あぁー、自然体で撮影進んでるからなー」


 彼女に視線を移すと、菅原の構えるレンズに向けて笑顔を見せていた。 


 他の……雑誌の撮影は緊張するし、苦手だけど……菅原さんに撮って貰うのは楽しい……主に、ジャケット写真限定だけど……


 彼女は視線を外したり、手で動きをつけたりしながら、くるくると表情を変える。他のメンバーよりも、雑誌やCMの撮影で慣れているからだろう。表情の変え方が自然に出来ているようだ。


 「はい、OK。皆、お疲れさまー」

 「ありがとうございました」

 「hanaは随分カメラ慣れしたわねー」

 「そうですか? 菅原さんだからですよー」

 「それは光栄ね」

 「いつも、ありがとうございます」


 菅原と楽しそうに話す姿に、彼らも加わる。仕事上の付き合いだけでなく、プライベートでも仲の良い友人の一人だ。酒の好みが和也と合うようで、地方に行くと菅原へのお土産を選ぶのは、彼の役割となっていた。


 「菅原さん、ありがとうございました」

 「kei達も随分、カメラ慣れしたわねー。最初の頃はガチガチに緊張してたのに」

 「あの頃は必死でしたね」

 「あぁー。あの頃は……まだ何も分かってない状態でしたし」

 「だよなー。今も緊張しますけど、あの頃とは違う緊張感ですね」

 「皆が成長してるのが、よく分かるわよ」


 彼らと仲睦まじく話をする菅原を、羨望の眼差しを向けるスタッフが多いのであった。




 「hanaー! このフレーズよくない?」

 「いい! こんな感じは?」

 「いいじゃん! そしたら、流れ的にさー」


 いつものスタジオでは和也と奏がギターとキーボードを弾きながら、インストの曲を考えていた。


 「ここ、アップテンポの方がかっこよくないか?」

 「あぁー、確かに……じゃあテンポはー」


 明宏が加わり、ドラムでリズムを刻む。彼に合わせるように、ベースにギター、キーボードと音が重なり合っていく度に、実に楽し気な笑みを浮かべていた。

 純粋に音色だけの勝負の為、個々の技術が際立つ演出が出来るのもインストならではだ。転調が多くても曲として成立するのは、歌声がないからである。

 ライブの始まりや衣装替え後の出だしは、前回のワールドツアーでも反応の良かったインストを演る為、日々新しい曲を考案中であった。


 「じゃあ、最初からな!」

 『了解』


 圭介の声を合図に、曲がまとまっていく。


 散らばっていた音のカケラが……集まるこの瞬間がすき。

 もっと……弾いていたいって想う。


 音楽に精通している彼らだからこそ出来るライブだろう。バンドが通常、ボーカル無しで勝負する事は、かなりのチャレンジャーだ。毎回、この五人だからこそ出来るライブは、幻想的な世界観を創り上げ、国外からも高い評価を得ていた。


 ミスは一つも許されない。

 観客は、世間は……今以上のモノを求めてくる。

 本当……そう思うと、厳しい世界……


 彼女は、気持ちを切り替えるように息を吐き出すと、再びキーボードに視線を移す。彼らについて行く為には、常に練習が欠かせないのだ。


 「hana、次はレコ大の曲演りたい」

 「了解」

 「一回通したら、そこまでで一旦休憩な」

 「あぁー、昼になるんだな」


 休憩を忘れがちになる事が多々ある為、圭介が声をかける役割を担っていた。

 明宏のドラムを合図に音が混ざり合う。レコード大賞を受賞した"君と僕と"は、彼女が作詞作曲し、彼ら五人で編曲したものだ。他にも個々にノミネートされた賞はあるが、彼らにとっては、water(s)としての賞の授与が一番重要であった。


 「OKだな。昼、何か買ってくるか?」

 「今日、サンドイッチなら作ってきたよー」

 「hana、ありがとう。そしたら、俺が甘いの買ってくるよ」

 「わーい!」

 「じゃあ、牛乳もよろしく。コーヒー淹れて待ってるから」

 「了解、他にいるのあるか?」


 大翔が買い出しに出ると、地下のスタジオから三階のキッチンに冷蔵庫も完備されている休憩室に集まる。和也はコーヒーを淹れ、奏達はテーブルの準備をしながらテレビをつけると、彼らの曲が流れていた。


 「hanaのCMは、いつ見ても別人だな」

 「私もそう思う」


 化粧品のCMはいつもと違うヘアメイクだし……カメラの前で動くのは緊張するし……


 「綺麗に映ってるんだから、いいじゃん」

 「はい、ご馳走さま。」

 「miyaは相変わらずだなー」

 「えっ? 本当の事だろ?」

 「ちょっ! miya!」


 思わず頬を赤らめる様子に、意地悪な笑みを浮かべる。


 「miya、からかいすぎだろ?」

 「もう! みんな、助けてよー」

 「悪い。いつもの事だから聞き流してた」 

 「akiまでー」


 彼女が困ったような表情を浮かべている中、彼らがいつものように笑い合っていると、コーヒーの良い香りが部屋に広がっていった。




 「可愛い!」

 「本当だー! かっこいいね!」

 「うん!」


 制服姿の彼女達は試聴しながら、小さなテレビ画面から流れるPVの映像に感動していた。彼らのアルバムが発売されたばかりである。


 「エンドレも良いけど、やっぱりhanaの声が断トツだね!」

 「うん!! 来年はワールドツアーかぁ。ドームのチケット当たらないかなぁ」

 「ねぇーっ! 人気だもんねー」


 CDを予約していたのだろう。試聴を終えると、会計カウンターに並んだ。


 「ありがとうございます。water(s)の初回限定版購入者に、先着でステッカーをお渡ししています」

 「わぁー、ありがとうございます」


 購入者が思わず声を上げる。water(s)と書かれたステッカーは、奏がデザインしたものだった。今回は、ピンク色の花があしらわれたデザインである。


 「……喜んでるな」

 「そうだな……奏にメールしとくか?」

 「だな」


 ちょうどCDショップに来ていた圭介と大翔は、自分達のアルバムが店内の目立つスペースに設置されている事にも、試聴して購入してくれる人達がいる事にも、喜んでいた。

 声をかけた事はないが、CDを購入している人や、聴いてくれている人を見かける度に実感していたのだ。あの頃に想い描いた夢が叶っていると。


 「圭介が買ったのはクラシックかー」

 「まぁーな。ソロの後学の為にもな」

 「相変わらずだな」

 「大翔もこの間、買ってただろ?」

「毎年……ソロデビューする奴はいるけど、翌年も残れるのは、ほんのひと握りだからな」

 「そうだよな……スギさんのプレゼントも買えたし、楽器店も寄ってくか?」

 「行く行くー! 何か久々だよな、圭介と出かけるの。明宏も行けたら良かったのにな」

 「みんな、忙しいからな」


 シングルやアルバム制作の期間中は、スタジオにこもりきりになる事が多い。その上、バンド活動以外の仕事もこなしている為、メンバー同士で活動以外に会う機会は、学生の頃よりも減ってきていた。


 「忙しいのは、有り難い事ではあるけどなー」

 「そうだな……次の出演のリハ、楽しみだな」

 「勿論!」


 当日のリハーサルのみの音合わせで、本番に臨む事も彼らにとっては日常の一つとなっていた。




 彼女の目の前では、今年デビューしたミュージシャンが緊張しながらも歌っている。


 ーーーー私も、あんな感じだったのかな…………初めて知る空気感に触れる度、五人だから超えられてきたステージがいくつもあった。

 みんなとだから見れる景色が…………


 生放送の歌番組に多数出演はしていても、カメラやスタッフの多さには慣れないようだ。奏はグラスに入った水を一口飲むと、自分達の出番へ気持ちを高めていった。


 「ーーーーすご……」

 「あぁー」


 小声で呟いたのは、ENDLESS SKYのJUNとTAKUMAだ。彼らも同じ会場内で出番を終えた為、純粋にアーティスト達の演奏を楽しんでいた。water(s)は会場内のアーティストを魅了しているように映っていた。


 「お疲れー」 「お疲れさまー」


 控え室でハイタッチを交わす。今日のステージの出来に満足のようだ。


 「皆、お疲れさまー。明後日は当初の予定通りクリスマスのスペシャルライブに参加だからね」

 「了解です」

 「スギさん、一足早いですけどメリークリスマス!」


 メンバーを代表して杉本にクリスマスプレゼントを彼女が手渡すと、嬉しそうな表情に綻ぶ。


 「毎年ありがとう。開けていいかい?」

 「はい!」


 買い出しを担当した圭介と大翔は、メンバーと何にするか連絡を取り合っていた為、中身は五人とも分かっていた。箱を開けると、中には二人分のストールが入っていた。


 「ありがとう……優香と大切に使わせて貰うね」

 「はい! スギさんも体調に気をつけて下さいね」

 「うん」


 杉本へのクリスマスプレゼントも、今年で十一回目であった。


 「奏、今日もお疲れ」

 「和也もお疲れさまー」


 二人が家に着くと、梨音と怜音はベビーシッターのおかげでぐっすりと眠っていた。


 「二人とも可愛いね」

 「寝顔は相変わらずな。ケンカする時は、どっちも怪獣だけどなー」

 「うっ……確かに。基本的には仲がいいんだけどね」

 「まぁーな」


 寝室で静かに眠る我が子の顔に、一日の疲れが癒されていくようだ。


 「奏……今回のアルバム制作も楽しかったな」

 「……うん。まだ順位落としてないって、スギさんが言ってたよね」

 「あぁー……CDは俺達にとって、想い出が詰まってるアルバムみたいだからな」

 「そうだね……」


 想い出がまた一つ増えていく。

 五人の音が重なる度に……


 「綺麗な月……」


 彼女が窓の外を見上げると満月が出ていた。


 「本当だ……想い出すな……」

 「ーーーーそうだね……」


 デビューが決まった時。

 立ち止まりそうになった時…………プロポーズの言葉も、空に咲く花も……


 見上げた夜空に、想いを馳せる。不意に頬に触れる指先に、彼女はそっと瞼を閉じていった。

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