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君のうた  作者: 川野りこ
108/126

第99話 君と永遠を誓う。

 seasonsの扉を入ってすぐ右手には、大きな笹の葉が飾られている。奏の提案した通り、メンバーだけでなく長谷川や杉本等、スタッフも短冊に願い事を書いていた。短冊はファンから見えやすい位置につけられているが、願い事は五人とも同じような内容であった。


 「可愛い! 星型だ!」

 「本当だなー!」


 ピンクや黄色、水色等のカラフルな星型の短冊が、観客へチケット確認時に渡されている。バーカウンターは閉められ、代わりに短冊を書けるようにペンが用意されていた。今回は開場時間を区切っていた為、短冊を書いてから、席に着けるように配慮されていた。

 簡易の椅子には、water(s)から日頃の感謝の気持ちを込めて作った七夕限定のフェイスタオルが置かれていた。


 「やば! 可愛い!」

 「だなー! これ、貰えるのかな?!」


 開演時間五分前になった所で、彼女からアナウンスがかかった。


 「本日は、七夕限定ライブにお越し頂きありがとうございます。短冊は書いていただけたでしょうか? 椅子に置いてあったタオルは、私達からのプレゼントです。それでは、まもなく開演時間になりますので、もう暫くお待ち下さい…………以上、hanaでした」


 最後に念の為付け加えると、観客から拍手と歓声が沸き起こっていた。


 「はぁーー……緊張した……」

 「ちゃんと言えてたじゃん!」

 「上手かったぞ」


 いつもは圭介が挨拶をするが、今回はいつもと違う趣向という事で、奏がその役割を請け負っていた。

 いつものように五人で円陣を組み、重ねた右手を掲げ、ステージへ向かう。


 「こんばんはー! 本日は七夕限定ライブにお越し頂き、ありがとうございます!」


 珍しい彼女の挨拶に歓声が上がる中、インストが流れる。


 スギさんが、私達を探してくれたんだよね。

 あの時、ライブを見て貰えてなかったら…………まだデビューしてなかったのかもしれない。

 そんな事……みんなに言ったら『いずれ、デビューはしてたさ』って、言われたっけ…………


 あの日の月に願っていた。

 これからも……みんなで、音を創っていけますように…………


 それは、今も続く願いの一つ。

 彼らの書いた短冊には、『ワールドツアーを成功させる!』と、文面は違うが同じ願いであった。


 アンコールの声に応え、五人はこれから発売する"君と僕と"を奏で始めた。

 最後にオリコンチャート一位を今も継続している"勿忘草"を披露すると、最大限の賛辞が送られる中、一夜限りの七夕限定、ファンクラブ会員限定のライブが幕を下ろした。


 「すごい! 楽しかった!」

 「だな! また演ってくれないかなー」

 「だよねー! 短冊も見つけられたし!」

 「そうだよな! メンバー全員が、同じ内容で笑っちゃったけどな」

 「確かにーー! 私はまた抽選が当たりますようにって書いたよー」

 「おまえ、らしいなー」


 抽選に当たったカップルが、テンションが高いまま駅に向かっているのだろう。

 笹の葉は撮影可能だった為、観客は皆、写真を撮って帰っていく。その場でSNSにアップした人もいるようだ。


 「ーーーー反応は上々だな」

 「そうだね……」


 私服に早々と着替え、偵察していた和也と奏からも笑顔が溢れる。ファンの反応に喜んでいたからだ。


 「また出来るといいね」

 「あぁー、そうだな」


 観客を見届けると、いつものようにseasonsでは春江やスタッフ等を交えての打ち上げを行っていた。


 「春江さん、今日はありがとうございました」

 「久しぶりにいい音を聴かせて貰ったよ」

 「それは光栄です。seasonsでライブが出来て楽しかったです」


 奏も和也も高校生の頃から変わらない印象を受ける。成長はしているが、春江にとっては娘や息子のような存在のようだ。


 「hana達の子供はいくつになったんだい?」

 「今年で四歳になります」

 「可愛いですよー、写真見ますか?」

 「ちょっと、miya!」


 和也が親バカっぷりを発揮しているが、春江は柔らかな笑みを浮かべた。かつての約束を想い出したからだろう。


 「梨音ちゃんと怜音くんだっけ?」

 「はい! 四月から幼稚園に通い始めたので、毎日が新鮮みたいですよー」

 「子供の成長は早いから、楽しみだねー」

 「はい!」


 彼女の優しい笑みは、hanaというよりママとしての顔である。


 「hanaー! スギさんが笹の葉の前で写真撮るってー!」

 「はーい! 春江さん、また後で……」

 「えぇー」


 穏やかに微笑む春江に笑みを返すと、ファンやスタッフと共に創り上げた笹の葉を背景に写真に収まっていた。


 五人は短冊の願い事が叶いますように……ではなく、『ワールドツアーを成功させる!』と、言い切ったものだったから…………叶うと信じていたの。


 東京の夜空から天の川を見る事は出来ないが、願っていた。それは、彼らの変わらない願いであった。




 奏はピンクベージュのレースが可愛らしいミモレ丈のワンピースに、パールのネックレスとピアス、左手には婚約指輪もつけている。髪は綺麗にアップされ、これから友人の結婚式に参列するに相応しい格好である。


 「ママ、きれいー!」

 「きれい! おひめさまみたーい!」

 「怜音、梨音、ありがとう。ママは結婚式に参加してくるから、パパと待っててね」


 可愛らしい反応をする二人の頭を優しく撫でると、元気よく揃って応えていた。


 『うん!』

 「奏、迎えに行くからホテルを出る頃に連絡して? せっかくドレスアップしてるし、みんなで出かけたい」

 「うん! ありがとう和也、いってきまーす」

 「いってらっしゃい」 『いってらしゃーい』


 玄関先で見送られ、理花の結婚式に参列する為に駅から直結のホテルを訪れていた。


 「奏、こっちだよー」

 「綾ちゃん! 久しぶりー」


 手を取り合い、数ヶ月ぶりの再会を喜び合う。


 「詩織ちゃんは?」

 「詩織も、もうすぐ着くって連絡来てた」

 「本当だ……」


 携帯電話を見ると、彼女にもメッセージが届いていた。


 「理花ちゃん、綺麗だろうねー」

 「そうだねー、阿部っちが羨ましいね」


 学生の頃のように話していると、詩織がやって来た。


 「二人とも久しぶり」

 「久々だねー」 「詩織ちゃん、久しぶりー」

 「奏はテレビでよく見るから、久々の感じしないけど」

 「そんなー」

 「詩織は、相変わらずだねー」


 話は尽きないが挙式の時間になった。チャペルに移動すると、純白のウェディングドレスに身を包んだ理花とネイビーのタキシードを着た阿部が姿を現した。大学四年間を共に過ごした友人達の結婚に、小さな感嘆の声が上がる。


 ーーーー綺麗……私まで……幸せな気持ちになる。

 理花ちゃんと阿部っちが結婚かー……


 参列者は親族が中心の披露宴会場では、懐かしいクラスメイトが同じ円卓に揃っていた。


 「金子に会うの卒業以来だよね?」

 「そうだな。みんな、元気だったか? って、言っても拓真と潤に上原は、久々って感じしないけど」

 「金子まで詩織と同じ事、言ってるー」


 綾子が可笑しそうに笑っていると、二人の入場となった。


 「わぁー!」 「理花、綺麗……」 「素敵……」


 着席すると、阿部の乾杯を合図に披露宴が始まった。フレンチ料理のフルコースが進む中、理花がイエローのカラードレスにお色直しをすれば、また声が上がる。

 各テーブルを写真を撮って回る。幸せそうな二人の顔に、参列者からも笑顔があふれていた。


 「私も結婚したい……」

 「詩織、相手は? 社会人になって、知り合った人いるって言ってたじゃん」

 「最近、別れた。そう言う綾子は?」

 「私は、最近付き合い始めた人いるよー」

 「いいなー、幸せそう」


 ホテルのエントランス付近で、二次会的な飲み会を急遽する事になった為、主役の二人を待っていた。


 「hanaも行けるのか?」

 「ううん、私は理花ちゃん達の顔を見たら帰るよ。TAKUMAは?」

 「俺は参加してくー、潤も行くだろ?」

 「あぁー、来月のフェス、俺達も出るからよろしくな」

 「わーい! 楽しみだね! 綾ちゃんが彼氏さんと見に来てくれるんだよー」

 「うん! 楽しみにしてるね! エンドレも同じ日にちだったよね?」

 「石沢、チェックしてくれてたんだ? 同じ日付だけど時間帯が二番手」

 「それは、酒井は高校からのクラスメイトだしって言いたい所だけど、樋口が元同じ会社の同期だから情報が入ってくるんだよ」

 「樋口、モテるの?」

 「そうだよー、詩織。同期や先輩から人気があるみたいでね」

 「辞めたの、だいぶ前な気がするんだけど……」

 「そうだけど、女子は噂好きが多いからねー。金子は仕事どう?」

 「五年目になるからなー……なんて言うか、中堅的な?」

 「それは分かるー、どこも同じだねー」

 「そうだよなー」


 綾子も音楽関係の企業の為、金子と同じような立ち位置なのだろう。


 「詩織ちゃんは? 母校はどう?」

 「生意気な生徒もいるけど、概ね良好だよ。奏は来年、ワールドツアー演るんでしょ? ニュースになってた」

 「うん、楽しみではあるかなー……あっ、理花ちゃん! 阿部っち!」


 本日の主役が来た事により、大学当時よくカフェテリアに集まっていたピアノ専攻の八人が揃う。


 「みんな、今日は来てくれてありがとう!」

 「二人とも、おめでとう!」

 「おめでとう!!」 「理花、綺麗だった!」


 祝福していると、奏の携帯電話のバイブ音が鳴った。和也から連絡が来たのだろう。


 「今日はお招きいただきありがとう。また会おうね!」

 「うん! 奏、今日は来てくれてありがとう!」

 「また会いたい」

 「うん! 詩織ちゃんと会えるの楽しみにしてるね」

 「奏、無理しないようにね!」

 「綾ちゃん、ありがとう。綾ちゃんもね!」


 学生の頃のように抱き合えば、込み上げる想いがあった。

 ホテルのロビーを一人で出て行くと、エントランス付近には、綺麗目な格好をした和也と双子が揃っていた。


 『ママー!』

 「梨音! 怜音!」

 「挨拶はもう済んだのか? もう少しいるなら、お茶して待ってるよ?」

 「ううん、大丈夫だよ。ありがとう、和也……梨音と怜音もお留守番ありがとう」

 「うん!」

 「うん! ママ、たのしかったー?」

 「うん! 楽しかったよー、二人とも幸せそうで素敵な式だったなー」

 「よかったな」

 「うん……」


 和也は引き出物を持つと、自然と右手を取って腕を組むように促した。いつものように和也の右手を怜音が、奏の左手を梨音が握っている。


 そんな四人の後ろ姿を見つけた綾子は、幸せそうな家族の姿に微笑んでいた。


 「綾子、なに笑ってるの?」

 「ん? ちょっと前を奏達が歩いてたから……」

 「えっ? 見たい!」 「あっ! 本当だー! 」


 詩織も理花も優しく微笑む奏の横顔に、改めて彼女が母親である事を実感したようだ。


 「hanaで会ってると忘れがちだけど、子供が二人いるんだよなー」

 「そうだな」

 「ミヤ先輩は、変わらずにかっこいいな!」

 「だよなー!」


 彼女のドレスアップに合った服装を三人ともしている。楽しそうな横顔を見ていると、梨音が後ろを振り返った。


 「……あやちゃん!」

 「えっ? 綾ちゃん?」


 梨音に続いて奏だけでなく、和也も怜音も振り返れば、彼女の同級生が程近い距離を歩いていた。


 「奏……ミヤ先輩、りーちゃん、れーくん、お久しぶりです」

 「綾ちゃん達、久しぶりだね。TAKUMAとJUNはそうでもないかな?」

 「は、はい」 「こ、こんにちは」

 「阿部くん、理花ちゃん、結婚おめでとう」

 「あ、ありがとうございます」


 緊張した面持ちで阿部が応えていると、梨音が尋ねた。


 「ママー、だぁれ?」

 「ママのお友達だよー」

 「おともだちー?」

 「梨音も怜音も、幼稚園にお友達がいるでしょ?」

 『いるー!』


 同時に応える姿が何とも愛らしい。


 「二人ともご挨拶は?」

 「みやまえりおです。こんにちはー」

 「みやまえれおです。こんにちは」


 綺麗にお辞儀をするさまは、奏や和也とよく似ていた。


 「これから何処か行くの?」

 「うん……夕飯を食べにね」

 「うん! ママがきれいだからディナー!」

 「うん! おめかししてディナー!」


 素直な反応に、綾子達からも笑みがこぼれる。


 「和也……」

 「悪い……二人とも買い物も行くだろ?」

 『うん! 』


 梨音と怜音はパパとママの手を握って嬉しそうだ。


 「みんなもこれからご飯でしょ?」

 「あぁー、ちょっと早いけど近くの店で二次会的な感じだな」

 「さっき樋口が予約してた」

 「さすがJUNだねー」

 「ママー、お腹空いた」

 「怜音は相変わらず、食欲旺盛ね」

 「しょくよくお?」

 「うん、お腹空いたから食べに行こうか? 梨音は?」

 「りーも! パパがおやつくれなかったからー」

 「この後のご飯が美味しくなるように、おやつなかったんだよ?」

 「そうなの?」

 「そうだよ」


 そう応えた和也を見上げ、二人は考えるような仕草だ。


 『ーーーーパパ……ありがとう』


 子供の素直な性格は羨ましい限りである。


 「じゃあ、俺達はここで」

 「みんな、またねー」

 「またねー!」 「バイバーイ!」


 梨音と怜音も手を振り去っていく。その後ろ姿に、ずっと変わらずに続いている二人を羨ましく思った者が何人いた事だろう。

 和也が梨音を右腕で抱きかかえると、怜音は両手をパパとママと繋ぎ、嬉しそうに飛び跳ねていた。


 「あの二人は変わらないね。高校から、あんな感じなの?」

 「うん、そうだよー。ねっ、酒井?」

 「あぁー、そうだな」


 高校から知る綾子と拓真は、デビュー前の彼らを間近で見てきた。

 大学生の頃から、あまり変わらない二人の様子に詩織からは思わず本音が漏れる。


 「いいな」

 「詩織が羨んでるー」

 「だって、素直に羨ましいよ。好きな事を仕事に出来てるし」

 「それは詩織もでしょ?」

 「教師の仕事は好きだけどね。五年経つと、色々思い返す事はあるよ」

 「それは分かるな」

 「だよね? 金子」

 「あぁー、学生時代って貴重な時間だったなってな」

 「そうそう」

 「そういう点では、エンドレの二人も羨ましいな」

 「金子まで、どうしたんだよ? 酔ってるわけじゃないだろ?」

 「ーーーー阿部っち達も羨ましくて、彼女が欲しいって事だよ……」

 「あぁー、なるほどな」


 要は幸せそうな宮前一家や阿部夫妻を見ていると、結婚したくなる……と、いう事らしい。


 「店、着いた」

 「樋口は相変わらずマイペースだな」

 「え? ほら、入るぞ?」

 『はーい』


 四年間共に過ごした仲間は、いくつになっても変わらずに話の合う友人の一人である。樋口の予約したオープンテラス席で、開放的な話をすれば学生の頃に戻ったような感覚があった。




 「もしもし? 奏?」

 『綾ちゃん? もう会場入りしたの?』

 「うん! これからエンドレを見るところー!」

 『終わったら、バックステージ来る? 出番前なら控え室って、言っても簡易だけど」

 「いいの!?」

 『うん! かず……miyaが、みんながOKだって』

 「本当?! しんちゃん、奏の所に行ってもいい?」

 「うん、勿論」

 「行くーー!」


 奏には二人の会話が、携帯電話越しに聞こえていた。


 『慎二さんもよかったら、一緒に来て下さいねーって、伝えてね! エンドレ終わったら連絡頂戴? お昼は一緒に食べれる?』

 「うん! 分かったー!」


 綾子は比較的大きな声で応えた。周囲の声が大きいからだ。


 ENDLESS SKYの二人が登場すると、より一層大きな歓声に包まれていた。


 「凄い、歓声だな!」

 「そうだね!」


 ステージに立つTAKUMAとJUNは、先月会った時とは別人である。揃ってパンツにTシャツとラフな格好ではあるが、ミュージシャンの顔をしていた。


 立ち見席の為、綾子は水分補給をしながら隣にいる慎二と共に、エンドレの演奏に耳を傾けていた。


 「miya、迎えに行ってくるね」

 「あぁー、俺も着いていくよ」

 「……hana、miya、僕が呼んでくるから、二人はここにいるように」

 『はーい』


 杉本に止められ、二人はおとなしく控え室の椅子に逆戻りだ。


 「……もしもし? 綾ちゃん? 他のアーティストはいいの? うん。今、マネージャーさんが行った。ポロシャツにチノパンで、プレス用の入館証を首から下げてる。うん、綾ちゃんに声かけてくれると思う。そう、杉本さん」


 彼女は迎えに行けなくなった事を、綾子に伝えているようだ。もしhanaがいると周囲にバレてしまったらパニックになりかねない為、代わりに杉本が動いてくれたのである。


 「止められちゃったね」

 「だなー」

 「二人ともスギさんを困らせるなよ? こういう時は、頼むように言われてただろ?」

 「はーい」

 「でも、こんだけ人が居たらバレなくない?」

 「念には念をだよ」

 「そうそう。特にhanaとmiyaは、目立つんだからな?」

 「そんな事ないよね?」

 「あぁー、普段バレないし」

 「それはバレてても、梨音と怜音がいるからじゃないか?」

 「そう、家族団欒を邪魔する人はいないって事だろ?」

 「そうか?」


 腑に落ちないようだが、実際はメンバーの言う通りであった。そんな話をしていると杉本が戻って来た。


 「スギさん、ありがとうございます!」

 「いいえー、頼むから二人とも自重してよ?」

 「うっ……」 「はーい」

 「miyaは、返事はいいんだけどなー」

 「hanaだけ行かせると不安だろ?」

 「それは分かるけど」

 「ちょっと!」


 メンバーだけでなく、スタッフからも笑みがこぼれている。


 「もう! 綾ちゃんまでー」

 「ごめん、奏…じゃなかった、hana?」

 「ううん、名前で大丈夫だよー。控え室は知ってる人しかいないから」

 「紹介するね。今井いまい慎二しんじさん。私達の五個上だよ」

 「はじめまして、宮前奏です。こっちが夫の和也です。今日は来て下さってありがとうございます」

 「奏ちゃんね。綾子から話はよく聞いてるよ。よろしくお願いします」

 「こちらこそ、よろしくお願いします」

 「hana、座って貰ったら?」

 「うん! kei、ありがとう」


 椅子に座るよう促され、バンドメンバーを紹介した。


 「ーーーー本当に、water(s)なんだな……」

 「なに? 信じてなかったの?」

 「信じてるけど、信じられないっていうのが正解かな? 綾子の友人がhanaだとは思わないからな」

 「それは、私も不思議な感じ。ちなみにエンドレのTAKUMAも同じ高校出身者だよ?」

 「凄いなー」


 慎二は心の底から感心しているようだ。彼女の身近にミュージシャンがいる事にも、彼女が音楽を好きな人物だという事にも。


 『ママー!』

 「梨音、怜音、いい子にしてた?」

 「うん! たけにぃにアイスかってもらったー!」

 「ありがとうした?」

 『うん!』

 「健人さん、ありがとうございます」

 「いいえー、んで、これは差し入れね」

 「わーい! ありがとう」

 「和也……似てない……」

 「もしかして、私の真似?」

 「ちょっと、ミヤ先輩……笑かさないで、下さいよー」

 「ほら、綾ちゃんにはうけたじゃん!」

 「うけないよー! もう……」

 「じゃあ、俺は後からまた顔出すな」

 「んーー、ありがとう」

 「和也、頑張れよー」


 健人は他も見て回る為、双子を残して控え室を出て行った。ライブ前のしばしの休息時間である。


 「ご飯、美味しいね」

 『うん!』


 梨音と怜音も椅子に腰掛け、静かに昼食をとる。健人に買って貰ったアイスが楽しみなようだ。


 「綾ちゃん、慎二さん、よかったらおかわりして下さいね」

 「ありがとう……」


 water(s)の控え室になっているテントの中は、とても広く、空調が効いていて過ごしやすい空間だ。ケータリングが用意され、スタッフもバンドメンバーも関係なく、昼食をとっていた。

 彼らの出番は最後の為、五時間近く時間が空く。以前なら近くのホテルにゆっくり滞在し、観光したり、他のバンドをこっそりと聴きに行ったりしていたが、今回はENDLESS SKYが同じステージの二公演目という事で、彼らの時間に合うようにステージから程近い控え室に集まっていた。


 「エンドレのライブ、盛り上がってたねー」

 「奏も見てたの?」

 「見えないけど、ここは特等席だから聴いてたよ。今、演奏してる人は次の曲で終わっちゃうと思うけど、二時十五分から高校の頃に聴いてたバンドが出るよー」

 「そうだったねー。なんかエンドレとwater(s)を見る! って、意気込んでたから忘れてた」

 「綾子らしいな」


 綾子は慎二と仲が良さそうだ。そんな二人の様子に、奏も自然と笑顔になる。


 「ママー、たけにぃのアイス食べたい!」

 「うん! じゃあ、みんなにも配ってくれる?」

 『うん!』


 元気に応えると、綾子と慎二、スタッフへと奏と和也と共に配っていく。最後にメンバーが選ぶと、梨音と怜音は自分達で選んだアイスに喜んでいた。


 「美味しいねー。健人さんにお礼言わないとね」

 「うん! パパー、たけにぃはー?」

 「健人はまた六時前に来てくれるから、パパ達がいない間、一緒に待っててな?」

 『うん!』


 二人はアイスを片手に元気よく応える。

 和也のパパらしいさまに、綾子が感心していると、控え室の外から懐かしい曲が流れる。彼女達が高校生の頃に流行っていた曲だ。


 「懐かしいなー」

 「ギタープレイが上手いよなー」

 「だなー。このバンドが終わったら、あと二組か……」

 「他のステージ、見に行く?」

 「またスギさんに止められるぞ? LAKE STAGEの四時二十分からの見たかったんだろ?」

 「miya、よく分かったね」

 「たまに携帯で曲流してるじゃん」

 「そっか……綾ちゃん達は、この後はどこか行く予定ある?」

 「water(s)のライブ見たいから、立ち見席に行くつもりだよ?」

 「そしたら、舞台袖で良ければ見ていってよ?」

 「ミヤ先輩、いいんですか?」

 「うん! いいよな?」

 「それは、勿論!」 「あぁー」 「構わないよ」

 「だってさ! メンバーの許しは得たから、綾ちゃんと慎二さんが良ければね」


 メンバーの楽しげな様子に、スタッフも歓迎ムードだ。


 「うん! 綾ちゃんと慎二さんがよければ……」


 奏は双子の相手をしながらも、きちんと話を聞いていたようだ。綾子は慎二と顔を見合わせると、笑顔で応えた。


 「うん! お言葉に甘えさせて頂きます」


 午後五時五十分。GRASS STAGE付近には、人集りが出来ていた。

 バックステージには衣装に着替えた彼らが、いつものように集まっている。


 「いよいよだね!」

 「hana、楽しそうだな」

 「うん! このステージに立つと、夏が来たなーって、実感するから」

 「それは分かる!」

 「だよなー!」 「あぁー」


 これから約六万人の観客の前で演奏するとは思えないほどに、いつも通りである。


 「梨音、怜音、いい子にしててね」

 『うん!』

 「健人さん、よろしくお願いします」

 「うん、二人とも頑張って」

 「はい!」 「あぁー!」


 梨音と怜音を健人に託すと、奏と和也はメンバーが円陣を組む中に加わる。


 「今年もラストだな! 気合い入れて行くぞー!」

 『おーー!!』


 いつものようにハイタッチをして行く中、奏は綾子と両手を握り合っていた。


 「綾ちゃん、いってきます!」

 「うん! 奏、楽しみにしてるね!」


 綾子だけでなく、慎二ともハイタッチを交わすと、奏は微笑んでステージに立っていた。


 「うわ……」 「……凄いな…」


 音色だけで観客を魅了するwater(s)に、思わず声が出る。初めて間近で見るライブは、迫力が客席から見るのと桁違いだ。

 簡易の椅子が用意されていたが、二人とも座る事なく聴いている。奏の姿はほとんどが後姿や横顔だが、彼らの立ち振舞いの姿だけで、どんなにライブを楽しみにしていたかは、綾子だけでなく、慎二にも伝わっていた。


 ーーーー毎年……ここに立つ度に想う。

 この景色があるから、ライブは止められない。


 スタンディングゾーンだけでなく、彼らのステージから見える観客は、全てがwater(s)のファンだと錯覚する程の盛り上がりを見せていた。


 一時間半のライブが終わると、鳴り止まない拍手と歓声が響いていた。


 「お疲れさまー!」 「お疲れー!」

 「気持ちよかったなー!」

 「あぁー!」 「みんな、お疲れー!」


 いつものように五人はハイタッチをしたり、抱き合ったりしているが、観客から音は鳴り止みそうにない。


 「奏、お疲れさま!」

 「綾ちゃん、慎二さん! 今日は、聴いて下さってありがとうございます!」

 「感動した……」

 「うん、言葉にならないけど……凄かった……」


 その言葉に喜んでいると、あまりに歓声が続いている為、急遽一曲だけ演奏する事になった。これも最近の恒例ではある。


 「今年はどうする?」

 「毎回、即決してる気がするな」

 「だよなー」

 「一人じゃない方がいいかなー」

 「却下だろ? miya?」

 「うん」

 「miyaだけじゃなくて、akiも?」

 「その方が面白いからな」

 「うっ……じゃあ、曲は?」

 「……綾ちゃんは、何の曲がいい?」

 「えっ?! ミヤ先輩、私ですか?!」

 「せっかく来て貰ったから、すきな曲をhanaが演奏するよ?」

 「ーーーー“春夢“……」


 綾子の応えに微笑む。デビュー前からの曲を選んでくれた事が嬉しかったからだ。


 再びステージで五人は手を繋ぎ一礼をすると、奏だけが一人残った。彼女は和也のアコースティックギターを片手に、マイクスタンドの前に立っていた。

 彼女の姿が観客席を静寂に包む。アカペラで歌い出した声に、舞台袖で見ていた綾子の瞳から涙がこぼれ落ちる。


 「相変わらず……さらっと歌うよなー」

 「あぁー、本当……ギターも上手くなったな」

 「だなー、miyaは……こうなる事、分かってたのか?」


 大翔の疑問に和也は笑みを浮かべた。懐かしい曲に、彼らも当時を想い返していた。


 「ーーーーあんな風に歌えるの……奏だけだよ。いつも……予想以上だ……」


 彼女は期待を裏切らない。いつも期待以上のモノを発揮していた。


 音色が終われば、割れんばかりの拍手と歓声が響く。綾子は涙を拭っていた。彼女だけでなく、観客の中にも泣いている人が多いようだ。


 感動を届けた本人は、仲間達と共にハイタッチをしたり、抱き合ったりと、いつもと変わらない光景だが、綾子の瞳には輝いているように映っていた。


 「綾ちゃん! 慎二さん、今日はありがとうございました」


 二人の前でお辞儀をする彼女は、先程までステージで一人で歌っていたとは思えない程に自然体だ。


 「またライブがある時、教えてくれるかな? 見に行きたいから」

 「慎二さん……ありがとうございます! 綾ちゃん……?」


 綾子は高校の頃を想い出していたのだ。駆け抜けてきた日々の事をーーーー。


 「奏……素敵だったよ……」


 涙目になりながら応える綾子に、彼女の瞳にも涙が滲んでいるのだった。




 『ーーNEW WATER……山の恵みから出来た天然水ーー』


 テレビからwater(s)の曲が流れると、画面には白い衣装を着た五人が映る。水を飲み干したり、浴びたりと、一人ずつの映像の後に、五人揃って草原に寝転ぶさまに、はじめから思わず声が出ていた。


 「……ロングバージョンだな」


 彼の言った通り、今のCMは五人が映るロングバージョンだ。各自一人ずつの十五秒程度のショートバージョンと六種類制作れていた。


 「何か業界の人みたいねー」

 「いや、そうでしょ。奏は、この間のライブも大成功ってニュースになってたし」

 「創もチェックしてくれてるのね」


 嬉しそうにする母に、創は照れくさそうになりながらテレビに視線を移す。姉弟きょうだい仲は、変わらずに良いようだ。

 テレビから時折流れる彼らの音色は、常に新しい。CMの映像に新たな色を添えていた。


 「はぁーー、凄いなー」

 「だなーー」


 真夏の日差しにサングラスをかけた二人は、液晶の大画面に映し出される映像を眺めていた。

 この音に溢れる世界で、彼らはこの十一年間席巻し続けている。二人はそう感じていたのだ。


 「なぁー、潤……俺らは、今……どの辺にいると思う?」

 「どの辺って?」

 「……少しは近づけてると思ってたけど、ライブや……今みたいに曲を街中で聴いたりすると、遠いなって思うんだよ」

 「そうだな…………それでも……拓真と、音楽を演り続けたいとは思ってるけど」

 「潤は……そういう所は、天然だよなー」

 「何でだよ! 拓真が聞いてきたんだろ?」

 「んじゃあー、今日の収録も頑張りますか!」

 「あぁー」


 彼らが気合を入れ直す中、遠くからwater(s)の音色が流れていた。

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