第97話 半休止
歌謡祭やクリスマスライブ等の音楽番組への出演を終えると、その年のレコード大賞に選ばれていた。
「おめでとうございます! それでは歌って頂きましょう。water(s)で"空色"……」
大賞は今年で五度目の受賞である。
ライブツアー中に作ったこの曲は、オリコンチャートで三十二週連続一位を獲得し続けていた。
「今年もwater(s)か……」
「あぁー、アルバムもまだ一位なんじゃないか?」
「そうだったな……」
ENDLESS SKYの二人もノミネートされていたが、大賞を逃し、ステージで演奏する彼らをただ見つめていた。
「やったな!」
「あぁー」 「信じられないな……」
「そうだな……」
hanaは言葉にすらならない。ステージでは涙ぐみながらも歌いきってみせたが、緊張の糸が切れたのだろう。涙が溢れ、頬をつたえば優しい指先が伸びる。
「hana! お疲れー」
miyaが頭を撫でると、keiやakiにhiroも肩を寄せ、抱き合ったりしながら、喜びを分かち合う。
ーーーーーーーーまた一つ、夢が叶った気がする。
デビューしてから十年…………五人だから見れた景色が、いくつもあった。
hanaと彼らの想いは同じであった。
控え室で喜び合えば、杉本へ恒例行事のようにクリスマスプレゼントを手渡すと、年末に向けて気持ちを引き締めていった。
「……3、2、1、Happy New Year!」
紅白の後のカウントダウンライブのトップバッターを、今年もwater(s)が務めていた。
いつもとは違い外国での公演で培ったインストが、新年の一発目の曲だ。akiのドラムにhiroのベース、keiとmiyaのギターに、hanaのキーボード。五人の音が重なれば、彼らの音色に合わせ、観客が手拍子をして応える。
日本では初めてのインストだけど、反応がいいのが分かる。
ずっと、ライブが出来たらいいのに……
hanaはキーボードを弾きながら歌っていた。日本では、あまり見られない光景である。彼らの楽曲は常に新しい。
新年から三十分のライブが終わると、拍手と歓声が響く中、ステージを後にした。
『乾杯!』
「お疲れー」 「今年もよろしくね」
「あぁー、よろしくな」
ライブの後は毎回恒例、ホテルのhiroの部屋で五人だけの新年会が行われる。今年もお酒を飲みながら、もうすぐ終わりを告げる十周年のツアーについて話が尽きない。
「下旬のドームで終わりかー」
「あぁー、早かったな」
「そうだね……」
「最後、追加公演が入って金曜日から日曜日までの三日間になったな」
「そうだな。有り難い事だよなー」
この一年間を思い思いに振り返る。
「インスト、意外と日本でも好評だったな」
「あぁー、編成が珍しいのも良かったのかもな」
「確かに……hanaは基本、歌に専念する事が多いからなー」
「キーボード、楽しかったよ」
「さすがhana! 色々試せるいい機会にもなったな」
「そうだな。今月のライブが上手くいけば、三月のドームでも試してもいいかもな?」
「うん!」 「あぁー!」
既に十一周年のライブの事まで考えている。目の前の事で精一杯になりがちだったhanaも、彼らと過ごすうちに、いつの間にか先の事まで見据えるようになっていた。
「梨音達も幼稚園に通うようになるんだよな?」
「そうだよー、あっという間だよね?」
「そうだな、日に日に成長してくのを感じるよな」
hanaもmiyaも子供の成長に嬉しそうだ。
「二人とも親なんだよなー」
「hiro、どうかしたのか?」 「もう酔ったのか?」
「さすがに缶ビール一本じゃ酔わないって……何て言うか、miya達見てるといいなって思う」
「あぁー、それは分かる。仲良いからなー」
「そうか? 普通だよな?」
「うん、みんなも仲良いじゃない?」
「それは高校からの付き合いだからな」
「そうだよなー、十年以上の付き合いになるからな」
高校からの付き合いの為、特に年長組の三人は長い付き合いだ。
「keiは、akiとhiroと学校が違うのに、どうやって知り合ったの?」
「hanaには話した事なかったっけ? コンクール優勝者のkeiに、俺達が話しかけたのが始まりだな」
「あぁー、keiはあの頃から一目置かれてたな」
「そうなんだ……」
「それを言うなら、皆だってそうだろ?」
「そっか……やっぱり、みんな凄いよねー」
感心しているhanaだが、keiの言葉には彼女自身も含まれていた。
「hanaもジュニアの頃から、コンクールで優勝してただろ?」
「うーーん、そうだったかも……water(s)に入ってからは、大学のコンクールが久々すぎて緊張したかなー」
「あれは楽しかったな」
「そうだな。hanaとmiyaの優勝のおかげで、クラシック風のライブが出来たからな」
「あぁー、懐かしいな」 「そうだなー」
話が尽きる事はない。十年間ともに活動してきた仲間であり、ライバルでもある五人は、切磋琢磨しながらここまで来たのだから。
「眠いのか?」
「んーーーー……」
目元を擦るhanaの隣に座っていたmiyaは、彼女を連れて部屋に戻ると、三人だけが残る。これもお決まりのパターンだ。
「本当に早いよな」
「だよなー」
「あぁー、時が過ぎるのは早いよなー」
akiもkeiもお酒を飲むペースが早く、既に八杯目だ。hiroは最初の二杯を目処に、コカコーラや烏龍茶等のソフトドリンクを飲んでいたからこそ、話に加わっていられたのだろう。
「ワールドツアーか……」
「んーー? kei、どうかしたのかー?」
「いや、まだまだ……miyaの全てを叶えるには遠いなって思ってな」
「あぁー……miyaは昔から、世界中何処にいてもって……願ってるからな」
「そうだなー。もっと、いろんな国で演奏出来るといいよなー」
「そうだよな。残りの三日間も全力で挑まないとな!」
「勿論!」
「あぁー。じゃあ、改めて乾杯だな」
グラスを掲げて一気に飲み干す。年長組の夜は、まだ続くのであった。
「きゃーーーー!!」 「かっこいいー!」
「hanaーー!!」 「miyaーー!!」
悲鳴にも似た歓声が上がる。その視線の先にはwater(s)が立っていた。
幻想的な世界に観客は惹き込まれていく。
ーーーーーーーー今日で最後……一年かけて巡ってきたツアーも、今日で終わりなんだ…………
早かったな…………本当に、あっという間で…………
hanaは目の前に広がる景色に、想いを馳せていた。
この十年……色んなことがあった。
どんな時も和也が隣にいてくれたから、やってこれたの…………今も……
左に視線を向けると、miyaのギターソロが華麗に響く。
観客から惜しみない拍手と歓声が送られ、涙目になりながらも、最後の最後までアーティスト、water(s)のhanaとしてステージに立っていた。
アンコールの声が響き渡る中、定番のライブTシャツに着替える。
「hana、大丈夫か?」
「うん! 行けるよ!」
「じゃあ、ラストまで楽しもうな!」
「あぁー」 「了解!」
ステージに戻れば、一際大きな歓声が響く。
ずっと歌っていたい…………そう、何度も想ってる。
ずっと、歌っていられるような……五人で、演奏していられるような…………和也が言ってくれたような…………そんな人になりたい。
五万五千人のファンから拍手と歓声が送られる中、いつものように並んで手を繋ぎ、深々と一礼した。
「お疲れー!」 「お疲れさまー!」
バックステージで抱き合う彼らは、遠くから響く拍手と歓声の音に、ツアーの達成感を感じていた。
「hana!」
miyaに抱きしめられ、彼女の瞳から涙が溢れ落ちる。
「……お疲れ」
そっと涙を拭う彼に、微笑んで応える。
「お疲れさま……」
十周年ライブツアーは終わりを迎え、また新しい日々が始まる。二ヶ月後には、十一周年目のライブをドームで演る事がすでに決定事項だ。
五人はスタッフ等とも抱き合ったり、ハイタッチを交わしながら、ツアーの締めくくりを無事に迎えた喜びを分かち合っていた。
「乾杯!」 「乾杯!!」
グラスの音があちこちで響く。ライブを終えた彼らは、エンジニア等のスタッフと共に、反省会兼ライブのお疲れさま会を行なっていた。パスタやピザが並ぶイタリア料理店は貸切である。
「今回も良いライブだったな」
「ハセさん達のおかげですね。ありがとうございます」
「keiは、いつもとテンション変わらないな?」
「そんな事ないですよ。かなり上がってます!」
メンバー以外の人達からは、いつもの落ち着いたリーダーの印象のままなのだろう。
「miyaのギターソロ、かっこよかったな!」
「佐々木さん! ありがとうございます!」
「次回も期待してる」
「はい!!」
keiとは対照的にお酒も入っている為、テンションが上がっていると誰から見ても分かりやすいmiya。
彼女はakiとhiroやスタッフと時折歌を交えつつ、ライブの話をしていた。
最初はお酒を片手に今日のライブを振り返ったり、この一年のツアーについて話をしたりしながら過ごしていたが、途中から次のライブへ発展していくのも彼らならではだろう。
二時間程で宴はお開きとなり、並んで夜空を見上げていた。
「綺麗ーー……」
「あぁー、月か……」
「ーーーー想い出すな」
「そうだな……」 「懐かしいな」
空気が澄んでいるから、夜空に浮かぶ星も満月も綺麗に見えてる。
想い出すのは、あの日のこと…………
冬の冷たい空気の中、彼らはデビューが決まった日に見上げた月を想い浮かべていた。
「……water(s)の音が一番だな」
「さすがmiyaだなー」
「いいじゃんか! ここだけの話って事で」
「まぁーな。あの頃から、変わらないモノもあるからな」
「そうだな……音楽性だけは変わらないからな」
「うん……」
hanaは小さく頷いて応えると、再び空に視線を移した。
成長するに連れて、夢は変化してきたけど…………これからもみんなで、音を創っていけますように……
あの頃と変わらない想いを胸に、彼らの音色は音で溢れる世界を満たしていた。