第96話 君と叶える。
三月二十八日の午後七時。十周年記念のライブツアーが始まった。
「今日から一年、ライブツアーが始まるな! 初日から飛ばしていくぞー!」
『おーー!!』
バックステージでは、いつものように気合いを入れてハイタッチを交わす姿があった。
会場の明かりが暗くなれば、イントロが始まる前から観客は総立ちだ。
ーーーーいつも以上に、緊張してたみたい…………さっきまでの不安感が消えていく。
みんなの音が聴こえるから、大丈夫。
目指していた夢の続きを……叶える時が、きたんだ……
一時間程で衣装チェンジが行われる間も曲は流れる。観客は次の音に期待するかのような盛り上がりだ。
「hana、行けるか?」
「うん!」
白からブルー系の衣装に着替え、水分補給をして呼吸を整えると、再びステージに立つ。
ーーーーーーーーまた……ここに戻って来る時、笑顔で終われるようにしたい。
最高の十周年だったって、言えるような……
彼女の想いは、共通の願いだ。
「それでは、最後の曲です! “Blue Rose“!」
keiの声に再び歓声が上がる。
ステージではプロジェクションマッピングによる青い薔薇が咲き、光と音を駆使したライブに拍手と歓声が沸き起こっていた。
「凄い声だな、着替えとドリンク追加分!」
「はい!」
スタッフから受取ると、汗を拭いて白いライブTシャツに着替え、肩からは淡いピンクのフェイスタオルをかける。
会場にはアンコールの声が響き渡っていた。
「……アンコールの声にお応えして、もう少しお付き合い下さい!」
五人の音が再び重なり、ステージは先程までとは違い通常のライトに切り替われば、設置されたスクリーンに彼らの姿がはっきりと映る。hanaが手を振れば、観客も同じように左右に振り返し、会場に一体感が生まれていた。
三曲演奏が終わると五人は手を繋ぎ、いつものように一礼した。
hiroやmiyaがタオルを掲げたりしながら、手を振り去っていく姿に、最大限の賛辞が送られていた。
「お疲れー!」 「お疲れさまー!」
「やったな!」 「始まったな!!」
「うん!!」
抱き合ったり、スタッフともハイタッチを交わしたりしながら、成功の喜びを分かち合う。
ドームではアナウンスがかかるまでの間、拍手と歓声が鳴り止まないでいた。
今日から一年…………ライブツアーが、ようやく始まった。
数日前まであった……眠れなかった日々が嘘みたいに、身体が軽くて…………終わったんじゃなくて、これからが……はじまりだから……
これでライブが終わりではない。直後にミーティングが開かれ、今日の映像をもとに演出等の微調整が行われる。そして、明日に開催される武道館でのライブに反映されていくのだ。
「……最初、やっぱり固かったかも」
「出だしはなーー、でも基本的には大丈夫だろ?」
「あぁー、音のミスとかはないしな」
「そうだな」
「明日は最初からリラックスだな」
「うん」
例のごとく、hiroの部屋に集まっての反省会が行われていた。初日から完璧に近い演奏が出来たようだが、細かな修正はその都度に行われていく。その為、彼らのライブは今見ているモノが、いつだって一番の傑作である。
「明日のリハは演奏しないけど、演出チェックはあるからな」
「了解」 「あぁー」
「じゃあ、解散だな」
「あぁー、おやすみ」
「おやすみなさーい」 「おやすみ」
それぞれ自分の部屋に戻っていく中、hanaはmiyaと同室だ。夫婦になってからは常にそうだ。
「……奏、今日で三年だな」
部屋に入るなり、背中から抱きしめられていた。
「そうだね……二人ともいい子にしてるかな?」
「そうだな、奏のお義母さん達には感謝だな。またお礼しないとな」
「ありがとう、和也……」
「あぁー……」
miyaがそっと唇に触れる。彼女のいつもと変わらない笑顔にほっとしたのだろう。
「ひゃっ!」
急に素肌に伸びてきた手に思わず声を上げれば、いたずらっ子のような楽しげな笑みが浮かぶ。
「ーーーーっ! 和也……明日も、あるから……」
「分かってるよ……キスはいいだろ?」
触れるだけの口づけが徐々に深いものに変わる。強く抱き寄せられたhanaは、彼の首に手を回し応えていた。
初めての武道館ライブは一万四千人を超える観客を魅了し、初日に引き続き大盛況で幕を閉じた。
バックステージでは、初めての場所で歌いきった安堵感からか思わずしゃがみ込んでいた。
「hana!」
変わらずに差し伸べられた手を握り返す。
「…………miya……」
「お疲れ!」
引っ張り上げられたかと思えば、彼の腕の中にいた。
「次は大阪だな」
「……うん!」
初めての武道館ライブの余韻よりも、すでに次を見ていた。
「……帰ったら、昨日の続きな?」
「!! 」
耳元で囁かれ、頬が真っ赤に染まる。miyaはその表情に満足気だ。
「hanaー! miyaー! 行くぞー?」
「うん!」 「あぁー」
そう勢いよく応え、思わず手を離そうとするhanaの左手を、miyaはしっかりと繋いだまま歩き出した。
「……miya?」
「たまにはいいだろ?」
hanaも彼の右手をしっかりと握り返していた。
その後、佐々木の言っていた通り、大阪と北海道で三日間。名古屋と横浜で二日間。福岡と埼玉で三日間ずつライブを終えると、初の外国での公演が始まった。
「你好!」
日本公演ではkeiのMCが基本だが、香港ではhanaが、台北ではakiが……と、いう風に五人のコンディションにもよって挨拶する役目を変えていた。
アジアツアーも今日を含め残り三カ国となった。
今日は上海のメルセデスベンツアリーナだ。一万八千人規模の会場には、続々と人が集まっていく。今まで国内でしかライブをしていなかった影響だろう。ツアーグッズの売れ行きは好調で完売続出である。
観客の熱気を肌で感じ、歓喜しないわけがない。
今までCDやSNS等の媒体を通して聴いてきた音が、生で聴ける光と音の幻想的なライブに、観客は総立ちで手拍子をしたり、口ずさんだりしながら聴き入っていた。その反応は、日本と変わらず熱狂に近いものがあった。
日本公演よりも若干英詞の曲が多いセットリストとなっているだけに、"before daylight"では暗闇から光が徐々に差し込み、ピンク色の空に変わっていく夜明け前の空を作り出していた。
『安可! 安可! 安可! 安可! 安可!』
ーーーーーーーーすごい声……それだけで……
黒いライブTシャツに着替え、アンコールの声が響く中ステージに上がる。
五人が現れれば、観客の声が拍手と歓声に変わっていた。
hanaのアカペラを合図に曲が始まると、その声に一瞬にして静寂が訪れる。彼女の音に、akiのドラム、hiroのベース、keiのギターに、miyaのキーボードが重なるにつれ、また盛り上がっていく。
「谢谢您!!」
hiroの声で締めくくり、一礼をする姿に惜しみない拍手と歓声が注がれていた。
今日で十周年記念のライブツアーも……21ステージ目になったんだ…………
その国の言葉で挨拶をするだけで、喜んで貰えるのは有り難いよね。
でも……音楽って、すごい…………日本語や英語だって知らない人がいる中で、water(s)の曲を聴きに来てくれる人が……あれだけ、いたんだもの。
hanaは外の景色から、ベッドで静かに眠る子供達に視線を移した。二人ともツアーが始まってから、初めての場所ばかり訪れている。今日もはしゃぎ過ぎて疲れたのだろう。寝顔が天使のような二人に、hanaの頬も緩む。
「……奏、お疲れ」
「和也、お疲れさまー」
miyaが浴室から出て来ると、ソファーに並んで腰掛け、日本から持ってきた炭酸水で乾杯した。
「明日には日本だね」
「だな。次はシンガポールか……」
「フライト時間がアジア圏で一番長いよね。二人とも大丈夫かな?」
「飛行機で寝てくれるといいけどな」
「そうだね」
「一日は観光も出来たし、よかったな」
「うん、写真いっぱい撮ったもんね」
「帰ったら、印刷しなきゃな。ツアーだけど、ちょっとした家族旅行だよな?」
「私も思った! 観光スポット、調べたりしてるもんね」
「そうそう、オフがあるからなー」
hanaはmiyaと寄り添いながら、小さな声で話を続ける。
「……奏とも四年目か」
「そうだね……」
「帰ったら、またご飯食べに行こうな?」
「わーい!」
「梨音と怜音も個室なら入店出来るからさ」
「……和也、ありがとう……」
頬に触れる大きな手に、自分の手を重ねて微笑み返す。
「……次のライブも聴いていてね」
「……あぁー」
甘いムードが台無しではあるが、これが二人らしいのかもしれない。hanaとmiyaは、常に音楽と共にあるのだから。
ツアー中とはいえ、音楽番組のオファーやライブの出演依頼は入る。シンガポール、韓国と、アジアツアーを終えたwater(s)は茨城県にいた。国内最大級の邦楽ロックフェスティバルに参加するからだ。彼らの立つステージの前には約六万人の観客が、water(s)が出てくるのを今か、今かと待っていた。
「こんばんはー! water(s)です! 最後までお付き合い下さい!!」
keiのテンションもいつもより高めである。アジアツアーを満員御礼で成功させた事が、ネットニュースになっているくらいだ。成功した事により燃え尽きるどころか、その熱量は増していくばかりである。
今回の中で、一番広い会場…………スタンディングゾーンに、十周年記念ライブのTシャツを着ている人がいるのが分かる。
ーーーーーーーー嬉しい…………ライブを見に来てくれたのかな……
たとえ会場に入れなくても、グッズだけを求めるファンもいる為、彼女には見たかどうかまでは分からない。ただ、足を運んでくれた事だけは事実であった。
『ありがとうございました!!』
最大限の賛辞が送られる中、ステージを後にすると、梨音と怜音がhana達の元に駆け寄る。
「ママー! パパー!」 「すごーい!!」
hanaとmiyaがしゃがむと、頬にキスをする双子がいた。昨年を想い出し、hanaは立ち上がろうとしたが一歩遅かったようだ。miyaに引き寄せられ、頬に唇が触れる。
「ーーーーっ!!」
「誰も見てないって」
少し怒ってみせる彼女だが効果は薄い。フェイスタオルで顔が隠れてるとはいえ外ではあるが、hanaは素直に頬にキスを返す。
「しーーっな!」
『しーーっ!』
内緒話が面白いようで、二人はmiyaの真似て唇に指を当てる仕草をしている。こうして四人が共犯になった所で、keiから声がかけられていた。タイミングといい内緒には出来ていないようだが、miyaに気にする様子はない。
「まだアンコールの声あるんだな……」
「どうする? また二人で行くか?」
「えっ? 歌えるの?」
「そうみたいだぞ? 早くしないと時間ないけどな」
「あれ試してみたい!」
「あれ?」 「なに?」
miyaの提案で揃ってステージに戻り、また一人ずつ手を振りながら去っていく中、hanaだけが残る。終演の七時半になる為、一曲歌う時間は残されていないからだ。
彼女はマイクを片手にアカペラで歌っていた。"終わりなき空へ"のサビの部分を。
無茶振りは、いつものこと……でも、楽しいから仕方がない。
一瞬にして静寂になり、彼女の歌声に耳を傾けているのだろう。遠くから、すすり泣く声が聞こえる。
hanaがマイクを置き、ステージから手を振り去ろうとすれば、先程よりも大きな拍手と歓声が響く。
今年のロックフェスティバルが終わりを告げたのであった。
「和也、荷物はこれで大丈夫かな?」
「あぁー、スーツケースに普段着とかは詰めたから大丈夫だよ。梨音達のも入れただろ?」
「うん、入ってるよー。あとは常備薬と、子供用のカトラリーとかかなー」
「国内なら足りなくてもすぐに買い足せるけど、国外だとそうはいかないからな」
「そうだよね。それを考えると、スタッフさんは衣装とか機材大変だよね……」
「そうだな」
明日からのツアーはアメリカとカナダを巡る為、一ヶ月半近く、海外で生活する事になるから準備にも余念がない。
「ママー! おかし、かうー!」
「そうだね。お菓子、買いに行こうか?」
『わーい!』
「れー、ボーロ!」
「りーも!」
二人とも卵ボーロがお気に入りだ。普段は奏が手作りした蒸しパンやフルーツをおやつにする事が多いが、仕事の忙しい時は彼女が選んだ市販のお菓子を食べている為、二人の味覚は良さそうである。
「パパはー?」
「パパも卵ボーロにしようかなー」
「おなじ?」 「わーい!」
「そう! 美味しいだろ?」
『うん!』
梨音も怜音もパパの足元に掴まって歩いている。小さい頃は二人がくっついても余裕で動けていたが、三歳ともなると大変なようだ。
「ほら、帽子被っておいで?」
『はーい!』
梨音と怜音はデニム地のキャップを被ってきた。
九月になったとはいえ東京はまだ暑く、残暑が厳しい日が続いている。
「奏」
隣にいる和也が左手を差し出す。右手では怜音を抱っこしていた。
奏は素直に手を繋いでいた。
「パパー! つぎ、りーも!」
「じゃあ、帰りは梨音な」
「うん!」
イヤイヤする事もあるが、二人だけで遊ばせている時のケンカが多いようで、今は楽しそうにしている。
「和也、飲み物見てくるから二人を見てて貰っていい?」
「分かった。ママが戻るまで、ここで選んでような?」
「うん!」
「パパ、これなぁに?」
「それは、エビのおせんべい。この間、食べてたぞ?」
「えび……」 「おいしー?」
「うん、それもカゴに入れてくれるか?」
『うん!!』
二人とも楽しげに小さなカゴに入れていく為、いつかのように爆買いする宮前一家がいた。
日本からおよそ十三時間程で、一家はニューヨークを訪れていた。
「わぁー!」
「ママ! すごいひとー!」
「ねぇー、多いね」
「hana達は寝れたのか?」
「うん、途中からね」
そうは言っても長時間のフライトの為、和也からは欠伸が出ている。
「明日はオフだから大丈夫だよ」
「まぁーな、一日早く来たからな」
「そうそう」
トラブルがある事も踏まえ、明後日がライブ本番である。
「明日、どうする? ホテルにこもるのもあれだし、ハイラインとか行かないか?」
「行きたい!」
「じゃあ、決まりだな」
「明日、八時に集合でいいか?」
「あぁー、今日はこの後どうする?」
「夕飯、食べに行くか?」
「ごはん?!」 「わーい!」
双子の反応が抜群である。
「じゃあ、食べに行くか?」
『うん!!』
梨音も怜音も嬉しそうだ。梨音は圭介に、怜音は大翔に抱きかかえられていた。
「二人ともありがとう」
「いいよ。大きくなったなー」
「つぎ、あーたんもやってね!」
「いいぞー」
メンバー揃って双子には甘い。
「梨音も怜音もお礼は?」
「けーたん、ありがとー」
「ひーたん、ありがとー」
こういう所が素直で可愛らしい為、つい甘くなってしまうのだろう。子供達も含め七人での夕食は、賑やかなものであった。
マディソン・スクエア・ガーデンにて午後七時。アメリカでの初ライブが幕を開けた。
二万人規模のライブだから、アメリカでの一番の集客数。
ここからが、北米ツアーの始まり……
「今日からアメリカでのライブだな。行くぞ!」
『おーー!!』
変わりなく円陣を組み、真ん中に重ねた右手を掲げてハイタッチを交わし、ステージへ上がる。音と光を駆使したライブは日本と変わらないが、曲の選曲が今までとは違う。
「Good evening! We are water(s)!!」
hanaの声を合図に、歌のないインストからライブが始まった。akiのドラム、hiroのベース、keiとmiyaのギターに、hanaのキーボードの音色が重なれば、観客は手拍子をしたり、声を上げたりと、上々の反応だ。
ようやく……ここまで来たんだ…………観客の反応がダイレクトに伝わってくるのが分かる。
miyaのギターソロプレイに歓声が上がると、hanaの歌声が加わる。そこには一瞬、空白の時間が流れているようだった。彼女の声に驚いたのか、反応が遅れたのだろう。
ただすぐに拍手と歓声に変わり、ライブは盛り上がりを見せる。
プロジェクションマッピングと音が連動して流れ、幻想的な空間を作り出していた。
二時間のライブを時が過ぎるのが早く感じていただろう。
アンコールの声に応えて歌う曲は、先程までとは違い日本語の歌詞に、照明も通常のライトに切り替わっている。hanaはピアノの椅子に腰掛けていた。視線を合わせると、セットリストの通り"夢見草"と"夢見鳥"の二曲を披露していた。
「Thank you so much!」
手を繋いで横に並ぶと、いつものように一礼をしていた。
観客から最大限の賛辞が送られている中、hanaは泣き出しそうになっていた。
ーーーーーーーー今頃になって緊張が……手が……震えて……
「hanaー!」
miyaが彼女を抱きしめると、その上から更にhiroにakiにkeiと抱き合う。初めてのアメリカでのライブに、いつもとは大きく違うセットリストに、今のベストだと思っていても、多少なりとも不安があったのだろう。
「やったー!」
「やったな!!」
「気持ちよかった!!」
「あぁー! 楽しかったな!」
四人ともライブ直後のテンションが、いつも以上に高い。また来たいと想っていた場所で、ライブを出来たからだ。
「これから……」
hanaの声は小さかったが、抱き合っていたmiyaの耳には届いていた。
これから……はじまるの…………ここから……
シカゴへ飛ぶ前に、杉本と共にセントラルパークを訪れていた。今回はmiyaの提案により、最初はhanaがアコースティックギターを片手に、一人で歌うようだ。
『ママー!』
梨音と怜音は、hanaの姿をmiyaと共に見守っていた。
「いつでもいいぞー」
「うん……」
keiがビデオカメラを回している。akiもhiroもこの後に演奏する為、楽器を四人とも持参である。
みんなの視線が…………でも、六年ぶりに戻って来たんだ。
また五人で来たいと、想っていた場所に…………
あの頃より……歌えるように、少しはなっているのかな?
hanaは空を見上げていた。
第八小節までアカペラで歌うと、ギターを片手に声を出した。
「……本当、上手くなったな」
「あぁー」
「俺も練習しないとな……」
年長組が彼女のギターの腕前に感心している隣では、座って見ているmiyaの膝に梨音と怜音も、ちょこんと腰を掛けて耳を傾けている。
「パパー、さくら?」
「そうだよ? 梨音、よく分かったな」
「うん! さくらすきー!」
「れーも! ママのうたすきー!」
子供達にも好評のようだ。彼女の歌声が人を集めていく。
「……Awesome singing voice」
「Oh! She has an extremely expressive singing voice」
以前よりも集客速度が早く、hanaの歌声に足を止める人が増えていく。
歌い終われば、半円状にできた観客から拍手と歓声が起こっていた。
「……Thank you for listening to our song!」
hanaが観客を掴まえた所で、akiのチェロにhiroのサクソフォンが加わり、三人でのセッションが行われる。その後も五人は入れ替わり、インストを混じえながら六曲ほど演奏した所でお開きとなった。
ストリートライブが終わる頃には、更に人が増え、一際大きな拍手と歓声が響く。音楽は世界共通だと改めて感じる瞬間であった。
ニューヨークからシカゴへ、シカゴからダラスへと一週間おきに移動していく。ニューヨークでのライブを成功させると、サンノゼ、ロサンゼルス。そして、カナダのトロントと、初の北米ツアーは大盛況で幕を閉じた。
約一ヶ月半ぶりに日本へ帰国すると、彼らのワールドツアーがニュースに取り上げられていた。アジア圏だけでなく、アメリカ、カナダのライブを終えた国に加え、オーストラリアでも彼らのストリーミング配信のアルバムがトップ10入りから売り上げを伸ばし、遂に一位を記録した。
季節は、秋の日差しを少しずつ感じるような十月になっていた。
「夢みたい……」
テレビのニュースに流れるwater(s)の事を、何処か夢見心地の状態で奏は見ていた。
「ワールドツアーね……」
「……和也は、納得してないね?」
「それは、そうだろ? イギリス、ドイツ、イタリア、フランス……ここは必ず行きたいからな」
「ロックとかクラシックで、音楽がメジャーな国だもんね」
「そうそう。あとアメリカだって、あんなに州があるのに回ったのは五ヶ所だけだからなー。seasonsみたいな所でも演ってみたい」
「夢は膨らむね」
「そうだな、結局…………Jamesさんにも会えなかったし」
「残念だったよね。ちょうど仕事でいないなんて」
「もっと色んな人に聴いてもらえるようにならないと、会えないって事だよな」
和也は悔しいと言うよりも、新たな目標が定まったのか、実に楽しげな表情だ。
「まずは、来月のオーストラリアでのライブ成功だな!」
「うん!」
奏も和也も、すでに次を見据えていた。
「それ、万里の長城?」
「そう、世界遺産とか色んな所に行けたよね」
目の前にあるテーブルには、今回のツアー時に観光名所を巡った写真がアルバムに収められていた。
「梨音も怜音も、よく歩くようになったな」
「そうだねー」
二人は時々笑い声を上げながら、ジャングルジムで遊んでいる。いつかは滑り台をやりたがり、言い合っていたが、今日は二人ともジャングルジムの気分のようだ。
「梨音ー、怜音ー、おやつだよー!」
『わーい!!』
一目散に椅子へ腰掛ける。今日は柿と梨のフルーツに、梨音も怜音も大喜びである。二人の隣では和也と奏も梨を食べていた。
「美味しいな」
「おいしー!」 「うん! おいしー!」
二人ともフルーツがすきだよね。
奏からも笑みが溢れる。
『ママー! うたー!』
「いいよー、ごちそうさましたらね?」
「うん! こちそうさましたー」
「こちそうさましたー」
梨音と怜音が小さな手を合わせ『ごちそうさまでした』をすると、奏の手を引き、先程まで遊んでいたスペースで歌っている。
「……上手くなったな」
子供達の声に微笑みながら家族を見守る和也がいたが、すぐに四人の声が重なる事となった。
日本からおよそ九時間半でシドニーに着く。長距離移動だがアメリカに比べれば、まだ近い方だ。梨音と怜音も飛行機内では大人しくしていたが、日本との気候の違いに驚いたようだ。
「ママー! あつい!」
「梨音、ちゃんと帽子被ってね?」
「うん!」
「怜音も被っとくんだぞ?」
「うん!」
日本での十一月は冬に向けて寒くなる時期だが、オーストラリアでは春だ。来月から夏になる為、これから暑くなる季節である。
これから立つ屋内競技場のステージは、収容人数が約二万一千人だ。
そして、メルボルン、ブリスベン、アデレード、パースを巡るオーストラリアの主要五都市でのライブが始まるのだ。
「ようやく、オーストラリアだな」
keiに揃って頷いて応える。
「行くぞー!」
『おーー!!』
いつものようにハイタッチを交わし、観客の待つステージに向かえば、盛大な拍手で迎えられていた。
ーーーー言葉にならない…………慣れない土地でのライブは、いくら曲が売れてるって聞いても信じられなかったけど…………目の前の光景なら信じられる。
water(s)の音を待ってくれてた人が、こんなにいたんだ……
インストからの始まりに、観客のボルテージも上がる。光と音の演出に、ダンスフロアのように踊る人や歓喜の声を上げる人もいる中、会場は一体となっていた。
「ーーーー次でラストか……」
思わず溢れた長谷川の言葉に、近くにいたスタッフも名残惜しそうだ。彼らのライブもアンコールの最後の一曲で終わりを迎える。
ずっと歌っていたい…………五人でずっと、演奏していたい。
ーーーーーーーーずっと…………
日本語の曲だが、観客から時折口ずさむ声が聞こえていた。
彼らは最大限の賛辞を受けながらステージを後にした。
オーストラリアでの全ての公演を終えると、バックステージで抱き合う姿があった。観客からの拍手と歓声が響き渡る中、スタッフからも拍手が送られていた。彼らはやりきったのだ。
「……奏!」
miyaは彼女の名前を呼ぶと、強く抱きしめていた。
メンバーやスタッフとも抱き合ったり、ハイタッチをしたりするけど、それのどれとも違う。
ーーーーーーーー鳴ってるの……
強く腰を引き寄せられている中、hanaは彼の背中にそっと手を回した。二人は正面から向き合うと、額を寄せ合い微笑んでいた。
「……miya、楽しかったね」
「うん……また演ろうな、hana……」
彼らの瞳から涙が溢れる。そんな二人の様子に、keiにaki、hiroが混ざり合う中、ライブは終わりを告げた。
それは、water(s)が夢の続きを叶えた瞬間だった。
日本に戻ると十二月。季節は冬に変わり、また忙しい日々が始まろうとしていた。