表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君のうた  作者: 川野りこ
104/126

第95話 眠れぬ夜

 あの日、赤く輝く太陽が空を照らし出した瞬間。

 道路までも赤く染まり、まるで道しるべのように見えた。

 凛とした冷たい空気が流れる中、叫びたくなるような気持ち。

 年が明けたからって、何かが変わるわけじゃないけど……明日への期待が膨らんでいたの…………きっと、五人なら出来るって信じていた。

 

 アジア圏はほぼ同じ曲のリストだが、アメリカ、カナダ、オーストラリアの三ヶ国は、英詞を中心にセットリストを組んでいた。


 「うーーん、“夢見草さくら“も入れると時間オーバーか?」

 「そうだな。どれか削るか、アンコールを二曲にするとか?」

 「あぁー、削りたくはないな」

 「だよなー。いつも三曲はやってるけど、やっぱアンコールを絞るか? 」

 「そうだね。その方がいいかも……せっかく二十曲選別したからね」


 初めての海外公演という事もあり、いつもとは違いセットリストを作るのにも苦労していた。


 「“夢見草“と、何が合う?」

 「うーーん、“夢見鳥ゆめみどり“?」

 「……いいかもな。“夢見鳥“は、映画の主題歌にもなってたし。何か賞取ってたから、海外でも上映されてただろ?」

 「そうだったな……」


 和也の一声で、メンバーの納得が得られ、奏の意見が採用される事になった。


 「今回は今までと違ってセットリストが公演によって変わるから、間違えないようにしないとな」


 そう圭介がまとめると、スタジオでの音合わせが始まっていった。




 会社のミーティングルームには、出来たばかりのツアーグッズが並んでいる。定番のフェイスタオルにTシャツやパンフレットだけでなく、エコバッグやキャップにステッカーまで簡易のテーブルに置かれ、一つずつ手に取り確かめていく。


 「綺麗に仕上がってるな」

 「うん!」

 「今回はタオル、二色展開にしたんだな」

 「可愛い色じゃん」

 「よかった……」


 淡いピンクと水色のフェイスタオルは、初めての二色展開にしたが、メンバーからも好評のようだ。デザインを担当した奏は、メンバーからだけでなくスタッフからも好評価を貰い嬉しそうだ。


 出来上がりが予想してた色と違う事もたまにあるけど……今回は大丈夫そう。

 よかった……素敵に仕上がってる……


 「……これで、大丈夫そうかな?」

 「あぁー」 「いいと思う」 「うん」

 「このまま生産で大丈夫だよ」


 四人からGOサインを貰うと、ライブグッズは生産に入り、ツアーの準備が徐々に整っていく。


 「皆、スタジオで見学会やってるんだけど、少し顔出せたりする?」

 「はい、構いませんよ」


 ミーティングが終わった所で、佐々木に声をかけられた。もうすぐ昼食時の為、学生のスタジオ見学会も終わりだが、今回の見学者は運が良い。アーティストと会える機会は、確率的には無いに等しいのだ。


 レコーディングスタジオに着くと、中学生、高校生を合わせて十名程の見学者がいた。


 「きゃあああっ!!」 「えっ?! 本物?!」

 「water(s)?!」 「うそ?!!」


 悲鳴に近い叫び声が聞こえ、思わず顔を見合わせながらも、圭介が声をかけた。


 「こんにちは、water(s)です。えーーっと、せっかくなので……僕らがセッションする所を少し見ていただければ……」


 自然と拍手が湧き起こる中、テンポはこのくらいにすると、明宏よりドラムスティックで指示があり、セッションが始まる。奏はピアノを弾いている為、歌のない楽器のみでの音合わせだ。

 手拍子の音に惑わされる事なく、一定のリズムを刻む。見学者は皆、彼らの曲を知っているのだろう。ライブ会場のような盛り上がりだ。


 五分程のセッションが終わると、拍手と歓声が響いていた。


 「皆、ありがとう」

 「佐々木さん、珍しいですね。見学会担当な訳じゃないのに」

 「たまたま居合わせてね。見学時に持ち込んだCDをスタジオで毎回聞いてるんだけど、担当の子が預かったのが君達のばっかりだって言うからさ」

 「それで反応がよかったんですね」

 「有り難いですね」

 「あぁー」


 平日の午前中のみ、時折行なっている見学会の為、その場に居合わせた人達は、本当に幸運の持ち主であった。


 「さっきの凄かったなー」

 「うん! 感動した!」

 「生の音って、初めて聞いたよー」

 「俺も!」


 高校生の四人組が見学を終えたビルを見上げていた。先程まで別世界にいたと感じている彼らもまた、音楽が好きな少年少女であった。




 まだ寒い早朝に、奏は和也と近くの公園に向かった。子供達が起きた時の為に、テレビ電話を繋げた状態でジョギングだ。ライブ前の体力づくりを行なっていたのだ。


 「はぁーー、汗かいたね」

 「帰ったらシャワーだな。そろそろ七時になるから戻ろうか?」

 「うん」


 自宅に戻り、奏が先にシャワーを浴び、朝食の準備をしていると、梨音と怜音が起きてきた。


 『ママー、おはよー』

 「梨音、怜音、おはよう」


 和也もシャワーを終え、キッチンに顔を出した。


 「二人ともおはよう」

 「パパ!」 「パパ、おはよー」

 「梨音も怜音も顔洗いに行こうか?」

 『うん!』


 二人とも目覚めはいいようだ。和也が着替えを終わらせると、ちょうどダイニングテーブルには朝食が出来上がった。

 家族四人揃って食べると、今日の一日の始まりである。


 「りーも、うたうー!」 「れーも!」


 梨音も怜音も奏が洗い物をする中、口ずさむ鼻歌がお気に入りである。


 「何を歌う?」

 『……キラキラ!』

 「いいよー。せーーの、Twinkle twinkle little star How I wonder what you are ……」


 二人に合わせて奏がゆっくりと口ずさめば、時々舌が回らない為か宇宙語のように聞こえるが、双子なりに一生懸命歌っていた。


 和也が洗濯物を終えて戻ると、キッチンからは三人の楽しげな歌声が聴こえていた。


 彼ら専用のスタジオで今日は揃って練習を行なっている。個別の仕事も抱えている為、日々の練習は、どうしても個人練習になってしまう為、全員揃う機会は貴重である。


 「午前中は日本公演のを流すか?」

 『了解』


 ライブ通りの曲順で、スムーズに演奏していく。日々の個人練習の成果だ。


 やっぱり、みんなの音が重なる時が一番楽しい。

 一人でのボイストレーニングも、ピアノやギターの練習もすきだけど……みんなと合わせたらどうなるかなーって、そんな事ばかり考えてしまうの。


 十曲弾き終わると、少し休憩を挟んで、残りの十曲をまた演奏していく。少しの休憩は飲み物を飲む程度の為、ほんの五分程だ。ライブと同じように続けて演奏していく事が、彼らの練習方法の一つの為、練習を開始してから約二時間。あっという間に、昼食の時間である。


 「お疲れー」 「お疲れさまー」

 「集中したな」

 「あとで録画したの見てみるか?」

 「あぁー」


 三階に行くと、昼に頼んでおいたデリバリーが綺麗にテーブルに並んでいた。


 『ママー! パパー!』

 「スギさん、ありがとうございます」


 彼女達の足元に、梨音と怜音がくっつく。杉本が二人の面倒を見てくれていた。


 「皆、お疲れさま」

 「お疲れさまです」

 「僕は、これで行くけど大丈夫かい?」

 「はい! スギさん、ありがとうございました。二人ともお礼は?」

 『スーさん、ありがとー』


 揃ってお辞儀をすれば、杉本も虜だ。


 「梨音ちゃんも怜音くんもまたね」

 「うん!」 「バイバー」


 杉本を見送ると、ゆっくりと昼食の時間だ。梨音と怜音には、奏の作ったおにぎり入りのお弁当が用意されていた。


 『いたきまー!』


 揃って小さな手を合わせる仕草は、何度見ても可愛らしく、癒しの時間である。


 「はい、いただきます!」


 梨音と怜音は静かにお弁当を口にした。食べる時だけは変わらずに大人しいようだ。


 「二人とも、だいぶ喋れるようになったな」

 「あぁー、スギさんの事もスーさんって、呼べてたし」

 「みんなの名前も言えるよな?」

 『うん!』


 和也が聞くと、嬉しそうな返事が並ぶ。


 『うーーんとね。けーたん、あーたん、ひーたん!』

 「合ってる!」


 呼び方はあれだが、左から順に圭介、明宏、大翔と、人物と名前は一致していたのである。


 「二人とも凄いなー」

 「こんなに話せるようになるんだな」

 「少し前まで、最後の字くらいしか覚えられなかったのにな」


 三人とも子供の成長に感動しているようだ。


 「これ食べたら、梨音達もいるから下でさっきの鑑賞会しようか?」

 「うん、ありがとう」

 「それで大丈夫そうだったら、またスタジオで練習だな」

 「そうだな」


 通しで練習をした場合は、大抵ビデオに撮って魅せ方を研究していた。

 スクリーンに映る彼らに子供達も最初は騒いでいたが、今は積み木遊びに夢中になっている。


 「hana、ギター上手くなったよなー」

 「本当?」

 「うん、手元見ないでも大丈夫そうじゃん」

 「ありがとう……」


 みんなに言われると、本当に上達してるって思える。

 出来ない事もまだあるけど、今の私に出来るすべてをかけないと…………


 それくらいの意気込みで挑んでいた。




 プロになってから、人への魅せ方を知った。

 ただ……弾いていた頃とは違う。

 視線、指先の動き、マイクの持ち方一つ取ったって、私には分からない事だらけ。

 この十年近くで、どうすれば人に届きやすいか、私なりに考えてきたつもりだけど…………結局は難しいけど……気持ちを込めて歌うこと、心を込めることが、一番大切だってこと。


 「……奏? どうかした?」

 「ううん、なんでもない。和也、こっちも可愛いよ」

 「本当だ。うーーん、迷うな」


 午前中だけオフの為、子供服を見に来ていた。


 「梨音、怜音、どっちがいい?」

 『こっちー!』


 揃って同じデザインを選んだ為、奏があとから提案した方を購入する事になりそうだ。


 「ママー、すいたー」

 「お腹空いた?」

 『うん!』

 「これ買ったら、ご飯な」

 『わーい!』


 無邪気に喜ぶ二人と、一緒に居られる時間を大切にしていた。


 子供が遊ぶスペースのあるカフェで、ランチが運ばれて来るのを待っていると、梨音と怜音は座敷の部屋をウロウロしていた。畳は和也の実家や曽祖父母の家と同じだが、フローリングとは違う感触が面白いようで足踏みを繰り返す。


 「梨音、怜音、ご飯来たよー」

 『いたきまー!』


 ご飯の時間は好きなようで、すぐに奏の隣に梨音が、和也の隣に怜音が座って食べ始めた。奏達も二人の様子を見守りながら食事を楽しむ。


 本当、ご飯の時と、絵本読んでる時は大人しいよね……


 「美味しいか?」

 「うん!」 「おいしー!」


 二人ともよく噛んで食べているようだ。

 こうして家族団欒で過ごす間も、先程のようにふとした時にも、ライブを考えてしまう奏がいた。


 「奏、……奏?」

 「あっ、ぼーっとしてた……」

 「大丈夫か?」

 「うん! ごめん……美味しいね」

 「おいしー!」

 「ママ、これなぁーに?」

 「これは鱈。お魚だよ」

 「たら?」

 「そうだよー」

 「たら、おいしー」

 「美味しいねー」


 彼女は何でもないように振る舞いたかったが、和也には分かっていたのだ。時折、眠れない日がある事が。


 午後からは番組の収録に参加の為、梨音と怜音は控え室で杉本と一緒に待っていた。


 「スーさん、げんきでるのなぁーに?」

 「元気かぁー……ご飯を食べてる時かな」

 「スーさん、ママは?」

 「ママは歌いに行ったよ。テレビつけてみようか?」


 生放送番組の為、water(s)が時折テレビに映っている。


 『ママ! パパ!』


 同時に呼ぶ姿は愛らしさ満載である。テレビ画面に小さく映る奏と和也が、どんな格好をしていてもママ達だと分かるのだ。


 「…………ママ……」


 珍しく梨音が泣きそうになっている為、杉本は彼女の歌ったキラキラ星を携帯電話から再生すると、梨音だけでなく怜音も安心したのか眠りについていた。


 「お疲れさま」

 「スギさん、ありがとうございました」

 「二人とも静かに寝てるよ」

 「朝から動いてたから、疲れたんだな」


 奏と和也は、娘達を愛おしそうに見つめている。


 「二人はタクシー、呼んであるからね」

 「ありがとうございます」

 「明日、hanaはスタジオ入りの仕事があるから二時に来てね」

 「はい」


 スケジュールの確認が終わり、解散となった。


 双子を寝室に寝かせると、お風呂上がりの奏は柚茶を飲みながら、外の景色を眺めていた。


 「……奏、緊張してるのか?」

 「えっ?!」

 「今日、ずっと何か考え事してただろ?」

 「……うん…………ライブのこと、考えてたの」

 「もう一ヶ月切ったからな……不安?」

 「……そう……だね……」


 ……不安…か…………色々、考えたり、眠りが浅くなったりするのは、緊張感からだと思ってたけど……初めての国外ツアーに、不安がよぎっていたからなんだ……


 「……和也にはお見通しだね」

 「俺もそういう時あるから、分かるよ?」

 「本当に?」


 いつものように笑う姿は、肩の力が抜けていくようだ。


 「ギターソロは失敗出来ないから、ライブ前に練習するだろ? それで練習が足りない時は、よく目が覚めたりしてたな…………奏は何が不安?」

 「えっ?」

 「練習もしっかりしてるし、体力づくりもしてるから、いつでも準備万端だと思うけど」

 「……いつだって、ライブの前は不安になるかな? 上手く声が出せなかったらーとか、音外したらーとかね」

 「大丈夫だよ。奏なら……」


 優しく撫でられ、頬が緩む。


 「……ありがとう」


 何度も、何度も……救われている。

 不安で眠れない夜に、柚茶を持って来てくれた事もあった。


 思わず抱きつき、勇気を貰っていたのだと気づく。


 「……聴いていてね」

 「あぁー、勿論!」




 彼女はスケジュール通り、新しいワイヤレスイヤホンのCM撮影に挑んでいた。CM中に流れる曲は、自身の歌声だ。

 瞳を閉じた横顔がカメラに視線を移す。耳が見えるように髪の毛はアップに整えられていた。


 実際にテレビで流れる時間は、一分もない。

 十五秒か、長くても三十秒程…………その僅かな時間に、印象に残る映像。

 プロモとは、違う…………


 高音質と小雨程度なら防水機能があり、使用可能を売りにしている為、水で濡らしたような状態でも撮られていた。水滴が彼女の頬や髪、服にも付いているが、気にする事なく曲を聴き続ける。プランナーの企画した通りの撮影が行われていた。


 撮影現場でNGを出す事が少ないと言われる奏は、今回も本番が一発で終わったようだ。


 「ーーーーありがとうございました」

 「hanaちゃん、タオル!」

 「ありがとうございます」


 アシスタントからタオルを受け取り、顔や髪を拭く仕草は、同性であっても高鳴る美しさがある。


 無事に終わってよかった…………毎回、緊張の連続で慣れないんだよね。

 眠れなかったのは、これの影響もあるのかも……


 「……hana、お疲れさま」

 「スギさん! お疲れさまです 」

 「今日はこれで終了ね」

 「はーい」


 奏が控え室に戻り、私服に着替え帰ろうとしていると、扉をノックする音がした。


 「はい」

 「失礼しまーす」


 態とらしい彼の声に、微笑む。


 「和也? どうしたの?」

 「んーー、迎えに来た」

 「ママー!」 「おつかりー!」


 梨音と怜音が勢いよく飛びつく。


 「お迎え、ありがとう」

 『どういたましてー』


 同時に応える双子は、『どういたしまして』と、言いたいようだ。


 「今日は、うどん食べに行くんだよな?」

 「うん! つるつるー」 「つるつる、すきー!」


 三人とも彼女の様子を心配していたのだろう。


 「……ありがとう。ママもすきだよ」


 双子がいつものママの笑顔に、きゃっきゃっとはしゃいでいる中、和也がそっと手を取る。


 「パパ! つなぐー!」 「りーも!」


 和也の右手を怜音が、奏の左手を梨音が繋いで、揃って帰っていった。


 不安がないって言ったら嘘になるけど……大丈夫。

 深く息を吐き出せば……みんなが、いてくれるから……


 「……和也、起きてる?」

 「うん、どうした?」

 「……今日はありがとう。うどん、美味しかった」

 「よかった……二人ともママの様子がいつもと違うって、心配してたみたいだからな?」

 「子供にまで心配されるなんて……ダメだなー」 

 「心配するのは俺達の特権だから、いいんじゃない?」

 「ふっ、何それ?」


 和也が可愛らしく小さく笑う彼女を引き寄せる。


 「……たまには、弱音吐いたっていいんだよ?」

 「……うん……和也もね?」

 「俺? 俺は結構言ってない? 出来ないーとか、無理ーとかさ?」

 「でも……和也は結局、自分で解決しちゃうもの」

 「それは、奏がいるからだよ……かっこつけたいだろ?」

 「ーーーーありがとう……」


 奏は安心したのか、久しぶりに彼の腕の中で眠りにつく。


 「…………大丈夫……みんな、想ってるよ」


 そう口にした彼もまた、腕に感じる温もりに安心感を覚えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ