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君のうた  作者: 川野りこ
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第94話 リフレイン

 通常はレコーディングと並行して行う事が多いジャケット撮影や販促物制作を、十周年記念のアルバムはCD制作終了後に行っていた。五人が並ぶ姿はそれだけで絵になる。かすみ草の花束をhanaが、他のメンバーは同じ花を一本ずつ持ち視線を向ける。


 「次、視線こっちねー」


 無言のまま目線で応え、菅原の指示通りに動いていくと、休憩である。

 撮影風景をアルバムのメイキング映像として、SNS向けに杉本もビデオカメラを回しているが、今までにもやった事がある為、彼らに気にする様子はない。


 「次は、この衣装を着て撮影します……」

 「miya、固くない?」

 「hiroが衣装紹介したら? って、言ったんじゃん! 俺には向いてないのに」

 「じゃあ、hanaだな!」

 「えっ?! 私?」

 「頑張れ」

 「miya、棒読み……えーーっと、モノクロだけど次も真っ白な衣装での撮影です」


 彼女はその場でくるっと回って見せた。


 「おー、女子っぽい」

 「aki、女子って……」

 「……まだやってたのか? 休憩終わるから、戻るぞ?」

 『はーい』


 keiの声に応えるメンバーは、さながら先生と生徒のようだ。杉本は時折くすりと、笑ってしまいそうになるのを抑え、彼らを追った。


 先程とは違い白い薔薇のブーケを持ったhanaが、撮影を行っている。一人ずつの撮影の間、他のメンバーは簡易の椅子に腰掛け、話しながら待つのが鉄板だ。


 「さすがhanaだな」

 「あぁー」

 「今では一番カメラ慣れしてるかもな」

 「そうだな」


 こうしている間にも個別の撮影が進んでいく中、杉本は彼らを見守るように撮っていた。


 「はい、OKー。次は全員でね」

 『はい!』


 hanaだけが薔薇のブーケを持って真ん中に立つと、他のメンバーは一輪の薔薇を先程と同じように持って視線を合わせる。


 何パターンも撮影していく為、シャッターを切る音がスタジオに響く。


 「ラストは後ろ姿ねー」


 五人の足元には、薔薇とかすみ草が混ざった状態でばら撒かれていた。


 「うーーん、ちょっと変化が欲しいわねー。そのままジャンプしてみて?」


 顔を見合わせると、示し合わせたかのように手を取り合う。


『せーーの!』


 思いっきりジャンプすると、シャッター音が響き渡る中、ほぼ同時に振り向く。菅原はそのままシャッターを切り続けていた。


 「…… はーい、OKー。お疲れさまー」

 『ありがとうございました』


 揃って一礼すると、いつものように撮影が終わったのだ。


 「皆、お疲れさまー」

 「スギさんもお疲れさまです」


 スタジオでの撮影が終わった為、杉本のビデオカメラでの撮影も終わったようだ。


 「メイキング映像って、SNS向けでしたっけ?」

 「そうだよ。レコーディング中のは、初回限定版の特典映像に入るけどね」

 「あぁー、そういえば撮ってましたよね」

 「皆の話してる映像は、ファンの間では貴重だからね」

 「そうなんですか? ライブでは確かにMCなしですけど、普段の番組だと話してますよ?」

 「番組だと質疑応答みたいになるから、普段の皆が知りたいっていうファン心理に応えてるんだよ」

 「それで、撮影した動画を時々アップしてるんですね」

 「CD発売前に割りとやってるもんな」

 「最初に言い出したのはmiyaだったけどね」

 「これもmiyaか……事前に言ってくれればなー」

 「それだと構えちゃうだろ? 自然な感じの方がいいから、毎回適当に撮影して貰ってたんだよ」

 「まぁー、慣れたから良いけどな」

 「あぁー。スギさん、今日はこれで終わりでしたっけ?」

 「うん。明日は生番組のリハと本番だから、スタジオに十時入りね」

 『はーい』


 彼らはまさに師走。まだ始まったばかりの十二月を駆け抜けながら過ごしていく事となった。




 「……2、1、Happy New Year!」

 「あけましておめでとうございます! 本年もよろしくお願いします!」


 昨年と同様に、年末年始のカウントダウンライブが行われていた。年が明けたばかりの今から三十分間、彼らの単独ライブが始まるのだ。

 hanaはネイビー生地に白い小花柄のロング丈のワンピースに、ハイカットのスニーカー。他のメンバーもパンツやトップス等のどこかにネイビーが入っており、グループで一体感のある衣装となっていた。


 「今年もwater(s)かー」

 「凄いよな」


 生放送の為、リアルタイムで番組を見ていた。彼らもこの後に出演の為、楽屋にあるテレビに釘付けである。


 「TAKUMAは去年も言ってたよなー」

 「そこはファンだからな。JUNだって、そうだろ?」

 「……そうだな。生で見たいよなー」

 「実際、エンドレで出演出来なかったら、観覧応募してたしな」

 「そうだったな」


 二人は共演者ではあるが、現在いまも変わらずに彼らのファンでもあった。


 「water(s)の皆さんでしたー! ありがとうございました!」


 司会者の言葉にまた一礼して応えると、拍手と歓声が注がれる中、ステージを後にした。


 「お疲れー!」 「お疲れさまー!」


 楽屋ではペットボトルのお茶で乾杯だ。大晦日の朝から続いた長い一日が、ようやく終わろうとしていた。


 楽しかった…………今年がようやく始まった感じがする。

 待ち遠しかったツアーまで、三ヶ月を切ったんだ……


 「じゃあ、またhiroの部屋に集合な」

 「うん!」


 タクシーでホテルに向かうと、飲み物やルームサービスを大翔の部屋で注文する中、五人だけの新年会が始まった。


 「あけましておめでとう!」 「おめでとう!」

 「今年もよろしくな!」

 「あぁー、よろしくな」

 「では、今年も健闘を祈って乾杯!」

 『乾杯!!』


 持ち込んだウイスキーや炭酸にソフトドリンクもあり、好きな飲み物をグラスに注いでは、飲み干していく。

 今日は早朝から初詣に揃って行く予定の為、大翔もお酒は最初の一杯だけで控えていた。朝五時頃の比較的空いている時間帯に参拝するからだ。


 「オールするの?」

 「んーー、仮眠するけど、keiと俺はもう少し飲んでく」

 「おやすみ。明日ってか今日か、ロビーに四時半に集合だからな?」

 「うん、おやすみ」 「またあとでなー」

 「おやすみなさーい」


 奏は和也と部屋に戻ったが、時刻は二時過ぎだ。数時間後には初詣に行くのだ。


 「……奏、風呂入ろう? 」

 「一緒はやだよ……」

 「何で?」

 「……っ、恥ずかしいから!」


 そっと伸びた指先が素肌に触れ、心音が速まる。付き合いは長いが結婚二年目の為、まだ新婚の雰囲気が残る。


 「ん……ずるい……」

 「……今日くらいしか二人で、いられないだろ?」


 丁寧に触れられれば、許すしかない。奏も和也には甘く、結局は彼の思い通りになってしまうのだ。

 泡風呂という条件付きで一緒にお風呂に入り、時間の許す限り繋がっていた。



 大翔の部屋に残った三人は一年を振り返っていたが、音楽に関係のないプライベートな話になっていた。


 「そういえば、hiro別れたって何かあったのか?」

 「あーー、忙しくて忘れてたな」

 「おい! ってか、何だかんだ言っても付き合い長いし、結婚するのかと思ってたなー」

 「そうだなー。何て言うか浮気された? みたいな」

 「はぁーー?!」 「えっ?!」

 「別に結婚したいか? って言われたら、そうでもなかったけど……一応六年付き合ってたから、やり切れないって言うか。放ったらかしにした俺が悪いのかもだけどさ」

 「いやいや! そこはお互い様だろ?!」

 「そうだよ!」

 「うん。aki達ならそう言うだろうなーって、思ってた。で、keiは?」

 「僕?」

 「keiが一番、私生活見えないからなー」

 「確かにな」

 「うーーん、そうか? 何て言うか、暫くは恋愛はいいかな……」

 『えーーっ!』

 「そんなに驚かなくても……タイミングの問題でしょ? 今は別に……これからツアーもあるし、いいかなって事。そう言うakiは?」

 「俺は……彼女いるよ?」

 「いつの間に!」

 「それって、随分前に飲み会で知り合ったって言ってた子?」

 「そう。同じ業界の子」

 「へぇー」 「そっか……」


 同学年なだけでなく、気が合う仲間の為、珍しく恋愛の話をしながら夜は明けていった。



 「ーーーーやり過ぎた……」


 隣で眠る奏の素肌には、彼の残した跡が無数に残っていた。もう一度眠りについて触れ合っていたい所だが時間のようだ。彼女のアラームが鳴り、時刻は午前四時を告げた。


 「……奏?」

 「んーー、おはよう…和也……」

 「身体だるい? 水いる?」

 「んーー、お水は飲みたい」


 身支度を整え、和也がグラスに注いだ水を飲むと、昨夜というより、先程までの行為を想い出したのか、赤面している。着替える際にキスマークが胸元や首筋だけでなく、背中や足にも残っている事に気がついたからだ。


 「……しばらくは、衣装合わせないから大丈夫だろ?」

 「……っ!」


 こういう所は把握済みである。


 「和也……もう、先に行くよ?」

 「悪かったって」

 「絶対、思ってない」

 「それは……」


 否定は出来ないようだが、二人は仲良く色違いのニット帽を被り、ロビーに向かった。


 「うわぁー、早い時間帯が空いてるって聞いてたけど、結構人がいるね」

 「元旦だからな」

 「年越しよりは、人がマシっぽいけどな」


 タクシーで明治神宮付近まで来ていた。時刻は午前五時前の為、大晦日から並んでいた参拝客が帰り、午前八時頃からの混雑を避け、比較的参拝しやすい時間帯だが、それでも人が列をなしている。


 「参拝したら初日の出見て、ホテルに戻って朝食だな」

 「あぁー」


 まだ空が薄暗い中、一時間程で参拝の番だ。揃って並び、お賽銭を投げ入れると、二礼二拍手し感謝をする所だが彼女は願っていた。


 ーーーー十周年のライブが成功しますように……梨音と怜音が今年も健やかに育ちますように。

 そして、隣にいる和也と、みんなと、今年も素敵な一年が過ごせますように……


 彼女の願い事は多い為、神様も大変である。きちんと住所と名前まで心の中で伝えると、一礼をして参拝は終わったのだ。


 「晴れてよかったな」

 「うん、綺麗だねー」


 明治神宮を出ると、表参道へと続く道路の真ん中に赤く輝く初日の出が昇っていた。


 「何か叫びたくなるよなー」

 「ライブ成功させるぞー!」

 「頑張るぞー!」

 「おーー!」

 「奏まで……」


 初日の出に合掌をせずに、叫んでいる五人の集団は傍からすれば、酔っ払いの若者が……と、思った人もいた事だろう。でも彼らは、かなり大真面目に願っていたのだ。ツアーの成功を。


 「奏ーー、行くよ?」

 「うん!」


 和也に差し出された右手を握ると、いつもの笑顔がすぐ側にあり、彼女からも笑みが溢れていた。


 「お腹空いたねー」

 「だよなー。朝食、バイキングだっけ?」

 「そうだな。俺は和食が食いたいな」

 「あぁー、俺もー」

 「結局オールしてたからなー。食べたら寝たい」

 「そうなの?!」

 「チェックアウトまで時間あるから、寝れるんじゃない?」


 また夜が明け……繰り返される日々が、幸せなのかもしれない。


 ーーーーーーーーまた……音がするの…………鳴り止まない音が……


 そう彼女が想う中、彼らの一年は始まっていく。


 年末に配信されたメイキング映像は、彼らのアルバム販促に繋がっていく事となった。

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