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君のうた  作者: 川野りこ
102/126

第93話 74分

 『梨音、怜音、お誕生日おめでとう!』


 家族四人で双子の二歳の誕生日を祝う。


 『わーい! ありがとー』


 時々、奏達の分からない宇宙語を話す時もあるが、すくすくと成長中だ。

 二人の目の前には、奏特製のバースデーメニューが並ぶ。食パンとヨーグルトにフルーツで飾ったケーキ、お子様ランチ風のプレートには星型のご飯やハンバーグ、温野菜やスープが彩り良く盛り付けられていた。


 『わぁーー!!』


 梨音と怜音の反応の良さに、奏は和也と顔を見合わせ微笑む。


 『いただきます』 『いたきまー』


 揃って両手を合わせ昼食だ。双子が器用にスプーンとフォークを使う姿は愛らしい。


 「梨音、怜音、美味しいなー」

 「うん! おいしー!」 「おいしー!!」


 二人とも人参が苦手だけど、すり潰したから分からないのかな? ちゃんと食べてるから安心。


 ハンバーグに玉ねぎだけでなく人参も入れていた。二人に気づく様子はなく、食べっぷりの良さにも笑みが溢れる。


 「怜音、ほっぺに付いてるよ?」

 「ほほ?」

 「ここ」


 ガーゼのハンカチで拭き取ると、嬉しそうにしながら、また食べ始めた。


 遊んだりしないで、よく食べてるよね。

 素直で可愛い……


 「綺麗に食べたねー」

 「うん!」

 『ごちそうさまでした』

 『こちそーまーてしたー』


 奏達に習って、小さな手を合わせる姿は可愛らしい。


 食事の時は大人しくとも、リビングの遊ぶスペースで仲良くしているかと思えば、ケンカをする時もある。

 今日は奏が片付けをする間は和也が見守り役だ。リビングにあるジャングルジムと滑り台が一体となった遊具では、二人とも滑り台をやりたいのだろう。和也には分からない言葉で言い合っている。


 「梨音、怜音、どうしたんだ?」

 「やー! すべるー!」

 「やー! れー、やったー!」

 「……怜音は今、滑っただろ?」

 「……あい」

 「次は梨音の番。梨音の次は、怜音がまた滑れるぞ?」

 「あい……」


 話している間にも梨音が滑り終わった為、怜音の番になった。


 「順番こな? ほら、怜音の番だぞー」

 「わーい!」


 最近はこの遊具にハマっているようだ。二人の機嫌が直ったところで、和也の隣に奏が腰を掛けた。


 「お疲れさま」

 「ありがとう」


 マグカップを受け取ると、懐かしい香りが漂う。


 「これ、マスターの?」

 「そう。この間、実家に二人を預けてた時に買ってきたの」

 「美味しいな」

 「うん、さすがマスターの焙煎だよね」

 『ママー! パパー! そとーー!』


 夫婦の会話は容赦なく遮られるが、子供の声に耳を傾ける。


 「お外に行きたいの?」

 『うん!』

 「じゃあ、二人とも帽子被ってこれるか?」

 『うん!!』


 自主的に帽子を被りに行ったようだ。

 パタパタと足音をたててリビングに戻って来ると、二人の頭にはいつも被っている白いチューリップハットがあった。


 「ゴムもちゃんとつけるんだよ?」

 『うん!』


 外に行きたくて仕方がないのだろう。念のため奏がベビーカーを、和也が二人の手を引いて遊びに出かける事になった。


 全身を使って遊んでいる為か、疲れるのも早い。二人の予想通り、双子はベビーカーでお昼寝中だ。


 「……和也もお疲れさま」

 「鉄棒にぶら下がるの、本当にすきだよなー」

 「ねぇー、面白い景色が見えてるのかな?」

 「だろうな」


 和也がゆっくりとベビーカーを押しながら、家までの道を歩いていく。


 「いよいよだな」

 「そうだね……」


 明日から、アルバムのレコーディングが本格的に始まる。

 緊張感はあるけど、それよりも……


 「十周年か……駆け抜けた感じだな……」

 「うん……来年が楽しみで仕方ないんでしょ?」

 「それはな……梨音と怜音には、付き合って貰わないとな」

 「そうだね。知らない世界に触れるのって、怖いけど……」

 「ワクワクする?」

 「うん……」

 「奏に似て、二人とも好奇心旺盛だからな」

 「それは和也もでしょー?」


 指先が触れ合い、どちらからともなく手を繋ぐ。


 「……二人は将来、何になるのかな?」

 「そうだな。自分のすきな事を……出来るようになれるといいな。怜音の夢は今のところ、トトロだからな」

 「空が飛びたいみたいで、食い入るように見てたもんね」

 「梨音は?」

 「梨音はお絵描きがすきみたいだよ? たまに怜音に邪魔されて、ケンカしてるもん」

 「ふっ、目に浮かぶな」

 「でしょ?」


 子供の話をしながら穏やかな時間が流れる。双子の二歳の誕生日は、家族団欒で過ごす一日となった。




 「おーー、最初から声出てるな」

 「だな……」 「あぁー」

 「……一発OKだな」


 ブースでは奏がヘッドホンをつけ、マイクの前に立って歌っていた。

 彼女のレコーディングが終わった所で、一旦休憩となる。


 彼らのレコーディングは、基本的にドラム、ベース、ギター、キーボードの順に行っていき、最後にコーラス&メインボーカルとなる。その後、ミックスダウンをし、アルバム全体の音量や音質を整え、曲順通りに並べるマスタリングを行う。一日に多くても二曲のペースでしか進めない為、デビュー日に合わせてリリースのアルバムは、早い段階からレコーディングが行われていた。一日一曲ペースでも大丈夫な時間が確保されている。


 今日は朝十時からレコーディングが始まった為、奏が終えた時点で午後三時を回った所だ。全員でおやつ休憩を取ると、また明宏のドラムから順にレコーディングが始まる。


 レコーディングスタジオを借りていた頃は、スタジオを押さえる事から始まって……楽器のセッティングや片付けだけに二時間以上取られる事もあったよね。

 専用のスタジオが出来てからは、大幅な時間削減になってる。

 それに……みんなのお気に入りの機材や楽器が使えるのも、レコーディングを円滑にしている気がするから…………夢が……形になってるんだよね……


 「今日、梨音と怜音は来てないんだな?」

 「うん。缶詰になりそうだから、今日は実家に預けてきたの」

 「怜音達も、もう二歳かー」

 「早いな」

 「そうだな……」

 「miyaって、今いくつだっけ?」

 「俺? 来月で二十六だけど」

 「二十六で二児のパパか」

 「そんなの言ってたら、hanaなんて二十五だろ?」

 「若いな」

 「みんな、変わらないよ?」

 「kei達は今年で二十八でしょ?」

 「うん、デビュー当時は全員十代だったんだよな」

 「hanaは女子高生だったから、初々しかったなー」

 「大学のキャンパスに入るのも、最初は緊張してたもんな?」

 「だって、まだ高校に入学したてだったもん」

 「早いなー」


 チョコレートやクッキーで糖分補給をした所で、レコーディングの再開だ。


 日々の会話の中からも仲の良さが滲み出ている。それが音楽にも反映されているのだろう。音が混ざる所は綺麗に混ざり合い、個々を際立たせる曲調もある。その多彩な音色が、多くのリスナーを獲得している要因の一つなのかもしれない。


 「お疲れー」 「お疲れさん」


 明宏がブースから出てくると、ハイタッチを合図に大翔のベースに切り替わる。

 奏は収録風景を見ながら、次の曲へ気持ちを傾けていた。


 …………ライブでも、ラストに演った“夢見草“。

 出逢いと別れの季節である春のこと。

 みんなと出逢った時のことを描いた希望の曲。

 瞳を閉じてみんなの音色に耳を傾けると、あの時の情景が想い浮かぶ……


 「miyaは完璧だな……」

 「あぁー」


 彼のキーボードの収録が終わると、コーラス、メインボーカルの順に、彼女の番が巡ってくる。


 「お疲れさまー」 「お疲れー」


 こうしてバトンは彼女に渡され、一つの曲へとエンジニアの力を借りて仕上がっていく。


 「……こんな感じかな?」

 「おー! さすがハセさん!」

 「ハセさん、いつもありがとうございます」

 「お疲れさん。ってか、いつ来てもここは設備が整ってるなー」

 「ハセさんも仕事、やり易くなったでしょ?」

 「それはなー。この間、久々に他の仕事を引き受けた時のギャップが半端なかったな」

 「ハセさん、来年のツアーもよろしくお願いしますね」

 「勿論! 初の海外公演、楽しみにしてるよ」


 レコーディングエンジニア兼マニピュレーターの長谷川はせがわ智基ともきは、通称『ハセさん』と呼ばれ、佐々木のようにデビュー当初から知る一人だ。


 「きりがいいから、今日はここまでかな?」

 「はい! ハセさん、ありがとうございました」

 「じゃあ、また明日もよろしくな」

 『よろしくお願いします』


 長谷川を見送ると、メンバーだけが残る。長期戦になる為、スムーズに終わる日は予定より早く終わっても解散し、明日以降に備える。これも自分達のスタジオがある特権かもしれない。


 「じゃあ、また明日も十時からスタートな?」


 圭介に応え、帰路に着く。レコーディングは、この繰り返しだ。


 時にはレコーディングが夜中までかかる事もあるが、現在いまは時間に余裕がある為、そうならないように努めていた。


 「お腹すいたな」

 「うん……二人は、ちゃんと寝てるかな?」

 「初めて頼んだから、どうだろうな……」


 午前中は双子をスタジオに連れて来ていたが、午後からは自宅で頼んでおいたベビーシッターが見てくれている。


 イヤイヤ期っぽいけど、大丈夫かな?

 ちゃんとご飯食べて、寝てくれたかな??


 彼女の心配は尽きない。

 二人が自宅に着くと、予想に反して静かに眠っていた。


 「……よかった」

 「今日はありがとうございました」

 「はい、またご指名頂ければ幸いです」


 初めてのベビーシッターに安堵するパパとママがいた。


 CDは一枚あたり七十四分強が収録可能。

 単純計算でも一曲五分とすると、十五曲前後が一枚に収録される事になる。

 一日一曲計算でも十五日。

 それが三枚のCDになると、四十五日でレコーディングが終了になるけど、毎日レコーディングをする訳でも、毎回ワンテイクで終わる訳でもないから……一ヶ月半程で、ようやく半分程の収録が進んだところ。

 緊張感よりも、胸が高鳴って……


 予定通りに収録は進んでいた。年明けにはライブの練習が本格的に始まる為、年内に全曲をレコーディングし、マスタリングを終える。このまま進めば、ジャケット撮影や販促物等も全て年内に終わらせる事が出来るような計画だ。


 「相変わらず、いい音出すなー」

 「keiの弦の音は馴染むよな」

 「うん」


 圭介がヴァイオリンを弾く姿は美しいだけでなく、音にも定評がある。イレギュラーではあるが、自分達の出来る楽器はたとえプロに劣っていたとしても自分達で弾きたい想いが強い。ただ本人達の想いとは違い感心する者がいた。


 「ーーーーいや、上手いもんだな……」


 久しぶりに長谷川が聴くいつもとは違う音色は、学生時代に聴いた頃よりも進化していた。


 「これは……歌謡祭でヴァイオリンとかで、皆が指名される筈だな」


 その腕前は、ソロでもCDが出せるのでは? と、思う程だったようだ。そんな長谷川の想いが佐々木へと後日伝わる事になるのだが、それはまた別の話だ。


 「日本以外の国ではネット配信するんだよな?」

 「そうだな」

 「アジア圏を除くと、アメリカ、カナダ、オーストラリアの三ヶ国か」

 「ワールドツアーには遠いな……」

 「miyaの近年の夢っていうか、water(s)の目標だな」

 「まだ先があるだろ?」

 「keiはいつも余裕そうだよな」

 「そんな事ないでしょ? 継続は力なりって言うし、なんて言うか……miyaが出来ない所が想像つかないんだよな」

 「えっ? 俺?!」

 「確かに。昔っから無茶する奴だったからな」

 「そうそう。発想が違うんだよな」

 「えーーっ、けなしてる?」 

 「褒めてるんだよ」

 「本当にー?」


 今日の収録が終わり、久しぶりに五人揃っての夕食だ。話しながらも肉を焼く音がしており、個室の焼肉店はすっかりと常連である。


 「焼けてるよ?」

 「んーー、hanaも食べろよ? 今もたまに貧血になってるだろ?」

 「うっ……そんな事ないよ? 改善されてるから、大丈夫だよ?」

 「あやしいな。しっかり食え!」

 「ほら、hanaのすきなロース!」

 「……その辺にしときなよ?」


 圭介の言う通りだ。彼女の皿は和也に、大翔と明宏が調子にのって乗せた肉が重なっている。


 「kei、ありがとう」

 「うん……でも、しっかり食べるんだぞ?」

 「うん!」


 普段から圭介はリーダーらしくまとめ役である。


 「あーー、ビール飲みたいなー」

 「レコーディングが終わったら、ハセさんとかスタッフみんなで飲みに行けるぞ?」

 「だな」 「そうだな」


 飲んじゃいけない訳じゃないけど、感覚が鈍くなるのが嫌らしくて、全員禁酒中。

 お酒が特に好きなakiにはストレスが溜まりそうな期間だけど、毎回の事だから慣れているみたい。

 それよりも、音楽が優先って事なんだよね……


 「これが終わったら、撮影かぁー」

 「ジャケットは菅原さんにお願いしてあるから、楽しみだな」

 「そうだな。初撮影、覚えてるか?」

 「モノトーンで、かすみ草持って撮ったよね?」

 「あぁー、そこから始まったからな」


 物想いにふけるような内容だが、食欲の方が勝つらしく、網には次々と肉が乗せられていく。


 ーーーー懐かしい……緊張をほぐす為に、菅原さんが色々話しかけてくれてたっけ……


 「……今回は、薔薇を持ったらって案もあるらしいな」

 「薔薇?」

 「そう。新曲が“Blue Rose“だから」

 「って言ってもモノクロ仕上げだから、白い薔薇だけどな」


 菅原の撮る写真に揃って興味があり、個展を見に行くほどに、この九年で親しくなったアーティスト仲間でもある。


 「じゃあ、また明後日も頑張ろうな」

 『おーー!』


 個室だが店内の為、声のボリュームは小さめであるが、残りのレコーディングに気合を入れ直していた。




 「……もう一度いい?」

 「うん」


 レコーディングが終盤になり、今まで概ね順調だった彼女が珍しく3テイク目に入る。他者からすれば歌えているが、本人が納得していないのだろう。


 「Bメロだけ、お願いします」


 ブース越しで聴いているメンバーは、その様子にテイク数がまだ延びると感じていた。

 今ので9テイク目になるが、歌い終わった後の晴れた表情が見られないからだ。


 「……休憩挟むか?」

 「いや、次でいける」


 和也の確信する言葉に、口を挟むメンバーはいない。


 「……すみません。もう一度、最初からお願いします」

 「うん」


 彼女は喉を潤し、ひと呼吸置いて声を出した。


 ーーーーーーーー夜明け前。

 夜が明ける直前。

 光に満ちてくる……そんな未来を願って描いた全編英詞の曲。

 初めてのツアーに感じた想いは……


 「 “before daylight“……か……」

 「ハセさん、どうかしました?」

 「いや、hanaの作る曲は……基本的にタイトルが英語の場合、歌詞も全て英語が多いんだな」

 「そうですね」

 「確かに……そんな、考えた事なかったですけど」

 「あぁー」


 マイクの前に立つ彼女は、話すように自然だ。


 「……OKだな」


 長谷川の呟きに、和也が笑みを浮かべた。彼の言った通りレコーディングは終わったのだ。


 ーーーーーーーーやっと、声が出た……10テイク目でようやく…………本番は一発勝負で、あんなに練習したのに……


 奏は気落ちしているようだが、理想の音が収録できた為メンバーだけでなくレコーディングスタッフからも笑みが溢れる。


 「お疲れー」

 「ありがとう……」


 歌い終わった奏に、蜂蜜入りの紅茶が手渡された。


 「それ、miyaからな」


 蓋付のカップに入った紅茶を手渡した圭介が告げると、そっと喉を潤して長谷川と共に作業中の和也に視線を移した。


 「後日仕上げておくから、今日は終了にするか?」

 「はい」

 「ハセさん、すみません……」

 「いや、おかげで良い音がれた。お疲れ」

 「……ありがとうございます」


 彼女は満足していないようだ。完璧主義者という訳ではないが、音楽に対しては自分にも厳しく妥協は一切ない。メンバーも奏の性格を理解しているからこそ、フォローは彼の役割である。


 ベビーシッターが帰り、双子が寝静まる中、和也に抱きしめられていた。


 「……どうしたの?」

 「いや……奏こそ、元気ないじゃん?」

 「そんな事ないよ? ただ……」

 「ただ?」

 「自分の不甲斐なさに……凹んでただけ……」

 「……そうか? 上手く出来てたじゃないか」

 「あんな何テイクも……」

 「久々にやったなーって思ったけど、奏なら大丈夫だって信じてたよ?」


 奏は戸惑ったような表情を向けた。


 「本当に今日が無理そうだったら、休憩か明日以降に持ち越しにしてた」

 「……うん」


 そんなに……顔に出てたのかな?

 上手くいかない日もある。

 音が空中分解するようなイメージ。

 焦っても……仕方がないって、分かってる。

 出来ないのは、私の力が足りてないから……


 彼の肩に額を寄せて告げる。


 「……ありがとう」

 「ん……奏の音すきだよ」

 「……和也は、私をその気にさせる天才だよね」

 「笑うなよ……割と本気で言ってるんだからな」

 「うん……切り替えて歌うよ」

 「調子、戻ってきたな」


 和也が優しく頭を撫でれば、想いは巡る。


 ーーーーーーーー導かれている……いつも……いつだって、ほしい言葉をくれる。


 「……和也、ありがとう」


 思わず抱きしめ返せば、不意に背中に手を回され、和也の心臓が跳ね上がる。

 人前では絶対に見せられない彼女の潤んだ瞳に、そっと手を伸ばしていた。




 アルバム制作も最後の仕上げだ。この時点で最終調整したサウンドがリスナーの元に届く、マスタリングが行われる。アルバムの曲順通りに、レコーディングを終えた曲が並んでいく。


 ーーーーーーーー形になる瞬間は……鳴ってる。


 「結局、“Blue Rose“はディスク2の英詞だけ揃えた所に加えたんだな」

 「日本語の歌詞だけど、いいだろ?」

 「あぁー、海外公演でも演るからか」

 「そういう事」

 「結構遊びが入ったアルバムだよな? インストもあるし」

 「アルバムっていうかディスク2がな。歌なしでhanaのピアノとか俺は楽しくて好きだけど、miyaもよく思いつくよな」

 「リスナーを世界に広げるってなると、その方が断然有利だからな」

 「確かに……インストバンドで世界的に評価された日本人もいるからな」

 「僕らも始まりは、そんなようなモノだったけどな」


 圭介の言葉に、仕事を終えた長谷川が興味を示す。


 「へぇー、それってhanaの加入前って事?」

 「そうですね。miyaが入ってからも暫くの間は、インストバンドでしたね」

 「そうだな。歌なしだから楽器がメインで、やりたい事が出来たんですけど、日本ではポピュラーじゃなかったんですよね」

 「そう。それで、言い出したmiyaがボーカルだったんですよ」

 「それは見たことあるな。動画残ってるでしょ? 

 「はい。その頃から、サイトを立ち上げるようになりましたからね。あとは、個人的にギターソロをSNSに上げてました」

 「それ知ってる! 制服姿の上手い子がいるってかなり話題になってたし、メッセージを送ってた業界人もいたでしょ?」

 「まぁー、そうですね」

 「ハセさん、miyaはその頃は歌い手を探すのに夢中で、その辺あまり興味なかったんですよ」


 奏が加入するよりも二年以上前の話だ。アルバムは無事に仕上がったのだ。


 「hana、呼んでくる」

 「あっ、miya逃げた」

 「出来たから、聴くだろ?」


 和也は双子と彼女の待つ三階へと、階段を駆け上がっていった。


 「自分の話は照れくさいんだよな」

 「あぁー」 「分かりやすいよな」


 圭介達にとっては奏同様、見た目はともかく和也も普段は弟のように可愛らしい存在である。


 和也が奏と子供達を連れて二階の多目的ルームに向かえば、曲が流れ出す。出来たばかりのアルバムをディスク1から順に聴いていった。


 三枚のCDを全て聴き終わる頃には、三時間半近く経過していた。ママの声にはしゃいでいた梨音と怜音は、遊び過ぎて疲れたのだろう。奏の膝の上で静かに眠っていた。


 「……完成だな!」

 「あぁー」

 「とりあえず終わったな」

 「お疲れー」 「お疲れさま……」

 「明宏は、お待ちかねのビールだな?」

 「あぁー、今日は飲むぞー」


 双子が寝ている為、声のボリュームを抑えてはいるが、三ヶ月に及んだアルバム制作にひと段落がつき、ほっと一息をついた所だ。


 「hanaも行けるだろ?」

 「うん、子供達を預けたら参加するね」

 「じゃあ、いつもの個室にいるからな」

 「分かった」


 アルバム制作に関わったスタッフを交えて、打ち上げ的な飲み会をするからだ。毎回の事の為、圭介が店を予約済みである。

 奏達は実家に二人を預けて、飲み会に参加する予定だった。


 「あれ? miyaだけ?」

 「途中で梨音達が起きちゃったから、hanaは今回パスになった」

 「残念だったな。実家にいるのか?」

 「うん、今日は実家に三人とも泊まってくるってさ」

 「miya、淋しそうだな」

 「それはな……一人だと、淋しいだろ?」

 「hana、来ないのかー、残念……はい、miyaーー、乾杯!」

 「hiro……既に出来上がってないか?」

 「ウーロン茶と間違って、空きっ腹にウーロンハイ飲んだみたいで……ごめん……」

 「hiro、他の人には絡むなよ?」

 「絡んでないよー」


 四人に不安が募ったが、今のところは和也にしか絡んでいない。メンバー以外の飲み会の場ではお酒を控えている大翔だが、制作が順調に終わった為か、気が緩んで取り間違えたのだろう。


 「なぁー、miya」

 「何? あっ、俺もウーロン茶と特選ロース追加で!」


 焼肉店での打ち上げは、前回同様の個室だ。スタッフもメンバーも関係なく席についている。


 「……俺、別れた」

 「えっ?!」


 ここに居るのはメンバーだけでない為、和也達は若干ヒヤヒヤしていた。変な事は言わないでくれよ……と願っていると、うとうとし始め、その話は終わりとなった。


 「……皆のそういう話、興味あるなー」

 「ハセさん? そこは、スルーして下さいよ」


 water(s)の楽曲に参加したスタッフはライブでは女性もいるが、今回の飲み会は男性のみだ。しかも、和也が一番年下である。その次に圭介達となる為、必然的に年長者の言葉に耳を傾ける機会は多い。


 「えーーっ、じゃあmiyaとhanaの馴れ初めは?」

 「それこそ、要らなくないですか?」

 「……それは、俺らも聞きたいな」

 「そうだな」


 明宏に続き、圭介までも悪のりしている。


 「……高校が一緒だったんですよ。以上です!」

 「あーー、照れた」

 「miyaも可愛い所あるんだな」

 「ちょっ、佐々木さんまで!」


 今回の十周年記念アルバム制作に携わったスタッフは、彼らをデビュー当初から知る人達ばかりだ。その為、年齢差はあり敬語を使っているが、気安い仲だと言えるだろう。今も圭介と共にヴァイオリンを担当した一人が楽しそうに話している。


 「んーー、寝てた?」

 「hiro、起きた。このままだと叩き起こす事になってたぞ? 」

 「悪い……」

 「はい、水!」

 「ありがとうhana……じゃなかったmiya」

 「寝ぼけてる?」

 「いや、大丈夫。kei達、あれは?」


 和也が圭介に視線を移すと、ローソクが二十六本さしてあるホールケーキを持って来た。


 『……happy birthday dear miーyaー happy birthday to you……』


 奏も明宏のテレビ電話から歌っている。


 「……ありがとうございます」

 「miya、遅くなったけどお誕生日おめでとう!」

 「ありがとう……hana」


 彼女があっさり電話を切ると、和也は制作メンバーにお祝いしてもらいながら、ゆっくりと味わうようにケーキを口に運んだ。


 暑さの残る季節から、また冬が始まろうとしていた。

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