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怪物とジョナサン

 現代現代、山に芝刈りに出かけたジョナサンはまきを割っていた。

 孤島の小さな村の中で、いつか都会に出る夢を見ながら、けれど家族と暮らすことが嫌ではなかった。

 ひと仕事を終え、汗を脱ぐジョナサン。


 と、突然恐ろしい地響きが遠くの方からやってきた。


「…?」


 何の前触れもなく突然空が暗くなってーーはてと首をかしげるジョナサン。


 ますます暗くなる空。

 地響きはだんだん強くなってきて、ジョナサンはついに立っていられなくなって、そのとき雨が降ってきた。しぉっぱい雨だ。


 尻もちをついたジョナサンが、全く意味の分からないまま空を見上げると、

 雲より少し低い部分ほどにまで背丈のある、とてつもなく巨大な怪物が自分を見下ろしていた。


 見ると。

 怪物の口の周りは、真っ赤に染まっている。


 何かを食したのだろうか。ジョナサンを口惜しげに見下し、その毛むくじゃらの口周りの乾いた血を舐めとる怪物。

 その様子を、あ然と見上げるジョナサン。

 そのあまりの大きさに、こんな生物がこの世にいることに、マキを背負った彼はただ立ちほおけた。


「--」


 半開きの口。

 その手に握った、芝刈に使う斧が知らず手から滑り落ちた。


 何と大きな生き物だろう…。


 ぱちくり、

 瞬きするジョナサン。

 まるで無限の時間を、驚きだけが支配するような。

 意識の空白みたいな。


 と、怪物が身体を震わせた。

 その毛むくじゃらの身体は濡れているらしく、体毛から剥がれ落ちる水滴が、大雨となって地面に飛来する。


 恐怖が彼の中に芽生えたのは、その時だ。

 あるいは、その怪物の口から吐き出された、人間臭くて生ぬるい息が全身をぬるりと包み込んだ時だ。



 ジョナサンはたまらず悲鳴を上げた!!



 ーーーーー

 ーーー



 海に小さくてかわいいポ〇ョみたいなお魚が泳いでいた…。

 彼女は親とはぐれて、一人ボッチでさまよっていた。

 寂しくて涙が出る、おなかもすいた。



「もうずいぶん長い間何も食べていないよ…」


 と、可愛いピンク色の尾びれをふって泳ぐ彼女の目の前に、突然エサが現れた。

 パクリとかぶりつく彼女、小舟に乗った釣り人はそこでルアーを引っ張り上げると、くし刺しにして焼いて食べた。

 骨まで残さず食べた。


「ばりばりむしゃむしゃ…美んめえなぁ。

 船の上の火鉢で焼く魚はほんと最高だ、新鮮でよぉ。

 そういや今日はジョナサ兄の誕生日…、ブランドものの斧を買ったせいで貯金が…」


 と、その若者が三つ年上のよく自分を可愛がってくれている兄のことを思い出していると、突然海面がものすごいせりあがって、それは山が海から盛り上がってきたみたいで、とんでもない大津波をよんで、魚をむさぼる若者が乗っている小舟なんてあっとういまにひっくり返った。


「--うおおおおおお!!…お…ぉ?

 ……あれ…?」


 しかし、若者はおぼれ死ななかった。

 冷たい海に落ちていてもいいはずのその身は、どういうわけか逆立ち状態で空中にあった。


 なるほど若者が見下ろすとはるか数十メトルも真下に海面があって、自分の身体が宙に浮いているのがようく分かった。

 魔法も使えない若者がなぜ浮いているのかというと、それは単純なことでーー怪物が自分をつまみ上げている。気付いた瞬間、若者は、顔を真っ青に染め絶句した。


「----!!」


 声にならない声。

 毛むくじゃらの大男が、海面から肩から上だけを出して、じぶんをじーっと見つめている。

 その満月みたいな漆黒の瞳と目があった瞬間、喉が委縮した。声が出ない。もがく男。怪物に掴まれた足をばたつかせ、例え怪物が手を放してくれたとしても下は何十メトルもそこに海があるだけだというのに男はもがいた。


 さんざんもがいて、もがいて、もがいて、やがて男はあきらめた。

 頬にうっすらと伝う涙。死にたくねえと言いたくて、けれど委縮する喉はただ「ひ」と小さくうなりをあげるだけで。次の瞬間には怪物の生暖かい口の中に自分がいて、真っ暗の口の中で上の歯としたの歯でやさしくすりつぶされた後、魚臭くてまずかったのか怪物はその真っ赤な肉塊を青い海へ吐き捨てた。


 そして、怪物は腹が減ったとばかりにヘソのあたりをさすると、そのあまりよくない記憶力を振り絞って、そういえばこの辺りにむらがあったと、【その島】へ上陸した。


 ーーーーー

 ーーー


 【その島】の山。

 悲鳴を上げる現代の芝刈男ジョナサン

 怪物が、はるか高みから自分を見下ろしている。


 毛むくじゃらの怪物は、全身がびっしょりと濡れていて。

 そいつが、犬みたいに体を震わせると、大雨みたいなしずくがジョナサンの身に降りかかった。


 呆気に取られ、悲鳴を上げた切り、ぽかんと大口を開いたまま固まったままのジョナサンの口に飛び込んできたそれは、しょっぱかった。


(海から来たのか、こいつ…)


 ほとんど無意識に、ジョナサンの、未だふるい立つ脳の一部がそう思った。

 見たことも大きな怪物に、ジョナサンの足は、笑えるほどに震えている。動けなかった。


(おれ しぬのか ここで )


 怪物が自分を見下ろしている。

 ジョナサンが息をのむ。

 背中に背負ったマキの一本が、地面に落ちた。


(今日は、弟が海に魚釣りに出かけて…)



 何かの血で、口元を【真っ赤に】染め上げた毛むくじゃらの怪物が、ペロリと舌なめずりをしてげっぷをした。

 そのまま、怪物は首をかしげて、ドスンドスンと、その場を後にする。震えこわばり動けないジョナサンを置き去りにして。


 ちっぽけな自分をあざ笑うように、あるいはただその存在に気付かなかったのか。

 怪物の考えなど分かる道理はないが、遠ざかっていく大きな振動に、ジョナサンはほっとした。


 身体のこわばりが、少しずつほぐれていく。


(…死んでいてもおかしくなかった…。

 あの真っ赤に口元を染め上げた怪物の口の中に放おり込まれるところだった…)


 ーーと、

 安堵の息を吐いたそのとき。


 ジョナサンはハッとした。

 ジョナサンの頭に様々なことが、過ぎった。


 しょっぱい雨、濡れた怪物、赤い口元、海釣りに出た弟のことーー。




 ーー弟は無事だろうかーー




 予感と悪寒が、身体を貫いた。

 そうだ、怪物がやってきた方角に弟は船を出した。


 怪物が向かう方向に、村がある。

 家がある、友が、小さな頃あいさつを交わした人が、親がいる。


 ジョナサンは、訳もわからずほとんど激情に飲まれるがうちに、斧を手に取った。


「……怪物……おれを置いて…どこへ行く…。

 …おれが見えないのか…」


 恐怖に支配され震える足に、

 怒りに震える、斧を握る拳ーー。


「うわああああああああああああああああ!!!!!!!」


 気付いたときは、駆け出していた。

 そのあまりに大きな声は、怪物の歩みを止めた。


 怪物が、確かにちっぽけなジョナサンを見た。

 その黒々とした瞳孔をかっぴらいて、海で食べた人間の血液で汚れた口元を、嬉しそうにひねり上げた。



 小さな小さなジョナサンは、怒りのままに叫び続けた。

 身体中の血液が、戦いを求め全身を熱くめぐる。

 斧を振りかざして、怪物に比べてあまりに小さすぎる人間の歩幅で、両腕にみなぎる力コブを怪物に叩きつけるべくーージョナサンは怪物に向かっていく。



 怪物もうなりを上げ、山になる木の中で一番大きな木の一本を、根本からごっそり引き抜くと、槍のようにそれを振り回してそれに応じた。

 怪物を中心に、旋風が発生する。

 木の根元についた土を多分に含んだ、怪物が振り回す大木による旋風。


 ジョナサンは、駆けた。

 何度も押し戻されそうになりながら、小石に頬を深くえぐられながら、ようやく怪物の足元にたどり着いた。



(この怪物の足を切り崩すーー!!!!)


 無心のうちに、叫ぶジョナサンの魂。

 いつものように、大きな木を切り倒すときのようにーージョナサンは振りかぶった。


 そして、次の瞬間、怪物が振り回した大木がーー横殴りでジョナサンに直撃して、ジョナサンの身体はトマトみたいに潰れて何百メトルも吹き飛んだ。


 期待したほどの手ごたえがなかったのだろう。

 あまりに呆気ない手応えに、怪物は肩を震わせて、冷めた心地を多分に含んだ息を鼻の穴から噴出して、そのまま大勢の人間どもの匂いのする、その島唯一の村へと向かった。




 そして、ちょうどその時、都でたいそう名をせる大魔法使いが【その島】へと上陸した。

 黒髪に、いくらか白髪の混ざった40手前のその男は、小舟を岸へ寄せ、懐かしき島へと降り立った。


 魔法使いの証である、つばの大きな灰色帽子を脱ぎ、汗でびっしょりの額を脱ぐうと、大きくため息を吐き捨てて。


「怪物め…長く身を潜めていたと思ったら、ついに暴れだしよったか…。

 ……空腹か、それとも…戦いを求めるが故か…。

 ーー怪物よ…」


 男は、銀色にきらめくセラミック刀をひっさげ、断崖絶壁の壁を腕の力だけでよじ登ながらそう言った。

 島のどこか遠くでは、怪物が暴ているような雄たけびと振動ーー。

 その魔法使いは、崖を登りきると「……連れてくるべきだった…」と呟きながら息を吐き、どこか遠くへと指笛を吹き鳴らした後。見知りたる怪物の元へ、火や水や風の刃をいとも容易く発生させる不思議な杖を握りしめ駆け出した。



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