できればのお話
犬達のデモンストレーションを終えてから2時間後、
俺はザルインからの依頼報告書を作るため、
街長の詰所にてザルインと話をしていた。
無言で報告書を書くザルインは、
最初に会った時と比べて180度違反対の性格だと感じてしまう。
元々背が高くて若々しい彼が事務仕事をすると、
いかにも優等生と感じる印象を受ける。
しかし、沈黙に耐えられなくなったのか、
落ち着いた感じではあるが話し始めた。
「君のおかげで本当に助かった。私からの報告書には最高評価をつけるよ」
「どうもです。また困りごとがあれば、
イタールアのリングス探偵事務所をご贔屓に願います」
「あぁ、助かる」
またしばらく無言で報告書を書くザルインだが、
さっきから何か言いたそうだな。
先ほどから、俺を見ては顔を沈める行動を、
3回程繰り返している。
俺から話しかけようか。
そう思っていると、ザルインがふと切り出した。
「今回、私とマルカスが手を組んでいることに、
いつ気づいたのですかな?」
なるほど、事件の詳細が聞きたかったのか。
「基本秘密にする内容ですが、
まぁここを出たあとですね。
・・・まずザルインが若すぎと感じました。
それにおしゃべりってことは、
街長として経験が浅いのではないかと。
そしたら、街で兵士と顔が似た男がいるじゃないですか。
この人は『赤』ら顔だし『アカ』村の人で、
それが親子で暮らしてるってことは、
立場も上なんじゃないかと思いましてね。
『若いザルインをマルカスが補佐している可能性はないか?』
と推理しました」
「言葉遊びですか・・・あなたはやはり面白い。
それにしてもやはり、私は若すぎに見えますか?」
絞られた後のレモンみたくポツリとこぼしたザルイン。
プレッシャーでも感じていたのだろう。
当然だ。
近くにイタールアなんて大国があるのに、
経験不足の若者が街長になるのは、想像以上に大変だろう。
元気づけてやろうと口を開いた。
「ですが、あなたは食糧危機にもかかわらず、
犬をも見捨てない優しい心をお持ちだ。
それに、プレッシャーを感じながらも
明るくふるまい続けることもできる。
そんなあなたなら、住民はこれからも着いていくでしょう」
「ありがとう。・・・君はやはり最高の探偵だね」
「・・・いえ、それほどでも。
依頼にあった、治安維持を実行しただけです」
・・・最高の探偵か。
「謙遜しているな!大丈夫だ!
君はこれからもたくさんの人を助けるだろう。
それは素晴らしいことだ!
そんな助けられた人の一人である私が書いた報告書を、
受け取ってくれたまえ!」
「はい。確かに受け取りました」
報告書を手に退出しようとすると、
ザルインがこれまでにないほど神妙な面持ちで話しかけてきた。
「時に、この街の東にジャムムル村があるという話を覚えているかな?」
「ええ、この辺りの地理を聞いたときに・・・」
「実はそこに、4日前から君とは別の探偵が入っているのだが、
行方不明になったようだ。先程この街に来た兵士長が、
このことを君に伝えて欲しいとおっしゃっていたので、
ここで伝えておこう」
「分かりました。事務所に行って、詳しい話を聞くことにします」
「それともう一つ」
ザルインが話を続ける。
「この事は私とマルカスしか知らない・・・。
私たちが決起しようとした理由だが・・・
実はとある人間から決起するよう促されたんだ」
「とある人間?」
やはり、決起する理由は他にもあったのだ。
誰かが裏で糸を引いていたのか・・・。
「実は、我が町に独立戦争するようけしかけて来た人物が、
ジャムムル村に居ると聞いた。もし可能なら、
そいつを探し出して欲しい」
ザルインが手を握っている光景が見える。
怒りを感じているのだろう。
探偵の敵であるならば、俺も容赦する必要はない。
ザルインの頼みを断る理由がない。
「・・・分かりました。ムッシュ ザルイン
個人からの頼みってことで探してみます」
「うむ。それが一番だね」
お互いに気をつけてと、
挨拶を交わしてから街の北に向かう。
5分程度歩き、詰所近くに立つシャラと合流した俺達は、
街の出口に向かった。
俺の表情が神妙そうに見えるのか、
俺に話すタイミングを見計らっている様子だ。
街を抜けた後でシャラに話しかける。
「カマイルのところに行ってきたのか?」
シャラがホッとしたような表情を見せる。
気を使わせてしまったようだな。
「うん。軍の増援が来たら、
カマイルさんの傍にいるって約束したもん」
「そうか」
そういえば、毒を盛られる前にそんな話をしていたな。
「カマイルさんのとこに挨拶しなくて良いの?」
「構わない。イタールア付きの探偵が一人、
東にあるジャムムル村で行方不明になったそうだから急がないと」
「そっか。そうなるかもってカマイルさんがこれを渡して欲しいって」
「おぉ、食い物か」
郷土料理である、リンゴで獣炒めが箱に詰められていた。
リンゴはジャムにして、瓶に入れてくれたようだ。
「カマイルさん、すごく感謝してたよ。
後、店に来ないのは嫌われたからかもしれないって傷ついてたんだからね。
また街に寄ったら、店に寄ってあげて」
「そうか。それは悪いことしたな・・・」
「職業柄しょうがないけど、また今度行けば良いと思うよ」
ジャムムル村の件が解決したら、またここに寄るのも良いかもしれないな。
「なぁ。俺はしっかり、探偵としての仕事を全うできてると思う?」
「・・・うん。出来てると思うよ」
先程最高の探偵と褒められた時、自分が最高だとは少しも思えなかった。
なぜなら俺は・・・
「もう補佐以上の仕事をしてるって、私はそう感じるけど?」
「そうか」
そう。俺の役職はシャラの補佐だ。
シャラの父親はリングス探偵事務所の創設者であり、
元世界最高位の私立探偵だ。
俺の師匠でもあるその人は、
例え国王の依頼でも簡単に達成することができると言われている。
調査、護衛、追跡、戦闘、分析・・・
探偵に必要なあらゆる技術を持っているとされている。
俺の探偵技術も全て彼から教わったものだ。
彼から認められない限り、俺は探偵になれない。
そんな気がするのだ。
「もう。今日のケレンなんか暗いよ!
人呼んで『追跡のシャラ』が言うんだから大丈夫だよ!
少なくとも私は、ケレンが居ないと探偵業なんてできない!」
「・・・余計プレッシャーになるんだけどそれ?」
シャラは探偵事務所のトップ6人にしか与えられない称号持ちだ。
この世界での探偵は、総勢が約200人居るが、シャラはかなりのエリートだ。
プレッシャーになる。
だが、確かに元気づけられたな。
「ありがと。でもまた、必ず立派な探偵になるから、
もうちょっと待っててくれよ?」
「うん。待ってる」
プレッシャーなんて今更だ。
必ず一人前の探偵に戻ってみせる。
そんな話をしながら俺たちは、
イタールア国に向かって歩みを進めるのだった。