ゾンビ、食事をする
この作品にはグロテスクな描写が含まれています。
夢なら覚めてほしいけれど、そうは問屋が下ろすまい。
見ている景色も空気も間違いなく本物っぽい。
……強いていうと疑問はある。
アンフェールのゾンビは、デューウイルス……通称Dウイルスに感染した人間である。
Dウイルスは感染した生物の体力をどんどん吸って、それを元手に増殖していく。
また大脳を温床にしているせいなのか、感染者の脳は上手く働かずに理性を失っている。
所謂食欲、睡眠欲、性欲の三大欲求だけで動くようになっているのだが……ウイルスに体力を吸われるせいで腹が常に減っており、基本食欲だけが強く働いている。
結果目の前にある食えるもんなら食おうとする、身近にある食えるもんは当然同じ人間。
そうやって、あちこちウイルスが感染していくのだ。
ところがだが……俺はゾンビのくせに全然腹が空いてない。
それどころか他の欲求も湧いてこない。
これはどういうことなのだろうか……。
“グウウゥゥゥ……”
ん?この腹の音……もしかして、俺?
周りを見渡すが、俺以外にゾンビはいない。
狭い路地みたいで目立たないし、間違いない。
……まさか……。
俺は路地にある壁を強く叩く。
“ベシンッ!”
激しく音が鳴り、腕を見ると血が出てきた。
しかし、“痛みが全くない”。
ようやく分かってきた、俺はゾンビになったが完全に同化してるわけじゃないんだ。
ゾンビは俺が動こうとした動きを行う、分身なのだ。
視点としては完全にゾンビだけど、俺は遠くから操作してるみたいな……。
ああそうだ、最近流行りのVRゲームだな……俺は高くて買えなかったけど。
“グウゥゥゥゥ……!”
う~む、しかしこれで俺の思考“は”正常な理由が分かったけれど。
その場の感覚が分からないのはデメリットも大きいなぁ。
動く時の力の加減や、身体のコンディションが掴めない。
……でもまぁ、そのうち慣れるか。
人間慣れが肝心よ、慣れが。
って冷静にしてる場合じゃない、腹の音の感じからしてそろそろ食わないと身体が死んじゃう。
そしたら俺がどうなっちまうのかも定かじゃない。
俺は何か食えるものがないか、探そうとして引きずった足をぶつけた……死体に。
……これ、食うか?
いやまぁ人としてはどうかと思うよ、うん。
俺だって結構抵抗あるしさ……けど今すぐ食わなきゃ多分死ぬ。
こういう時感覚共有がない事を天に感謝する、今後何回もこういう事態になるだろうしね。
“カアァァァ……ガブッ、ブチリッブシュ”
死体は男性で見たとこ若く、欧州系としてはオーソドックスな顔って感じ。
言っちまえばゲーム的表現をするなら、モブ顔と言えなくもない。
そりゃ前世の俺も人のこと言えないレベルで、日本人でのモブ顔だったけどさ……なんだろう、考えて虚しくなった。
そうこうしてるうちに、臓器含めてバクバク食べまくった。
これならゾンビとして復活も出来ないだろ。
「ゲフッ、オオオオォ……!」
相変わらず呻き声だが、ちょっと活力が戻った気がする。
しかし放っておくとまたすぐ体力がなくなり、さっきの状態に逆戻り。
こうしちゃおれんと立ち上がり、これ以上食料になりそうな物がない事を確認して路地を去る。
今はとにかく食べる物と情報が欲しい。
現状がゲーム中におけるどのタイミングなのか、それを俺は知らないのだから。
主人公が既に市内にいたとしたら……遭わない事を祈る。