4:冒険者業界の市場調査
あー、疲れた。俺は両手を挙げて体を伸ばすと椅子に座る。よっこいしょういち。……昭和臭が漂うからやめろってハゲの店長に言われたな。どうでもいいや。
冒険者ギルドの情報を書き写しながら、書類整理すると時間が掛かった。だが、何とか、重要そうな情報を集めることが出来た。仕事終えた俺はガラマさんとの話し合いをした。給料のことだ。冒険者ギルドの経理の給料は思った以上に良かった。俺と電卓アプリの高い計算能力が俺の給料を上げてくれたからだと思われる。
俺としてはこの経理の仕事は短期の予定だったが、長期でやってくれるのならもっと給料を上げるとガラマさんが言ってきたため、本業次第で決めさせていただきますと濁しておいた。
ガラマさんとの話し合いを終えた俺は冒険者ギルドが運営するレストランで飯を食いながら、冒険者を観察していた。冒険者業界の市場調査のためだ。
市場調査は問題と調査目的を明確にして、質問票などを作ってから実施する。
問題と調査目的はできれば、具体的な物が良い。「ニーズを知る」という曖昧な目的だと、調査が長引いたりしてしまうからだ。だから、本来なら、「商品Aが売れないため、その原因を調べる」などというものが喜ばしい。だが、アメリアのアイテム屋で碌な物があまりないため、0からのスタート考えた方が良いだろう。そこで、俺の今回の市場調査における問題と目的は「ギルドで売られている物の改良の方向性を知る」という若干曖昧なものとなっている。
調査方法は幾つかある。先ほどのギルドでの仕事、冒険者の観察などなど。
ギルドでの経理の仕事が終わったため、今俺は観察をしている最中だ。
大きな剣を背負った幼女、僧侶と思われる眼鏡をかけた青年、髭を生やし弓矢を持ったおっさん、魔法使いと思われる30ぐらいの女の人、色々いるが、エルフ耳はアメリア以外に居なかった。そんな色々な冒険者の中で最も俺の眼を引いたのは
「エロいな」
ビキニアーマー来た女性冒険者だった。
ビキニアーマー着ているグラマラスな同い年ぐらいの剣士風の黒ギャル。うん、エロい。彪柄だし、何?肉食系女子ってアピールしているの?
黒ギャルの隣に居たビキニアーマー着ている俺より少し年下ぐらいのショートで茶髪の女の子は弓矢をもっていることからして、職業は狩人だと思う。ただ、狩人が着るには結構派手なビギニアーマーだと思った。なんせピンク色のスパンコールが大量に着いていて、淵にはファーが付いている。その装備目立ちすぎて、隠れて不意打ちとかできないよな?
あれって防御力あんのかな?ってつくづく思うんだよな。だって、露出しまくってるじゃん。布の面積がコンビニのおにぎり3つ分ぐらいしかないってどうなの?そんなんで本当に大丈夫なのかね?大事なところは……ギリギリ守れるのかもしれないけど…大事なところって心臓とかじゃないからな。うん。それって冒険者的にどうなのって俺は思ってしまう。そんな派手な二人のビキニアーマーだが、形は同じに見えた。たぶん、一昔前のデコレーションされた携帯電話と同じように、彼女たちが独自に改造したのだろう。
そういえば、ウィキペディアにはビキニアーマーの項目があるってオタクで同級生の小森が言っていたな。どうでも良いや。
ま、要するに、ビキニアーマーはエロい。そして、若い女性冒険者から防具にデザイン性が求められていることが分かった。
こんな感じで観察していて他にも色々分かった。
ポーションは苦くて不味いと結構な人が感じる代物らしい。西の砂漠に行くときは大量の水を買っておかないと熱中症になりやすい。この時期の北の雪山は寒いため、防寒着が必要、なかったら凍え死ぬ。長期間のクエストは長持ちする食料が必要なため、野菜は塩漬けばかりらしく、肉は燻製肉ばかりなのでいまいち美味しくないらしい。
一時間ほど聞く耳を立てていただけで、色々なことが聞けた。
このように、自分で集めたデータを一次データといい、俺がギルドの報告書などから手に入れたデータを二次データと言ったりする。
と、まあ、俺はそんなことを考えながら、色々な冒険者を観察していた。
だが、見るだけでは見えてこない物がある。そこで、俺は次の行動に出た。
「すみません。ここ良いですか?」
「おう、良いよ」
おっさんだらけで構成された冒険者グループが座る席の隣の席に俺は座る。
「ありがとうございます」
「兄ちゃん、初めて見る顔だが、気のせいか?」
「いえ、実は昨日この町に来たばかりでして、今日から短期間ですがギルドの会計の仕事をすることになりました」
「そうか。でも、珍しいな。ここにきて冒険者にならねーなんて」
「冒険者に興味はあるのですが、まあ、色々あって。皆さんに一杯奢りますので、良かったら、お話聞かせてくれませんか?」
「良いのかい? なんかわりぃな。それで、何が聞きたいんだ?」
俺はおっさん冒険者から色々聞いた。
使っている武器や防具、どんなクエストでどんなアイテムをどれだけ使ったのかや、冒険者なり立ての時の苦労話、今でも苦労していること、さっき聞いていて分かったことが本当なのかなどなど。
俺はおっさん冒険者以外の人にも同じ質問をした。女性冒険者だけのグループや、男女混合型の冒険者グループ、単独でクエストをしている冒険者や、大所帯の冒険者のグループなどなど。いろんな人に話を聞いたため、今日もらった今日の分の給料の大半が彼らにふるまった酒代で消えた。お金は無くなったが、その分色々なことが聞け、メモできた。
「ツカサ、ただいま」
手を振りながらアメリアがこっちに向かってきた。
昼間分かれた時と違い、アメリアはアメリア自身と同じぐらいの大きさの杖を握り、頭を隠すようにフードを被っていた。
「お疲れ様、アメリア」
「うん、晩御飯ここで食べようって言ったけど、家に帰ってからじゃダメ?」
「別にいいけど」
「じゃあ、早く帰ろ」
そう言うとアメリアは冒険者ギルドから出ていこうとする。心なしか速足で。フード被ってたし、若干声が小さかったような気がする。おそらく何かあったのだろう。アメリアの力になりたいから、何があったのか聞きたい。だが、かといって、こっちから話を振れば、彼女がどう思うのかは分からない。気丈に振舞って誤魔化そうとしていることから、聞かれたくないのだろう。
俺とアメリアはアメリアの家に帰り、家にあるもので食事をとることにした。
中央に小さな蝋燭が置かれた小さなテーブルには野菜や果物や大豆だけで作られた料理が並ぶ。どうやら、エルフは肉を食べないようだ。そんな少量の料理を俺とアメリアとジャッラさんの三人で食べる。ジャッラさんは黙々と食事をし、アメリアは空元気を出して場を盛り上げようと面白い話をしようとする。だが、空元気を出せば出すほど、アメリアは空回りしていき、最後にはお通夜みたいになっていた。
「ツカサはエルフのこと知らないんだよね?」
「俺の居た所ではおとぎ話に出てくる存在でほとんどの人は見たこともないと思う」
「そう。エルフってね。この町でもそうなんだけど、あまり好かれてないの」
アメリアからエルフのことや人間とエルフの関係について色々聞かされた。
エルフは本来森の中に住み、生涯のほとんどをその森の中で暮らすらしい。外見はほとんど人と変わらないが、長い耳を持つことと長寿であること、そして、上位の魔法を使える者が多いという点で人とは違った生命と認識されている。
人とエルフの関係はあまり良好とは言えない。なぜなら、人とエルフは古来より争っていたからだ。
ある争い事は人が大きな建物を建てるために必要な大きな木材を求めて、エルフの森に入り、木を切ろうとした。人はその森の木を領主から認められているからと言って、切ろうとする。だが、それを阻止しようとしたエルフは、この木は古来よりエルフを見守ってきた神木であるため、切ってはならないと言って、人の行為を阻止する。これだけではない。上位魔法を使うエルフを脅威と思って討伐に来た人の軍勢もいるし、長寿であるエルフは老化が遅いため愛玩動物として好まれると言って奴隷狩りに来た盗賊たちもいた。
そんな人とエルフの衝突は互いに敵意を齎してしまった。
そのため、商売しても全然人が来ないから人から敵意を感じることは無かったのだが、今日久々に冒険者ギルドで仕事をしたら、冒険者ギルドの人や冒険者から壁や敵意を思い出してしまった。余所余所しいだけならまだ我慢できた。だが、今日組んだ冒険者グループは最悪だった。
『金なんて高尚な物、エルフには無いんだろう?だったら、報酬の金はいらないよな?』
『私はイニーツィオに住んでるんだ。だから、お金がないと困る』
『はぁ? イニーツィオの町に居ついているの間違いじゃないの?』
『それってどういう意味?』
『そこらへんの木に住んでいるだけで、木の実を拾って食べてるんでしょ?私たちみたいに金を払って家を借りたり、食事をしたり、買い物をしているわけじゃない。だから、住んでいる私たちと貴方は違うって話』
『違う。ちゃんと、お店で買ったものを食べてる』
『えぇ? それって盗んでるの間違いじゃないの?』
『やべえ、こいつ、犯罪者?だったら、衛兵に突き出すか?それとも奴隷市場に連れて行く?』
クエスト中に冒険者の話は聞けたが、もう一つの目的の報酬は諦めてエルフであることを隠してギルドに戻ろうとした。これ以上、嫌なことを言われたくなかったからだ。だが、そんなアメリアの行動が冒険者たちには逃げに見えたらしく、アメリアの腕を捕まえて奴隷市場に連れて行こうとした。怖くなったアメリアは咄嗟にアッルチツィオーネ(混乱魔法)を唱えて、冒険者たちを振り合払うと走って逃げてきた。
世界が変わっても差別と言うのはあるのだと感じる話だった。
そんな重苦しい空気の中、アメリアは俺にある質問をした。
「ねえ、ツカサってなんでエルフを怖がらないの?」
「エルフを見たのが初めてだからって言ったとはずだけど?」
「そうだけど、でも、怖くないの?」
「なんで?」
「だって、見たことない物が目の前にいるんだよ。それが話しかけてきたら怖くないの?私がもしツカサみたいな目に会ったら絶対に怖いと思うよ」
「いや、怖くないだろう」
「なんで?」
「アメリアは倒れていた俺を介抱してくれたからな」
「それは……奴隷にするんじゃないのかって疑わなかったの?」
「俺を奴隷にするのなら、最初から俺に対しての待遇を悪くしていたはずだ。なのに、アメリアとジャッラさんは俺に柔らかいベッドを提供してくれた」
「それは……」
「……」
「そんなお人好しで頭の悪そうなアメリアがそんな悪いことをする奴じゃないってすぐに分かったし」
「うっ……私ってそんなに頭悪い?」
俺の親父もアメリアみたいなお人好しで頭の悪い人だった。
人に良いことをしていたら、いつかは良いことが自分にも起きて、皆でその喜びを共有できる。そうれができると、みんな嬉しくなる。だから、人に優しくしなさい。
俺の親父はいつもこんなことを言っていた。
だから……
「ねえ、お父さん、私って頭悪いのかな?」
「……」
「黙らないで何か言ってよ。ねー」
アメリアはジャッラさんの肩を掴んで揺らす。
アメリアは頭が完全にポンコツというわけではない。ギルドで売られていない薬を作れないはずだからだ。商才がないという意味では、アメリアもジャッラさんも一緒なのだが、アメリアの場合、+危機管理能力とくるから、頭があまりよくないと思えて仕方がない。
初対面の同い年ぐらい男を家に入れて介抱したり住まわせたりなんて、普通の危機管理能力を持っている人ならしないはずだ。
「まあ、そんなわけで俺はアメリアやジャッラさんをエルフだからって怖がったりしない」
俺がそう言うと、ジャッラさんは立ち上がり、台所から瓶一本と氷の入ったグラス三つを持ってきて、瓶をテーブルの真ん中の方に、グラスを俺やアメリアやジャッラさんの前に置いた。えぇーっと、ジャッラさん説明してくれませんか?そんな戸惑う俺をアメリアは察してくれた。
「エルフにはね。相手を家族や親しい人として認めた時に、自家製のお酒を飲ませる習慣があるの」
「えぇーっと、つまり、俺を親しい人として認めてくれたってこと?」
「うん」
杯を交わす儀式って異世界にもあるらしい。
俺はコップを持ってジャッラさんに酒を注いでもらい、今度は俺がアメリアとジャッラさんのコップに酒を注ぐ。
「乾杯」
ジャッラさんの乾杯の音頭で俺たち三人は一緒に酒を飲む。
三人で飲んだ酒は昔酒屋で買ったことのある果実リキュールに近いものだったが、色々な果物が使われているのだろう。複雑な味だったが、とてもフルーティーであった。