3:冒険者ギルドの需要と供給
俺はアメリアに連れられて、イニーツィオの南部にある冒険者ギルドに来ていた。
冒険者ギルドは公民館ほどの大きさの煉瓦造りの建物で、中には多くの人が居た。ほとんどの人が武器や防具を装備していることから、冒険者ギルドに来ている人のほとんどが冒険者であるとすぐに分かった。
冒険者は椅子に座って冒険者同士で話をしたり、酒を飲んだり、腕相撲をしていた。一部の冒険者が紙が何枚も貼られた大きな木の板を見ていたが、多分アレは今出ているクエストの中からどれを受注しようかと悩んでいる冒険者たちだろう。
木の板に貼られている文字は見覚えのない字であったが、何故か読めた。
「ここが冒険者ギルドか」
「ツカサは冒険者ギルドに来るの初めて?」
「あぁ、俺の住んでいるところには無かったな」
現代日本に冒険者なんて職業は……ほとんど…ない。
ほとんどないっていうのは、ごくごく一部に冒険者と名乗っていてもおかしくない人が居るからだ。謎解き冒険バラエティ番組で山登ったり珍獣を捕まえて行ったりオオトカゲと徒競走する人なんて良い例だろう。
「じゃあ、モンスターとか出たらどうするの?」
「俺の住んでいた所にモンスターは居ないんだ」
「ツカサ、冗談のセンスあまりないね」
「いや、本当だって」
「んー、なんか信じられないなー」
「それより、冒険者ギルドについていろいろ教えてくれよ」
「そうだね」
アメリアと一緒に冒険者ギルドの中を見て回りながら、冒険者ギルドについていろいろ教えてもらった。
冒険者ギルドとは法的に問題のない仕事を斡旋する場所だ。仕事を斡旋するわけなのだから、仕事を頼む側と頼まれる側が存在する。頼む側、冒険者ギルドでクエスト依頼者と呼ばれている人たちの多くは商人だったり領主だったりと、様々である。装備をしていない人たちの大半はこちら側なのだろう。一方、頼まれる側、冒険者ギルドでクエスト受注者と呼ばれる人たちは冒険者である。クエスト依頼者と受注者は冒険者ギルドに登録を行う。そして、クエスト依頼者から頼まれたクエストをギルドに貼り出す。これらの時に発生する登録料や仲介手数料によって冒険者ギルドは運営されている。
要するに冒険者ギルドとはハローワークのような場所だ。
冒険者ギルドで斡旋される仕事は様々で、モンスターを討伐する討伐クエスト、素材を採取してくる採取クエスト、誰かを守る護衛クエスト、騎士団などの訓練に付き合う訓練クエストなどがある。
依頼者がクエストの報酬を付けることが出来るが、クエストの難易度をギルドが厳正に査定し、冒険者はクエスト報酬と難易度を見てクエストを受けるかどうか決めるため、クエストの難易度と報酬はある程度相関関係にある。クエストが難しいのに報酬が安かったら、誰も受けないだろう?となると、クエスト依頼者はクエストの報酬を高くせざるを得ない。逆にクエストが簡単なのに報酬が高かったら、誰もがそのクエストに殺到する。そうなると、クエストの依頼者は損をするため、クエストの報酬金額を下げる。
これらの動きは経済学で簡単に説明できる。
クエスト依頼者は需要者、クエスト受注者である冒険者を供給者とする。供給者とは、需要者に製品やサービスを提供し代わりに報酬を貰う側の人であり、需要者は報酬を払うことでその製品やサービスを受ける側の人のことである。だから、クエスト依頼者は金を払う側であるから需要者であり、冒険者はクエストを達成するというサービスを提供するため供給者であると定義できる。
需要者であるクエスト依頼者はクエストが達成されることで得られる満足度(経済学では効用と言ったりする)と持っているお金によって、クエストの報酬金額を決める。この価格をこの場では需要価格とする。そして、冒険者はクエストに必要な装備やアイテムや自分の力量からクエストに対する希望の価格を自分の中で決める。この希望の価格をこの場では供給価格とする。
需要価格が供給価格を上回っている時、冒険者はクエストを受注する。クエストが達成し、報酬がもらえたら、需要価格-クエストにかかった費用が冒険者の利益となる。利益が生まれると冒険者はまた同じクエストを受けたがる。クエスト依頼者は同金額で受けてくれることが分かっているから、支払額を下げようと、1クエスト当たりの報酬金額を下げて、同じクエストを依頼する。この時需要価格>供給価格が成立しているのなら、冒険者はそのクエストを受ける。
だが、供給価格が需要価格を上回っている時、冒険者はそのクエストを受注せずに、別のクエストを受注する。その結果、クエスト依頼者はクエストを取り下げるか、価格を上げるしかない。
このように、需要価格と供給価格とのギャップが製品やサービスの量を決める現象を、ミクロ経済学ではマーシャル的調整という。一方、クエスト依頼者が達成してほしいクエストの数(需要量)と冒険者がこなせるクエストの数(供給量)とのギャップが報酬金額を決める現象をワルラス調整と言ったりする。
「それで、アメリア、さっき冒険者になるって言ってたけど、どうしてそんな結論になったのか教えてくれないか?」
「だって、冒険者の欲しい物って、冒険者じゃないと分からないじゃない。だったら、私たちが冒険者になってみるのが一番早くない?それに、クエストを達成できたらお金がもらえるし、一石二鳥でしょ?」
確かに、それは一理ある。
マーケティング・コンセプトのところで、製品志向型が失敗する理由は作る側が使う側の求めている物を理解していないからと話したのを覚えているだろうか?この時、この問題点を解決する方法は使う側の気持ちを理解することだとも言ったと思う。たぶん。
商品を使う側の気持ちを知るには、ヒアリング調査やアンケートをするのが良いのだが、報酬なしにこういったことに協力してくれる人は少ないだろう。だったら、実際に冒険者になってみるのが手っ取り早いし、お金が入るとアメリアは思ったのだろう。
「ただ、俺は冒険者なんてやったことないぞ」
「大丈夫。駆け出し冒険者でも簡単にできそうなのあるし」
「どうして、アメリアはそんなこと分かるんだ?」
「だって、私昔は冒険者として働いていたのよ。これが証拠。ステータス!」
右手の掌の上5cmぐらいのところに、3D映像のように30cm四方の青いウィンドウが現れた。
初めて魔法のようなものを目にした俺は当然驚いた。ウィンドウの一番上にはアメリア・ローリエという名前が書かれており、その下にはステータスが書かれていた。他にも数人ほどの冒険者の掌にも同じような物が映し出されていたことから、冒険者になれば、この魔法を使えるのだと理解した。
「レベル15、HP968、攻撃力25、防御力14、魔攻力150、魔防力120、速さ45……これってすごいのか?」
「攻撃力と防御力は全然低いだけど、魔法を使った時の攻撃力の魔功力と魔法を受けた時の防御力の魔防力は人並み以上。素早さは普通ね。使える魔法はリストール(回復魔法)とグァリジョーネ(状態回復魔法)とリナシッタ(復活魔法)とアッルチツィオーネ(混乱魔法)とガレジアンテ(浮遊魔法)」
「後方支援に特化しているな」
「まあね。もともとエルフって魔功力や魔防力が高いからそれを生かした方がクエスト成功させやすいでしょ?」
「まあ、生まれ持った力を生かすのはいいことだと思うが…」
気になる値があった。アメリアの知能の値なのだが……11だった。
これがどれぐらいの値なのか、まあ分かるだろう。だって、25ですら低いという評価なのだ、11は…うん……分かるだろう?いわなくても……
アメリアは優しいし、美人だし、色々魔法が使える。だが……おつむが……うん。命の恩人を悪く言いたくないけど…残念美人ってアメリアのことなんだろうな。
「それじゃあ、ツカサも冒険者登録しに行こうよ」
「いや、俺は俺なりの方法で冒険者登録せずに冒険者の情報を集めるから、大丈夫だ」
「そう?それじゃあ行ってくるね」
「クエスト行くのか?」
「うん。久々にクエストしてみないと思い出せなさそうだし。お互いに、やりたいこと終わったら、ギルドの待機場所で集合。先に終わったら、ご飯はこれで食べておいてね」
アメリアは俺に小銭を握らせると、掲示板の方へと歩いて行った。
一方、俺はギルドの受付へと向かう。だが、冒険者登録をするわけではない。
「すみません。この短期のギルドの経理の求人票を見たのですが……」
そう。俺のやり方と言うのは、このギルドの職員になって仕事をしながら、冒険者業界を把握し、多くの冒険者のニーズを調べるという方法だ。
そのため、俺はギルドの求人票を見つけて応募した。求人票は幾つかあったが、俺は経理の仕事を選んだ。自画自賛になってしまうのでどうかと思うが、計算がそれなりに得意である。計算能力の高い人が欲しいというギルド側のウォンツがあるのだから、それに答える形で売り込めば、ギルドに入り込むのは簡単だと思った。
これも、ある種の需要と供給だ。需要は計算能力の高い人が欲しいというギルド側のものであり、供給は計算能力の高いという俺自身である。
「ガラマさん、求人票を見たって人がやっと来ました!」
「本当か!すまん。面接をしたんだが、時間がないから、この計算問題を解いてみてくれ。どんな方法を使っても構わない。それの出来次第でウチの冒険者ギルドの経理として雇うか決める」
ガラマさんは俺に30問ほどの計算問題の書かれた用紙とペンを渡してきた。
俺は簡単な問題は暗算で計算し、難しい問題はスマートフォンの電卓機能を使って、淡々と解いていく。どんな方法を使っても良いと言ったんだから、スマートフォンの電卓機能を使っても問題ないよな。
俺は30問の問題を解いて、ガラマさんに解き終えたことを知らせる。
「おいおい、速すぎだろう。ちょっと採点してくる」
ガラマさんは奥の部屋へと行ったが、1分も立たずに戻ってきた。
「採用だ。今すぐに働いてくれ」
今すぐ働いてくれって、そんなにギルドの経理って忙しいのかよ。
忙しいというのは、人手が足りないことに繋がる。さっき、ガラマさんを呼んだ人が「やっと来た」って言っていただろう?これはつまりこの仕事をやりたがらない人が多いということになる。理由として、賃金率だったり、長時間労働だったりとブラック企業がやってそうなことが考えられる。
もしかして、冒険者ギルドってブラック企業なのか?だが、まあ、冒険者関係の情報を収集することが目的だから、賃金がどうとか言ってられない。
「給料とか仕事時間は今日の仕事が終わったら話そう。お前、名前は?」
「森川司、ツカサって呼んでください」
「ツカサ、お前の机はあそこだ。机の上に載って書類を隣のお嬢ちゃんに教えてもらいながら処理していってくれ」
「分かりました」
「おい、マリーネ!お前の後輩のツカサだ。仕事を教えてやってくれ」
「分かりました。よろしくね、ツカサ君」
マリーネさんはおっとりとした感じの茶髪で背は低いが少し年上の女の人だった。
マリーネさんの指示で俺は仕事をこなしていく。仕事の内容は主に計算だった。仕事の内容は、冒険者ギルド内でギルドが運営しているアイテム屋の仕入れ額の計算や、これから貼り出すクエストの手数料やその合計などなどであった。
掛け算や電卓機能のおかげでスムーズに仕事が進む。
仕事が予想以上に進み余裕が出来たため、俺はマリーネさんと書類整理をしながら話した。
マリーネさんから色々なことが聞くことができた。
駆け出し冒険者の集まる町イニーツィオは宗教国家ロメイルにある人口3万人ほどの大都市で、北には雪山があり、南には森があり、東には海があり、西には砂漠がある。
人口の3万人の内、5百人ほどが冒険者で、その他の半分は冒険者のための宿や料理店やアイテム屋など冒険者業界の利害関係者で、残りは農民や職人や奴隷商人などらしい。つまり、この町は冒険者業界によって支えられていると分かった。
この町に駆け出し冒険者が集まるのは、この地域に出没するモンスターが他地域に比べて弱いかららしい。
イニーツィオの主流な通貨はマルタス通貨で、モノの値段を聞く限り、1マルタス=1円ぐらいの価値らしい。他の地域でもこのマルタス通貨は使える。
そんな話をしながら、俺は過去のクエストやギルドのアイテム屋の書類を見て、クエストの達成率の高い冒険者の名前と情報や冒険者が一回に買うアイテムなどを調べ、日本語でメモる。これなら、日本人でない限り読めるはずがないため、ギルド職員を誤魔化すことが出来る。
俺のやってること産業スパイだって?冒険者ギルドが儲かるために秘密にしておくべき情報を盗んで、それを誰かに転売して儲けようとしているわけじゃないんだから、産業スパイではない。だから、セーフだ。
だったら、なんでわざわざ日本語で書くのかって?それは、アレだ。その方が、アレだからだ。うん。
そんなこんなで俺は冒険者業界に関する情報を入手し始めた。