2:アメリアの店のマーケティング・コンセプト
俺はアメリアの店の中をブラブラと徘徊しながら、商品を見て回った。
何というか、色々な物が売られている。瓶詰めされた毒々しい色の飲み物とか、剣とか弓矢といった武器とか、何に使うのかよく分からない道具とか。アメリアの話によると、飲み物系はアメリアが作ったもので、それ以外の商品はアメリアが父親であるジャッラさんが作ったものらしい。アメリアは調合術や回復魔法や補助魔法に長けており、ジャッラさんは製作に長けているため、互いに長所を生かした生産活動といえる。接客はアメリアがやり、店長もアメリアがやっている。理由はジャッラさんは道具作りに専念したいから。
瓶詰めされた毒々しい色の飲み物は全体の3割、剣とか弓矢は1割、何に使うのかよく分からない道具が店の陳列棚の6割を占めている。しかも、店においてある飲み物以外の商品のほとんどは一点物であった。なんでも、色々な物を作って売ってみて、売れたらまた作るというのがこの店のスタンスらしい。要するに、下手な鉄砲数撃ちゃ当たる作戦だ。
そんな何に使うのかよく分からない道具の中でも、特に訳が分からないのは、このサーカスでピエロが乗るボールの模様をしたバスケットボールぐらいの大きさのボールだ。一見何の変哲もないただのボール。このボールを持ってみてわかったが、驚くほど重い。鉛で出来ているんじゃないのかと疑ってしまうほどだ。
「アメリア、これはなんだ?」
「それはね。お父さんが作った傑作の一つ、ジェノサイドボール・バージョン毒針」
「ジェノサイドボール? 商品名からしてすごく物騒な気がするんだが、どうやって使うんだ?」
「使い方はボールを投げるだけ。投げたジェノサイドボールが地面に着くと、その衝撃でジェノサイドボールは爆発して、四方八方に2000本の毒針を飛ばす。それで、発射された毒針は20m先の鉄の盾を貫通して、50m先のモンスターにも命中させることができるんだよ。2000本も四方八方に飛ぶから、モンスターの防御の隙間とか狙うのに、最適。毒針が刺さったら最後、体中に毒が回ってわずか20秒で倒れて息ができなくなってしまうの。すごいでしょ」
「確かに、すごいな」
アメリアさん、そんな危ないものを木の陳列棚に普通に置くのはすっごく危ないと思うんですけど、もうちょっと厳重に管理しません?地面に落ちるだけで爆発するんですよね?そんな物騒な物、慎重に扱わないとやばいですよ。ちょっと手からポロッと落ちるだけで、自分までジェノサイドされてしまう代物なんですよ。
俺はジェノサイドボール・バージョン毒針を割れ物を扱うように、そっと陳列棚に戻す。
「それで、こっちのは?」
「そっちは、ジェノサイドボール・バージョン毒霧。地面に落ちると、毒霧が噴射。防御に隙の無いモンスターを倒すのに有効だよ」
「…ちなみに、これは?」
「ジェノサイドボール・バージョン麻痺針。毒の効かないモンスターに有効だね。麻痺で弱らせて近づいて倒すための道具だよ」
「……これは?」
「ジェノサイドボール・バージョン焼夷。地面に落ちると、半径100mが火の海になるから、火が弱点のモンスターを一気に倒すのに有効だね」
「こっちは?」
「それはジェノサイドボール・バージョン爆裂だよ!それはお父さんの最高傑作で、地面に着いた衝撃で爆発して、半径50mにあるものを完全に吹き飛ばす爆裂魔法が起きるの!どう?すごいでしょ!ちなみに、その隣に置いているのはジェノサイドボール・バージョン集束爆裂!中には蝶々型の小さな爆弾がたくさん入っていて、小さな衝撃で周りにその小さな爆弾が飛び散って広範囲を爆発させる代物なんだ!バージョン爆裂より威力は落ちちゃうけど、雑魚モンスターを一気に倒すときに有効だね!」
「確かにすごいな」
アメリアの言っていることが本当なら、ジェノサイドボールの威力はすごい。
モンスターの強さがどの程度の物なのか知らないが、バージョン焼夷はまんま焼夷弾だし、バージョン爆裂は爆弾だし、バージョン集束爆裂はクラスター爆弾まんまだからな。そんなものを作れてしまうジェッラさんの技術力の高さを俺は商品のスペックから感じた。
そして、こんなに種類があるのは単純に凄い。なぜなら、それだけジェッラさんの発想力がある証に他ならないからだ。
ジェノサイドボールは凄い。そう凄いんだけど……ジェノサイドボール、こんなに種類豊富にする必要あったんですかね?売れているのなら良いですけど、これ間違いなく売れてませんよね?なんかこれ埃被っているし。……売れていないから、なんか半分やけくそになって色んな種類作れば売れるはずだって思ってません?
「ちなみに、冒険者っていうのは皆力持ちだったりするのか?」
「高レベルの冒険者だったら、岩を片手で持ちあげられるね」
「駆け出し冒険者は?」
「私たちと同じぐらいか少し力持ちってだけだけど、それがどうかしたの?」
注意1:イニーツィオは駆け出し冒険者が集まる街です。
注意2:アメリアの店は駆け出し冒険者にアイテムを売ることで儲けようと思っています。
注意3:ジェノサイドボールを駆け出し冒険者は重くて投げられません。
ため息を吐く俺の隣でアメリアは首を傾げている。この子いろいろ大丈夫か?
「なんでもない……ちなみ、この剣は?」
「これはディトネイティングソードです。通称、自爆剣。この剣をモンスターに刺して、刀身を折ると、折れた剣が爆発するの。半径20mが跡形もなく吹っ飛ぶ代物だよ」
それって使い手も自爆に巻き込まれて死ぬってオチだよな?
それから色々アメリアからアイテム屋の商品について説明してもらった。
ジェノサイドボールとディトネイティングソード以外にも問題のある商品は色々あった。壊れると爆発する鎧や小手、断熱材で出来た鍋、漕いでいる間は通話できる自転車型の電話(漕いでいる間しか着信音がならない)などなど、問題のある商品ばかりだった。
俺の眼から見て真面そうな商品は、高額であったが完全回復するポーションぐらいだった。
「でも、なんで売れないんだろう?」
アメリアは腕を組んで左右に何度も首を傾げる。
「色々あるが、一つはアメリアの店のマーケティング・コンセプトに問題があるからだな」
「まーけてぃんぐ・こんせぷと?」
マーケティング・コンセプトという言葉がある。この意味は、言葉通り、マーケティングを行う上での考え方のことである。いまいち分からない?簡単に言えば、商品をたくさん売るために、どういう風にマーケティングするのかの具体的な内容のことである。
マーケティング・コンセプトは数種類に分けられる。
一つ目は生産志向型だ。例えば、需要に対して供給が追い付かないような商品があったとする。この商品を作っている企業は低価格で大量に生産できれば、利益が大量に出る。そのため、企業は原価を下げるための努力をする。発展途上国で大規模な工場を立てて、安価な労働力で大量生産するなんていうのは、この典型例だ。
要するに、「作れば売れる」がこの生産志向型のマーケティング・コンセプトだ。
問題は何故売れるのか分かっていないから、売れなくなった時の対処方法が企業の中ではシミュレーションされていない。だから、もっと安価にすれば売れるはずだと言って、更なる費用削減に踏み切る。すると、社員が過労死したり、商品の品質の低下などが発生する。
二つ目は製品志向型だ。高品質で高性能な物を客は好むはずだから、良いものを開発して売れれば、利益は出るはずであるというコンセプトだ。だから、企業は開発に力を入れる。高度経済成長期の多くの日本企業はこのマーケティング・コンセプトで活動していた。
要するに、「良いものを作れば売れる」がこの製品志向型のマーケティング・コンセプトだ。
問題は製品の品質と客の求めている品質に差が生まれていると気づかないまま、商品を売り出してしまう可能性を持っていることである。
三つ目は販売志向型だ。大量生産された物を大量に売るには、販売能力が求められるから、販売活動を重点的に行うというマーケティング・コンセプトだ。在庫があるのは、販売活動があまりされていないからだと考えて、これまで売られていなかった所に販路を作ろうとしたりする。
要するに、「作ったものは売る」というのが、販売志向型のマーケティング・コンセプトだ。
四つ目はマーケティング志向型だ。客の求めているものを探して、それを形にして売る。製品志向型に近いものがあるが、客の好みなどを調べているため、客の好みと商品の品質との間に差があまりない。
要するに、「売れるものを作る」がこのマーケティング志向型のマーケティング・コンセプトだ。
最後の五つ目は、社会公共志向型である。これは最近生まれたマーケティング・コンセプトである。社会問題などに対する客の関心が高まると、客は社会全体の利益を向上させる活動に興味が出てくる。そのため、これらの活動を行う企業に対する客の評価が高まり、客はその店から商品を買おうとする。この社会公共志向型のマーケティング・コンセプトを持った企業?客から着られなくなった服を回収して難民に送っているユニクロなんて代表的な例だろう。
要するに、「社会貢献はビジネスチャンスである」が、この社会公共志向型のマーケティング・コンセプトである。
これら五つのマーケティング・コンセプトは二つに分けられる。自社の利益を最大化にするためのものと、客の満足度を最大にするためのものの二つである。一つ目・二つ目・三つ目のマーケティング・コンセプトは前者に、四つ目・五つ目のマーケティング・コンセプトは後者に当てはまる。四つ目・五つ目は客の満足度を最大にするための物と言ったが、客の満足に答えることは結果的に商品が売れるため、利益が伸びる場合が多い。
「というのが、マーケティング・コンセプトだ」
「じゃあ、ツカサの教えてくれたマーケティング・コンセプトに私の店を当てはめると……製品志向型?」
「何でだ?」
「何でって…私とかお父さんがこういうのがあったら売れるだろうなって思って作っているだけだし。安くたくさん作ろうとか、売れるようにチラシを配ったりしていないから?」
「そうなるな。それで、なんで製品志向型のマーケティング・コンセプトだと売れねーんだ?」
「それはお客さんの欲しがるものを作れていないから?」
「そうだな」
先ほども言ったが、製品志向型には問題がある。
この問題をアメリアの店が解決するには、アメリアの店のマーケティング・コンセプトをマーケティング志向型に転換しなければならない。そのためには、アメリアの店は客のニーズを知る必要がある。
二―ズとは現実の状態と望んでいる状態の間にギャップがあると感じた状態、ないしは欠乏した状態をいう。ニーズには様々な種類がある。生理的ニーズ・個人的ニーズ・社会的ニーズなどがある。例えば、殺風景な部屋を飾りたいと思うこと、これがニーズである。
そして、このニーズに答えるための手段や形がウォンツ(欲求)である。先ほどの殺風景な部屋を飾りたいというニーズを満たすために、インテリア雑貨や家具などが欲しいというのはウォンツである。
「つまり、冒険者のための店である私の店は冒険者のニーズとかウォンツを把握しないと駄目か」
「駆け出し冒険者のニーズじゃないのか?」
「うん? そうだけど?」
「冒険者のニーズと駆け出し冒険者のニーズは違うぞ」
「そうなの?」
ニーズやウォンツは顧客属性によって異なる。
顧客属性とは顧客が持つ属性のことである。例えば?そうだな。性別や年齢や職業や出身地や家族構成なんかがそうだ。ちなみに、性別や出身地などの変わらない顧客属性を静的な顧客属性、職業や趣味嗜好などの心理的な顧客属性を動的な顧客属性と言ったりする。
これらの顧客属性が変わると、ニーズが変わったりする。
一人暮らしの場合、小さな洗濯機を欲しがる。自分の洗濯物さえ洗うことが出来ればいいのだから。だが、妻子持ちの場合、数人分の洗濯物を洗わなければならないため、大きな洗濯機を欲しがる。
「つまり、簡単なクエストを望んでいる駆け出し冒険者と、難易度の高いクエストをやりたがる熟練冒険者とでは欲しがるものが違うから、冒険者のニーズ=駆け出し冒険者のニーズ=熟練冒険者のニーズにはならないってことだよね?そうなると、店は誰が何を欲しがっているのかちゃんと調べろってことだよね?」
「そういうこと」
「それじゃあ、冒険者ギルドに行ってみよう!」
「行ってどうするんだ? 駆け出し冒険者に聞いて回るのか?それだったら、何を聞くのか下調べをしてから…」
「そうじゃないよ」
「だったら、何しに」
「私たちが冒険者になるの」