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悠久のトワイライト  作者: しーやん
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第八話

 李人が雑木林へと入って言ってから五分ほどたっただろうか。湊たちは雑木林を見つめながら、それぞれ思案していた。果たして李人を一人で行かせてよかったのだろうか。確かに李人の強さは知っているが、それも湊相手の授業の間の話だ。


「あの…」


三葉が控えめな声を発した。全員三葉の方を見る。


「李人くんって、なんだか変わってますよね」


なんの話かと思えば、だ。湊たちは入学時から李人の謎に悩まされている。


「まあ、俺らも悩んでるとこなんだよね」


「さっきの幽鬼隊の話って、一体なんだったんだろ」


突然噂話をするなど、どんな意図があったのか。四人がいくら考えても理由などわからない。


「幽鬼、か」


ふと、梓が呟いた。何か心当たりがあるのか、顎に片手を添えた梓に湊は尋ねる。


「何か気になることでもあるのか?」


「まあね。今から言うことは国家機密なんだけど、本土には恐ろしい化け物がいるのよ」


化け物、と言われて、湊は拍子抜けした。この科学の発達した現代に化け物とは。


「その化け物は、日本国軍の間で、幽鬼、と呼ばれているの。この事実は、一般人には特秘とされている。科学で解明できない存在が公になると、国民は不安になるからね」


「ってことは、本当にいるのか」


朔夜の言葉に、梓が頷いた。


「この訓練は毎年恒例なの。ここで初めて、軍高生は幽鬼の存在を知る。実際に戦闘訓練を行うのは三年になってからだけど」


初めて聞く話だ。そもそも、本土が壊滅したと言う話には、核兵器の誤作動や、天変地異だけでは説明のつかない部分がある。幽鬼の存在が本当と分かれば、なぜ本土を捨てたのか、ある程度説明がつく。


「ってことは、さ。さっきの李人の話も、マジってことか?」


朔夜が梓を見て言った。


「知らない」


あっさり返されて、朔夜は固まった。幽鬼が存在するとわかった以上、幽鬼隊も存在すると勝手に思っていたのだ。


「いるとしても、あたしの父は知らされていない。悔しいけど、李人の言っていたことは当たっているわ。実際あたしの父は大したことないの。あなたたちにもそのうちわかると思うけど、准将なんて位は、体のいい厄介払いなの」


現在、少将から上の地位には、世襲と言っても良い人選で決まっている。それは端島に移住してからのお約束だ。成り上がりの坂咲が、これ以上昇進できないための将官位だ。世間ではそう噂されていることを、湊たちも知らないわけではない。


「真相は李人本人に聞こうぜ?オレたちが憶測で話したってわかんないんだからな」


朔夜の言う通りだ。わからないことはいくら考えたってわからない。それよりも今するべきことは他にある。


「そうだな。てか、李人、大丈夫かな?」


湊の言葉に、四人はそれとなく李人が入って行った方に視線を移した。その時、タイミングを見計らったかのように、李人が雑木林から飛び出して来た。


「うわっ!」


朔夜が驚いて声をあげる。が、そんなこと御構い無しに李人が叫んだ。


「今すぐ駐屯地に戻れ!!」


いつものだるそうな表情とは一変、真に迫った表情だ。


「どうした?」


湊が問うが、李人はとっさに振り返ったままおし黙る。そこに、なにやら鼻を突く異臭が漂い始めた。


「なんだ?」


朔夜が顔をしかめて呟く。


「幽鬼だ。あんたたちはさっさと駐屯地へ引き返せ。今、僕は武器を持っていない。あんたたちの身の安全は保証できないよ」


李人の冷たい言葉に、湊たちは身を固くした。


「わかったら早く逃げて。正直守りきれないかも」


真に迫った物言いに、湊たちは事態の深刻さを悟った。四人は、言われた通りに踵を返す。そこに、耳障りな鳴き声とともに、大きな化け物が姿を現した。振り返った湊はそこに異様な生き物を見た。体は馬のような四足の生き物で、その頭は禿頭の人間のようだ。目のああるはずの場所には、赤黒く光る空洞があり、大きく裂けた口内は真っ赤に染まっている。


「見るな!」


李人が叫ぶも、湊の耳には届かない。化け物の醜さに、嫌悪感を通り過ぎ、なぜか目が離せなくなっていた。この世の中に、こんなにも醜い生き物がいるのか。一体どんな神の采配の上に、こんな姿の生き物が生まれるのだろう。ある意味心を奪われるほどの、何か得体の知れない感情が湊を支配する。


「クソッ!」


そんな湊を見て、李人は悪態をついた。このままでは全員殺される。現れた幽鬼は四体。これが任務なら、速攻でケリがつくのだが、今は武器もないし、その上足手まといが四人もいる。迷っている暇はない。李人は目を閉じて深く息を吸うと、全身の神経へ意識を向ける。


「湊!」


立ちすくむ湊の元に駆け寄った朔夜が、肩を掴んだ感触で、湊はハッと我に帰った。


「大丈夫か?」


朔夜の言葉にうなづいて答える。まるて時間が止まっていたかのような気分だ。


「二人とも早く!!」


梓が湊たちの後ろに視線を向けながら叫んだ。馬のような体を持つ幽鬼が、興奮して蹄を打ち鳴らす音が聞こえた。その蹄にかかれば、人間などひとたまりもないことが容易に想像できる。咲夜とともに走り出した湊は、梓に追いつくと今度は幽鬼を見ないように気をつけながら振り返る。四体の幽鬼の前には、李人が向かい合っていて、小柄な体がさらに小さく見えた。


「李人!お前も逃げろ!」


「うるさい!ここは僕が止めておく!さっさと戻って援軍を呼んで!」


そう言うと李人は、目の前の幽鬼に向かって走り出した。その勢いのまま飛び上がり、幽鬼の人間のような顔面を蹴り飛ばした。綺麗に決まった回し蹴りは、幽鬼の顔面にめり込み、体勢を崩した幽鬼の体がどさりと地面に倒れた。そのまま次の一体に飛びつくと、猫のような身のこなしで幽鬼の首筋に両足をかけ、渾身の力を込めて左に捻る。すると、耳障りな鳴き声をあげて、幽鬼の首があらぬ方向にひん曲がる。


「くそ!」


悪態をつきながら地面に飛び降りた李人に、湊たちは驚きの視線を向ける。信じられない光景だった。李人の小さな体のどこにそんな力があるのだろう。


「李人の言う通り、俺たちは足手まといみたいだ」


湊が発した言葉に、他の三人も頷いた。そうなればできることは一つ。全速力で基地に戻り、援軍を呼んでくることだ。四人は一斉に走り出す。この二週間、体力をつけるための授業を受けてきた。ここから基地までは約一・五キロ。息が切れる前に戻れるはずだ。


「ヤバい!」


振り向いた朔夜が叫ぶ。一体の幽鬼が、李人の隙をついてこちらへ向かってきたのだ。


「後ろを向くな!走れ!!」


必死で走るが、放置されて荒れたアスファルトはデコボコしていて走りにくく、思ったようにスピードが出ない。このままでは追いつかれる。


「みんな、先に行ってくれ!俺が引きつけておく!」


湊の言葉で、全員が事態を把握した。誰かがなんとかしなければ、全員死ぬかもしれない。そうなれば李人を助けることもできない。


「オレも残る!梓、三葉、頼んだぜ!」


四人は一瞬目を合わせると、それぞれの役割のために動く。湊と朔夜は急停止して、後方に迫り来る幽鬼を見る。本当に馬のような姿だが、醜い顔と悪臭は隠せない。


「どうする、湊?」


「どうするも何も逃げるしかないだろ」


「だよな」


二人は頷きあうと、接近する幽鬼をギリギリまで引きつけてから、同時に右手へ向かって走り出した。










「はあ、はあ、開けて!」


「開けてください!!」


駐屯地へ全速力で戻った梓と三葉は、入り口の扉を精一杯叩きながら叫んだ。息切れ寸前まで走ったため、なかなか大声が出ない。


「早く、開けてよ!!」


何度目かの声を出した時、ギギギ、とおもい音がして、やっと鉄の扉が動き出した。隙間ができるやそこから中に飛び込んだ二人は、怪訝な顔のクラスメイトたちと、咥えタバコで椅子に座る中島に迎えられた。


「どうした?」


タバコを咥えたまま中島が梓たちの前まで来る。


「幽鬼が、はあ、四体現れましたっ!」


膝に手をつきながら、梓は必死に呼吸を整えようとする。三葉も同じようにしているが、梓よりもきつそうだ。


「っ!!他の三人は!?」


咥えていたタバコが、ポロリと口から落ちて地面でくすぶる。だが、そんなことに御構い無しに中島はまくしたてた。


「湊と朔夜は?あいつらは無事か?」


「多分…途中で幽鬼が一体追ってきたので、やむなく別行動に…」


中島が険しい顔で唸る。


「李人はどうした?」


「遭遇地点に残ってます。あたしたちを逃がすために一人で」


それを聞いた中島が、近くにいた軍人に向かって大声をあげる。


「おい、今すぐ警報をならせ!!第一部隊は今すぐに警戒区域ないの幽鬼殲滅のため出動しろ!!はやく!!」


あまりの剣幕にその軍人は返事もソコソコに駆けて行った。それからすぐに大音量で警報が鳴り出し、基地内は動き回る兵士で慌ただしくなった。


「お前ら、李人に何か聞いたか?」


中島が、梓と三葉にだけ聞こえる声で尋ねる。


「…いえ、何も聞いていません」


少し悩んだ末、梓は答える。実際、話の途中だった。核心に迫る話は聞いていないため、嘘にはならない。


「そうか。なら良かった。お前らはここで休んでろ。あとは兵士に任せとけ」


「わかりました」


中島が梓たちから離れていくと、二人はその場にへたり込んだ。今更恐怖で足が震える。幽鬼。初めてみたその怪物は、梓と三葉を十分恐怖させる存在だった。あんなのが本土にはうようよいる。考えただけでも吐きそうだった。


「みんな、無事でありますように」


三葉が小さな声で言った。


「きっと大丈夫よ」


慰めるように吐いた言葉は、三葉に向けたものだったが、自分に言い聞かせた言葉でもあった。

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