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悠久のトワイライト  作者: しーやん
7/10

第七話

 「あの、話すのは初めてなんですけど」


荒廃した街並みを歩き出した五人の中で、一人が声をあげた。大人しそうな女生徒だ。まっすぐな黒髪を肩のあたりで揃えていて、真面目そうな印象だ。


「私は柄本三葉です。その、一応自己紹介は必要かと思いまして」


自信なさげな三葉は、俯いたまま言葉を紡ぐ。


「皆さんはクラス内でもとても目立っているんですが、そんな中に私のような暗い人間が混じってしまってすみません」


「そんなことないよ!オレらは李人のせいで悪目立ちしているだけだから」


とっさに朔夜が取り繕う。


「なんで僕のせいなの?」


李人がすかさず言い返す。しかし、その抗議の言葉は梓によって遮られた。


「そんな話をしている暇はないわ。今は東雲の話の方が先よ。あの軍人たちがどうしてあんたを恐れたのか、その理由を教えなさい」


あくまで主導権を握っているのは梓だ。こういうとき、男は女に逆らえない。


「別に僕は隠す気は無い。どうせそのうちバレることだし。ただ、それを知ったことであんたたちが困るかもしれない」


李人が面倒そうにそう言った。


「どういうこと?」


怪訝な顔で梓が聞き返す。


「幽鬼隊を知っているか?」


投げかけられた質問に、その場の全員が足を止めた。幽鬼隊とは、日本中で都市伝説のように噂されている部隊だ。その戦力は戦略兵器並みで、一人の力で一個大隊以上の力を持つとされている戦闘部隊だ。しかし、あくまで噂だ。実際には存在しないと言われている。


「その反応を見ればわかるよ。あんたたちは幽鬼隊を信じていない」


李人が呆れた表情で言い放つ。


「当たり前よ。ただの噂話。父に聞いたことあるけど、そんなもの存在しないと言われたわ」


梓がバカにするような顔で李人に言った。しかし、李人はそれを鼻で笑って言い返す。


「そんなの、簡単に認めるはずないよ。最高機密だし。それかあんたの親は知らないんじゃない?そこまで大したことない階級とか」


李人の言葉に、梓が怒り出した。


「父をバカにしないでくれる!?」


「バカにしたわけじゃないけど。あんたの父親が誰かなんて知らないし」


湊や朔夜、三葉までもが、驚いて李人のことを見た。


「本当に知らないのか?」


朔夜が問うと、李人が怪訝な顔をした。本当に知らないようだ。


「坂咲准将だよ!十分偉いさんだって!」


もどかしそうに朔夜が言うと、李人は一瞬考えるような顔をしてから言った。


「ああ、あの人か」


そこにはなんの感情もなく、単に納得しただけ、と言う顔だ。


「別にそんな偉い立場でもないわ。ただ単に運が良かっただけと、祖父も父も言ってるし。私も親の名を振りかざすことなんてしない」


梓の顔に影が差す。湊たちにはわからない何かがあるのだろう。だが、そんな梓の考えとは裏腹に、クラス内の一部では、坂咲の名に取り入ろうとする雰囲気がある。


「梓は梓だよな、湊」


なんとなく暗い雰囲気になってしまた。それを払拭しようと朔夜がぎこちなく笑って言う。


「そうだ、親なんて関係ない!そんなこと言い出したら、俺ら二人の親なんてなんも自慢するとこないぜ」


合わせるように湊も笑う。そこに三葉も言葉を発した。


「わ、私の親も、軍人じゃないよ!ただの会社員だし」


「もう、一体何の話よ!そんなことどうでもいいから、今は李人の話でしょ!?」


慰めたつもりが怒られてしまった。でも、梓の表情はさっきよりも明るい。


「…ねえ、ちょっと黙って」


突然、李人の表情が変わった。ある方向を向いて、じっと聞き耳を立てているようだ。そのまま固まってしまったんじゃないかと思うくらいの時間がたつ。


「無線機の音がする」


唐突に李人が沈黙を破った。


「マジで?なにも聞こえないけど」


朔夜が不思議そうに首をかしげる。湊にも聞こえない。


「いや、確かに聞こえる。でも何か変だ」


眉根を寄せて李人はずっと同じ方向を見ている。進行方向右側の雑木林が広がっている方だ。その雑木林に沿うように、アスファルトが敷かれている。きっとこの街の境目なのだろう。


「変って、なにが?」


同じ方を見ながら湊はたずねる。


「無線機があるのはいいんだけど、あそこに入ると、距離が測りにくくなる。そんなところにこんな未熟な学生を入れようとするか?それに、監視区域内という見えるところでの訓練なのに、雑木林なんか入ってしまえば見えなくなるよね」


確かに李人の言う通りだ。なるべく危険がない範囲で行われているはずだ。


「それが狙いなんじゃないの?普通に考えれば、誰も雑木林に入りたいなんて思わないし」


梓が不快な顔で言う。中島ならやりそうだと湊も思う。


「それはないよ。逆に中島なら百メートルくらい先に六つ全部置くと思う」


確かに、と全員が納得した。さっさと帰るぞ、と言っていた中島の、面倒そうな顔が眼に浮かぶようだ。


「じゃあどうして無線機の音がするのよ?」


考えてもわからない。


「近づかない方がいいな」


湊は素直にそう思った。他のメンバーも頷く。しかし、朔夜だけは違った。


「気になるじゃん、オレちょっと見てくる!近くになかったらすぐに戻ってくるから」


「やめとけよ!他の場所探す方がいいと思う」


朔夜は完全に面白がっているが、ここは本土だ。できるだけ危険は避けたい。


「でも他の場所はもう見つけられてるかも」


「それもそうね。わたしたちが最後だったし、時間もそんなにないわ」


梓はそう言うと、また雑木林に目を向けた。朔夜の言うように、最後の一つだったとしたらと考えると、確認しておくべきかもしれない。


「僕が見てくるよ。音が聞こえているのは僕だけだし」


「でも一人じゃ危ないだろ?俺がついていく」


湊がそう提案すると、李人は首を横に振って言った。


「ついてくるな。足手まといだし。それに僕は何度もここに来てる。戦い方も知ってる」


それだけ言い置いて、李人はさっさと雑木林へ入って行った。生い茂る木々のせいで、李人の姿はすぐに見えなくなった。










 一人雑木林に入った李人は、生い茂る木々をかき分けて、どんどん奥へ進んで行く。人の手が加えられなくなったために、そこら中から無秩序に枝葉が伸びていて、鬱陶しいことこの上ない。無線機の音はどんどん近づいている。早く回収して、このくだらない訓練を終わらせたい。


そもそも自分には必要ない訓練だ。なにも出ない監視区域内でビクビクしているクラスメイトに、呆れて言葉も出ない。確かにここには恐ろしいものが潜んでいる。軍関係者以外にはただの噂と思われているが、本当に生き物がいるのだ。それを生き物、と表現していいものか悩むところではあるが。


その生き物のことを、軍では幽鬼と呼んでいる。誰がつけたのか李人は知らなうが、気がついたらそう呼ばれていたそうだ。幽鬼は個体により様々な形をしている。どの個体も、おおよそこの世のものとは思えない、グロテスクな見た目で嫌悪と恐怖を与える。その生き物の成り立ちなどは誰も知らない。今でも研究が行われているのだ。本土に住めなくなった原因は、この幽鬼が発生したことによる。強弱は個体によって様々で、重火器で倒せるものも多いが、時々手に余るやつもいる。そういった規格外の幽鬼が現れた際に対応する部隊、それが幽鬼隊だ。李人が所属する部隊でもある。噂話ではなく、幽鬼隊は実在するのだ。


「あった」


無線機は大きな木の下に無造作に置かれていた。無線機に手を伸ばす。そこで、不意に視線を感じた。さらに何かが腐ったような不快な匂いが漂って来て、李人は思わず動きを止めた。


幽鬼だ。幽鬼隊の李人には馴染みのある気配が、すぐ近くに感じ取れる。無線機を手に取ると、李人はため息とともに気配のする方へ目を向ける。その気配はすごいスピードで李人へと向かっている。どうやら一体だけではないらしい。


何かがおかしい。ここは端の方とはいえ警戒区域内だ。警戒区域に幽鬼が侵入した時点で駐屯地で警報が鳴り、すぐに部隊が出動するはずだ。だが、実際に幽鬼はここまで来ている。何かが引っかかって、李人は周りを見渡した。注意深く目をこらすと、李人のすぐそばの木の上に、小さな機械を見つけた。ご丁寧に迷彩の塗料まで塗られているそれは、人間には聞こえない周波数で音を出す機械だ。幽鬼は高周波の音に寄ってくることがわかっている。この機械は、研究のために幽鬼を捕獲するときに使われる。要するに、誰かが意図的に幽鬼を呼び寄せたと言うことだ。


「ッチ」


舌打ちをこぼし、李人は振り返ると来た道を走り出した。すぐに追いつかれるだろうが、このままでは湊たちが逃げられないだろう。最大限のスピードで来た道を戻る。だんだん視界がひらけて来て、木々の向こうにアスファルトが見えた。李人は息も切らさずに走りきり、背後に迫る幽鬼の気配を感じながら、湊たちの目の前に飛び出した。

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