第四話
宮城大佐の講演は二時間程度続き、湊は正直ウンザリしていた。湊だけではない、上手く隠そうとしているが、他にも退屈そうな生徒がちらほら見受けられる。しかし、意外なことに朔夜は、終止宮城の話を聞き漏らすまいと聞き耳を立てていたようで驚いた。李人の次に居眠りしそうだと思っていたからだ。
「えー、それでは、各自教室に戻るように」
宮城大佐が退場し、生徒たちがそれぞれの教室に帰るために歩き出した。
「いやー、まさかあの大佐が来るなんてなー」
朔夜が嬉しそうに言った。
「なかなかメディアにも出ないことで有名なのに。それに、東雲とどういう関係なんだ?」
湊、朔夜、李人の三人もゾロゾロと教室へ向かう流れに乗って体育館を出た。
「今は僕の親代わりだ」
すっかり三人で歩くことに馴染んでいる李人が答えた。心底面白くなさそうな顔をしている。
「すげえな!大佐と一緒に住んでるのか?」
「そうだけど」
「ってことは、あの豪邸に住んでるのか?」
李人が不機嫌な顔で朔夜を睨む。質問だらけで腹を立てているようだ。しかし、朔夜は気にせず話し続ける。
「豪邸?あんなのただ広いだけじゃん」
宮城大佐の家は、この島の中心、単純に中央区と呼ばれている位置にある。その中心区には、軍関係の建物や官僚の住宅などが並び立っている。その中でも一際目立つ洋式の大きな邸宅が宮城大佐の住居だ。もともと権威ある家だったらしく、この島に移り住むことになってもその威厳は失っていない。宮城大佐の名が世間に広まると同時に、その豪華な家もとりあげられることになった。
「この島であれだけ大きな家に住んでるなんてすごいことじゃん!」
今も拡張工事が続けられているとはいえ、小さすぎる島だ。必然的に集合住宅や一軒家でも小さいものが多い。その中で宮城大佐の家は異質で、話題作りにはちょうど良かったようだ。
「ふん」
朔夜の話を受け流して、李人はそっぽを向いてしまった。
「ほんと李人は謎だらけだな」
「おい、呼び捨てにするな!」
朔夜がニヤニヤと笑う。
「まあまあ。オレのことも朔夜ってよんでよ。ついでにほら、湊も!」
急に話を振られた湊は顔をしかめた。
「俺に言うなよ」
「なにさ、二人ともノリ悪いぜ」
教室に着くと、そこには張りつめた空気が漂っていた。どうやら朝よりも悪くなっている。一部の生徒たちは、明らかな敵意を李人に向けていた。
「東雲李人、あんた宮城大佐とどんな関係なの?」
教室に入ったところで、漆黒の髪をツインテールにした少女が腕を組んで立ちはだかった。キッと釣りあがってはいるが、大きな瞳は可愛らしい印象を与える。小柄な体躯で男子にしては小柄な李人を正面から見上げている。つまり、全く迫力がない。
「は?」
すっとボケてみせる李人に、少女はさらに怖い顔をしてみせる。
「惚けないで!宮城大佐があんたの名前を呼んだの、みんな聞いてるのよ?生涯独身を貫くと言っていたあの宮城大佐が、あんたみたいな子どもと、どういう関係なのよ?」
湊だったら竦むくらいの李人の表情にも、全く臆することないこの少女は、坂咲梓と言ったか。坂咲准将の一人娘だ。端島に移住して、もっとも上り詰めた家系の一つである。たった五十年という月日の中で、准将にまで登りつめるのはさぞ大変だっただろう。そのせいか、梓も気の強い性格に育ったようだ。
「別に。あの人がふざけてるだけでしょ。僕には関係ない」
「っ!ふざけないで!」
すごい剣幕の梓など気にも留めない李人は、面倒そうに明後日の方を向いている。他のクラスメイトも、とばっちりを受けない微妙な距離を保ちながら、それでも興味津々と二人を見守っている。
「なんだ、どうかしたか?」
その時、乱暴に扉を開ける音とともに、担任の中島が教室に入ってきた。クラス内の雰囲気を感じ取って、ものすごく嫌そうな顔をしている。
「なんでもない」
素っ気なく答える李人を、相変わらず梓が睨みつけている。
「チッ、やめてくれよ?おれのクラスで揉めるな」
まるで教師らしからぬ舌打ち。本当に、なぜこんな人が教師なんかしているのか。
「何があったか知らんが、問題は起こすなよ。さて、とりあえず座れ」
クラスメイトがそそくさと自分席に戻る中、梓は懲りずに李人に睨みをきかせている。それを知らん顔して、通り過ぎようとした李人に、中島が声をかけた。
「残念だがお前はここでサヨナラだ。中央本部に集合だと」
それを聞いて、李人は表情も変えずにカバンを持って帰り支度を始める。
「どうしたんだ?」
朔夜が怪訝な表情で、李人に尋ねるが、李人は目線も合わせずにさっさと教室を出て行った。朔夜は肩を竦めて見送るが、梓は黙っていなかった。自分の席に着席すると、右手をまっすぐにあげて質問を投げかけた。
「先生、なぜ彼は特別扱いなんでしょうか?この起立厳しい軍高で、入学当初から彼だけ大目に見過ぎではないですか?」
彼女の意見も正当なものだ。この学校では、遅刻や無断欠席、その他の問題行為は停学どころか即退学でもかしくない。これから軍に所属しようという身だ。そのくらい厳しくて当たり前だ。
「はあ」
その質問に宮島は面倒そうにため息を吐いた。そんな担任の態度にも、梓は敵対心を醸し出しているようで、その顔は険しい。
「例えばお前は、坂咲という名前だけで、お前自身を決めつけられたことはないか?」
突然の質問返しに、梓は勢いを飲まれて黙った。
「李人は確かに、こちら側の人間だ。宮城さんの養子で、おれのような軍部の人間とは顔見知りだ」
クラス中にどよめきが走った。李人の親代わりが宮城大佐だと、はじめてしったのだ。驚くのも無理はない。
「だが、李人は李人だ。親が誰であれ、どんな技を持っているとしても、それはあいつの個性だ。それに、お前らが思ってるほどこの学校は厳しくないぞ!試しに明日遅刻してみたらどうだ?大して成績には響かないぞ!」
「ですが、やはり彼は贔屓されているように感じます」
臆することなく梓が発言する。宮城は呆れた顔で梓を見た。
「じゃあお前は、自分の父親が准将だという理由で、優遇されたことは一度もないか?」
普段ふざけている中島の真面目な態度に、梓は黙り込んだ。
「お前の親父が准将だという事実だけで、へりくだる役人がクソほどいるように、李人が軍部で育った孤児で、育ての親が宮城さんというだけでペコペコする奴がゴマンと存在するんだ。お前と大して変わらないだろ」
それだけ言うと、中島は授業を始めた。そのため、それ以上梓はなにも言えなくなった。