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悠久のトワイライト  作者: しーやん
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第一話

 薄暗い曇り空の下、少年は大きな欠伸をしながら細い路地を歩いていた。


四月と言えど、まだまだ早朝の空気は冷たく、少し水気のある空気が久しぶりに早起きした彼の頭を冷やす。はあ、と自然と溜息が出る。


彼の名前は黒葛湊つづらみなと。この日は、湊の高校の入学式だ。日本国軍特別強化訓練高等学校、通称軍高と呼ばれる、国防のための最先端の知識を学び訓練を行うための学校だ。中学過程を終了した者は通常、普通科の高等学校に進む者が大半だが、これといってやりたいこともない湊は、両親が進めるままに軍属の学校へと入学を決めた。家計を考えると授業料の負担がなく、むしろ保証金すら出る軍高に通うように言われたのだ。


卒業と共に軍への入隊が決まっているので、一石二鳥と言える。人員確保に必死の、程の良い国の制度だ。


湊は眠気を振り払いながら急ぎ足で歩く。入学式初日から遅刻など、規律厳しい軍校においてあってはならないことだ。


早朝の人気のない路地をせかせかと下を向いて歩く湊の耳に、突然、近くの路地から不穏な話し声が聞こえてきた。思わず眉根を寄せて立ち止まる。


「てめえ、ぶつかっといてなんだその態度は?」


「……ぶつかってきたのはそっちだ」


「貴様!?このオレになんて口のきき方しやがる!?」


「口が悪いのは性分だ。諦めろ」


怒気を孕んだ言葉と、それに答える明らかに気だるげな声。まるでわざと挑発しているようにも聞こえる。関わりたくはないが、その路地は軍校までの最短距離だ。迂回するには、さらに数ブロック先の角まで行かなければならない。


湊はできるだけ気配を消して、声のする路地をのぞき見た。


「オレの親は国軍幹部だ!お前なんか親に言いつければ人生潰してやることもできるぜ」


「……」


小柄な少年がこちらに背を向けるような形で、体格のいい三人の少年に囲まれていた。どうしたって敵いっこないほどの体格差に思えるが、小柄な少年はこれ見よがしに心底うんざりした溜息をついた。


「ッ!おまえ、いい加減にしろよ!!」


それが明らかに火に油を注ぐ。激昂した真ん中の少年が目配せする。左右の少年たちがそれを合図に、小柄な少年に飛びかかった。このままでは小柄な少年がやられる。


しかし、湊の予想は思い切り外れた。


小柄な少年は、猫っ毛で漆黒の髪を僅かに揺らしただけで、上体を軽く逸らして避けてしまった。少年達は空を切った拳を動揺したように見つめる。が、それも一瞬のことだ。すぐさま次の攻撃、具体的には小柄な少年の足を払おうと動いた。


だが、そこにはすでに小柄な少年の姿はない。後方に軽く跳んだためだ。気付いた二人は追いかけざまに攻撃を加える。しかし、小柄な少年は反撃と同時に二人を軽々と投げ飛ばしてしまった。


「貴様!!」


地面にへばりついた仲間を見て、大柄な少年がズボンのポケットから折りたたみ式のナイフを取り出した。それを見事に構えて、一気に間合いを詰めてくる。


危ない!と湊が、思わず駆け寄ろうと足を踏み出した。


ナイフが小柄な少年に吸い込まれ寸前、少年が流れるような体捌きでナイフを弾き飛ばし、さらに大柄な少年の手首を掴みながら背中側に回り込むと、そのまま地面に叩きつけた。不自然な方向に向けられた腕が痛むようで、大柄な少年の表情は苦痛に歪んでいる。


「もうお終い?」


立ち上がった小柄な少年は、冷めた口調で言った。


「クッソ!覚えてろ!」


取り巻きの二人が倒れたままの少年を支えてると、安っぽい捨て台詞を吐いて逃げ出す。湊の真横を通り過ぎていくが、こちらには見向きもしなかった。そこで、小柄な少年と初めて目があった。


「……なに?」


沈黙の後の冷たい声音。


「え、と。大丈夫か?」


あまりの出来事に間抜けな言葉しか出ない自分に呆れる。


「……随分前からコソコソ見てた人にいわれたくないんだけど」


中性的な大きな、少し吊り上がった瞳に見つめられ、湊は二の句が継げなくなった。自分が見ていたのはバレていたらしい。


「てかなにか用?」


絡まれていたところを助けようと、なんて、もはや言えたものではない。


「……じゃ、僕もういくから」


素っ気無く言い放ち、さっさとその場を去っていく少年が、自分と同じ軍高の黒い詰め襟を着ていることに気付き、湊は慌てて学校へ急ぐ。路地を抜けるとそこには、もうあの少年の姿はなかった。










 日本国軍特別強化訓練高等学校は、その名前が醸し出す雰囲気の通り、規律が厳しいことで有名だ。東西南北に校舎があり、四校が成績を競い合っている。その中で、トップの成績を収めたものは、卒業と同時に将来が約束される。もちろんその家族まで生活が保障されるのだから、自然と生徒の気も引き締まる。軍官僚の子どもが入学するのはもちろんだが、家族の生活を背負っている生徒も多い。


四つの学校は、それぞれ東は黒、西は緑、南は赤、北は青と、校章の色でわけられていて、年に何度か共同で実施される授業以外にあうことはほとんどない。湊は東地区出身なので、黒光りする校章を胸に付けている。


東地区の軍高の入学式も無事終わり、湊は割り振られた自分の教室へと向かった。黒板に貼り出されている座席表を確認して席につく。窓側の二列目最後部だ。まあまあ悪くない。すでにほとんど埋まった席を通り過ぎ、自分の割り振られた席につくと、自然と溜息がこぼれた。


「ここの堅苦しさって異常だよね。溜息もつきたくなるわ」


前の席の少年が話しかけてきた。この真面目な学校に似つかわしくない金髪の少年だ。軽薄そうな物言いだが、不思議と憎めない、そんな感じの印象だ。


「オレは皇朔夜すめらぎさくや。平々凡々な家出身だから、仲良くしてね!」


嫌みの感じない朔夜の笑顔に、つられて湊も笑みを返す。


「黒葛湊だ。こっちこそよろしく」


「じゃ、さっそく湊って呼ばせてもらうぜ?オレのことも朔夜でいいから!」


教室に充満する堅苦しい雰囲気に辟易していた湊は、朔夜のお陰で気分が晴れる。


「ありがと。朔夜みたいなヤツがいてホッとしたよ」


「はは、自分が場違いなことくらいわかってるよ」


そんなことを話していると、教室の扉が開いて教師らしき人物が入ってきた。


「おっす。とりあえず入学おめでとう。今日からテメーらはめでたく軍の狗だ。学生だからといって甘ったれんじゃねえぞ?有事の際には、おまえらもれっきとした戦闘人員に含まれるからな。自分の命は自分で守るように」


怠そうに言い切る。どう見ても教師っぽくない。そう思っているのは他のクラスメイトも同じようだ。何やら不穏な空気が滲みはじめている。


「まあ、とりあえず自己紹介でもしておくか」


はあ、とあからさまな溜息だ。前の席の朔夜が小さく笑っているのが、背中越しにもわかる。


「おれは中島清志郎なかじませいしろう。軍の医療班に所属しているが、訳あってこのクラスの担任を兼任することになった。まあ、本業は軍部の方なので、あまり問題を起こしてくれるなよ?無駄な仕事はしたくないんでな」


あまり厳しくなさそうなので、湊は内心ホッとしていた。根っからの軍人気質ではないので、適当に三年間が過ぎればいいと湊は考えている。なので、熱血漢な教師は願い避けだ。


「おまえらの自己紹介は省略する。なぜならおれにはどうでもいいことだからだ。っと、東雲はどうした?」


怠そうな態度に、さらに呆れが混じった表情を浮かべ、中島は湊の隣の席を見る。そういえば空席のままだ。


「ったく、アイツ、またどっかで居眠りか?」


中島が小さく吐き捨てる。と、その直後、教室の扉がぞんざいに開け放たれた。


「李人!おまえな、マジでちゃんとしろよ!!おれはおまえの子守りじゃないんだぜ」


入ってきた生徒を見て、湊は軽く目を見張った。あの路地裏にいた猫っ毛の少年だったのだ。同じ制服なのはわかっていたが、同じクラスだとは思わなかった。


「……」


中島の言葉などまるで聞こえていないかのように、少年は開いている席、湊の隣に腰掛ける。


「李人!!なんとか言え!!」


「……式にはちゃんと出た。けど、気が付いたら誰もいなかった」


ぶふ、と朔夜が吹き出した。まさか式のあった体育館で寝過ごすなんて、湊は呆れて東雲を見やる。どうも今朝の印象とはだいぶ違うようだ。


「たく、明日からはちゃんとしろよ!おまえがそんなんだと、おれにとばっちりがくるんだからな」


はあ、と溜息をつき、解散と言って中島は教室から出て行った。


「おまえ、面白いヤツだな!」


今日の日程はこれで終わりで、クラスメイトが徐々に教室を出ていく中、朔夜が東雲に話しかけた。


「なにが?」


表情をまったく変えず、東雲は聞き返す。


「この学校で初っ端から居眠りするヤツなんかなかなかいないぜ」


「眠気には勝てない」


さも当然のようにこたえるので、朔夜はまた笑いだした。


「オレは皇朔夜。こっちは黒葛湊。あんたは東雲李人しののめりとだろ?仲良くしようぜ」


「……勝手にすれば」


今朝のことなどまるで覚えていないかのように、李人は湊を一瞥すると、さっさと教室を出て行った。

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