5-9 この戦いに、喝采を
今年からの趣向で、グランドチャンピオンカップで3位までに入賞したプレイヤーに対し、表彰が行われることになっていた。
丁度スポーツ大会のそれのように、表彰台に3人のプレイヤーが立っている。
決勝戦の直前に行われた、3位決定戦で勝利した「ゴウカ」、この僕、「ユウ」、そして優勝者の「サエ」だ。
満員の観客に囲まれながら、表彰式が始まる。
僕等三人にはそれぞれ、順位に応じて銅、銀、金のトロフィーが授与される。
まぁ、何の使い道も無い記念品だけど。
――終わってみると随分呆気ないものだ。さっきの戦いがまるで夢のようだった。酷く苦しく、しかし楽しかった「サエ」との決戦。馬鹿みたいに必死になって勝とう勝とうと力を振り絞って……
……それが終わった今、何だか全てを失ってしまったような気分になっていた。空っぽで、乾ききって、もう逆さに振っても何も出ない。なーんにもない。あはは。
(負けたなー)
感情すら失ってしまったようだ。これがいわゆる放心している、というヤツだろうか。心に途方も無く大きい穴が空いて、そこからなにもかもが漏れ出してしまった。虚しい、とも思えない。「何も無い」のだ。
どこかで聞いた話なんだけど、心というのは理屈で言えば脳にあるらしい。わからなくも無い説明だ。人間脳で考えているワケだし。
だけど、今の僕は心というのものは鳩尾のあたりにあるんじゃないかと思う。何故なら、今、その辺りに大穴が空いているような気がするから。きっと、そこに心があったんじゃないかと思う。「心に穴が空いた」後に心の在り処を知るなんて、妙な話だけれど。
しかしまぁ、今の僕は客観的に見てダサい。このグランドチャンピオンカップの最初に、「優勝して当然」とか言っちゃって、結局は2位だもんなぁ。
下馬評通りのつまらない結末。一体僕は何の為に戦ってきたんだろう?
その癖、悔しいとも恥ずかしいとも感じない。「何も無い」しな。
いや、実は自分が分からないだけで、負けたことに凄くショックを受けていたりするんだろうか。
あぁ、そうかも知れない。
SSLを始めてから今まで、色々やってきたつもりだけど……今、それらは全て意味も価値も無くしてしまったように思える。いや、もしかしたらそんなものは最初から無かったのかも知れない。
こんな無様を晒すぐらいなら、始めから挑まなければ、望まなければ良かったのかも――
「――まずは第3位、『ゴウカ』選手。おめでとうございます!」
運営、側のキャラクターから、銅のトロフィーを手渡される「ゴウカ」。トロフィーを受け取った「ゴウカ」は、高々とそれを掲げ、観客達にそれを証明するように見せつける。その一連の動作は、自動で行われる。運営が設定した演出だろう。
観客達がそれに合わせて歓声を上げた。
「『ゴウカ』ー!!」
「おめでとう!!」
「これからも応援するからな!!」
パチパチパチと拍手も聞こえてくる。観客のプレイヤー達が画面の前で本当に拍手をしているのだろう。その音を拾っているのだ。
厳しい戦いを、嘘偽りない実力で戦い抜き、3位入賞を果たした者への、真っ当でまっすぐな賛美だった。
「では、第2位、『ユウ』選手……おめでとうございます!」
銀のトロフィーが手渡される。さっきの「ゴウカ」と同じように、「ユウ」がそれを掲げた。しかし――
「・・・・・・・・・・・・」
会場は沈黙に包まれていた。何というか、非常に微妙な空気だ。ネタにもならないスベり方をした芸人か僕は。
まぁ、当然と言えば当然か?他のプレイヤー達にとって「ユウ」は[極死の太陽]を運良く手に入れて、恥知らずにもその力を振り回して実力で勝るプレイヤー達を無理矢理倒してきた言わばヒールみたいな立ち位置だろう。うん、ヒール。だからブーイングくらいはあってもいいんじゃないか、おい。
まぁ、そんな戦い方で、他のプレイヤ―に認められる気など、元からこれっぽちも無い。
ただ……勝ちたかった。その勝利を誰にも認められずとも、構わなかった。
見も蓋も無く言えば、自分の欲望さえ満たせれば、それで良かった。
……それすらも叶わなかったのだけど。
――あぁ、何だか疲れたな。「ユウ」はトロフィーを掲げるのをやめ、今はただトロフィーを腕に抱えた体勢になっていた。
銀色のトロフィー。これが金色だったら、この沈黙も気にはならなかったのかも知れない。
でも正直今はいたたまれないからもう勘弁して欲しい。
あぁ、あぁ、僕が悪かったよ、みんな。
散々引っ掻き回して、大口叩いて、イラつかせて悪かったね。
ま、なんでもいいけどさ。なぁ、実は僕は皆のこと、どうとも思ってないんだ。だから皆も、僕の事なんかもう忘れてくれ。それがお互いの為だ。僕がこの場に立っているのは、何かの間違いだ。取るに足りないことなんだ。無意味無価値の極みなんだ。さっさと次に行ってくれ。ほら、次はいよいよ「サエ」さんだよ。グランドチャンピオンカップ3連覇、なんて偉業を達成した「サエ」さんだよ。さっさと彼女を讃えまくる準備をするんだ…………
「――よくやったぞ、『ユウ』―――!!!」
その時、このどうしようもない沈黙を一つの絶叫が切り裂いた。
(……え?)
何だ、どこの馬鹿野郎だ。
こんな僕に「よくやった」だって?
誰だ?誰だってんだ?
――いや、僕はこの声を知っている。
何度も何度も聞いた声だ。カメラを操作して、観客席を見渡す。不思議なことに、こんな大勢のプレイヤーがいるのに、僕はすぐにその姿を見つけた。
……あぁ、見に来て、くれてたのか――「ジクト」。
僕の悪友だったアリマ・サイのキャラクターが、確かにそこにいた。
アリマの叫びが呼び水になったのか、観客がざわざわとし始めた。それは少しずつ、少しずつ高まっていき……耳が潰れてしまいそうな程の大歓声へと変わっていく。
「『ユウ』……!」
「……『ユウ』!!」
「『ユウ』――!!!」
「次は勝てよ!!」
「凄かったぞー!」
「やりやがったな、おい!!」
「カッコ良かった!!」
「これからも頑張れ!!」
「リベンジ、期待してるぞー!!」
「次は優勝してるとこ、見せてくれ!!!」
「『ユウ』!」
「『ユウ』!!」
「『ユウ』!!!」
「……うるせーよ……今更……今更……手の平返してんじゃねぇよ……」
毒づいた自分の言葉が酷く震えている。
今まで僕がSSLでやってきたことは……
無意味だったのかも知れない。
無価値だったのかも知れない。
限りある時間を無駄に食いつぶした、最低の日々の過ごし方だったのかも知れない。
――だけど、それが何だと言うのだろう。
画面の前の「ユウ」が銀のトロフィーを抱えながら、誇らしげに胸を張っているように見える。――きっと、錯覚だろうけど。
勝ち負けなんて関係ない、なんて言わない。それだけじゃない、なんて言って誤魔化すこともしない。負けたことそれ自体は、僕にとって最低最悪の事実だ。
だけど、それでも、僕は誇ろう。この銀のトロフィーを。この歓声を。
本気で駆け抜けた、あの日々のことを……




