5-8 《!闘争の極み!》-4
視界がボンヤリと霞む。
頭がクラクラして意識が朦朧とする。
心臓は痛いくらいに激しくドクドクと脈動している。
グランドチャンピオンカップ決勝戦という大舞台のプレッシャー。
相手からのプレッシャー。
試合時間の長さ。
数々の要因が重なった結果、ユウヒもサエも消耗し切っていた。まるでお互いが直接殴り合い、蹴り合い、首を締め合っているような錯覚を感じていた。
試合が始まってから、一時間近くが経過していた。
SSLのPvP戦の平均からすれば、異常な程の長期戦の様相を呈していた。
ユウヒもサエも、精神的に限界の状態だ。
それに合わせるように、二人があやつるキャラクター、「ユウ」と「サエ」の動きも少しずつ鈍くなっていく。
特に「サエ」は序盤からスキルを連発していた為、SPが底をつきかけた場面が何度かあった。
自然回復で立て直す為、スキルの手数を少なくせざるを得なくなっていた。
しかし、それでも流石は前回覇者、と言ったところか、一つ一つのスキルを的確に丁寧に使うことで、少ないスキル回数でも最大限のパフォーマンスを発揮し、「ユウ」と渡り合っていた。
野生の獣のような荒々しい攻めだった序盤と打って変わり、今は針の糸を通すような緻密さを持つ歴戦の戦士のような戦いぶりであった。自分の本来のスタイルとは違う戦い方でも十分に戦えている。ノハナ・サエが今までどれほどの修羅場をくぐってきたかが窺い知れる。
疲労で鈍っていく自分の頭と体。それに鞭打ち、戦い続ける二人。力を振り絞り、目の前の相手に向かっていく。しかし、意志に反して自分の動かすキャラクターの動きは明らかに鈍くなっている。
どちらが先に崩れるのか――そこに勝負の分かれ目があるだろう。
「っつ……はぁ、はぁ、はぁっ!……」
ユウヒは画面の前で荒く呼吸をしていた。自分のキャラクター、「ユウ」の動きが鈍っていっているのが明らかなので、それが焦りに繋がり、彼の精神を責め立てていた。
(サエも疲れてる……)
それは「サエ」の動きを見ていればわかる。きっと彼女も画面の前でユウヒと同じように疲弊し切った顔で、それでも戦い続けているのだろう。
「サエ」の動きは序盤に比べ明らかに精彩を欠いている。しかし、そこにつけこもうとしても、「サエ」は決定的な隙だけは見せない。それに、自分も消耗しているせいで満足な攻めが出来ない。
(限界……ここが、限界だ……)
ついに、ユウがそれを認めてしまった。
(もうやれることは、一つだけ……)
先に崩れたのはユウヒの方だった。サエが上回ったのは、やはり経験の差か。
「ユウ」は明らかに不用意なタイミングで[スタンタックル]を放ってしまった。
(……!ついにミスったわね、『ユウ』!!)
スキルキャンセルで隙を無くすこともしない、酷く投げやりな「ユウ」の攻撃。ユウヒがついに力尽きたのだとサエに知らせるには十分だった。
相手が崩れたとわかると気力が沸いてきた。余裕を持って回避し、[極みの拳]を叩き込む。
「よく粘ったけど……これで終わりよ!!」
果ての無い戦いの末に、一気に優位に立ったことを悟ったサエは、晴れやかな表情を浮かべた。
しかも、ユウヒは焦ったのかそれとももう諦めたのか、またも不用意な[スタンタックル]を仕掛けてきた。
「そんなの当たるワケない!」
またも同じように軽々避けて、[極みの拳]を直撃させる。これで「ユウ」のHPはあと僅か。
(あと一撃、いいのを食らわせてやれば私の勝ち……!!)
勝利が間近だとわかると、限界だった筈の身体に活力が漲るような感じがする。疲れ切ってはいるが、心は勝利への興奮に昂っている。
「勝てる……私の勝ちだ!!」
トドメを刺そうと最後の力を振り絞り、画面を注視する。すると、そこにはサエが自分の勝利を確信する光景が広がっていた。
「ユウ」がまたも[スタンタックル]を放っていたのだ。三回連続で不用意な一手。それをサエは、それほどまでに消耗した結果だと判断した。
「はは、こんな酷い手を打っちゃうほどに疲れたんだね、『ユウ』。いいよ、楽にしてあげる」
これも簡単に避けて、反撃して終わりだ。
この長かった戦いを制するのは私だ。勝ったのは私だ。
そんな解放感がサエの胸を満たしていく。ついに終わるのだ。それも私の勝利で……
そう、サエは疲れ切っていた。だから――
ユウヒが仕掛けた罠に引っかかってしまった。
限界まで精神をすり減らした末に手に入れた勝利への確信。それを手に入れたサエは、安心感から普段なら絶対に陥らない、試合中の油断、気の緩み……そう、致命的な失敗をしてしまった。
「ユウ」の動きが変化する。[スタンタックル]をキャンセルし、避けようと回避運動をしていた「サエ」の動きを先読みするような動きで、今まで見せたことの無いスピードで突進していた。
「……あ、ああ!?」
異変に気付いた時にはもう遅かった。目前にまで迫った「ユウ」のタックルを食らってしまった。
(これは、まさか!?)
「ユウ」が[スタンタックル]をキャンセルして放ったのは、その強化版、[スタンタックル:EX]だった。通常の[スタンタックル]より突進スピードが速くなっている。通常の[スタンタックル]のスピードに相手を慣らしておいてからの、奇襲。これがユウヒの仕掛けた策の第一段階である。
この瞬間までこの奥の手を隠していたのだ。
(そう、もうやれることは一つだけだ……)
ユウヒは思う。
(これが、最後の策だ。一度タネが割れれば二度と使えない、「サエ」を倒すためだけの、「サエ」にしか通用しない、最後の最後でひっくり返す大仕掛けだ……!!)
[スタンタックル:EX]によって「サエ」はスタン状態に陥り、動きを止める。ユウヒはそれを確認するとすぐさま、[風纏い]を使いながら、空に向かって一直線に跳躍する。
思わぬ奇襲を食らったサエは、一瞬で気を引き締め直した。
(馬鹿か私は!!まだ終わってない!!これが「ユウ」の策だ!!来る……!!考えろ、一瞬で考えろ!!何を狙ってくる!?どうすれば打ち破れる!?――それができなければ、負ける……!!)
そして、空高く跳躍した「ユウ」の姿を捉える。「ユウ」は[極死の太陽]を放つ体勢で、こちらを見据えていた。サエはこの極限状態の中で、一瞬で答えを出す。
(今まで「ユウ」は後ろに距離を取ることで[極死の太陽]を発動する時間を稼いでいた……それが今回は上に距離を取ることにしたのか!!)
ジャンプ等で空中にいる間のスキル発動中は一部スキルを除いて、落下しないというシステムがある。実際に今、「ユウ」は[極死の太陽]を放つ姿勢のまま、空中に留まっている。上から下へ、[極死の太陽]を放つつもりらしい。
(――読み切った!!行ける、間に合う――!!)
凄まじい思考スピードで、「サエ」はこの状況を打ち破る方法を見つける。
(ジャンプの高さから見て「ユウ」が使ったのは[ハイジャンプ:SP]……だけど私には、[ハイジャンプ:EX]がある!!「ユウ」より高く飛べれば、[極死の太陽]の範囲外に逃げられる!![一筋の黄金]を併用すれば時間的にも余裕で間に合う!!)
一瞬。疲弊し切った脳で、サエは一瞬で最適解を叩き出した。「女王」としての意地が為せる、超人的な閃きであった。
その閃きに導かれ、「サエ」は[一筋の黄金]を発動し、[ハイジャンプ:EX]で空に飛び立つ。
地から空へ、黄金の光を纏った「サエ」が飛び立つその姿は、まるで流星のようだった。
[一筋の黄金]による移動能力の強化によって、「サエ」が上昇するその速度はまさに光の速さのようだった。
そのスピードは、サエにすら完全に制御することができないほどだ。
――だからこそ、避けられない。
例え、空に向かって飛んだその先に、ユウヒが仕掛けた最後の罠が仕掛けられていたとしても……!!
――それは、不思議な感覚だった。
サエには見える全てがスローモーションに見えていた。
罠が、そこに有った。サエがここまで読み切ることさえ想定した、ユウヒが決死の覚悟で仕掛けた罠が。
(……うそ……そんな、そんな馬鹿な……!?)
「ユウ」はいつの間にか、[極死の太陽]を放つ体勢を辞めてしまっていた。
(スキルキャンセル……[極死の太陽]を!?)
あろうことか、ユウヒが繰り出した最後の策は、絶対の切り札である[極死の太陽]を囮にすることだったのだ。
狙い通りにサエが突っ込もうとするその瞬間に、ユウヒは全神経を集中させていた。
(「キャンセルボーナス(キャンセルしたスキルの消費SPが高ければ高いほどダメージにボーナスが加算される)」だ……「サエ」は[極みの拳]でそれを活用していたけれど、[極死の太陽]……消費SP500の大技でそれをやれば……)
ユウヒは考えていた。
こちらが空中で[極死の太陽]を確認した「サエ」は、こちらより高く飛ぶことでそれを回避しようとする筈だ。[スタンタックル:EX]で時間を取られているから、余計な移動をせず、その場ですぐさまジャンプするだろう。すると、「ユウ」と「サエ」が空中で急接近することになる。それこそ、手が届くくらいに。その瞬間に、[極死の太陽]の消費SP500分の「キャンセルボーナス」付きの攻撃を叩き込めれば――
しかし、その瞬間は一瞬だ。きっと「サエ」は[一筋の黄金]も併用してくる。普通の攻撃ではとてもタイミングを計れない。サエ本人にすら制御できないスピードなのだから……
だから、「壁」を作る。そう、「サエ」を「ユウ」の「拳の壁」に突っ込ませてやるのだ。
[極死の太陽]をキャンセルして放たれたのは、[ラッシュ]だ。
ボタンを押しっぱなしにすることで拳の連打を繰り出すスキルだ。押しっぱなしにしている間ずっと連打し続け、SPもそれに伴い消費する。
この拳の連打は、一発当たれば[ラッシュ]を使っている側のプレイヤーのSPが尽きるまでずっと当て続けることができるので、一見有用そうに見えるのだが、与えるダメージが小さすぎて、何発も当ててもそうそう相手を倒しきれない。大抵その前にSPが尽きてしまう。
しかし、[極死の太陽]をキャンセルした時の「キャンセルボーナス」を併用すればどうか。
しかも、相手は[一筋の黄金]を発動しているので、「カウンターボーナス」まで入る。
連続攻撃故に攻撃判定が連続して発生しているので、突っ込んでくるのがわかれば、タイミングを計る必要も無い。
[一筋の黄金]で過剰な程スピードが上がりすぎた「サエ」は、それこそ自動車事故のように、止まり切れずに、[ラッシュ]で作られた拳の連打という「壁」に突っ込んでしまうことになるだろう。
極限まで相手の精神を削った後に、この策を実行する。それが、「ユウ」が「サエ」に勝つ唯一の手段だった。
「女王」と呼ばれる程のプレイヤーの「サエ」相手には、どんな策を使ったとしても、普通に[極死の太陽]を使うだけでは、[一筋の黄金]で対応してくる。
「サエ」の実力……状況判断能力まで考慮した、まさに「サエ」にしか通用しない大掛かりで綱渡りのような危なっかしい秘策であった。
全てがスローモーションに見える世界で、サエはユウヒの仕掛けた罠の全てを、今、ようやく真に悟った。
絶対の切り札である[極死の太陽]をキャンセルするというとんでもない秘策に、サエは完全に度肝を抜かれていた。
全てがスローモーションに見える。見えるはずなのに、身体が動かない。
(やりやがったな……!!)
あまりにもとんでもないその策に、サエは画面の前で思わず笑ってしまっていた。
よくぞこんな馬鹿な事を考えついたもんだ、と。
去来した感情は、諦め。完全にしてやられた。
「サエ」は、「ユウ」の拳の連打に巻き込まれていった。




