1-1 2038年にもなって-5
僕の作ったキャラクター、「ユウ」は設定できる最大の身長と筋肉量を持つ見た目逞し過ぎる女性だ。その剛腕、[左ジャブ]が目の前の子供のような背丈の「ゴブリン」に直撃する。なんだかゴブリンが可哀そうに見えてくる。
「ギィッ!」
「ゴブリン」がそんな声を出して怯んだその隙に、[右ストレート]を叩き込む。そして最後に、[左ハイキック]でトドメを刺した。
「ギ!、ギ、ギギィ……」
静かな断末魔を挙げながら「ゴブリン」が地に倒れる。そのまま煙のようにその体が消え去ってしまった。
「おぉー、流石じゃねーか、『ユウ』!いきなりコンボ決めるとかよ!いやぁーこりゃ将来が楽しみだなぁ!」
「この前同じ様なゲームを勧めたのはキミだろ『ジクト』。その時を思い出して同じようにやってみただけだ」
「そうかそうか!じゃああんま説明しなくてもわかったかも知れないけどよ、このゲームの戦闘はさっきみてぇに『スキル』を連続でつなげてコンボを決めることが攻撃の基本だ!」
「……で?これだけだったらいつも勧めてくるゲームと大して変わらないんだけど?『今回はマジ』ってホントかい、『ジクト』?」
「へへへ……そーやって余裕ぶってられるのも今の内だぜ!じゃあさっきのコンボでこの『ゴブリン』を何匹か倒してみな!だんだんわかってくるはずだぜ?」
……どういうことかさっぱりだ。仕方なく、それから3匹のゴブリンを倒した。一匹目と同じように、[左ジャブ]で先制し、[右ストレート]で追い打ち、[左ハイキック]で終わらせる。
何匹か倒してみろ、と言われたが、実際何匹倒せば「だんだんわかってくる」のだろうか?
VRじゃないゲーム、ということで少し新鮮だったが、結局僕はゲームには飽きている人間だ。
このままだとまた「もう飽きた」って言ってしまいそうになる。
……まぁ、まだ始まったばかりだし……もう少し耐えるか。「ユウ」のマッチョな肉体で小柄な「ゴブリン」を殴り倒す光景はちょっと面白いし。
「さて、もうそろそろか?」
ジクトの独り言のような言葉が聞こえた。何がそろそろ、なのか?
――また「ゴブリン」が現れた。さっそくそいつの目の前でまた[左ジャブ]を繰り出す。
「……えっ!?」
そこで、少し驚いた。
今まで無防備に先制の[左ジャブ]を食らっていた「ゴブリン」が「ギッ!」という鳴き声を上げながら、右に素早くステップして攻撃を避けたのだ。先ほどと違うパターンに戸惑っている間に、「ゴブリン」が素早く手に持っていたこん棒で「ユウ」を打ち付けた。
ダメージは低かったが、何か違和感を感じて、僕は少し動揺していた。
ひたすら、[左ジャブ]を連打してみる。しかし、「ゴブリン」にはかすりもしない。
「……なんで……」
思わず言葉が漏れていた。そこにジクトの声が聞こえてくる。
「よお、『ユウ』。避けられまくってるなぁ!――で、ちょいとその『ゴブリン」の動きを良く見てみろよ。その[左ジャブ]やりながらよ!気づくはずだぜ、『ユウ』!」
言われた通り、ひたすら[左ジャブ]を繰り出しながら「ゴブリン」の様子を伺っていると、すぐに気づいた。
コイツ、こっちの[左ジャブ]に対して、こっちから見てひたすら……右に避けている!
――そうか、だからコレが必要なのか。
そう悟った僕は、すぐさま[右ジャブ]を打ち込むと……
「ギィッ!」
――ヒットした。こちらから見て右に避けようとしたゴブリンは、右腕から繰り出される[右ジャブ]を回避するには間に合わなかったのだ。
そこからすぐさま、[左ストレート]、[右ハイキック]で仕留める。
「これって……もしかして……」
「なんとなくわかってきたか、『ユウ』?もうちょっと試してみろよ!」
また「ゴブリン」が現れる。「ユウ」を走らせてその目の前まで接近し、[右ジャブ]を繰り出そうとしたが、今回の「ゴブリン」はこちらが接近した時点でボーッとしていなかった。
「ギッ!ギッ!ギィッ!!」
ボクサーのフットワークの真似事のように、常に足を動かしてこちらの攻撃を警戒している。
これは……なんというか……ゲームの敵がこっちの動きに対応して行動を変えているような……ような、というよりこれは、実際にそうなのか?
こちらも足を動かしながら、[左ジャブ]、[右ジャブ]を打ち込んでいくが避けられる。焦れた僕は攻撃されるリスクを覚悟して、強引に思いっきり距離を詰めた。
「ギギッ!?」
その行動に戸惑ったのか、こん棒を振り上げた「ゴブリン」だったが、それよりも先にこちらの[左ジャブ]がヒットした。それを確認してすぐさま追撃の[右ストレート]を打ち込もうとした……が。
「ギギギッ!!」
[左ジャブ]を受けた「ゴブリン」は、その後の追撃をわかっていたかのように、転がるようにこっちの[右ストレート]を避けた。
「マジか!」
こっちの動きが読まれてる……?そんなバカな。ゲームの中のモンスターだぞ?
戸惑いで反応が遅れたこちらに対し、身を起こした「ゴブリン」はこちらの動きを注意深く見ている……そんな気がした。
なにか微かに心臓がドキドキしているのを感じる。
なんだろう、この感覚は……
――結局、「ゴブリン」との戦いは、突っ込んできたゴブリンに咄嗟に出した[左ストレート]がカウンター気味に決まり、決着がついた。
「どうよどうよどうよ『ユウ』!『スキルシーカーズリンク』の戦闘は!」
「……これ……どういうことなんだ?」
そう、ジクトに聞く。
最初に戦った「ゴブリン」と先ほどの「ゴブリン」の動きはまるで違う。
あれから、さらに数匹の「ゴブリン」と戦ったが、動きは毎回違った。
なんだかどんどんこっちの動きに対応してくるみたいだ。
同じ戦法がどんどん通じなくなってくる。
だからこっちもどんどん動きを変えることを求められてくる。
その戦いは、さながら……「本当の戦い」だった。
「このゲームのモンスターはな、俺達プレイヤーの動きをどんどん学習して、それに対応するように動きを変えていってんのさ!さながらマジで戦ってるみたいにな!だから決して戦闘が同じこと繰り返す『作業』にならねぇってワケ!どうよ、スゲーだろ!」
今、僕の心臓は微かに、ではあるがドキドキしている。
目の前の敵に集中し、手段を考え、動きを毎回変えて戦っていく。
それには確かに、戦いの「臨場感」が再現されていた。
「なるほど、これが『売り』ってやつ?『ジクト』」
「まぁな。だけど、これだけじゃねーぜ……!」
最初の雑魚戦、ちっぽけな「ゴブリン」との戦いですら、このゲームは他とは「一味違う」ことを見せてくれた。
これは本当に……「今回はマジ」なのか?少しだけ……期待が胸をよぎった。