4-5 地獄で踊る
7月が始まったばかりの頃……僕は久しぶりに「ユウ」を「極みの闘技場」に向かわせていた。
負け続けだった頃以来、初めてのことだ。
今の自分の戦績は、0勝182敗という酷いものだ。
――今日こそは、1勝目を勝ち取る。そう意気込んだものの……
「大丈夫かな……」
やはり、自分の頭の中には「ユウ」のその屈強そうな体が地に伏しているイメージが色濃く残っている。ここ最近は自分を鍛え続けてきたつもりではあるが……
「――やれば、わかるか」
悪いイメージを追い出すようにブンブンと頭を振って、「極みの闘技場」へ入っていった。
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「リクワ」さん、「ゴウカ」さん、「サエ」さんの3人からアドバイスをもらった僕が最初に取り組んだのは、スキルの情報収集と習得だ。
「SSL研究所」にアクセスし、僕が散々相手に使われて、敗北してきたスキル……[風纏い]について詳しく調べてみることにした。
[風纏い]については移動速度を上昇させるスキル、という認識しか無かったが……SSL研究所に掲載されていた詳細情報は、こんな感じだった。
スキル名:[風纏い]
消費SP:10
発生:0F(ノーモーション……つまり予備動作無し)
ダメージ:0
説明文:風を纏い移動能力を向上させる。スキル再使用で状態を解除する。
習得方法:「疾風の草原」にて30分間走り続ける
解説:ほとんどのプレイヤーが習得している、最早必須とも言えるスキル。発動したその瞬間から効果が表れる。しかも、予備動作は無しで、発動できるタイミングも自由。移動しながら発動して、突然に移動スピードを変える、という変則的な使い方も可能。ちなみに、これによる他スキルのキャンセルは不可。
発動中は周囲に緑色の風が流れるようなエフェクトが発生する。通常の移動の他に、[ステップ]、[ジャンプ]、[バック転]等の移動、回避スキルのスピードも上昇させるので、凡庸性は高い。しかし、スキル発動中に攻撃を食らうと、カウンタ―ボーナス(相手のスキル動作中に攻撃を当てるとダメージが大きくなる)が入ってしまうので、要注意。折角移動能力が上昇しているのだから、攻撃はしっかり回避するようにしたい。
スキルの状態解除のタイミングは、「スキルの再使用」「攻撃を当てられる」「攻撃スキルの使用時」等が挙げられる。発動中と解除中の移動能力の違いを利用し、動きに緩急をつけて読みづらくする、という使い方も可能なので、しっかりと練習しておくべきだろう。
このように、非常に汎用性の高い良スキルであることは間違いない。相手との距離を一気に詰めたり離したり、攻撃の回避の為に合わせて使ったり、他の移動、回避スキルと組み合わせたり、といった幅広い活躍をしてくれる。是非習得しておこう。
……なにこの便利そうなスキル……そりゃ必須ですわ。まぁ解説文は「リクワ」さん個人の考えで書かれたものなんだろうが……確かに汎用性が高そうだ。とりあえずコレは習得しておこう。
後は……スタン系のスキルと、移動用、回避用スキルを片っ端から調べて、メモしておく。それらの、ランダム入手ではない、条件さえ達成できれば習得できるモノは全て入手することにした。
他の攻撃スキルも習得しておきたいが、それらも全部含めると時間がいくらあっても足りない。とりあえず後回しだ。
しかし、それでも何か勝利のヒントになるスキルがその中にあるかも知れない。通学時の電車の中、大学の休み時間にはホロフォから「SSL研究所」にアクセスし、全ての「条件を達成すれば習得できるスキル」について調べまくった。
いつもは大学の友達と話している時間にもそんなことをしていたので、次第に人付き合いが悪くなっていくのを感じたりもしたが……
ゲームの調べものに夢中になってリアルが疎かになる、なんてあんまり良い事じゃないだろうが……8月の「グランドチャンピオンカップ」予選に間に合わせたい、という事情もあったので、やむを得なかった……ということにしよう。うん。
家に帰ってからはひたすらSSLで調べたスキルの習得作業に勤しんだ。何が必要になるかわからないから、出来るだけ多くのスキルを手に入れるため必死にゲームの中の世界を駆け回った。
その間、PvPは休業だ。準備が出来ていない今、「極みの闘技場」に向かうのは意味が無い。
そのせいか、掲示板を見ると、「極死の太陽、攻略完了」といったタイトルのスレッドができていた。
そこには……
「『ユウ』『極みの闘技場』来なくなったなー」
「[極死の太陽]封じられたのがデカかったのかな?」
「まぁー結局は[極死の太陽]だけのザコでしたってことでw」
「一週間くらいいたんだけどな。アイツ確か一勝もできてなかったぜ」
「でも負け数は三桁超えてるってマジ?」
「マジwヤバいよなw下手糞過ぎwww」
「あぁ……いいカモがいなくなっちまった……俺は悲しいよ。ホント悲しい」
「鬼かw」
「もう来ねえだろーなw」
そんなコメントで埋め尽くされていた。
……くそ。見てろよ。
流石にここまで言われたら多少は腹が立つ。絶対に戻ってきて……今度は勝ってやる。
そんなある日のこと。
その日もスキル習得に向け、「孤高の廃城」と言う場所でモンスターと戦っていた。
「廃城の槍兵士」というモンスターに、[左ジャブ][右ジャブ]を30回当てると習得できる[ロングスピアジャブ]を習得しにきたのだ。
[ロングスピアジャブ]は発生が非常に早く、しかもリーチが長いという強力そうなスキルだが、ダメージが消費SPに対して割に合わない程低いのと、動作が速すぎてスキルキャンセルを使って他のスキルに繋げられず、「キャンセルボーナス」も得られない、ということで、SSLのプレイヤー間からは「死に技」……要は役立たずという認識のスキルで、「SSL研究所」でも評価は低かったのだが、僕は必要だと感じ、習得する事にした。
この頃には、目指す戦法も想像できるようになって、その為のスキルを集める、という段階になっていた。
[極死の太陽]を中心にした、今までとは違う「どう立ち回って、どう勝つか」がしっかりとしている自分なりの戦法が、自分の頭の中で確立されようとしていたのだ。
「SSL研究所」でひたすらスキルについて調べていたお陰だろう。今までのように闇雲に戦うやり方とは違う、しっかりとしたコンセプトのある戦法、動きを思いつくようになっていた。
モンスターとの戦いも、上手くなってきたように感じる。今回の目的である、[ジャブ]を30回当てる、という条件も、ただ闇雲にやっても達成できない。
こちらの動きを学習して、対応してくる敵に同じ技を当てるのは毎回違う工夫が必要だ。
タイミングをずらし、スキルキャンセルを駆使し、色んなパターンで[ジャブ]を当てる。
この「色んなパターン」というのが重要だ。「サエ」さんも言ってたしね。
きっとこの経験はPvPでも役に立つはずだ。
30分程してやっと条件を達成した。すぐに他のスキルの習得に向かおうと思ったが、ちょっとした気まぐれでしばらくここ「孤高の廃城」の探索をすることにした。ちょっとした息抜きだ。
「孤高の廃城」は人がいなくなった巨大な廃城だ。そこら中に鎧だけの兵士のモンスターがうろついている。
どこか物悲しい雰囲気があるが、廃城の壮大さやそのディティールの細かさに魅力を感じた。気ままにうろうろしてみることにした。
――そして、偶然にもこの行動が、功を奏した。
廃城の地下に進む階段を発見し、冒険心のおもむくままにそれを下っていくと、大きな地下室が見えた。そこには大小様々なガラクタのようなものが転がっていた。しかし、近づいてよく見てみると、古ぼけてみすぼらしく見えるだけで、もとは高価な品物だったのではないか、と思える。王冠みたいな形のものもあったし。
どうやらここはこの城の宝物庫らしかった。
こんなところまでよく作りこまれているなぁ、と感心しながら宝物庫を探索していると、画面の端にチカチカと点滅する赤い光が見えた。
「何だ?」
その光の方に向かって進む。そして、「ユウ」の体がその光に触れると――
「え?」
画面全体が赤い光に包まれ、その光が消えた時には……
「どこだ、ここ?」
そこは廃城の宝物庫では無くなっていた。辺り一面に広がる荒野。しかし、そこかしこから炎が噴き出していた。
何というか、地獄のような場所だ。おどろおどろしい雰囲気、ただ事では無さそうだったが……
とりあえず、ここも探索してみることにした。
新しいフィールドを探索するのもSSLの楽しみ方の一つだ。この恐ろしげな場所をドキドキしながら歩みを進めていく。
しばらくすると、モンスターに出会った。しかし、その容貌にはかなり驚いた。
「な、なんだこのおっかなそうなのは!」
デカい。「ユウ」の3倍はあろうかという体躯。激しい炎に包まれている。狂暴そうな顔つき……
「ヘルオーガ」と名前が表示されたこのモンスターは、威圧的なその姿で、僕を震え上がらせた。
「オオオオオッッッ!!!」
咆哮を上げながら巨大な腕をこっちに向かって振るってきた。慌てて回避する。
「うわわわわっ!!」
慌てて咄嗟に、最終手段である[極死の太陽]を放っていた。
流石にこの規格外スキルには「ヘルオーガ」もひとたまりも無かったようで、太陽に焼き尽くされて倒れた。
「なんだなんだコイツは……!おっかねー……」
改めてこの場所について調べてみる。「極死の地獄」という名前の場所らしい。あからさまにヤバそうな名前だ。
しかし「極死の」?その名前に引っかかりを覚えて、しばらく考えていると、一つの可能性に思い当たった。
ここはもしかして、「スキル・フィールド」ではないか?
「リクワ」さんと初めて出会った頃に連れて行ってもらった、「探求の洞窟」。
[スカウター]というスキルが無いと入れない、そのフィールド。
「極死の」なんて単語がついていることから考えると、ここは[極死の太陽]が無いと入れない「スキル・フィールド」ではないのか。
さらに探索を進めてみる。その間、モンスターにはほとんど出会わなかった。10分ぐらい移動し続けて、「ヘルオーガ」以降に遭遇したモンスターは一匹だけだ。
まぁ、その一匹が相当やっかいだったのだけど。
「ケルべロス」と言う名前の3つの頭を持つ犬の怪物。ファンタジー物ではよくいるモンスター……地獄の番犬、なんて言われるソレだ。
今度は経験を積む、という名目で[極死の太陽]を封じて戦うことにした。
これまでのスキル集めでモンスターとの戦いには慣れていた。PvPに比べればモンスターとの戦いは楽だ。いくらこちらの動きを読んで学習してくる、とは言っても所詮プログラム上の動きだ。落ち着いて、
同じスキルを同じ様に使う、なんて雑な真似をしなければ、順当に勝てる。
しかし、今回はかなり苦戦した。
単純に動きが速い。攻撃しても中々倒れない。一撃が重い。
3つの頭から繰り出される噛みつきでの猛攻には手を焼いた。久々にモンスター戦で負ける想像が頭を過った。
少しずつ、慎重に慎重に攻撃スキルを当てて、10分近くかけてやっと倒した。
……無茶苦茶強かった。ここはまさしく危険地帯だ。もしかしたら、モンスターの数自体は少ないが、一匹一匹が強い、といった趣のフィールドなのかも知れない。
そうして、探索している内に、荒野にポツン、と落ちている一枚の石板を見つけた。近づいてみると、その石板に書かれている、という設定なのだろう、こんな文章が画面に表示された。
「ここは『極死の地獄』。死を極めし太陽を持つ者だけが立てる場所。――気をつけろ。地獄の住人達はお前の命を狙っている。気をつけろ。地獄の怪物達に慈悲は無い。気をつけろ。地獄を生きる者達の理不尽さに。……しかし。お前が修羅の道を行くと言うのなら、この地獄で踊るのも良いだろう。この地獄の頂点に至ったのならば、お前には地獄の力が宿る」
また大げさな言葉だ。ただ、分かりやすい話ではある。要は「ここヤバいよ、注意な」っていうのと、「新しいスキルもらえるかもよ」ってことなんだろう。「地獄の力が宿る」なんて書いてるし。
ただ「地獄の頂点に至る」、というのはどういうことだ?
この地獄で一番強い存在になる、ということか?
モンスターでも倒しまくってみるかな。……こんな危険地帯で手に入れられるスキル、なんて絶対強力なものだろうし、ここのモンスターは強そうだから自分の技術を磨くのにも良いだろう。
そうして、「極死の地獄」を徹底的に探索した。やはりモンスターは少ない……ものの、やはり出会うモンスターは皆強敵だった。
毒々しい色合いの大蛇、針のついた尻尾が8つもある大サソリ、集団でおそいかかってくる炎に包まれた骸骨、大鎌を持つ死神のような男、果てはドラゴンまでいた。
毎回ヒィヒィ言いながら戦った。殆ど存在を忘れかけていた回復薬をがぶ飲みしながら、慎重に慎重に戦っていった。
それらを倒す度に、自分がすさまじく上達したような気分になった。ここまでの化け物を倒したんだから、という自負。達成感が凄い。
……そのくらい相手が怖かったし強かったし、ってことなんだけど。もうイヤー。
ドラゴンを30分はかけてやっと倒した時、通知が画面に表示された。
「条件を満たし、新しいスキルを習得しました」
それは、特定の条件を満たすことで手に入るスキルを習得した時の、お決まりの通知だ。
どうやら、さっきのドラゴンを倒したことで、「地獄の頂点に至った」らしい。いや、もしかしたらここのモンスターを全種類倒すことが条件なのかも知れないが。まぁ後で「リクワ」さんに[スカウター]で調べてもらうことにしよう。
新しく手に入ったスキルを確認する。[スマッシュ:ヘルファイア]と[カウンタ―:ヘルファイア]という安直だが強そうな名前だった。
[スマッシュ:ヘルファイア]は消費SP40。中々デカい消費SPだ。どうやら大技らしい。説明文には、「地獄の炎を纏った渾身の拳を繰り出す」と書かれていた。
[カウンタ―:ヘルファイア]も消費SP40。説明文は「相手の攻撃に合わせて使うことで地獄の炎で不可避の反撃を行う」とのこと。
これは……もしかすると戦法の主軸に置けるような、強力な攻撃スキルと防御スキルを同時に手に入れられたかも知れない。
とりあえず、「リクワ」さんに調べてもらおう。そして、もし「使える」スキルならば、今僕が思い浮かべている戦法に必要なピースは一通り揃った、と言えるだろう。
復活の時は来た……かも。ドクン、ドクン、と心臓が跳ねるのを感じる。僕は、「極死の地獄」を後にした。
準備期間は終わりだ。そろそろ勝利を手にしに行こうじゃないか。




