4-3 平等ではないという事-3
「もう少しだけ、話をさせてくれませんか」
ノハナ社長が話を切り出す。
もうここでするべき話は全部終わった、と思っていたので、少し驚いたけれど、黙ってそれに耳を傾ける。
「姉は……とても危うい。SSLに出会った今も」
「……『ゴウカ』さんもそんなことを言っていた気がします。でも、サエさん自身の話では、あの人はもう『死にたい』なんて思っていないし、SSLを楽しんでいるように思えたんですけど。何がそんなに危ういと思うんです?」
「一度は『死にたい』なんて思っていた人です。まだ……安心するには早い。それに、いくらSSLが凄いゲームだろうと、姉が人生を全うするまで続くくらい、サービスが続くと思いますか?」
「あぁ……そうか」
今サエさんが20代の後半ぐらいだろうから、後50~60年ぐらいあの人の人生が続くとして……まぁそんなに続くゲームってないよな。
「今の姉にはSSLがある。逆に言えば、SSLしかない状態です。そう思ったら急に危うく見えてきませんか?もちろん、私だって全力を尽くすつもりです。出来るだけ長く、SSLのサービスが続くようにしたい。でも、それにだって限界があります。恐らくSSLは10年……ものすごく上手くいって20年ぐらいが限界でしょう」
現代のオンラインゲームがサービス開始してから終了するまでの期間なんて、10年持てば凄く良い方だ。
新しいタイトルが次から次へと現れる業界だ。競争も激しい。
「SSLが終わったら、また元に戻りそうで怖い。それに……」
「それに?」
「SSLが終わる前に姉がSSLに飽きることもあり得る。今の姉は、SSLのトッププレイヤー。SSL最強のプレイヤーを決める『グランドチャンピオンカップ』2連覇。強すぎて競い合う相手がいなくなってしまうのではないかと思っています。正直、予想外でした……姉の格闘家としての経験が、ゲームの中ですらここまでの猛威を振るうとは……」
「あぁ……」
確かに、戦う相手がいない、自分のレベルに見合った相手がいないというのは退屈だろう。
勝つのが当然の戦いなんて、多分面白くない。
「でも、『ゴウカ』さんがいるじゃないですか」
「一人じゃ心もとないです。いっつも同じ人と戦うのっていつかは飽きるんじゃないかって思ってしまいますね、私は」
「……そこで、僕ですか」
「その通りです。その[極死の太陽]があれば、あるいは、と思います」
「……本当に僕が、『サエ』さんのライバルなんかになれるんでしょうか……」
「それは貴方次第ですね……貴方がどれだけSSLに本気になれるのか……もう私にはお願いするしかありません」
「・・・・・・・・・・・・」
あーあ、厳しいなぁ。でももう決めた事だしなぁ。実感湧かないけれど……
「まぁ精々頑張ってみますよ。期待はしないで下さいね」
「『やってみる』と言って下さっているだけでも、私にはありがたいです。……よろしくお願いします」
その後も、「姉は今結局無職ですし……」とか「将来どうするのか……」なんていう、ノハナ社長の、サエさんを心配する言葉に相槌を打ってしばらく過ごした。
結局、ノハナ社長は姉のサエさんの将来が心配でたまらないのだろう。
今はSSLがある。だけど、その後は?
――でも将来に不安がある、なんて、ありふれた話だと思うし、その不安はどうやっても払拭しきれないからありふれているのだろう、ということはノハナ社長にだってわかっていると思う。
僕だって将来どうするのか、なんて不安は人並みに持っている。
しかし、サエさんは今ちょっと世間の敷いたレールというか、常識から外れたところにいる。
ただSSLをプレイしているだけの日々をサエさんは送っているらしい。
その特異性がサエさんに近しい人には危うく見えるのだろう。
でも僕は、結局サエさんも他の人と変わらないと思う。
「将来どうすんの?」
そんな、ほとんど誰もが抱えているであろう、ベタベタな不安、人生の課題。
「そんなものはなるようにしかならない」
今の僕にはそう言うしかなくて。だから何の具体案も無く、日々を過ごしていくしかない。
とりあえず、目の前の事をしっかりと。やりたいことをやる。それだけ。
で、今僕がやりたいことは……
「ノハナ社長」
「……はい?」
「とりあえず、SSL、自分なりに本気になってやってみますから。ここまで事情を聞いておいてやってもないのに逃げ出すみたく全部無視したくないです、僕は。そりゃ実感湧かないですけど……ゲームに対して本気になるなんて。でも、それでも、もうSSLもそれに夢中になっている人達も軽んじたりしない。サエさんに対しても、そうです。本気で向かいあってみますよ。今は、もうそれだけ。分かりもしない将来について考えるよりも、とりあえず今を考えたい」
「……とりあえず今、か……まぁ、それしかないんでしょうね……」
諦めたようにノハナ社長は溜息をつく。
「私もとりあえずSSLを続けさせることに今は集中しましょうかね。まぁ結局、それでも、分かりもしない姉の将来についてうだうだ考えちゃうんでしょうけどね……これが人生、ってやつでしょうか」
「さぁ……?」
わからないことだらけだ。実感のわかないことだらけだ。
そんな中で、そんな人生で、ゲームに本気になる、本気になるということは貴重な時間を多く使うことになる、そんな決断をどこかふわふわとした感じで決めてしまっていいのか、とは思うのだけれど……
それでもまだ、SSLから離れちゃダメなような気がする。きっと何か、意味があるんじゃないか、と思うのだ。[極死の太陽]を手に入れて、色んなトラブルに遭って、色んな人に遭って、色んなことを知った。
そんな経験をして、どうするのか?少なくとも、それを全部「無かった」ことにするのは何か違うと思うのだ。
「答え」を見つけよう、と思った。この一連のSSLを巡る出来事から、得られたものって、何なのか。
まぁ「答え」、なんてのがホントにあるのか?っていうのはまだちょっと思ってしまうが。
うーん、こんなんで大丈夫なのかなぁ。でもまぁ、やってみるしかないし、やってみたいんだよな。
SSLと僕の関係……それに何らかの「区切り」みたいなのが欲しい。それまでは、ただやってみるだけだ。
「まぁなんとかなりますよ」
「なりますかねぇ」
「いや知りませんけれど」
「無責任な」
「やりたいこと、やるべきことをやるしかないんですよ」
「何だか悟ったように」
「……今日はいい感じで疲れましたからね。なんだかふわふわした気分です」
「だから適当なことばっかり言ってると」
「そうですね」
「何か不思議な気分です……不安でたまらないような、だけど……なにかすっきりしたような……」
僕は、ノハナ社長と、相手が社長なんて肩書きを持っていることも忘れて、よくわからない会話に花を咲かせた。
ひどくぼんやりとした、奇妙な時間だった。
「もうこんな時間ですか……」
「本当ですね」
「そろそろお開きにしましょうか。長い間引き留めてすみません」
「別に引き留められた訳じゃないですよ……なんというか、勝手に僕が居座ってだらだら喋っていただけです、多分」
そんな時間も終わりだ。
「あ、そういえば最後に一つだけ質問なんですけど」
ふと思いついて僕は口を開く。
「SSLの管理、運営にそんなに人手がいらないのに、なんでこの本社ビルってこんなデカいんですか?そんなに従業員がいるんですか?そんなに必要が無いと思うんですけど」
「あぁ、それは……SSLのゲーム内イベント……例えば大会ですね、そういうのがあればやっぱり人手はいります。じゃあそれ以外は暇なのか、というとそうでもないんですよ。……ある仕事をしてもらっています」
「……それは?」
「SSLに続く新しい商品……ゲームの開発です」
「ええっ!?」
「まぁSSLだけで会社をいつまでも存続させていけるとは思ってませんから。新しい次の展開は常に欲しいと思ってるんです。ただ……SSLがあまりに凄いゲームなんで、難航してますけれど。『新しく出すものが過去のSSL以下では話にならない』、とか言って。それでも、みんな頑張ってアイデアを考え続けてくれてますよ」
「……それも、ある意味で『戦い』ですね」
「ふふ、そうですね……祖父はとんでもないものを残していった。そのことが、この会社のみんなの心を動かしています。『SSLを超えてやる』ってね。SSLを世に送り出すだけでは満足できない、自分達でも何かできないか……そう思ったんでしょうね。私自身はまだ正直SSLにつきっきりですけど、もし彼らがSSLを超えるゲームを考え出したのなら……社長としてそれをサポートするつもりです」
あのSSLを超える、ねぇ……その凄さを知った自分には想像もつかないけれど……
なんだかロマンがあるな、とは思った。
エレベーターで地上一階に下りる。最後までノハナ社長は見送ってくれた。
「本日はありがとうございました、カギノさん」
「いえ、僕も楽しかったというか勉強になったというか。……うん、来て良かったと思います」
「それは良かったです。……それで、姉のこと……」
「わかってます。やってみますよ」
「……はい。よろしくお願いします」
こうして、IS社本社での長い一日は終わった。……色々とんでもない一日だったなぁ。としか言えない。
まぁ、何にせよ、明日からやることは決まった……SSLを本気でやろう。とりあえず。それが何を意味するのか、なんてやりながら考えればいいんだ、多分。きっと。




