4-3 平等ではないという事-2
しばらくの沈黙が、場を支配した。
どう考えればいいのか、わからなくなっていた。
「貴方に『ハニー・プラネット』やSSLのことを詳しく教えたのは、」
沈黙を破り、ノハナ社長が語り掛けてくる。
「このSSLがどういう風に成り立っているのか……できるだけ多くの情報を提供し、それらの事を念頭に置いて、[極死の太陽]のことを考えて欲しかったからです。貴方は……この特別で唯一の強力な『個性』をどうしたいですか?……このゲームは、SSLは、祖父が『命を削って』まで作ったものです。私は、それに対して安易に手を加えるのは間違っている、と思いますし、正直……」
そこで言い淀む。
「怖いんです。下手に修正して、祖父の思い描いたSSLの理想図に傷をつけてしまうんじゃないか、と思えて……だから、無責任に思えるでしょうが、貴方に判断してもらいたいんです。[極死の太陽]を変える権利を持っているのは、それ自体を持つ貴方だけのような気がするんです。貴方だけが、それを自由にする権利を持っている。もし貴方がSSLを続けたくて、その為に[極死の太陽]が邪魔だと言うのなら……すぐにそれを特別でも強力でもなんでもない、普通な『個性』に修正させていただきます」
――どうなんだ?どうすればいいんだ?
僕はどこかボンヤリした頭を無理矢理動かして考える。考える。考える。
そうだ、落ち着いて考えよう。
想像するんだ。
[極死の太陽]がただのその他大勢のスキルの一つに過ぎない存在になったら、どうなる?
まぁ、今みたいな誹謗中傷は収まるだろうな。
そうしたら、平和にSSLをプレイすることができるだろう。
――いいじゃん。ゲームなんだし、余計な事考えたくない。楽しみたいだけなんだ。
アリマとの関係も修復できるかも知れないしな。
「いやぁ、アリマ、[極死の太陽]修正されちゃってフツ―のスキルになっちゃったよ。まぁ世の中甘くないよね。僕みたいな初心者があんな凄いの手に入れちゃったのはやっぱおかしかったってワケだ。やっと分相応になったってトコかな?」
――みたいな?
アリマとの関係がおかしくなった原因は正確にはわからないけれど、恐らく、[極死の太陽]もその原因に含まれてるんじゃないだろうか?
「お前は[極死の太陽]なんてイイもん持ってんだからよぉ、これぐらいの貢献はしてもいいんじゃねぇか、なぁ?」
アリマの言葉を思いだす。うんそうだやっぱり関係してる。まぁ[極死の太陽]が全てじゃないかも知れないけれど。……でも[極死の太陽]が修正されれば、関係の修復のきっかけにはなるんじゃないかよくわかんないけど。
ゲームのデータなんかより、現実の人間関係の方が重要に決まってんだから。うんそうだ、きっとそうだ、よしとっとと修正してもらおう。
「・・・・・・・・・・・・」
――そう思ったのに声が出なかった。何故だ。
[極死の太陽]に何か未練なんかあるのか。このスキルのせいで散々な目に遭ったって言うのに。
[極死の太陽]を手に入れて良かったことなんて、そう、例えば……
SSL内唯一のスキルだってわかってドキドキしたこと。
ソレを使った後の、『世界を一変させる』あの感じに興奮したこと。
「……そう。『ユウ』君もキミにしか使えないスキル、それも凄まじいものがある。それを使った戦い、ゲームって、すごくキミにとって楽しいと思うんだ。……だからさ、これから色々と大変かも知れないけど、このゲームを辞めないでくれ。絶対に損しないと思うんだ」
……あぁ、あの「SSL研究所」のリクワさんに出会えたきっかけになってくれたことは良いことかも。
面白い話、聞けたよな。SSLを愛している、良い人だったよな。
「いやいや!やっぱ『サエ』の言った通りだ!なんというか、ガッツがありますよ、貴方には!楽しかったですよ!」
……あー、そういやSSLのトッププレイヤーの一人、「ゴウカ」さんと戦えたのも[極死の太陽]ありきかな?まぁボロ負けだったけど。それでも普通無い経験ができた、ってことでもあるのか。
「いえいえ――とても……とても楽しかったです、『ユウ』さん」
……そして、『サエ』さん。この人とも[極死の太陽]が無けりゃ出会えなかったし、しかもこの人とはリアルで会うことにまでなったんだったか。そしたら『サエ』さんがSSLに入れ込むきっかけになった、何だか大変な話まで聞けてしまったし。正直、あんな話聞いたら、SSLのことを「たかがゲーム」って軽んじることはもうとてもできないよなぁ……
んでもって、今日だ。SSLや『ハニー・プラネット』の事まで知ってしまった。ダメ押しかよ。いったいなんだんだ、SSLって。たかがゲームの話だろ?何であんな凄まじい話になるんだ、意味がわからん。
それについても、[極死の太陽]を持っているが故に知ったことだ。
うーん?何だか考えてみると[極死の太陽]は厄介には思えるけれど、なんだかソレによって特別な体験が沢山できたような、そんな気がするぞ?それって良い事、なのかなぁ?
……そういえば、「リクワ」さん、「ゴウカ」さん、そして、「サエ」さん……なんだかみんな、僕にSSLを続けて欲しそうに思えた。
じゃ、この人は?
そう思ってノハナ社長を見る。
――その時、僕は一体何を思ったのやら。自分でもよくわからないが……ノハナ社長の顔を見た途端、妙な考えが頭をよぎった。そして僕は、そのことを深く考えもせず、聞いてみた。
「……あのー」
「……はい?」
「ノハナ社長って実は結構シスコンだったりしますか」
「・・・・・・・・・・・・」
ぽかーん。
そうとしか表現できない表情がノハナ社長の顔に広がった。
その顔を見ると、彼女の姉……ノハナ・サエさんの話が思い出された。
「……だから。お姉ちゃんが生きてくれる可能性があるのなら、それに賭けるし、すっごく大変な務めがあろうが、こなして見せる。あたしは、お姉ちゃんが自分で死ぬことを選んでいる姿を……どうしても見たくない。だから、お姉ちゃんの言う『たかが』ゲームに賭けて、それを一つの会社の社長として支えることに、何の迷いも無いよ」
そう、ノハナ社長は言っていたのだ。きっとお姉さんのことが凄く大切なんだろうな。
――んでもってその姉とのオフ会の相手……僕をわざわざ呼び出して、SSLやら「ハニー・プラネット」の説明にその貴重な時間を割いてくれている。
それってやっぱり、ノハナ社長がお姉さんを大切に思うからこそ、なんだよな、多分。そんな気がする。
……どんだけお姉さん大好きなの?
「――ふふっ……」
しばらくすると、ノハナ社長が微かに笑った。
僕はさらに質問する。
「ノハナ社長、今日貴方のお時間を僕に割いてくれたのって結局、僕のためって訳じゃなかったんでしょう?どちらかって言うと、サエさんのためじゃないですか?」
「――その根拠は?」
「……いやぁ、上手く説明できないですけど」
「ふふふ……」
「うーん……殆ど勝手な想像なんですけど……貴方はサエさんとと僕がオフ会までして親交を深めてることを知って、そのきっかけとなったSSLについて僕にもっと良く知ってもらうことによって、それを通じて僕がサエさんのもっと深い理解者になることを望んだんじゃないですかね?」
「何故、貴方がSSLを深く知ることが、姉の理解者になることに繋がるんですか?」
「今のサエさんにとって、SSLは凄く重要な支えだからです。そのSSLをよく知っていることは、サエさんの理解者になるには、ほとんど必須だと思うんですけど……どうです?」
今やノハナ社長はニヤニヤと笑っている。
「ついでに言うと。[極死の太陽]を修正するかどうか、僕に判断を任せる、なんて言いましたけど。貴方自身は、修正したくないんじゃないですか?そう、貴方も僕にSSLを続けて欲しいんだ。[極死の太陽]を持つ、強力なプレイヤーとして、サエさんのライバルにでもなってくれないかな、なんて考えてるとか」
「ふぅん……その根拠は?」
「ごめんなさい、正直なんとなくです」
「それはそれは。正直でいいことですね」
「……うーん、そうだなぁ、『ゴウカ』さんってプレイヤーからも言われたんですよ。『貴方も彼女のライバルになって欲しい……そういう形で、彼女を支えて欲しい……なにせ、貴方は数少ないであろう彼女の詳しい事情を知る人でもありますし……』って。なんか貴方の顔を見ていると、貴方もそんなこと考えてるんじゃないか、って根拠も無く思えるんですよ。……どうなんですか?」
相も変わらずニヤニヤと笑うノハナ社長。なんだかその笑顔からは、「敵わないなぁ」なんて思いが滲んでいるような気がした。
「凄い凄い。根拠も無いって言ってる癖に……大正解ですよ、カギノさん。うーん、なんで分かった……というか、なんでそんなこと思ったんですか?」
「なんとなくです。でも、なんとなくわかるってくらい、ノハナ社長はわかりやすいです。やっぱり、シスコンだからでしょうか?」
「シスコンシスコン酷いですねぇ。私社長ですよ?偉いんですよ?失礼だと思いません、あその言い方。まぁ当たってるんですけどね。多分あたし、シスコンです。ふふふ……」
「ごめんなさい。シスコン社長」
「……シスコンかぁ。やっぱそうかなぁ。うん……でもね、カギノさん。お姉ちゃんは私にとって……今や唯一の家族なんです。……戦ってるお姉ちゃんってかっこいいんですよ、凄く。ちょっとぐらいの過干渉は大目に見て欲しいです」
そう言うとベェ、と舌を出してみせる。その姿には社長としての貫禄は無かった。
そこにはただ……姉の事を純粋に思う妹の姿だけがあった。
「あぁ、もう……わかりましたよ」
何だかどっと疲れる思いだ。
何だか会う人合う人、僕にSSLを続けて欲しいって言ってくるんだよなぁ。
SSLだってなぁ、どんだけすごくたって結局ゲームなんだよ。楽しむためにやるもんなんだよ。
それなのにどうして、こんな色々と余計なこと考えなきゃならないんだ?
「[極死の太陽]の修正は……いりません。ついでに言うと、SSLも辞めません。しょうがないから、その、なんです、『サエ』さんのライバル?っていうのも目指してみますよ。目指せば良いんでしょう?もう……」
「いやぁ、すみませんねぇ、ありがとうございますぅ」
「……なんか腹立ちますね」
「じゃあ何でそんなこと言ってくれるんですか?」
「そりゃ、『知り過ぎた』からですよ。サエさんのこと、SSLのこと……このままその全てから目を背けて、全部やめまーす、って決断するのは逆にシンドイです」
「ふふふ……何かすいません!」
「それに、やっぱりなんかもったいないです。[極死の太陽]……特別な個性。誰にでも手に入るものじゃない、偶然にも、幸運にも手に入れたソレを活かさないっていうのは……なんだかバチでも当たりそうで」
「ええ、ええ、きっとそうですよ。だって、その[極死の太陽]は、祖父が『命を削って』作ったSSLの中でも特別なものです。恐らく、何か憑いてます」
「……あーあ、めんどくさいですねぇ……」
「カギノさん」
「はい?」
「……ありがとうございます」
こうして、ノハナ社長との[極死の太陽]を巡る話は終わる。僕は、決断したのだ。
[極死の太陽]と共にSSLを続けていくことを。




