4-3 平等ではないという事-1
「……祖父はよっぽど戦いたかったんでしょうね……こんな膨大なデータ量で構成された、架空の世界を作りあげてしまうほどなのですから。『戦い』というものをどこまでも完璧に再現することを望んだのでしょう……私は、祖父からSSLの詳細を直接聞き、その価値を認め、その管理、運営を任されることに納得し、IS社の社長になりました……ただ、世間に公開する為のシステムも祖父はきっちりと仕上げていたので、正直やることはあまり無いんですよ」
そう言うノハナ社長は気楽な口調だった。
「今IS社がやっていることと言えば……利用規約を違反したプレイヤーに対する措置だとか、バグ処理だとか……意外とやっていることは少ないんですよ。最初は『ハニー・プラネット』自体とその中のデータのチェックとかもやっていたんですけど、あまりにデータが膨大過ぎるわブラックボックスだらけだわで手に負えないと判断しまして……もうほとんどやってませんね」
そうノハナ社長が言うと、僕ら以外にこの部屋の中にいた、さっき声をかけられた二人が反応した。
「そうそう!もう社長のお祖父さんがほとんど全部お膳立てしてくれちゃってて!」
「バグも全然見つからないし、チート(ゲームを有利に進める為に、制作者の意図しない動作をさせる不正行為)対策のセキュリティもやたらめったら万全だし。だから、基本的にのんびりした仕事ですよー」
「400万を超えるプレイヤーがいるって言うのに、こんなに簡単に運営できるなんてなぁ」
「何のイベントも無い今みたいな時期はこんな少人数でも問題無いんですよねぇ」
……ノハナ姉妹のお祖父さんは、SSLの開始に向けて、万全の態勢を整えていたらしい。バグチェックもセキュリティも完璧にして、運営時に起きるであろう問題をほとんど事前に解決してしまっていたらしい。
どれだけ用意周到なんだ。そこもまたバケモノじみてるぞ。
「……と社員が緩みきってしまうぐらい、祖父は事前に準備を完璧にしてしまっていた訳です」
そうノハナ社長が言うと、
「緩んでないですよー!」
「マジメに頑張ってますー!」
と全く説得力の無い口調で文句を言った。緩んでるじゃん……
でもこれもノハナ姉妹のお祖父さんの努力?の成果なんだろうな。
「な、なんか凄いですね……」
顔も見たことの無いその人に、僕は完全に圧倒されていた。
「こんなに凄いゲームを作って……それを提供できる環境についてもこんなに隙無く整えてしまうなんて……一体、何が社長のお祖父さんをそこまで突き動かしたんでしょう?『戦う』ことに対して凄く執着してたみたいですけど……」
「……祖父は、さっき少し触れたように、戦って死ぬことに恐怖して、戦えなかった……『戦うべき時に戦えなかった』そう言っていたんですけども……その罪悪感、後悔が大きかったのです。だから、せめて架空の世界で戦うことを望んだそうです。最終的には、祖父もこのゲームをプレイ、つまり『戦う』ことをしたかったそうなんですが……」
そこでノハナ社長は首を振りながら言葉を切る。
「――後に言っていました。『戦う』為にSSLを作り始めたが、いつしかSSLを作ることそれ自体が『戦い』になっていた、と。命を削っていた、と」
「命を……」
「……確かに、祖父にそこまでのことをさせるきっかけとなった、『異星人テロ』については、祖父の話でしか私は知りませんし、その話自体もとても信じられない内容です。ただ私にわかるのは……祖父は、SSLに対して途轍も無く『本気』だったということだけです」
「・・・・・・・・・・・・」
――この『ハニー・プラネット』と、SSLのデータの膨大さを知った今、僕のSSLに対する印象は大きく変化していた。
手に負えない怪物。そんなイメージだ。
まったく、とんでもないゲームをプレイしていたもんだ。
「――さて、これでカギノさんにお見せしたかった『ハニー・プラネット』の説明はお終いです」
そうノハナ社長が言う。
「ありがとうございます……でも、まだお話は終わりじゃありませんよね?僕にコレを見せた理由について、まだ伺っていません……僕は数いるプレイヤーの中の一人に過ぎないつもりですが……やはり、[極死の太陽]が関係しているんですか?」
「その通りです。――今はこの通り、SSLの運営は少人数で行える平和なものですが……[極死の太陽]が発見され、プレイヤー達にその存在が知れ渡ったばかりの頃は、問い合わせの対応で大騒ぎでしたよ。今まで発見されたスキルの規模を圧倒する[極死の太陽]の存在は、こちらでもその時まで把握していなかったので、運営側である我らIS社も相当に驚きました。そして、貴方は[極死の太陽]によって数々のトラブルに巻き込まれることになりました。主に掲示板等での誹謗中傷……それに対して我々も対処しようとはしましたが……」
そこでノハナ社長は申し訳なさそうに目を伏せた。
「スキル名さえ分かってしまえば、『ハニー・プラネット』からデータを検索し、修正を行うことができます。[極死の太陽]が発見された当初、そのデータを修正して他のスキルとの格差を無くすようにすることも考えられました……しかし、結局、それは行いませんでした。……私の、判断です」
[極死の太陽]を特別でもなんでもないスキルにして、僕に対して降りかかるトラブルに対処することもできた、とノハナ社長は言う。だけど、結局それは行わなわれなかった……
――何故なんだろう。
[極死の太陽]が特別であるが故に、僕はそれに誇りのようなものを感じることもあった。だけど、その特別さ故に、誹謗中傷の対象になり……恐らくアリマとの関係の悪化につながっているような気もするし……正直に言って、今は[極死の太陽]が特別なんかじゃ無ければ良かったのに、と思っているのも事実だ。
「……何で、修正しようとしなかったんですか?正直今は、修正できるものなら修正して欲しいって気持ちなんですけど……」
「……はい。理由を、ご説明します。その後で、[極死の太陽]の修正を行って欲しいとカギノさんが願うのならば、そのご要望にお応えします」
そう言うと、ノハナ社長は語り始めた……
「まず一つ目の理由は、これもSSLの魅力ではないか、ということです。ある日突然に、とんでもないスキルを手に入れる……そんな可能性が存在するという魅力です」
――確かに、あの時の興奮は相当なものだった。突然に巨大で特別な力を手に入れた、というドキドキ感……それは確かに、自分にとってSSLの魅力の一つだった……
「強力で、特別だからといって、なんでもすぐに修正、というのはどうも……夢が無い、とは思いませんか?今後も[極死の太陽]のような特別なスキルが発見されるたびに、頭を押さえつけるように修正してその個性を潰していくことが、本当に優れたゲーム運営なのか?という疑問がありました」
確かに、皆同じようなものばかりにする、というのは確かに夢の無い話だ。その多様さが、SSLの魅力の一つなのは間違いないのだから。
「そして、もう一つ。これは私の想像も含まれているのですが……これも、祖父の意志だったのではないか、と」
「お祖父さんの……意志?」
「――格闘家だった頃の姉に聞いた話ですが……格闘家は、当たり前ですが皆同じ能力を持っているわけでは無い。『個性』がある。得意なこと、苦手なことがあって、それを把握し、活かし、克服していく……それも『戦い』の醍醐味の一つなのだ、と。……祖父も、スキルのランダム取得、というシステムを使うことによって、プレイヤー一人ひとりに『個性』を与えて、実際の『戦い』により近くなるようにしたのではないか、と私は考えています」
「個性……」
「そうです。出会った相手が、とんでもなく強力な『個性』を持った者の場合もある……それを、再現したかったのではないでしょうか?」
「戦い」を完璧に再現したいが故に、[極死の太陽]のようなイレギュラーなものをSSLに入れた、ということだろうか。
「実際に、今公式HPの掲示板にも、[極死の太陽]に対する対抗策が書き込まれていますよね。そんな風に、相手の『個性』に対する策を考えたり、逆に自分の『個性』を生かす戦い方を模索したり……その過程も再現しようとした結果がコレだとしたら?と考えると、安易に修正することが躊躇われました。祖父は、これらの過程も『戦い』の一部だと解釈していたのかも知れません。つまり、平等でないことすらも、『戦い』をよりリアルに再現するために考えられて組み込まれた要素なのではないでしょうか」
平等じゃないことも……それすらも、『戦い』を表現したいが故だったと、そういうことだろうか?
「……まぁ、正直、『ハニー・プラネット』やらSSLの膨大なデータを作ってしまった祖父に対する畏敬の念が、データの修正を私が躊躇う原因なんだと思います。なんだか、もう完璧に作ってあるのだから、それを崩すのは許されないような……そんな気がするのです」
――どうなんだろう。それを本人に聞こうと思っても、もう無理だ。
この[極死の太陽]すら、僕以外には不条理にも思えるようなモノも、SSLの世界では『個性』として受け入れられると言うのだろうか?
既にSSLは……『戦い』を完璧に再現している、と……そういうことだろうか。
[極死の太陽]は、SSLにこのまま存在してもいいのだろうか?特別なままでいいのか?不条理なままでいいのか?唯一のものでいいのか?
僕は……どう判断すれば良い?




