3-3 《!ノハナ・サエ!》-8
「――やっぱやるねぇ、『サエ』。危なかったよ」
「そっちこそ。まだまだ強くなるね、『ゴウカ』」
最初に戦った頃から、数ヶ月。私と「ゴウカ」氏は何度も戦う事で打ち解けていって、お互いタメ口でボイスチャットをする仲になっていた。
このゲームではモンスターを倒す以外にPvPをすることで、勝っても負けても経験値が得られるので、何度も何度も戦っている内に私も「ゴウカ」もお互いにかなりのスピードでレベルアップして、その度に新しいスキルを手に入れていた。
そして、新しいスキルをお互いに得る度に戦いの様子が変わっていく。一方が新しい戦術を繰り出せば、もう一方もそれに対応し新しい動きを見せる。その新鮮さが途切れないこのSSLでの戦いにこの頃には完全に夢中になっていた。
「それにしても『サエ』は相変わらず良い読みと反応するよなぁ。プロゲーマーとしてもやっていけるんじゃねぇか?どうよ?『スターダストファイターズ8』とか、教えてやろうか?」
『スターダストファイターズ8』とは、世界的な人気を誇る格闘ゲームのことだ。世界で多額の賞金のかかった大会も多数開かれている。プロゲーマー……特に格闘ゲームに取り組んでいる者にとっては、必ずと言っていい程プレイしていて、日々極める為に練習している有名タイトルだ。
「その格闘家として培ってきた経験を生かした職業として悪くないと思うんだよな、どうよ?」
彼……「ゴウカ」とはここ数ヶ月で随分親しくなって、私の現実での身元が、元総合格闘家の「ノハナ・サエ」であることも話していた。逆に、「ゴウカ」のゲーム外のことも知っている。プロゲーマーとして戦っている様子を、動画サイトで見たこともある。彼らしい、正確なプレイングで相手を圧倒していた。
「いや……ちょっと今は、あんまりそういうこと考えられない、かな……」
このSSLで「戦い」を取り戻してから、私の気持ちは以前よりずっと穏やかだったことが間違いないが、正直まだ……あの事故で全て失った、というあの時のあの気分は、私の心の中にこびりついたように確かに存在していた。SSLでの「戦い」は確かに楽しいけれど、それでも、ふと虚しくなってしまう自分がいる。
「そうか。まぁ、なんとなく想像はつくけどよ。いつまでも無職って訳にも行かないだろ?ちょっとは考えてみろよ、な?」
「うん、そうね……」
結局、リアルでは、格闘家を引退してから私はどこにも就職しておらず、部屋に籠り切りだった。それはSSLを始めてからもほぼ同じ。身も蓋も無く言ってしまえば、無職の引き籠りだった。
心は確実に前向きになっている。……けれど、あと一歩がどうしても踏み出せない。
「そ、それより、あと一回!あと一回勝負してよ、『ゴウカ』。もうちょっとでレベルアップなのよ」
「お、そうか。んじゃ、今日ラスト一回だ。行くぜ!」
話題をそらした。そうだ、SSLで戦っている時だけは……私は幸福でいられる。
『ゴウカ』とのその日最後の勝負は苛烈を極めた。スキルのキャンセルでのフェイントを絡めた攻防は、最初に出会った頃よりもお互いに熟達していて、ハイスピードで戦況が目まぐるしく変わる。
……結果を言えば、その勝負は私が勝ったのだが、ギリギリの勝利だった。
「うぁーくそっ!やられた、参った、『サエ』!」
「いやもうギリギリだったよ……」
「それで?レベルアップしたのか?」
「うん、さっきのでレベル58になったよ」
「……いやぁ、最初出会った頃はレベル3だったっけ?結構長いことやってるよなぁ……しみじみするなぁ」
「うん。でもずっとずっと、毎日新しい発見があって楽しいし、飽きないよ」
「まぁーな。おっと、そろそろ良い時間だ、じゃな、『サエ』、新しいスキル、また見せてくれよ!」
「ええ。じゃあね、『ゴウカ』」
「ゴウカ」がログアウトしたのを見送った後、新しく手に入れたスキルの確認をする。
「……[一筋の黄金]……?」
――今思えば、そのスキルが、「最後の一押し」だったのだろう。
フィールドに出て、早速試すことにした。
「極みの闘技場」のある城下町のすぐ近くの「初心の草原」に出た。私はPvPばかりで他のフィールドに出ることはほとんどないが……こうして新しいスキルを試すために移動することもある。
[一筋の黄金]の説明文を表示させると……
「黄金の光に包まれた状態になる。その間、移動能力が飛躍的に上昇する。スキル再使用で状態を解除する」
……どうやら直接攻撃するためのスキルでは無く、補助的なスキルらしい。
先ほど公式HPで確認したが、このスキルを現在持っているのはSSL内で私一人らしい。
SSLでは、そういうことはあり得ない程珍しい、ということでは無いが……それでも「私だけが」使えると考えると気分が高揚してきた。
「凄いの、手に入れちゃったかも……」
思わずワクワクして笑みが零れた。
早速試してみる。設定したボタンを押すと、「サエ」が説明文通り黄金の光に包まれた。
「予備動作無しか……かなり強いかも……」
どきどきしながら、「サエ」を前進させた。
「……え?」
その瞬間、度肝を抜かれた。一瞬、何が起きたのかさっぱりわからなかった。
――周りの景色が凄まじいスピードで後ろに吹っ飛んで行く。
「え?え、え、え……え?」
一旦停止……すると、周りの景色は一変していた。先ほどと同じ「初心の草原」ではあったが……かなり奥まった所の景色が周りに広がっていた。
スキル発動前は、入口近くだったのに……
まさか、たかだか数秒程度で、ここまで移動した、とでも言うのか……
「移動能力が飛躍的に上昇する」……そう説明文にはあったが……そのスピードはまさに、「サエ」の姿が「一筋の黄金」と表現されるような程のモノだった。
「うわ、早い早い早い早い!早すぎるっ……!」
黄金の光に包まれた「サエ」が超スピードで移動し、その軌跡が「一筋の黄金」になっていく。
呆然とその姿に見惚れながら、何度も何度も試す。
早すぎて制御しきれない。フィールドを縦横無尽……というより、暴走気味に駆け回っていく「サエ」。
「はは、ははははは……凄い。凄いよ……」
もうワケが分からない。黄金の光に包まれた「サエ」がほんの数瞬駆ければ、周りの景色は変わっていく。
いつしか、[一筋の黄金]に夢中になっていた。
ただただ、駆け回る。私にだけ許されたそのスピードで。
ただそれだけで、それだけで……
「……あれ?」
――いつからか、視界がぼやけていた。
「なんで……」
おかしい。呟いた言葉も震えていた。何が起こっているんだろう。
その答えは、すぐにわかった。
頬を涙が伝っていた。……私は、泣いていたのだ。
ホログラム・ディスプレイの前のこの「私」は、もう自分の足で立てない。車椅子が無ければ自力でどこにも行けない。
だけど、「サエ」は、こんなにも、早く、速く、はやく……走り回れるのだ。
私は、この世界では……その姿が、「一筋の黄金」に見える程に……駆け回ることができるのだ。
景色が次々と後ろへ消え去り、新しい景色が見えてそれもまた過ぎ去り……「一筋の黄金」はこの世界に、どこまでもどこまでもその軌跡を描いていく。
その事が、もう自分の足で動けない現実の自分の心を揺らしている。それはなんだか悲しくて虚しくて仕方がない気がする。
だけど、SSLの「サエ」は……私の分身は、動けないどころか目にも止まらないスピードで、その足で「一筋の黄金」になって走ることができるのだ。
それがなんだか、途方も無く素晴らしいことだと、私は思った。
「ノハナ・サエ」の足ではできないことが、「サエ」には出来る。
だから、そう。そうなんだ。
「もう、何も諦めなくていいんだ……」
涙がこぼれる。声が震える。そう、思えばずっとそのことはわかっていた。
この世界で、SSLで「戦い」を取り戻してから、ずっと心のどこかで感じていたことが、一気にあふれ出した。
「ミリ、おじいちゃん――賭けは、そっちの勝ちだよ」
私は、死なない。生きるんだ。ここでなら、もう諦めなくていいから。ここでなら、戦えるから。
――――――――――――――――――――――
そして、場面は現在。
2038年、「ファーザーバスケット」にて、「ユウ」さんに求められて語り始めたこのやたらに長い話は、ようやく終わりを迎える。
「……こんな感じ、ですかね。――なんだか、喋り過ぎちゃいました。すみません」
「・・・・・・・・・・・・あ……その、いえ。別に……」
「ユウ」さんは呆然としているようだった。……なんだか、本当にしゃべり過ぎてしまったみたいだ。どう反応していいのやらわからない、と言わんばかりの彼を見ていると、申し訳無い気分になってくる。
「何というか……えー……大変、でしたね……」
そう、絞り出すような言葉をかけてくる。
「んー……でも、もう、乗り越えたことですので!……ま、まぁ実はまだ無職なことには変わりないんですけど!……でも、本当に、私は一度は捨ててしまった『生きる』ということをSSLで取り戻せて、凄く幸せなんです。まー要するに、それだけの話なんです!はい!」
「は、はぁ……」
なんだか照れくさい。こんなに自分のことを語ったことなんてほとんど無かったから……
まぁ、何はともあれ。
「ユウ」さんはこれからどうするんだろう。
[極死の太陽]という凄まじいスキルを手に入れた彼は、SSLで良い目ばかりに遭うわけじゃない。
トラブルに巻き込まれることもあっただろうし、これからもそうかもしれない。
だけど。
できれば……彼にはSSLをプレイし続けて欲しい。
[極死の太陽]は、彼に特別な物をもたらした筈だから……
プレイし続けて、経験を積んだ彼と……
――そうか、いつか戦ってみたいんだ、私は。
いつの間にか、そんなことを考えていた。いや、本当は[極死の太陽]を持つ「ユウ」さんのことを知った時から、考えていたのかも知れない。
随分自分本位な考えだな、と呆れるけれど……
将来、「ユウ」さんと戦うことを思うと、「まだまだ死ねない」と思えるのだ。




