3-3 《!ノハナ・サエ!》-6
「ゴウカ」氏に向けて私の「サエ」を一気に接近させて、[右ストレート]を仕掛ける――その予備動作を見切った「ゴウカ」氏は私から見て左に[ステップ]して躱そうとした、が。
「――そこ!」
私は[右ストレート]をキャンセルして[左ジャブ]を放っていた。「ゴウカ」氏が躱して反撃の踵落としを放とうとした、それより前に、私の「サエ」のジャブがヒットして、「ゴウカ」氏の反撃を潰す。
さらに[左フック]を打つ――と見せかけて、キャンセルして後方に[ジャンプ]しながら[サンダーボルト]を放つ。
またも私のキャンセルを使ったフェイントに引っかかった「ゴウカ」氏に[サンダーボルト]が直撃する。
しかし「ゴウカ」氏は怯まない。あくまで攻めの姿勢を崩さない。すぐに突進してくる。
「・・・・・・・・・・・・」
不思議な感覚だ。画面越しに「ゴウカ」氏の思いが伝わってくる気がする。
「サエ」のHPは残り僅か。あと一発で決着をつけられる。多少の攻撃を食らってでも、強引にケリをつけたがっている。
その判断は、正しいと言えば正しい。HPに大差があるのなら、それを利用した強引な攻めも戦術の一つだろう。
だけど、そこには付け込む隙があると私は判断した。HPに大差がついていることからの油断。実際の戦いでも優勢な時に全く油断しない、というのは相当難しいものだ。
(そこを徹底して突く……!)
ここから一気に巻き返す。
「ゴウカ」氏は突進してきながら[ファイアーボール]を放ってくる。
しかし、それが不思議と読めていた。
あと一撃。たった一撃。
その思いから放たれた遠距離からの攻撃。急に動きの良くなった私に対する焦りも見える。
落ち着いて[ファイアーボール]を躱しながら、こちらも距離を詰めながら、[アイススピア]を放って牽制する。
ギリギリで躱されるが、それも読めている。その間に、さらに距離を詰める。お互いの格闘技が届くほどまでの距離に達する。
その瞬間、「ゴウカ」氏の[右ジャブ]が飛んできた。だが……
(――それも、読めている)
[右ジャブ]を[パンチ:カウンタ―]で受け流しながら反撃を叩き込む。そのまま追い込もうか、と一瞬思ったが、危険を感じて一旦後退する。
「ゴウカ」氏の素早い[左ジャブ]が放たれていたのだ。あのまま調子に乗って追撃していたら、当たっていたかも知れない。
しかし――
「すげぇ粘り!」
「これはわからなくなってきた……」
「マジかよ……あの『サエ』ってヤツPvP初めてなんだろ?」
「読みハンパない……才能ってヤツか?」
観客のチャットの内容も様子が変わってきた。
……そうだ。私は、ノハナ・サエが「戦い」と言う場で何もできずに終わる訳が無いだろう?
ゲームだからって、やったことないからって、何だ。
私は「戦い」なら何度も何度もやってきたんだよ。
もう「ゴウカ」氏の動きは読み切ったぞ――
(……ん?)
……なんだか、唐突に……「ゴウカ」氏の動きからさっきまでの焦りが無くなっていた。
(何だ……これは……「諦め」?)
何処か無気力な……しかし慎重になった「ゴウカ」氏の動き。さっきみたいに強引に突進してきたりしない。こちらの様子を窺うように、じりじりと距離を詰めてくる。
(しかし、どこか「諦めている」ような……「悟った」ような……なんだ、この感覚は?)
私も警戒しながらゆっくりと「ゴウカ」氏との距離を詰める。
「ゴウカ」氏のHPはさっきまでの私の攻撃でそろそろ危険域に入っていた。
(次の攻防でさらに削れば……一気に勝ちまで持って行ける)
そんな感覚があった。一度は追い詰めた相手からここまで急激に追い上げられて、浮足立った相手なら、一気に崩せる。
(相手は慎重になっているように見える……が、この次の攻防で私が一気に押し込めれば、必ず「ゴウカ」氏は焦って迂闊な手を打つ……そこを逃さず、叩いてトドメを刺す!)
じりじりとお互いに距離が、詰まって、詰まって、詰まって……
(――ここ!)
完璧なタイミング……!攻撃範囲ギリギリから[左ハイキック]を放った――
しかし。
(え?)
そこから先は何故だがスローモーションに見えた。
「サエ」の蹴りを「ゴウカ」氏が受け流し、そのまま拳でのカウンターが……
(……あ……)
「サエ」の体に「ゴウカ」氏の拳が直撃する。
「サエ」が、その場にバタン、と崩れるように倒れた――
「勝者:ゴウカ」
そして、勝者を示す通知が表示された。
「サエ」の体が元の「極みの闘技場」待機場所に戻ってきても……私は呆然としていた。
「負けた……」
格闘技の公式試合では一度も負けたことが無かった。
「これが、『負け』……」
思えば、何で「戦い」の場に身を置いてきて、この感覚を知らなかったのか……今となっては不思議に思える。
完全に、負けた。
「『負け』……『負け』って……」
私はブツブツと呟いていた。
「こんなに……こんなにも……」
こんなにも。
(悔しいものだったのか)
実際の格闘じゃない。不慣れなゲームの中の戦いなんだ。しかも相手はこのSSL内で無敗の強敵。
――そう、普通に考えればそんなもの、勝てる訳がない。後半巻き返せたのはほとんどまぐれみたいなものだろう。
そう、理屈ではわかっている……負けたのは、仕方無い――理屈ではわかっているのに、どうしようもなく、悔しかった。
「っ……はーーあ……」
初めてのPvPの緊張から解放された、その脱力感と、「戦い」で初めて味わう敗北感が今になって実感をもって私の体を包み、どっと疲れて、部屋の床にどかっと音を立てて寝転がった。
「あーあ……」
なんだコレ。たった一戦、たった数分のことだったのに、一気に体力を消耗してしまったようなこの感覚……
「もしかして、私、結構本気だったか、今……たかがゲームに……」
たかがゲーム……そう考えると、へっ、という自虐的な笑いが私の口から漏れ出した。だけど、その笑いもなんだか思いが籠っていないような気がする。ゲームなんかに本気になって……と考えてはいる……はずなのに、なんだか実は自分はそんな事全然考えちゃいないんじゃないか?という訳のわからない思いが頭をグルグル回る。
――寝転がっていると、不意に通知音が響いた。
「……うん?」
体を起こして、SSLの画面が映っているホログラム・ディスプレイを覗き込むと……
「『ゴウカ』さんから1:1チャットを申請をされています。了承しますか?」
という通知が表示されていた。
1:1チャットというのは他プレイヤーから見られない、そのプレイヤー同士のチャットを指す。
さっき戦った「ゴウカ」氏からその申請が来ているらしい。
「何だろう……」
さっきのあの人と話すのか……どんな事を言われるんだろう?
ボーっとしていた私は、特に何も考えず、了承した。
「先ほどはどうも。ゴウカです。突然すみません。『サエ』さん、途中から何だか凄く強くなりましたよね。なんか気になっちゃて。ちょっとお話したいな、と」
……見た目と違って丁寧な言葉で挨拶された。これは、あれか。感想戦ってヤツか。
確かに、私も「ゴウカ」氏とちょっと話してみたくなった。
――そして、この出来事から私はSSLに対する考え方を大きく改めることになる……




