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3-3 《!ノハナ・サエ!》-2

 2034年の1月。生きることに疲れてしまった母は自ら命を絶ち、そしてこの私も、それに続こうか、と考えていたそんなある日。

 

 母方の祖父が私達の住む家を訪ねてきた。


 「――死にたいのかい?サエちゃん」


 目を合わせた瞬間、そんなことを言われた。


 「何でわかったの?」


 ……一々否定するのも面倒だった。その代わりに、そう質問すると、


 「ワシもそう思っていた頃があるからな」


 と答えられた。


 「……不思議とわかるんだよ。サエちゃんは疲れ切っているんだねぇ……生きることに。――なぁ、サエちゃん、今何歳だっけ?」

 「……今、23」

 「……サエちゃん、20代なんて、まだまだどうにでもなる頃さ。『生きることに疲れてしまう』には早すぎるよ。サエちゃんにはまだまだ、未来があるよ。希望があるよ。それに、サエちゃんにはあの可愛い妹…ミリちゃんがいるじゃないか。ミリちゃんはきっと、サエちゃんが死んだら悲しむよ。ミリちゃんの為にも、サエちゃんは生き続けないといけないんだ」

 

 正論である。だけど……私の心には全く響かない。そんな、ありきたりな言葉なんて……

 未来なんてもう欲しくない。

 妹のことなんてもう考えられない。

 確かに私はまだ若いんだろうけど、それでも……


 「それでも、疲れたの」

 

 私はきっと、ありきたりに、ベタベタに、間違ったことを考えているんだろけど。

 それがわかっているけれど……それでも疲れていて疲れていて疲れ果てていて、もう堪らない。終わりにしたい――



 「……くははっ……ぶわっはははははははは!!!」

 「え?」


 唐突に大爆笑された。


 「サエちゃん、冗談だよ、冗談」

 「――ごめん、おじいちゃん、冗談って、何が?」

 「さっきワシが言ったことだよ。笑えるほどありきたりな正論だっただろう?『ベタベタ過ぎ!』ってツッコんでくれてよかったんだよ?そんな本気にするんじゃない」

 「・・・・・・・・・・・・」


 笑えないし。ツッコめないし。唖然としてしまった。 


 「……サエちゃんは死んだらいけないとちゃんとわかっているんだろう?でも死にたいんだろう?未来に希望を持てないし、残されるミリちゃんの事も考える余裕もないんだろう?それが間違っているとわかっていながら。そんなサエちゃんにさっきのようなベタベタな正論で説得しても、笑えるほどムダだよなぁ……」

 「……はぁ」


 随分変な冗談だ。祖父は前はこんな人じゃなかった。殆ど喋らない寡黙な人だった。


 「サエちゃん。もうその足じゃサエちゃんは戦えないね。そしてサエちゃんは、戦えなければ生きていけないんだろう?……それなら当然、死のうとするわなぁ。例え間違っていようがなんだろうが。しかし……」

 「……しかし?」

 「サエちゃん。ワシがサエちゃんに、また戦えるようにしてやる、と言ったら、死にたくなくなるかな?」

 「……ど、どういうこと?」

 

 意味が分からない……何を言おうとしているのだろう?


 「……ミリちゃん、今度就職するって知っているだろう?どこか知っているかい?」

 「IS(infinite system)社ってとこ……でしょ?何の会社かはよく知らないけど……」

 

 すると、祖父は悪戯っぽくニヤリと笑った。


 「よく知らないのは当然だよ。なんせつい最近まで目立った活動はしていなかったからね。――IS社はね、ワシが作った会社なんだよ。一年前くらいだったか……その間、ずっと準備してきたんだ」

 「……おじいちゃんが?作った?……準備って……何を?」

 「『スキルシーカーズリンク』……オンラインゲームを運営するための準備だよ、サエちゃん。そのゲームの中で、サエちゃんはまた戦える」

 「……はぁ?」


 ゲーム?ゲームだって?なにそれ。そんなので戦って何になる?今までやってきた、この体での格闘家としての壮絶な戦いの代わりが、たかがゲームなんかに務まるものか……


 「……ははは、考えていることはよぉくわかるよ、サエちゃん。『たかがゲーム』なんて考えているんだろう?だけどね、この『スキルシーカーズリンク』は……ワシがそれこそ命を削って作ったゲームなんだよ。とんでもないぞ、これは……自分で言うのも何だけどね。」

 「う、ううん……?いや、何で?おじいちゃん……よくわからないよ。なんで……『命を削って』までゲームなんて作ったの?」


 この私の質問に、ふぅ、と溜息をついた後、祖父はぽつぽつ、といった感じで答え始めた。


 「――それは……ワシが、戦うべきときに戦えなかったからだよ。理由は大したことない。怖かったんだよ。死ぬことが。それで腰が引けて、じっと息を殺して潜んでいたんだ。――そうして戦いをやり過ごした後、ワシは自分が情けなくて仕方が無かった……戦うための力までしっかりと()()()()()()()というのに、戦えなかった」


 そう語った祖父の目には、少しだけ、涙が滲んでいた。


 「だからせめて仮想の空間でくらい戦えるように……その()()()()()()()力を使って、ゲームを作った。ははは、そこで思いっきり戦うことで、戦えなかった過去と決別したかったんだよ」


 何を言っているのか、理解できない。


 「だが……ワシはそのゲームを作るのにちょいと命を削り過ぎてしまったようなんだ。自らそのゲームで戦うことは、出来そうにない……もう、ワシには時間が無い。未来が無い……まぁ、だが。思えばワシにとってはそのゲームを作ること自体が戦いだったのかも知れんなぁ……」


 そういって、また溜息をついた。しかし、不思議と祖父は満ち足りた表情をしていた。


 「ワシが作ったゲーム……『スキルシーカーズリンク』……その運営を行うのが、IS社じゃ。そして……4月。次の4月に、そのサービスは開始される。サエちゃん……そのゲームで、戦ってみてはくれないかな」

 「随分と……そのゲームとやらに入れ込んでるみたいだけど」


 そう前置きして、言ってやった。


 「私が今までやってきた『戦い』はね、たかがゲームごときが代わりになるような甘いもんじゃなかったのよ、おじいちゃん。この体を使って、汗を流し、気力を振り絞り、激しくぶつかり合うあの感覚……私にはもうソレは味わえないの。生きている意味なんて、無いの。ゲームで戦うなんて、虚しくなるだけだよ」


 そう言うと、祖父は、驚くべき返答を返してきた。 

 

 「……そのゲームを運営するIS社の4月からの社長は、ミリちゃんだよ」

 「え、はぁ!?」

 「ミリちゃんはな、賭けてくれたんだよ。ワシの作ったゲームにな。『スキルシーカーズリンク』での戦いが、サエちゃんをこの世に繋ぎとめてくれると信じてくれたんだ。――ミリちゃんもな、サエちゃんが死のうとしていることは感じ取っていた……だから、サエちゃんがどうやったら生きてくれるか考えて……決断をしたんだよ。IS社の社長として、『スキルシーカーズリンク』を支える……それが、そのゲームが、サエちゃんが生きる理由になってくれると信じてくれたんだ」


 ――妹が……ミリまで、祖父の作ったゲームに入れ込んでいるのか……そのゲームを運営する会社の社長になろうとするほどに……

 ますます、ワケがわからない。だが……


 「4月から、始まるんだよね、そのゲーム」

 「あぁ」

 「――いいよ。どうせ駄目だろうけど、やってあげるよ。……ミリまで私の為に動いてくれてるんだもの、試しもしないのは流石に……申し訳ないからね」

 「そうかい。――あぁ、良かった。これで賭けになるな。サエちゃんが、『スキルシーカーズリンク』での戦いを通じて、生きたいと思えるか、否か。ふふふ、この賭けには勝ちたいなぁ……なんせ本当に……ワシはあのゲームを作るのに『命を削った』のだから……」


 ――こうして、私は『スキルシーカーズリンク』のサービスが始まる4月まで生きることを決めた。


 「――心残りは、その賭けの結果はどうやらワシには確かめられそうにない、ということだなぁ」



 祖父は、私と話したその数日後に、この世を去った。

 自宅の布団の上で、楽しそうな笑い顔を浮かべながら。

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