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3-3 《!ノハナ・サエ!》-1

 ソレは、例えば創作物の中ではよくある話だった。


 自分が生きてきた中で、最も重要な「戦い」……試合を明日に迎えて、というタイミングで……よりにもよってそんなタイミングで、私は交通事故に遭った。


 速度制限をぶっちぎっていた。飲酒運転だったらしい。ぐちゃぐちゃな軌道を描きながら突っ込んできたその車を見て、私は反射的に逃げ出したのだけど。

 その必死の逃走も虚しく、私の体はふっ飛ばされ、意識はそこで一旦途切れた。


 そして目覚めた時は病院、真っ白なベットの上。

 

 最初はなにがなんだかわからなくて。そこからもう少ししたら「生きてて良かった」と思って。

 ――さらにもう少ししたら「これなら死んだ方がマシだった」と思うようになった。


 担当してくれた医師によると、交通事故に遭ったという割に上半身には特に大きな怪我は負わずに済んでいるようだった。

 しかし、問題は下半身の方で……専門的な事はよくわからないが、重要な神経を損傷してしまった、とかで……私を立たせていた二本の脚はまったく使い物にならなくなってしまったようだ。回復の見込みは無し。私はこの生涯を車椅子で過ごすことになった。


 事故時の状況からして、生きているだけでも奇跡的だ、と担当医師は言った。

 

 ――奇跡なんて起きなければ良かったのに。

 だって、この脚ではもう、戦えない……

 格闘家として、戦うことは私の生きがいだった。生きていれば戦えるから私は、生きていた。

 あの戦いを通して相手と尋常でない量の情報を交換していくあの感触が、どうしようもなく好きだった。

 しかし、もうその感触を味わうことは叶わない。

 

 ソレに全てを捧げていた。これからも年を取って、一発もパンチを放てなくなるまで戦いつづけることだけが、私の生きる理由だった。

 私が今まで試合で負けた事が無い理由はただ、誰よりも戦うことが好きで、格闘家としてでしか生きていけない、なんて本気で思う程の人間だったからだ。

 人間は、好きな事を好きなようにやっている時が一番力を発揮できる。そうに決まっている。私は誰よりも戦いが好きだから、故に誰にも負けなかった。


 だから、奇跡なんて起きなければ良かった。

 戦うこともできないのに、生かされ続けるなんて。

 好きな事もできないのに生きなければいけないなんて。

 これが地獄でなくて何なのだろう。


 ただ生きているだけで満足できるワケが無いのだ。このまま戦っていた頃の素敵な思い出を、「今はもうできない」という諦めと共に、眺めるだけの人生。ただ右肩下がりを続けるだけの惨めな人生。

 そんな将来への悲観を押し殺しながら、生きていくことなんてできない。


 大体、人生なんてのは生きているだけで地獄のようなものだ。好きな事でもやっていなければやっていられない。

 例えば、小さい頃に両親が離婚した。父は不倫やらギャンブル、果ては薬物にまで手を出していて、それらに依存し切っていて、「仕方が無かった」らしい。私と妹は母に引き取られて、3人で暮らすことになった。

 母は私と妹を食べさせて、学校に行かせるために必死に働いていたが、それでも生活は苦しかった。

 女手一つで私達姉妹を育てるのは相当な負担だったと思う。そのストレスから母は私達姉妹に八つ当たりのように冷たく接するようになった。

 

 ――こういうのはよくある話だそうだけど、よくあるからといって、ソレに耐えるのは辛かった。


 「何で私達、生きているんだろう?」

 

 妹と何度もそんなことを話し合って、当然いつも気が滅入った。

 

 それでも、私達は頑張ったと思う。「それでも」と歯を食いしばり、「生きる理由」を探した。


 偶然テレビで見た格闘技の試合を見て、心が昂った。「これしかない」と思い、必死にアルバイトして手に入れたお金で近場のジムに通い出すと……「才能」とやらがあったのか、私は格闘家として頭角を現すようになった。


 妹はそんな私を見て、「勇気が出てきた」、なんて言ってくれて、「私も私なりに頑張る」と勉学に打ち込んでいくようになった。


 そうして私は、自分の才能を発揮できる格闘家と言う道を見つけ、妹は奨学金で学力の高い良い学校に通うようになって、そんな私達の事を見て、母も態度を和らげ、家庭の雰囲気は良くなっていった……


 私は将来有望な格闘家。妹は成績優秀な学生。


 「あなたたちは私の誇りよ」


 そう言って母は微笑んだ。

 その頃には「何で生きている」なんて考えなくなるほど、人生を楽しめていたと思う。

 これからはきっとうまくいく。もう嫌な思いなんてしなくていい……

 そんな根拠のない予感が、私達家族を包んでいた。


 それなのに、コレだ。

 報われない話だ。まるで悲劇の主人公だ。その立場に酔ってればいいんだろうか。


 「なんで、あんた……頑張ってきたのに、なんで……」


 私の、格闘家として死んだその姿を見て、母は一気に老け込んだように見えた。


 ――母は、私の事を見なくなった。「見ていると辛いから」と。

 ……一度、ぼそりと母が呟いた言葉がある。


 「あんたの事を考えていると……どれだけ頑張っても報われない、何をやっても無駄な気がしてくる……必死で築き上げても、一瞬で吹き飛ばされてしまうことって、あるのよね……」


 私の抱いた絶望感を感じ取ったかのような言葉だった。


 ……私が事故に遭って3年程したある日、母は公園で、自ら首を吊ってこの世を去った。


 母はどうしようも無く、疲れ切っていたのだろう。単純で、ありがちな話だ。

 人生は理不尽だ。生きているだけでもう精一杯で……そこにさらに不幸が降りかかったりしたら、もう。

 ……人は案外簡単に生きることに疲れてしまうのだろう。


 私も、その頃には疲れ切っていた。好きな事を出来ずに、ただ堕ちていくだけの人生。未来に何の希望も抱けなくなって……

 

 ありがちでベタベタで、だけど逃れられないその感覚。


 「そうか、私も死ねばいいのか」


 ――そう、何の面白みもないことを思った。



 だから、それと出会った頃には、人生最後の暇つぶし、なんて思ったものだった。

 そう、あのゲーム……「スキルシーカーズリンク」と私は、そんな時に出会ったのだった。


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