二話目
「おはようございます、王妃様。朝でございます」
シャッとカーテンが開く音がし、リズベルは眩しさに寝返る。
「王妃様。陛下はもう起きていらっしゃいます。朝食に遅れますよ」
私の故郷から、嫁ぐ国へ一緒に来てくれた唯一の侍女、サラが言った。
「……マリーン様は?」
「マリーン様は、もうすっかり良くなられました。今日の朝食も一緒にします」
昨夜のことから、気まずいので私は起きたくなかった。それに、マリーン様が元気になられたのなら二人きりにした方がいいだろう。
「…今日は体調悪いって伝えて…」
「大丈夫ですか?…昨夜、夜遅くに部屋へ帰ってきて、風当たりが悪かったかもしれませんね。承知致しました、陛下に申し上げますね」
「ごめんね」
「いえいえ、では、カーテンは閉めますね。後で、お飲み物と朝食をお持ち致します。」
「ありがとう」
サラは本当に機転が利き、私の思っていることを把握してくれる。私よりは、2つ年上だが幼い頃から仕えてくれ、主従関係よりは友人関係といった方がいいだろう。
「はい。では、ゆっくりとお休みくださいませ」
パタンとドアを閉め、サラの足音が遠ざかる。私は、再び睡魔に襲われ意識を手放した。
ー何か暖かいものに、頭を撫でられる感触がした。それは、心地好いもので、思わずすがり付きたくなり、暖かいものに顔を寄せる。
暖かいものは、一瞬ピクッと反応し動かなくなったが、再び頭を撫で、髪をなぞる。遠慮がちに、頬に添え撫でた後、すっと離れる気配がした。
私は、行かないでと呟き、とっさに手を伸ばす。掴んだのは、手触りの良い柔らかい布のような感触で、ぎゅっと強く握る。
気配は、しばらく動かなかったがやがて再び、頭を撫でた。
「大丈夫。私はここにいるよ、ゆっくりと休んで」
暖かく穏やかな低い声が、私に安心感を与え包み込む。私は、ホッとしうっすらと目を開けるが、ぼんやりとした影しか見えず、再び目を閉じ意識を手放す。
ー「ん…」
次に目を覚ましたのは、カーテンからも強い光が漏れている時だった。もう、昼を過ぎた辺りかもしれない。私は、ぼうっとしながら重い体起こす。
すると、ベッドの上で見慣れない背広があるのに気付く。それは、明らかに男性の服で、しかも自分が袖のところを握り締めていた。
(え…何で…何これ?)
私は、動揺し落ち着けと自分に言い聞かせる。
(確か…夢を見ていた気がする。何だろう。とても居心地の良い夢だった。いや…夢じゃない?だって、これ…)
私が、握り締めていた背広には見覚えのあるものだったからだ。これは、陛下がいつもお召しになっている背広だ。間違いない。何で、これがここにあるのか私には、皆目見当もつかない。いや、私が見た夢は現実だったのではないか。これが、何よりの証拠だ。
(サラが持ってきたとは思えないし…陛下が私の部屋に入ったのよね…)
今まで、陛下が私の部屋に入室したのは、数回だけだ。陛下は、私の部屋には頻繁に訪れず、マリーン様の方へ通っていると言われていた。
(では、何故?分からない)
私は、陛下の背広を握り締めていた手を持ち上げ、鼻先につける。
(陛下の香り……っ)
昨夜、抱き締められた時の香りと同じで、私はぎゅうっと心臓が掴まれた気持ちになり、涙腺が緩む。
「っ……陛下……」
私の呟きは広い部屋に溶け、消えていった。
同時に背広をぎゅうっと、引き寄せ顔を埋める。そうすると、陛下の香りに包まれ、恥ずかしくなり胸元に寄せる。
私が、小さく葛藤をしている時…
コンコン…「王妃様。起きていらっしゃいますか」
サラの声がした。
「起きているわ」
「失礼致します」
サラは、私が背広を抱き寄せている時、大きく目を見開き何度も瞬きをする。
「ねえ、サラ。さっき、陛下がいらっしゃった?」
私は、赤面し話題を振る。
「いいえ。お見えになられていませんが。ですが、そちらは陛下の背広ですね。いつの間にか、いらっしゃったのでしょうか?」
サラは、暖かなスープを手に持ちこちらへやって来る。
「スープです。後、こちらは軽食でございます。召し上がりますか?」
「頂くわ」
私は、背広を落としスープを受け取る。
「陛下は、今仕事?」
「はい。執務室で書類を書いておられます」
「そう。ねえ、サラ。私、陛下のことが好きなの」
「存じております。リズベル様のお顔を見れば、一目瞭然です」
「え?そう?……でも、陛下はマリーン様一筋なの」
「はい。存じております。ですが、私から申し上げますと、陛下はリズベル様をよく見ておられます」
「え?」
「リズベル様が、散歩に赴けば陛下は仕事を中断し、リズベル様のところへ駆けるでしょう。朝食や夕食は必ず、リズベル様と一緒に召し上がっておられます。」
「それは…マリーン様も一緒だから…」
「いいえ。リズベル様。陛下はリズベル様とマリーン様の、対応が異なると感じませんか?マリーン様とは、友人のような接し方ですが、リズベル様には、熱が籠ったような愛おしそうな目で見られております」
「そんなこと…」
私は、赤面し少し冷めたスープを飲む。
「気のせいではありません。それに、リズベル様だけです。この王宮内は、皆気付いています。陛下のリズベル様を見る感情を」
私は、益々恥ずかしくなり顔から火が出る程、真っ赤になった。
「っ…では、なぜ…初夜はおろか寝室も別なの?陛下は、毎晩マリーン様のところへ通っていると聞いたわ!」
「それは…」
サラが、返し方に困っていると…
「誤解です」
ドアがふいに開き、陛下が私の部屋に入ってきたのを見た。
「陛下」
私は、驚きのあまり、声が出なかった。そんな私を察しサラが、代わりに言った。
「すまない。サラ、席を外してくれないか」
「はい」
サラは、私をチラッと一瞥するが無言で一礼をしてから、部屋を出ていく。
「…」
「…」
どちらも無言で、お互いに見つめ合っていた。何か、言わなければならないのに、声が出ない。目が離せなかった。
「リズベル。具合はどうですか?」
やがて、陛下が先に目を反らし私のベッドの前までやって来ると、ギシッと音を立てベッドの端に腰を掛ける。一気に縮まった距離に私は、赤面し動揺する。
「も、もうすっかり良くなりました。申し訳ございません。仕事も疎かにしてしまって…」
「大丈夫です。今日のあなたの分は、私がやっておきました。」
「え!も、申し訳ございません…お手を煩わせて…」
「いいえ。たまには、ゆっくりと休むのも大切です。あなたの体調が良くなったのならば、私も嬉しいです」
陛下は、嬉しそうに微笑んだ。私は、陛下の微笑みを見詰めてしまい、陛下が首を傾げると目を反らした。
「あの…こちらは陛下の背広でしょうか」
「ああ…はい…」
陛下は、気まずそうに背広を手に取る。
「今朝、私の部屋へ参られたのでしょうか?」
「……はい。朝食後に、心配になって様子を見に参りました。ぐっすりと眠っていたので、安心したのですがあなたが袖を引っ張ってしまい、脱いで置いてしまいました」
「申し訳ございません!」
私は、陛下のお顔を見ずに、頭を下げ謝罪した。
「謝ることはありません。私が来たくてそうしたのですから。気にしないで下さい」
「はい…」
私は、恥ずかしさでいたたまれなかったので、顔を上げられず俯く。
「…リズベル。先程のことですが…私は、毎晩マリーンのところへ通っているというのは、誤解です。主に彼女が体調を崩した時、寝る前に顔を見に行っているだけです。きっと、あらかたマリーンが体調を崩した時しか、見ていない侍女が広めたのでしょう」
「そ、そうなのですか…」
私は、つまらない噂で思い込んでいたことが恥ずかしくなり、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「それに…私は、マリーンと一緒に寝たことはありません。何度も言いますが、彼女は妹のような目でしか見れないので、そういった感情はありません」
「え?では、何故…」
「マリーンを側室にしたのは、彼女の身内が私しかいなかったからです。それに、独身の頃は彼女に言い寄る男がたくさんおり、マリーンは嫌がっていました。だから、私の側室になれば言い寄る男はいなくなるし、気楽だろうということでこういった結果になりました。しかし…あなたには色々と苦労させてしまいました。謝るのはこちらの方です。申し訳ありません。リズベル」
陛下は、私の目を見詰めながら謝る。
「や、止めてください、私も色々と誤解していたので…」
「いいえ。そうさせたのは、私だ。あなたに必要以上の苦労を与えてしまった…」
「もう大丈夫です。気にしないで下さい」
「リズベル…」
陛下は、私に片手を伸ばし掛けるが触れる寸前で止まった。それから、私の目をじっと見詰めた。




