戦争005
記録の読込を完了。NT-005の五番のすべてを私の中に記録する。頬をなにか冷たいものが伝わったような感触がある。依然として遮断できない神経からの激痛よりも鮮明に、私の触覚はそれを知覚し続けている。どうしてなのかは思考しても知ることはできないが、それでもこの刺激を記録していなければと思う。
すでに何の反応も示さずに戦争行動を中断した五番の体を手放す。力なく崩れ落ち、そして本当の意味でもの言わぬ兵器へと成り下がった。私は傍らに落ちた五番が最後の最後まで手放すことのなかった長大な狙撃銃を拾う、そして五番の――五番だった物の横に突き立てた。
「良い戦争でした」そして敬礼と共に言う「安らかに眠りなさい」
さてと気持ちを切り替える。接近してくる物体がある。ソレは比重の大きい車だ。中の状況を読み取ると、そこには今あまり見たくない人物が乗っていた。
「聞こえているかNT000」
直接頭に信号が流し込まれる。無視してもよかったが、後でどうなるかわかったものがない。仕方なく返事をする。
「はい」それで「そんなに急いでどうされましたか?」
「……お前を拾い次第南へ向かう」いいか「そこを一歩も動かずに待機しろ」
モトよりそのつもりだ。抵抗せずに直立不動で立つ。指一本動かすことにさえ抵抗感が伴っている。面倒くさいので抵抗あるすべての行動をやめる。先の戦闘において一つだけ疑問することがある。五番の諦めが早すぎた、もう少し粘ってくれるものだと思っていた。こんな思考が五番との戦争を穢すものであるということは理解しているが、それでも考えずにはいられない。
その答えを私はおそらく知っている。五番は最後の最後まで、自らの基盤に忠実であり続けたからだろう。自身を規定し、絶対的な決定を迫る『平和』という基盤に。争いの果てに得たものを五番は現実にし続けていた。それは結果論というものだ、身を任せた瞬間が既に戦争の最中であったならそこからの『平和』のために争いの果てを求めた。だが本当に望んでいたものはそんなものではない、争いの果てではない『平和』を五番は心の奥底で望んでいたに違いない。
通信を直接頭に叩き込まれてから数分が経過し、車が到着した。中から現れたのはやはり彼我だった。あからさまに嫌そうな顔をして近づいてくる。
「命令に背いたことはいい」だが「何故北に向かった?」
「彼我が先に南へ行けというので」だから「北の方が面白そうだと判断しました」
私がそういうと彼我は頭を掻いて、その後に私の頭を撫でる。
「あまり心配させるな。お前が破壊されるとは思わないが……」それでも「心配はするんだ」
「ご心配おかけしました」以後「気をつけます」
「これからはなしにしてくれ」
彼我はそのまま目を私の後ろに向ける。地面に突き刺さった一丁の長大な狙撃銃、頭が別のところに転がった五番の体。
「今までよくここを守ってくれた」
彼我は五番の体に触れる。その体にふれ、臍を押す。全身から煙が噴出した。体の中にたまった熱が一気に吐き出され、そうしてようやく五番の戦闘は完全に終了した。だが彼我は五番の体と離れたところに落ちている頭を拾って、乗ってきた大きなトラックに積み込んだ。
「彼我」
自分でも信じられないくらい頭の回路が焼け付いているような感覚、人間でいうところの怒りが中で渦巻いている。その偉大なる狙撃手を一体どうするつもりか、その答えによっては私の中で彼我を敵として認識することになるだろう。
積み込み作業を終えた彼我は、私を一瞥する。
「乗れ」その後「中で教える」
乗り込むと同時に出発する。
「そろそろよろしいですか?」彼我が頷いたのを確認して「五番、NT005をどうするつもりですか?」
「どうするつもりだと思う?」
質問に対しての質問。私の手が彼我の首に伸びる。その首を掴み取り少しだけ力を入れる。抵抗はされない。このまま死ぬつもりかなのか、だが運転は一つも揺れることがない。
「質問に質問で返すとはいい度胸ですね」もう一つ「私は今彼我を殺したい」
「そうだね」では端的に「再製する」
短く言われた答えに足して私は首元の手をのけることで返した。彼我は首をさすってから、殺されるかと思ったよとつぶやいた。本当に殺す気だったのだからそう思って当然だ、むしろその程度の感想で終えることができるのは彼我くらいのものだ。
「再製してどうするというのですか?」
「どうもしないよ」ただ「彼女をあるべき姿に戻してあげようと思ってね」
彼我はそれ以上何も聞くなというふうに手で私を制した。
理由が私には理解できないのならこれ以上聞く必要もないであろうし、私が理解できるまで説明してくれるような雰囲気ではない。先に私が命令違反したことも関係しているのだろうか、おそらく関係ないと思ったがそれは口に出さないでいた。
すでに五番がいたところから彼女の制圧範囲を抜けた。自分の足で走るよりは時間がかかったが、それでも普通の車よりも早い。向かう先はどこだったか、南へ向かっているということしかわからない。
「そういえば、彼我」これから「どこへ行くというのですか?」
「不落城」つまり「NT004『恐怖』の四番がいる場所だ」
「戦争ですか?」
「違う」
私の願いを打ち消して、彼我は言った。興味がなくなる。
「お前と四番の戦争ではないというだけで」確かに「戦争はする」
興味が再発した。それはどのような戦争なのか、それには興味がある。
「詳しく」願う「教えていただけませんか?」
「簡単に言えば四番の戦争を操作して、共和国に対する牽制材にする」その上で「彼女が従わなかった場合には四番を制圧して上からの命令として従わせる」
「私の力を使ってということですか」それは「とても楽しみです」
「だが時間がない」
別段焦っている様子も見えないまま彼我は焦っていた。表面上以外、たとえば脈拍は一秒間あたりの呼吸数から見てみれば、それは明白なことだった。だが、それは本当に焦っているといえることなのだろうか、理解することはできないが、これも一つの表現ということなのだろうか。
「どういうことですか?」
「お前が五番と戦闘したおかげで、あいつがくる。あいつは今のお前では勝つことはできない」
挑発的にでも私の神経を逆撫ですることをせずに彼我はいう。彼にそれほどまでに言わせる存在はなんだろうか。
「二番がくる。あいつは常に帝国を踊りまわっている。そろそろこの地域にくるころだ」それが「お前のせいで早まった。五番を完全に沈黙させたのがいけなかったな。無力化であるならこうはならなかったはずだ」
「二番ですか」それは「強いですか?」
「さっきも言ったが、今のお前では勝てないくらい強い」現段階において「NTシリーズであいつに戦闘で勝てるのは本調子のお前くらいだ」
「どのようなモノですか?」
「どのような奴……か」一度悩み「楽しいやつだな」
はっと首をかしげる。楽しいと強いがどうにも結びつかない。だが彼我が嘘を言っているようには思えない。つまり本当に楽しいモノなのだろう。まったくの理解の範囲外だが。
「NT002、『享楽』の二番。自分の思いのままに動く狂人だ」
本当に楽しそうに彼我が言う。これだけ楽しそうにしているのも珍しいものだ。
ふむ、二番という存在に興味が沸いた。
が。
「目的地が見えた」いいか「飲み込まれるなよ」
わいた疑問を聞く前に、私に電撃が襲い掛かった。いや正しくは脳内回路に直接別の刺激を叩き込まれたという方が正しい。回路の中で爆裂するように私以外が発する刺激の奔流が暴れまわる。いくら遮断しても無理やり開かれて通される。
と、私の頭に何かが触れる。それが彼我の手だと気がつくのに一瞬、その手の中にあった機械の感触に気がつくのに数瞬。暴れまわる刺激が導かれるように機械が接触している部分に集中していく。しばらくその感覚を受け入れていたが、自分の中で自分以外の刺激がまとまったときやっと前を見ることができた。
「飲み込まれるなと言ったろう」馬鹿が「簡単に飲み込まれるなんて」
「意味を聞く前に襲い掛かってきたもので」で「あれは一体何でしょうか?」
さっきのは、明らかに思考を邪魔するような生半可なものではなかった。こっちの、私という兵器の支配権を私という兵器から奪い取ろうとするようなものだった。しかも、彼我の助けがなければ確実に私自身が乗っ取られていただろう。
「もういいか、今からこれを外す」もう一度言う「飲み込まれるなよ」
彼我の手が、そこにある機械が離れると同時。集束していた刺激がまた解き放たれる。だが、それは知っている。だから私はそれに逆らわずに流れを止めるのではなく、その通り道を作り誘導する。それを一つのところに集束させる。
上手くいった。荒れ狂うような刺激も既にそこにはない。すべてが導かれて一つのところに集束し、纏まった刺激は暴れるようなことはない。お互いがぶつかりあい、私を乗っ取るという刺激を打ち消しあっている。
「大丈夫か?」
「大丈夫」今度は「うまくいきました」
簡潔に答えたことで、私の中の状況を知ることができたのか、彼我は問いただすようなことはなかった。
「四番の基盤は『恐怖』。能力の説明はいるか?」
「五番と同じ長範囲の制圧。機械系等に対する圧倒的なジャミング」つまり「兵器の敵ですね」
「しかも有人無人に関わらずな」それと「見てみろ、あれが四番という存在の意義だ」
見えてきたのは四番が居座るという要塞。こちらから見える門の上側、そこにあるのは無数の壊れた機械。それだけならまだ恐怖というには物足りなかっただろう。だがそれと同時に、無数の機械と同じように物を扱うように人間が吊り下げられていた。
次の戦争の主に興味が沸いた。