戦争004
少し遅くなりましたが、ようやく更新です!
爆音が轟いた。
続いて地面に大穴が穿たれる。否、穿つといういうにはその衝撃は一瞬過ぎた。弾丸の着地点は丸い穴を残して消滅していた。
先の攻撃による威力とは比べものにならない。敵が認識を改め私を排除すべきものとしてではなく、討滅すべき敵として切り替えた。その程度のことだろう。
――面白い。
もう一度跳躍する。その場所が消滅する。次の一撃に音はなかった。サイレンサー、音を最小に留めておく機器を使用したということだろう。なら最初の一撃を私への宣戦布告と受け取るべきだろう。
着地と同時に足に力をためる。体をあらゆる方向に揺らし、一度相手から離れるようにまた跳躍。跳ぼうと考えていた全ての方向が炸裂した。炸裂弾か、この距離で炸裂する瞬間を合わすことができる技術。なるほど、この一帯に一切のものがないということがわかる。
それよりも重要なことがある。相手の技術がかなり高度であるということなど知っているから、問題はその連射速度だ。十秒が半分になったとかそういうレベルではない、十秒が刹那よりも速くなっている。驚嘆に値するほどの早撃ちだ。
何度目かの跳躍をする。ほんの近くで炸裂した。回数を重ねるごとに命中が近づいてくる。相手の速度が勝っているのか、それとも、
「ああ、そうか」フィジカルのチェックを始める「やはり、先の戦闘での負傷がまだ残っているのですね」
あまり時間が長引けばこちらを完全に補足されてしまう。一度、完全に近づくしかない。
全神経を視覚と左腕に集中、同時に足にいつもより力をためる。
私の左腕が消える。私を中心に地面が消滅していく。左腕からの激痛をシャットダウンする。
この速さの弾丸を何度も弾き続けるのは難しい。それも炸裂させないようにいなさなければならないとなると、その難易度は比較することも難しい。それに一つ分かったことがある。
何度目か不規則に変化させているが、確実に一瞬だけ間隔が長くなる瞬間がある。その時がいつかなんて読み取らせてくれる相手ではないだろう。なら、しかけるなら、――――今。
「いきますよ、五番」次は「私の戦争に」
跳躍、こちらに撃ち込まれてくる弾丸に飛び込むのだ。体感速度はさらに速くなる。撃ち込まれてくるものを弾き続けながら近づいていると、一瞬全知覚に走るノイズ。人間の感覚で言い表すとするなら悪寒と呼ぶものだろうか。
全神経から緊急停止を促される。
着地した時、弾丸はすでに止まっていた。
「あなたは何者でしょう?」何故「私に向かってくるというのでしょうか?」
目の前に立っているのは、生まれたままの姿で全身に煤まみれになったモノ。NT005、『平和』の五番。この戦域の支配者だ。
「NT005、あなたを五番とするなら私は零番。NT000です。以後よろしくお願いします」
「あいさつなど無意味でしょう?あなたが零番というのであればなおさら。あなたと私が交戦すれば、周りに甚大な被害をもたらすことでしょう」それゆえ「平和的な解決をしませんか?」
「戦争がなければ平和などないに等しい。ならもっとも平和的な解決とはやはりこれですね」私は五番の顔に掌底を突き出し「戦争です」
眼前に黒い丸の円。彼女が唯一持つ武器は一丁の銃、それを私が攻撃するよりも早く動かし、狙いをつけていたのだ。反射速度というよりは行動の予測というべきだろうか、それを先ほどの回避行動から読み取られている。――事実上、こちらの攻撃は全て後出しとなることが確定した。
ゆえに左手で銃身を掴み取り攻撃を続行する。それすらも遅いが、こちらの意図を汲んだのか、五番は躊躇うことなく発砲した。左手が焼かれるが、それた射線上に私はいない。構わず相手の顔を打ち抜く。
防御される。左前腕の中腹で受け止められる。そこまでは予想通り。
「―――――な、に?」
だがこちらの右腕に奔る激痛までは予想不可だった。しかも弾で撃ち貫かれたような感覚だ。だが五番の銃は私がしっかりと握り、そして熱さも感じていていない。ならこの右腕に残る痛みはどのようにしてつけられたのか。
考えるよりも先に相手の武器を奪おうともぎ取りにかかる。が、それはできなかった。
「あなた、弱いでしょう?でも手加減できませんのでよろしくお願いしますね?」
五番の行動はいたってシンプルなものだった。私の掴んでいる側の腕を握り、そして爆裂させた。
驚愕というよりも理解が先にきた。
「五番、腕の中に」
「敵に教えるような愚行を行うと思いますか?」しかし五番は言う「腕だけではありません。全身です」
思いっきり距離をとるように後退して、腕を前に組み、全身を折りたたむように屈める。
次の瞬間、五番の体チカチカと光ったかと思うと全身に痛みが迸る。全身から解き放たれた銃火器が一斉に火を噴いて襲いかかってきたのだ。
そしてその後、間もおかずに撃ち放たれた弾が炸裂した。内臓されたものではない、手に持っている銃による攻撃であると推測される。その爆裂をモロに受け、神経がいくつか焼ききれた、遮断不可能となった。
襲いかかる激痛に己の失策を悟る。距離をとるできではなかった。五番が近距離戦に挑んできたのは、距離が近くなればなるだけその真価を発揮する隠し玉があるからだった。それを知らなかったとはいえ、手に持つ武器が銃であるなら無手であるこちらが距離をとるのは無謀というほかないだろう。
再び距離をつめようにも、既に五番の放つ銃弾は面のとなってこちら撃ちこまれている。
「まだあなたの戦争とやらを見させてもらっていないのですが、まだ見せてはくれないのでしょうか?」早くしないと「死んでしまいますよ?」
強い。跳んで回避しながらそう思った。五番と私では相性が悪い。無手で挑むには手こずる相手だ。
彼我はこれを予期して後回しにしようとしたのだろうか、だとしたらやはりこの選択は正しかったということだろう。後回しにしていたら、今この場で、この戦闘からくる、この気持ち、この全神経が研ぎ澄まされるような感覚、――この高揚感を得ることはできなかったであろう。
「では」五番に敬意をこめて言う「いきますよ」
全身に漲る力を爆発させる。五番のように全身から弾丸が放たれるわけではないが、次の移動は弾丸よりも、速い。風を切って跳ぶ、そんな表現は一切適さない。風が割れる。
一息に距離を詰めた私だが、それでも五番の知覚はそれに追いついた。即座に銃口がこちらを向く。遅い。
左腕で銃を弾き飛ばす。自らの腕が折れるほどの勢いで振るったのだ、銃は宙を舞う。得物を失った五番はすかさず構えを取る。遅い。
何もかもが、遅すぎる。
懐に飛び入り、無防備にさらけ出されている腹部を打撃。衝撃は後ろへ抜け、五番の後ろの砂をも弾き飛ばした。
五番がこちらを見る。睨むというものではなく、ただ見つめた。そして彼女の全身から光がいくつもまたたく。
――もう遅い。
飛び出してきた弾丸を私はすべて回避する。放たれた瞬間にのみ存在する極小の隙間に身を滑り込ませ、幾度となく瞬く弾丸をかわす。何かが私の頭を掴む。頭に衝撃をいくつも受けながら、五番が私の頭を掴んだことを理解した。
彼女の攻撃は自らを傷つけないために、安全部位と安全な姿勢というものが存在する。そこに回避できる隙が生じる。だが五番という存在は意図も容易く自らへのダメージ回避を放棄した。
次に遅いかかってきたのは全身への痛み。とくに腕の辺りでは銃弾は貫くような強さであった。
私と五番の血を撒き散らしている地面は、滲むより早く削りとられ霧散していく。土色の煙はいつしか、赤色に変わっていた。
そんな一方的な暴虐の中で、私と五番の二人だけは正常に機動し続けられていた。
「どうやら零番、私の力ではあなたを壊せないようです」
「ですね」であるなら「良い戦争でした。何か思い残すことは?」
「教えてほしいことがあります」それは「私達は製造された意味があったのでしょうか?」
五番は私を撃ち続けながら問うた。
「意味など私達には必要のないこと。望むものが得られたかによるのでは?」であるならば「『平和』の五番に問い返します。あなたは平和を成せましたか?」
「――愚問でしょう。私はNT005、平和を基盤とするもの」ゆえに「私がいるところは常に平和でしょう?」
「その通り」では「さようなら」
五番の頭を両手で掴みとり、力を入れてそれをねじる。抵抗はあった、だが無意味だ。単純な力比べであれば私の力は五番を上回っている。抵抗の上から蹂躙できる。構わずに力をこめて、五番の頭をねじ切り落とした。
満足そうな表情をした顔は地面に落ちる前にいまだに撃ち続けられている体からの銃撃によりぼろぼろになっていく。無造作に電気を迸らせる首を掴む。
「あなたの全てを終わらせます」
そこから神経を侵食していく。知ることになったのは、私達の記憶装置は頭にはない。おそらく体のどこかにその莫大な記憶が記録されているのだろう。
私は目を瞑り、その記録を再生させていく。五番のために、私のために、生きるために。