戦争002
無限の空が広がっていた。知っている、この空はどこにいても繋がっている。ああそうか、私は勘違いをしていた。この空は有限だ。繋がっているということは一つであるということ、一つであるというのは有限ということ。有限であるなら、手に入れられるということ。
――この空が欲しい。
私が最初に出てきて思ったことはそれだった。それを目の前の人間にいる伝えると大声で笑われた。感情を制御している今ではあまり何も思わないが、少し反抗的な気分になりたくもなる。
だが――
それよりも先にするべきことがあった。それを知っている。
「ここがどこかわかるか?」
問われ、
「はい」
答えた。
簡潔な応答、第三者がここにいたとしたらその問答を理解できなかっただろう。これはこの二人にだけ知ることができる応答なのだから。
私は近くにあった大きな砕けた岩盤を持ち上げ、彼我の前に突き立てる。同時に彼の頭を地面に押さえつける。その後に、伏せてください、と小声で言った。
「そういうのは」
行動に移す前に言え、という言葉は次に起こった爆音にかき消された。完全に外す前提で放たれた弾丸であったが、次に起こった余波はまるで殺意でもあるかのように二人に襲い掛かってきた。背や四肢に飛礫の衝撃が襲い掛かってくる。許容範囲内、先ほどの弾丸で位置は特定できた。
「退くぞ」
だが、私に戦争を与えた相手はその戦争から私を遠ざけることを言った。理解ができず一瞬思考に空白が生まれる。相手はそれを知ることができないであろうが、まるで狙ったかのように第二射がきた。
目の前に突き立てた岩盤が砕け散る。今度は直撃させようとした軌跡だ。私達が岩盤をつきたてる前にいた場所を正確に射抜いていた。第二射まであれば、それがどこから発射されたのかくらい分かる、今度こそ相手の位置は特定できた。今行けば確実に接敵して無力化することができる。なのに、それをすることが許されない。
「第三射がくる、とにかく今はここから退くんだ。理由は安全地帯まで撤退できた時に説明する。とりあえず今は退け」そして「僕を生かしてくれ」
今ここで戦争をすること、この人間を生かすこと、二つを天秤にかけて、私が選んだのは、
「撤退します。少々の危険が伴いますのでしっかりと捕まっていてください」
伏せたまま、彼我を片手で抱く。形のいい胸がひしゃげるぐらいに強く抱きしめ、タイミングを計る。相手は正確無比な狙撃者であるということが分かる。相手がこちらを理解していないならば、タイミングに変動はないはず。なら、後三秒。
砕けた岩盤の向こう側に目を凝らす。距離にして約十キロ前後、こちらの向けて狙撃銃を構えている女型兵器がいた。銃口は黒い円、つまりこちらに向けて微動すらしていない。
――くる。
思いっきり地面を蹴って一息に十メートル程横へ行く。先ほどいた場所で爆発が起きる。リロードの時間は約十秒ある、この内の五秒で距離を空ける、残りの五秒は攻撃に備える。今は距離を空ける。
「走ります」だから「しっかり捕まっていて」
言って、跳躍。一歩で人間の十歩以上を跳ぶ。跳ぶたびに胸で人間の頭が揺れ動く。その度に胸から意味の理解できない刺激が上ってくる。このまま続けば何かしらのエラーが生じる可能性がある、ここでは必要のない刺激だ切断する。
五秒たった、立っていた姿勢を低くして、四つん這いに移行する。抱きかかえている彼我の頭が地面に擦れないぎりぎりのところまで落とす。敵を見る。一歩も動いていない。動く余裕はあったはずなのに、動かずにそこにいる。それが自信によるものなのかは分からないが、ひたすら狙いをこちらから外さないのは事実だ。
こちらの行動も見ていたことだろう。タイミングはずらされる可能性が高い。周りが凹凸の少ない地形であることが恨めしい。身を隠す術がない。もしもそれがあったとしても身を隠すなどという愚行はしないが。
目が合った、といっても望遠レンズ越しであるのだが、それが逆に驚嘆に値する。この距離で、この速度で、一ミリのズレなく追いかけてくる。なるほど、これが敵か、認識を改める。
「次は大きく跳びます。しっかり捕まって」
胸に顔が押し込まれる感覚がある。それを確認して志士に力をためる。次の回避は撃たれる前に動いた先ほどとは違う、次は打つ前では追いかけられる。ならば回避するために確実な方法はただ一つ、撃たれた後に回避する。
全神経を集中して相手を見据える。相手もこちらから目を離さない。さきほどより僅かに銃口がそれている。といってもあれで撃ったとしても私の体を掠めるだろう。何故狙わない、そう考えて思い出す。私の後継機には同士討ちが禁止されている、相手は私を同型として同士討ちを避けようとしているのだろう。ならば、私は、
第四射。私の左腕を掠めるようにして弾丸が後ろに着弾する。余波で左腕が削がれる。構わない、敵に背を見せるのは癪だが、今の状態であるなら大丈夫だろう。最後に見ていた相手の顔は見た目通りの少女のように怯えている顔だったからだ。
何度目かの跳躍の後、背後の確認を行う。望遠機能は戦術的には向こうのほうが上であるだろうが、こちらも時間をかければこちらも同じ距離観測することができる。先ほどまであの兵器がいた場所には何もない。
撤退か?あるいは場所を移動したか?
短時間で可能な範囲の索敵を試みるが、ない。あれは完全に存在を消し去ってしまっていた。
「よくやった」顔を私の胸からだして「とりあえず危機は去ったね」
「では説明を」まずは「何故撤退を命令したのですか」
「あのまま戦えば君が敗北していたからだ」なぜなら「彼女は狙撃手ではない」
近くにあった岩場の影に腰を下ろす。高速戦闘の中必死にNT000にしがみ付いた彼我は額に伝う汗をぬぐいながら、手で自らを仰ぐ。
それよりも気になることが私にはある。私の思考からはあれは狙撃手であると決定しているにも関わらず、それは違うと。そういえばこの彼我は私の思考をよく否定する、それを悪くはないと思う自分がいる。
「狙撃手ではない?」では「あれはなんですか」
「彼女は戦争に怯えている兵器だ」
「どういうことでしょうか」
「NTシリーズにはそれぞれのコンセプトが存在する」そして「それが彼女達の戦闘行動の基盤になる」
喉が渇いたな、とつぶやいた人間は立ち上がり、岩場を離れて歩き始めた。私もそれに続く。向かう先には街のようなものをが見えている、そこに向かっているのだろう。
「彼女の基盤はなんですか」
「知りたいかい?」にやりと笑い「本当に?」
「何故そこでもったいぶるのですか」
「戦い辛くなるかもしれないよ?」
「その場合、記憶を凍結しますので安心してください」
彼我は一度顔だけで私を見て前に向きなおした。
「彼女の基盤は『平和』」それは「争いのない世界こそが彼女の戦闘行動のもとになってる」
「矛盾しています」何故なら「戦闘をしている以上そこに平和はありません」
立ち止まり彼我を見る。足音がなくなったからなのか、彼も立ち止まってこちらを見た。
「彼女が一人で戦略として機能する以上、その矛盾は成り立ってしまう」
「どういうことですか」
「彼女が本気で索敵し、点として狙撃を開始した場合の話だ。彼女を中心にして半径二十キロは『平和』となる」何故か「戦争の原因そのものがいなくなれば、そこに戦争はなくなる。それが彼女が学習の末にたどり着いた自身の矛盾に対する解答だ」
彼我が急ぐぞと手で合図を送る。私は彼をお姫様抱っこの形で抱き上げ、駆ける。通常時よりも倍近いスピードが出ていることには気づかないふりをしよう。加速する。平面的な景色が後ろに流れていくほどの速度だ。かなりの負荷が彼にもかかっていることであろう。ちょっとした嫌がらせだ。遠くに小さくあった景色が大きくなっていく。
そこにあったのは街だ。だが様子がおかしい、私がおぼろげに記憶している街という概念でさえ、こんなにも廃れてはいなかった。それが何故だ、ここはすでに捨てられているかのようになっていた。
何があったというのだろうか、人がいるのはわかる。風の中に微弱に混ざっているにおいが証明していた。サーチを試みようとしたところで、彼我は見つけたと言って私の腕から降り向かっていく。私は残念に思いながらもその後に続く。
中はバーのようになっていた。カウンターの向こうには人間が一人、客は一人としていない。
「彼我か、彼女が起きたのか?」
「起きた。彼女達すべての頂点、NT000」
カウンターの向こうの人間が私を見る。その目からは感情が読み取れない、私が見つめ続けていると人間は表情だけで笑って返し、再び彼我を見た。
「ここでは話づらいな、店を閉める」
看板が返された後、人間は彼我を連れてカウンターを奥に向かっていく。私もその後に続いた。
奥には地下に向かう階段があった。地下へ。
「彼我」呼ぶ「私はここに残ります」
二人は驚いたように振り返り、私を見つめた。そして顔を見合わせた後、言う。
「分かった、安全だとは思うが一応ここで警戒してて。僕はこの人と話をしてくる」
「わかりました。お気をつけて」
二人の姿が地下へ消える。私は一人たったまま、いなくなった二人を見つめ続けた。
この書き方はすごく書きやすいけど、修正箇所がはんぱない気がする。
でも完結してから修正します。
とにかく続きます。