戦争009
着地はぴったりと出て行った窓、素早く中に入る。彼我は横になっている。直接彼我の表面を精査するが、確実に寝ているようだ。音もなく入ってきたので、私によって起きることもないようだ。
聞いてもらいたいということがあるが、今起こすことにも抵抗がある。どうしたものか。
「私の戦争。私の目的」それは「戦争すること」
それしか私にはない。それ以外など最初から考えるべきではなかったのだ。考えるべきは戦争をどうやって起こすか、それだけでいい。相手の考えがそのために必要であるなら考えればいい、相手から聞く必要はない。
必要なことは考えることだ。考えろ。どういうことも考えることだ。
「最優先はこの戦場で新たな戦争を起こすにはどうすればいいかということですね」ですが「相手は四番だとすればそれは難しい」
ならば手段を選ばねばならない。すでに始まった戦争を戦争で覆う、被害は甚大なものになるかもしれないが、それは私が考えるべきことではない。私は兵器、人を殺し人を生かす機械でしかない。
手段はある。だが方法が思い浮かばない。それは時を待てば必ず起こることになるが、それを待っているようなことはしたくない。そうなれば私が起こしたものではなくなる、また誰かの戦争に巻き込まれることになる。私が誰かの戦争に巻き込まれることなど耐え難い苦痛であると今なら判断することができる。
ここに危険はない。少なくとも私達に関係する危険はない。
不落城。たった一つの要塞で共和国が攻めてくることを防ぎ続けている場所、ここに住む人間は少なくとも命の危険に晒されることはないだろう。しかし命の危険がないからといって安全であるということにはならない。ここでは四番という頭のしたに人間が手足として動かされている。
人間でいうところの繁殖も摂食もすべて体調管理の一環として強制されている。生産場と呼ばれた場所にある理不尽はその極地であると考えられる。雌雄が鎖で繋がれ行為をすべて強制され、その結果を得られるまで続けられる。彼らはそこから出られないのだろう。誰もが苦しそうにして受け入れるしかない現実に絶望していた。
「違いますね、絶望とは程遠い現実であることを彼らは理解していない」なぜなら「ここにはまだ希望がある」
恐怖し従うだけの人間達は絶望という逃げ道を選んでいるだけだ。ならばどうする。
「共通の敵を作り出す」では「戦争開始だ」
回路が入れ替わる。というより元の回路に戻ったという方が正しいかもしれない。普段は意識していないのでどんな回路であるかを知ることは無いが、戦争という行為のために最適化されれば私にとって最適な形、つまり本来の回路へと戻る。唯一四番のぐちゃぐちゃにした回路を戻す方法だ。
「戻ったのか?」
彼我が起き上がりこちらを見ている。途中からおきていたことは分かっていたが、口を挟んでくるとは思ってなかった。
「どうしたのですか」今起きて「何か言いたいことが?」
「一つだけ命令しておく」それは「四番を殺すな」
「彼我」それは「無理です」
壁を破壊して出るのは得策ではない。扉からでる。全方位にこの要塞すべてを取り囲む範囲の精査を実行する。二番はまだ遠い位置にある。これならば問題とすることもないだろう。
まず向かう先は生産場だ。そこにいる人間達を解放する。足を向けた瞬間二番が動いた。全速力でこちらへ向かってくる。ついでに妨害の電波を飛ばしてくるが、そんなものはもう私には通用しない。あれもそれを理解したのか、すぐに妨害は止んでその分速度があがった。
直接戦闘は避けられない。だが、こちらは二番との戦争を目的としていない。あれにはまだやってもらわねばならないことがある。
爆音が響き壁を突き破られた。そこにいたのは二番だ。土煙で姿を確認することはできないが、私の目は確実に彼女を捉えている。
「あらあらどういうことかしらどうなっているのかしらおほほほどこに向かうというのでしょうか」拳から煙が噴出し「生産場に向かおうとしているようでしたけどおほほ目的をお聞かせいただいてもよろしいでしょうかおほほほほ」
「決まっているでしょう」それは一つだけ「戦争をするためです」
「あらあらあら」そうなのねぇ「怖いわ」
シナをつくり妖艶に困ったようなしぐさをする四番だが、顔は不吉を感じるほど歪んでいた。何がそんなに面白いことなのか理解できないが、NT004『恐怖』の四番は恐怖を求めていたということだろうか。コレには恐怖するに値するだけのものがなかったのだろう。コレは遂に恐怖するに値するだけの相手を見つけることができたのだ。
私は四番に始めて敵であると認められたということだ。
「ですが、まだここはあなたの戦争の最中です」なので「まずは私の戦争を始めたいと思います」
「どうやってなんてお聞きしませんわおほほほそんなことさせませんものええさせませんとも」
四番は両腕を広げる。原理は分からないが電気的な刺激がそこに集中していることが分かる。
「今のあなたでも直接刺激を流し込めば情報を書き換えることなど容易いことですわおほほ」さらけ出された胸が一度大きく膨らみ揺れて止められる「すぐに方をつけましょう」
伸ばされた腕、その先にある指先で何かが光った。反射的に私は両腕で頭を防御した。何かが触れる。極小のワイヤーだった。それに触れた腕から四番の電気が流れ込む、すぐに私は電気を流して回路を保つ。このワイヤー一つ一つが必殺になるようだ。
視界の情報処理に集中する。すると見える。彼女を中心に蜘蛛の巣のごとく広げられたワイヤーがある。全て繋がり電流が迸っていた。身動き一つするだけでも触れてしまいそうなほどの量だ。私をここから逃がさないつもりだろう。
「なるほど。私の考えていることを理解しているということですね」それは「経験によるものですか?」
「おほほほそれを教えると思いますか?」
「では想像しますね」あなたは「私の目的を知っていますね」
「否定はしませんわおほほほご想像にお任せしますわ」
必殺のワイヤーが襲い掛かってくる。それを掴み取り、器用にそれを手繰る。頭に当たりさえしなければ問題ない。行動は反射的に行われる。入り込んでいる刺激に十分に注意しておけば操られるようなことはない。
だがこのままでは防戦一方だ。反撃するにも何か糸口はないものか。
「ああ、ありました」しかし「私に真似できるでしょうか」
掴み取ったワイヤーにこちらから刺激を流し込む。四番がワイヤーに流せるということは、私にも流すこともできる。だが、伝わらない。すでにワイヤーに張り巡らされている電気が私の電気を相殺する。まだ相手のことを知れていないということだ。まずは相手をしる。その攻撃方法を。
「おほほほ私の攻撃を盗むおつもりですわねおほほでも不可能なことですわね」
「何故無理といえるのですか、やってみなければわからない」
「私達が何故一から九に分かれているかわかりませんの」
それについては考えたことはない。無駄なことはもう考えないようにしたが、これは今の私にとっては考えなければいけないことだ。この相手を無効化できなければ、このまま四番の戦争に巻き込まれたままだ。
集中を一瞬でも緩めようものならワイヤーが一瞬にして私を殺しにくる。
「それが私にとっての活路というわけですね」
「おほほほほ」
だがワイヤーは引っ込んでいった。四番は恐怖を掻き立てるように口の端を吊り上げるようにして笑っている。何を考えているのかわからない。
「おほほほほ」四番の雰囲気が変わった「まあいいでしょう。あなたの戦争に巻き込まれるのも面白そうですわ。今まで戦争という戦争ができませんでしたもの」
直感的に理解した。四番は変わったのではない、素の姿に戻ったのだ、兵器としての存在に。今までのはそれを隠していた、四番にとっての戦争の形は不落城で収まるようなものではない。そもそもNTシリーズの戦争がこの程度のはずがない。
「あなたの戦争楽しみですわ、おほほほ」
ワイヤーは四番の指の先に引っ込んでいく。内蔵されているものなのだろう。
私が戦争を起こすことによって一番問題になるのは四番だ。しかも目の前で戦争を壊されるということは、一番上の司令塔としては恐怖に値するものだろう。逃げ出してもおかしくない。
「なるほど、そういうことですか」つまり「恐怖しているのですね」
それが四番にとって唯一戦争をしていることになる。『恐怖』の四番、それがアレにとって唯一の動いている理由なのだ。
いいだろう。そのまま壊してやろう。今私を見逃したことを後悔させてやろう。