戦争008
一跳びで要塞を飛び出す。二番は凄まじい勢いでこちらに近づいていることは知っている。このまま行けば二番の前に着地することになるだろう。だが二番の速度は変化が激しい、好き勝手に移動しているからだろう。速い時は私よりも速いが遅い時は歩くよりも遅い。今は車程度の速さだろう。
二番はこちらに気がついているのだろう。私の方を見ている。だから速度も私の着地に合わせているようであった。ならば着地と同時に接敵することになる。
「いいでしょう。多少の不利は大目にみましょう」
「あたしと勝負するの?」
指向性の声が叩き込まれる。宣戦布告だろう。ならばこちらも同じように宣戦布告をしなければ。
「しましょう。戦争を」
「キャハハ! いいよ! しよう!」
着地。目の前には二番がいた。笑っている。
足を払われる。速い。避けられない。そう思った頃には二番の足が私の足を救い上げていた。たちまち天地が逆さまになる。目の前にあるのは腕を思い切り後ろに溜めた二番の姿。咄嗟に両手で防御の体勢をとり衝撃に備える。
ドゴッと鈍い音が腕から響く。鈍痛がくるが刺激を遮断することができなかった。四番に乱された回路によるものだろう。まぁいい、痛みは戦っていることを実感できる。これまでは邪魔だと思っていたが、これもこれでよいものだと判断できる。
だが強力な拳だ。五番のように最初は確かめるものだと思っていたが、最初から全開だとは思わなかった。
「ねえねえ! なんであなたには全力だせるの? 楽しいね!」だからね「簡単に壊れないでね!」
「はい。簡単には壊れません」なぜなら「楽しみは長引かせるものです」
だが現状は不利そのものである。両腕の動きは何割かに落ちている。遮断はできないが痛みは無視することができる。動きが遅くなることには大問題だ。戦闘行動に支障がでるということはそれだけ楽しめなくなるということだ。
――いや、と私は考えを改めた。戦争行動に支障が出ていても戦争できるようにすることのほうが楽しいだろう。今はどうすれば楽しめるかを考えなくては。
「考える時間、いる?」二番は一二と腕を横に回してストレッチしながら「待とっか!?」
「……何を考えているのですか」
「え? だってその方が楽しそうじゃん!」だってだって「楽しいのが最高じゃん!」
何を考えているのか、何も考えていないのか。おそらく後者だ。そして一つ分かったことがある。
二番は私にとっての戦争をしているのではない。遊んでいるだけなのだろう。だから今私を襲わない。襲うべき状況で襲わない。これを果たして戦争と言えるのだろうか。
だが……。
「そうですね。折角の戦争ですもの、楽しまなくては損です」
私が構えるのに応じて彼女も構えた。
……私は、この二番を好んでいる。
「きゃはは!」
二番が踏み込む。一歩から衝撃破を生み出し、踏み込んだ足が地面を割っている。瞬間で距離が詰められている。蹴りがくる。
どうする。私はその思考を置き去りに蹴りをはなつ。相手の脛に私の膝を合わせる。攻撃は最大の防御である。
「甘いよ!」
結果的に脛は膝に当たった。暴力的に振るわれた足は強引にしかし一ミリの制動もなく止まり、膝と軽く接触するまで動いた。そこから絡みつくように足で足を空中で縫い付けられる。しまったと思うころには遅い。反対の足で繰り出された蹴りは防御する手を掠りながらお腹を陥没させた。
腹の奥で配線が砕けるような錯角に陥る。実際には砕けてはいないだろう。その強度は五番との戦闘で把握している。だが、壊れていると間違えるほどの威力とは。
寸分も待たずに二番の足を掴む。抵抗はない。そのまま小さな体は相応に軽く振り回しやすい。振り上げて振り下ろす、次いでぶん投げる。二番は一度、そして二度地面を転がり抉りながら止まった。だが停止しない。抉った地面の破片をこちらへ投げ飛ばしてきた。
下を潜るように避けるか、それをやめる。二番は既に体勢を整えてこちらへ来ている。ならばと、腕を突き出し飛ぶ破片を破壊する。だが腕を止めない、そのままの勢いで二番を殴りつける。
「今度はこっちの番!」私の手を受け止めた二番は狂気的な笑みを浮かべ「だよっ!」
体を振り上げられる。同時に次の行動が分かった。二番は間違いなく振り下ろしてぶん投げる。そしてその通りに行動した。
背中に激痛が奔り、三度地面を転がり抉りながら止まった。二番が「いえーい」とこぶを作っている。私よりも転がる回数が多いことを喜んでいるのだろう。確かに、今は私の力よりも二番の力の方が上だ。これは揺るぎようのない事実、力ではかなわない。
「速さもあちらが上」さらに「経験まであちらが上」
おまけに戦闘に対する意欲まであちらが上ときている。勝てる要素が見当たらない。私は自分の意思でこの戦争をしている。私の意志はこの戦争が終わることを拒絶している。
しかしどうしたものか、相手ははしゃいでいる。まだまだ戦争を終えない気だろう。今も私の思考中攻撃してこない。余裕によるものか、単純に先ほどの喜びに酔いしれているのだろうか。相手をするなら前者の方が楽だが、後者は苦労するが楽しめる。そして二番の場合おそらく後者だ。
二番がこちらを見る。殺意が一切感じられない。相変わらずこの戦争を楽しんでいるのだろう。
そういえば四番が言っていたこと、それを確かめたい。
「二番、一つ聞いてもいいですか」それは「あなたは壊れたいですか」
「うーん、どうだろう? あなたはあるの? 壊れたいと思ったこと」にこりと笑う「あたしは考えたことないけど、やることはやったからもう十分だから、壊れたいかと言えば分からないけど、壊れるときは壊れたいかなー?」
それがどうしたのかなと、二番の空気が変わる。先ほどまでなかった殺意が、明確にこちらに向けられている。
「それは」目が殺すと告げている「今聞く必要があることなの?」
全力で後ろに跳ぶ。二番は動いていないが、二番のすべての電波がこちらに向けられている。人間で言えばこれは殺意で、私の行動は気圧されたという。先ほどまで感じなかった刺激が全身に渦巻いていく。
--逃げられない。そう直感した時には既に何もかもが遅かった。取ったはずの距離がないが如く詰められ、ただ一撃のもと腹を殴打される。今度は確実に内部のものが破損した。内部が圧迫されたことにより、圧縮された空気が逃げ場を求めて一気に口へ遡る。いくつかの基部の破片と一緒に空気が口から一気にもれでることになった。
呆れるほどの攻撃力だ。だが、私はさらに自分の誤りを知る事になった。
二番の二の腕、そこがぱっくりと割れたかと思うと、中からそのサイズと同じ刃物が現れる。さらにそれが一重二重に展開し、長大な刀へと変わった。左右合わせて二振りの刀は右が短く左が長い。右は腕一本分の長さ、左は私の身丈よりも長く二番の二倍ほどの長さであった。
二番の武器は徒手ではない。二振りの刀こそが彼女の武器なのだ。そして、--それを使わずとも私を圧倒した二番が、武器を使えばどうなるかは明白である。さらに今は私に反撃する余裕などない。滅茶苦茶な行動とは裏腹に合理的に、確実に殺そうとしている。
私は先の問いかけを悔いる。確かにアレは私にとってもその時必ずしなければいけない質問ではなかった。なのにどうして私はあんなことを聞いてしまったのだろうか。
「ああ、そういうことですか」つまり「私はその答えを知りたいというわけですか」
「うるさいなー」
長い刀が首元で止まる。いつ距離を詰められたのかわからない。風が置き去りにされている、後から風がきた。殺さないのは私を敵と認めているからだろうか、それとも正当な相手として対峙しているからだろうか。それは二番にしかわからないことだ。
「無用な質問でした。謝ります」ここからはと長い刀を摘み「戦争しましょう」
摘むという動作は力が集中するが、そこから摘んだものを動かすのは難しい。そう、力を伝えるための範囲が足りない。だがそれでも余りある力を持っているとするなら動かすことも可能となる。
長い刀ごと二番を持ち上げる。短い刀はそれ以上伸びることはないだろう。精密に精密を重ねた読込でこれを確認している。二番も抵抗はない。
「ですが、今の私ではあなたを楽しませるだけの力はありません」だから「一時休戦しましょう。あなたと対等に戦えるだけ強くなったとき、私は再びあなたの前に立つと誓います」
「ふーん?」だったら「その時は変なこと聞かないって約束してね」
「分かりました」
長い刀ごと二番を下ろす。着地した二番は刀を折りたたみ、二の腕にしまい直した。攻撃してこようとする意思はない。二番はそのまま手を広げて、背を向けた。
「じゃ、その時まで待っとこ!」だからね「ちゃんときてよ! 約束だからね!」
そして消える。走って去るというだけの行為であったのだが、その速度が初速から音速を超えるようなことがあれば、消えたと錯覚する。
「楽しみですね、二番との戦争は」だから「今は私のなすべきことをなすことにしましょう」
跳躍して要塞へと戻る。場所は把握している。容易いことだ。彼我に言おう、私が機動する目的を。
私の戦争の在り処を。