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万年桜  作者: YUH
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第五章 狂の話

「あたしもなの」


 放課後もだいぶ過ぎて、辺りはどっぷりと日が暮れた、月と星が輝く濃紺の夜。

 K小学校の中庭に、私と親友は立っている。

 シャベルを抱えた親友は言った。


「あたしも、消えてほしい人がいるの」


 どこか悲しげな表情で、しかし決意を秘めた彼女の言葉を聞いた瞬間、私は悟った。


 彼女は、私を消そうとしている。


 先に彼女を消さなくてはいけない。彼女が、私の名を書いた紙を埋める前に。


 だから私は、死体を掘り返した穴に逃げるように走り向かって、ポケットから取り出した紙を、彼女の名を書いた紙を、投げ入れた。




 消えてください消えてください消えてください消えてください!




 私はしゃがみこみ、目を(つむ)って、必死に(いの)った。




 神様!


 彼女を早く消してください早く消してください!


 でないと――




 私が消される。




 ざっ……



 背後から、足音。

 しん、と静まった闇夜の中、砂を()む靴の音が、ゆっくりと、少しずつ、近付く。

 その足音が誰のものなのか、常識で考えれば(わか)る事だった。

 けれどその事実が、今の私には信じられなかった。

 私は見開いた目を音の方に向けるのが怖くて、確かめる事ができなかった。




 ざっ……




 恐怖に身が締め付けられた。

 体温がすっと消え失せて、痙攣(けいれん)したように体が震える。

 しゃがんで自分の体を抱き締める。


 そんな……


 歪んだ絶望が、脳に染みを作るように広がってゆく。


 彼女はまだ、消えていない。


 あのうわさは、七不思議は、やっぱり迷信だったのか。




 足音が、()んだ。

 辺りは再び静寂(せいじゃく)に包まれる。鈍く光る星空の下、冷えた夜風がざわめいて、化け物のような万年桜の木の影が(かす)かに揺れる。




 だめだ、だめだ、だめだ。

 消される、消される、消される。




「ねえ」




 親友の、声。

 私の中の恐怖は、限界を超えた。


「わぁあああああああああ!」


 私は振り向きざまに、手元のシャベルを振り払った。


 異様(いよう)に激しく、(かわ)いた音が響いた。何かに当たった反動で、手がシャベルから離れた。

 一瞬、シャベルの取っ手が宙に浮いた。

 その先端部分、(とが)った鉄の()(さき)が――


 親友の右のこめかみを浅く貫いていた。


 やがて重力に負けてシャベルが落ちると同時、梃子(てこ)の原理で眼球を(えぐ)り出した。


「え……?」

 彼女は一瞬の後、


「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!」


 耳を(つんざ)断末魔(だんまつま)

「目がっ……いやあ! 痛い! 痛い痛い痛い助けて! 助けて!」

 膝が(くずお)れ、()れ落ちた眼球を元に戻そうと必死で眼窩(がんか)にねじ込む親友の手から()()なく赤黒い血が(したた)り流れる。


 現実が映し出すあまりにも非現実的な光景を、私は見ていた。

「助けて! 助けて! 助けて!」

 (ゆが)んだ顔で叫ぶ、親友。




 だめだ。




 私はやけに冷静になった。

 ただ、思考回路が完全に止まってしまっただけかもしれない。

 ただ、親友の流す血の量や、怪我(けが)の具合を見て、思った。




 彼女はもう、助からない。




「あぁぁぁぁあああああぁぁあああああぁぁぁぁぁぁあああぁあ」


 右眼から血液を。左目から涙を。口から唾液(だえき)(したた)らせ、彼女はびくびくと(うず)痙攣(けいれん)しながら苦しんでいる。




 楽にしてあげなくちゃ。




 その時の私にできる、彼女へのせめてもの(なぐさ)みであり、(つぐな)いであり、慈悲(じひ)だと感じた。


 だから私は、血に(まみ)れたシャベルを、再び振りかざした。




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