表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
万年桜  作者: YUH
3/10

第二章 夜の話

「『中庭にある万年桜(まんねんざくら)の木の下に、消えてほしい人の名前を書いた手紙を埋めると、その願いが叶う』――万年桜のうわさ、知ってたんだ?」

 私は、少女に尋ねられた。

「…………」

 私は、まだ上手(うま)(しゃべ)る事ができないでいた。

「まあ、知ってたんだろうね。だから、ここに居るんだもんね」

 赤黒いランドセルを背負い、藍色(あいいろ)のワンピースを着た、勝ち気そうな少女は、六年間同じクラスだった親友は、再び問いかける。

「なら、こんなうわさは、知ってた?」

 彼女は口元を(ほころ)ばせ、詩を読むように、優しく(うた)う。


「『万年桜の木の下には、昔行方不明(ゆくえふめい)になった女の子が、今も埋められたままになっている』」


「……っ!」

 私は息を飲んだ。心臓が止まってしまったかと思うと、今度は強い鼓動(こどう)を打ち出して、嫌な汗が、さっと背中をなぞった。体が一気に冷えた気がして、全身に鳥肌が立つ。

「まあ、知らなかったんだろうね。だから、(おび)えてるんだもんね」

 彼女は金切(かなき)り声で嘲笑(あざわら)う。


 放課後もだいぶ過ぎて、辺りはどっぷりと日が暮れた、月と星が輝く濃紺の夜。

 K小学校の中庭に、私と親友は立っている。

 彼女はゆっくりと、私の背後にある、万年桜を見上げた。

 それに釣られて、私も後ろを(あお)ぎ見た。


 万年桜の花弁(はなびら)は、完全に散ってしまっていた。

 闇に溶けた黒い葉だけが、冷えた風にそよいでいる。


 前に向き直ると、彼女は、再びまっすぐ私を見ていた。月明かりの逆光で、その表情は暗くて見えない。


「ほら、それよ」


 彼女が軽く指し示した場所には。


 散った万年桜の木の下には。


 つまり、私の足元には。




 そこには、手足を何度も何度も()(たた)まれ、腐食(ふしょく)して千切(ちぎ)れた皮膚(ひふ)から骨が突き出し、もう(ほとん)ど残っていない眼球が星空を見上げている、(どろ)のように黒い少女の死体があった。




「……はぁ……はぁ……っ」

 悲鳴を上げる余裕などなかった。私は呼吸する事さえ必死になった。私の視界の中心にある少女の死体が、その大きく開かれた口からまるで(のろ)いを吐き出しているかのように、私の体はその場から動く事が全くできなかった。

「うわさは本当だったんだね」

 風にまぎれて消えてしまいそうな程の、親友の声はそれでも、私に届いた。

 彼女は少しずつ、私に近付いて来る。

 彼女は、私と同じ物を持っていた。

「あなた、『消えてほしい人』の名前を書いた紙を、埋めに来たんでしょう?」

 すぐ目の前で、彼女は言った。

「あたしもなの」

 彼女は私と同じ、大きなシャベルを持っていた。




「あたしも、消えてほしい人がいるの」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ