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そうしつ  作者: 和泉あかね
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そうしつ7

「メール? 敦子ちゃん?」

圭吾はわたしが携帯電話を折りたたんだのと同時に声をかけてきた。

わたしがメールをやり取りするような相手は、同じ年で唯一の独身女性である敦子くらいしか思い当たらないのだろう。

他の友達はみんな結婚、出産、子育て、再び出産、人生の一大イベントがあるたびに疎遠になっていった。

そのことを圭吾は知っているし、わたしは隠そうともしない。

「もっとマメに、友達は大切にした方がいいよ。連絡を取った方がいいよ」

圭吾は心配そうに何度もわたしに苦々しいアドバイスを繰り返してきた。

わたしは、面倒なのだ。

自分の知らない出産や子育ての話を聞くのが。

興味のない人の家庭の愚痴や、愚痴のふりをした自慢を聞いてほほ笑むのが。

その時間を、自分のために費やしたいと思う。

そのために何かしているのかと問われれば、本を読んだり映画を見たり、世間一般には「遊び」もしくは「趣味」と分類されることばかりで、何一つとして自分のスキルアップには繋がっていない。

「そう。敦子。今度会いましょうって」

「いいね、ゆっくり食事でもしてくるといいよ」

「平日の夜にするわね。圭吾の仕事で遅く帰る日に。夕飯外で済ませてくれるでしょう?」

そう言いながら、わたしはニシガタさんと会える日を考える。

明後日の火曜日がいい。

毎週火曜日は圭吾の会社の会議がある。会議の後は決まって飲みに出ているので、終電で帰ってくるはずだ。

いますぐ家のベッドにもぐりこんで眠ってしまいたい。

そして、目が覚めてコーヒーカップを三つ洗って、そしてまた眠ってカップを三つ洗ったら、ニシガタさんに会える。

一蓮托生。

ふとそんな四字熟語が浮かぶ。

いいことをする仲間より、わるいことをする仲間の方が面白い。

そしてお互いにすぐに裏切れる関係ならなおのこと。

わたしとニシガタさんは小さな罪の、共犯者だ。

家につく早々、わたしはメイクを落とし歯を磨き、水をコップ一杯飲んで布団にもぐりこんだ。

一冊の本を持って。

「ゆりは、自分育てるのに一生懸命だね」

寝室のベッド上で本を読んでいるわたしに、圭吾はそう言って触れてくる。

子育てすることがないから、自分育て。そういう意味なのだと以前言っていた。滑稽な言葉だと思う。

「またするの?」

「どうしよう」

「あした、起きれなくなるかもよ」

そう答えてわたしは本を閉じ、彼の腕の中に滑り込む。

悪いことの前後は、いいことをしたくなる。

そんなおこがましい考えが、わたしの脳裏にあることが不思議だ。

ふと、敦子の名前が甦った。

敦子は何度も圭吾に会っている。家でも、圭吾の会社の近くのレストランでも、敦子の努める学校の近くの定食屋さんでも。

ツイッター、やっているのだろうか。

圭吾のフォロワーがどんな関係者なのか、どんな共通の趣味を持っている人たちなのか、知りたいけれど、知りたくない。

知りたくないのは、自分が知られたくないことを抱えている証拠だ。

身を堅くしているわたしの背中を撫でながら、圭吾は

「毎日、何をして、どこにいて、何を考えて過ごしているの」

と耳元で囁いた。

有り余る時間を、どのように妻が使って、何をしているのか。そんな誰でも抱く疑問にわたしはさらに身を固くした。

今まで聞かれたことがなかったし、どう答えればいいのか分からない。

「いろいろ。本を読んだり、お掃除したり、洗濯したり。案外忙しいのよ」

「そうか。家の中がきれいなのはゆりのお陰だもんな」

「そう、お布団がふかふかなのも、床に綿ぼこりがないのも、わたしのお陰よ」

圭吾の左手に、自分の左手を絡める。

結婚指輪がぶつかり鈍い音を立てた。

圭吾は指先に力を込めた。わたしも力を入れる。

「朝のことを思い出しちゃった。随分前のことのような気がする。でも、藤の花を見たのも、手を繋いだのも、今日のことなのに」

圭吾の首筋から、安い石鹸の香りが漂う。

わたしからも同じ香りがしているのだろうか。

圭吾は「やっぱり眠る」といい、わたしの体を抱いたまま力を抜いた。

わたしはベッドサイドの電気を枕元に置いてあるリモコンで消した。

真っ暗にしないと安眠できないんだという圭吾のために、わたしは自分が眠れない夜でも、部屋を真っ暗にする。

小さな明かりが灯っている方がわたしはよく眠れるのだが、そのことを圭吾は知らない。 

暗闇が苦手でお化け屋敷にも入れないことを圭吾は知らない。

そでれも、わたしがこの暗闇で眠ることができるのは、そんな苦手を優しく取り除いてくれる彼の腕があるからなのだ。

そのことを再確認して、わたしは安心して目を閉じる。

圭吾の体温を肌で感じ、わたしの体温と交わると、静かに眠りが訪れる。

圭吾はもう寝息を立てている。少し耳障りな大きな寝息は、ひとりぼっちではないと言ってくれているようで、嫌いではない。


同床異夢とはいいますが、今日、ネットで面白い枕を見つけました。

http://twitpic.com/ddcy87 リンク見られるかしら。

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