そうしつ3
天蓋つきのベッドの中は、乳白色の海の中にいるようだった。布団に包まり、圭吾がミニ冷蔵庫からビールを持って来てくれるのを待つ。
圭吾はやたらに饒舌だった。家のベッドの上ではあんなにしゃべらない人だ。わたしも、あまり声を上げない。密やかな営みであるという考えが頭から離れないからだ。
でも、少し場所を変えれば、こんなに違うものなのか。防音であるという安心感が、人を大胆にさせるのだろうか。
小さな、安っぽいグラスに缶ビールを注いで乾杯した。安いホテルで、安い酒。安っぽい二人。わたしは愉快に思えてきた。
隣に腰掛けた圭吾は、一気にビールを飲み干して、二本目の缶に手を伸ばした。
「圭吾は、こういうホテル、初めてじゃないでしょう」
わたしは、半分だけ呑んだグラスを圭吾に渡し、膝の上に頭を乗せた。
「ねぇ、ユリ。あのさ、僕の祖母の家覚えているだろ?」
圭吾は返事をしないで話を変えた。
祖母が存命だった頃に、何度か足を運んだことがあった。確か群馬県の山奥で、車で十分ほど走れば、鄙びた温泉街があった。近くに川が流れていて、その清流は、驚くほど冷たくて、そこで冷やした西瓜はとても美味しく感じた。
「もう、行かなくなって・・・・・・五年位たつのね」
わたしは、西瓜の味を思い出して、それから蝉の鳴き声を思い出した。
静かな山間の田舎屋なのに、自然の音は案外うるさく周囲を包んでいた。だから、一人でも寂しくなく暮らせていたのだろうと思う。
「あの家はね、井戸水を使ってたんだよ。ユリとであった頃、だから十年位前にね、水が枯れたんだ。そして敷地に新しく井戸を掘りなおしたんだ」
「うん」
「でね、風水士みたいな人が来るんだ。鉄の棒を、ロッドって呼んでたかな。とにかくそれを両手に持ってね、ダウンジングをするんだよ」
「ダウンジングってなに?」
「昔から、水脈とか金鉱を見つけるときには使われている方法でね、僕もわからないんだけど、静かにL字型の鉄の棒を両手で持ってね」
圭吾はベッドサイドに置いてあった煙草を二本取り出して、両手に持ち、右へ左へと昆虫の触覚のように動かした。
「でね、ビビッと来るんだって。おもむろに『ココを掘ってください』って言うんだ。掘るとね、ちゃんと水脈に当たる。不思議だろ?」
煙草の先で私の顔をくすぐりながら「ダウンジングの仕組みが、なんとなくわかったんだ」と笑い、わたしの頭をすばやく膝からよけて、布団にもぐりこんできた。
昆虫の触覚のような煙草が白いシーツに放り投げられた。
「ダウンジングのロッドは?」わたしは笑って聞いた。
「あれがないと、水脈が見つからないわよ」
「もう、なくてもわかるんだよ」
煙草臭い中で、わたしと圭吾は再びセックスをした。
どうして、圭吾は脱衣所でゴムを残したままにしてしまったのだろう。隠してくれれば良かったのに。わたしなら、隠し通す。好きな人を悲しみから守りたいから。
圭吾にとって、わたしはもう、守るべき人ではなくなっているのかもしれない。
悲しみがあふれそうになればなるほど、濡れる。
わたしの携帯電話がメールを受信する音が聞こえた。
ニシガタさんだ。きっと。
圭吾の指は、繊細ではないけれど力強くて安心する。
何度もわたしの名前を呼ぶのは、他の誰かを思い出してしまうからかもしれない。ユリ、と囁かれるたびに、はい、と返事を返す。お互いに、確認しあわないと不安なのだ。
これだけ満ち足りたセックスをしていても、恋がしたいと切に願ってしまう。
不意に浮かんだ恋という言葉に笑った。
大人気ない。
「何がおかしいの?」
圭吾が耳元で囁いた。
「・・・・・・なんだか嬉しいの」
わたしは圭吾の頭を両手で抱いた。
メールの着信音がまた聞こえた。
わたしは、圭吾の名前を繰り返し呼んだ。呼ぶたびにニシガタさんを思い出した。あの、細くて長い指を思い浮かべた。
次回更新はおそらく来週になります。間が空いちゃうけど宜しくお願い致します。