警察と泥棒
ただのコメディというか、完璧ネタですね。ラブな話ではないです
黒いズボンに、黒いパーカーに、黒いニット帽を被り、コンビニに入る。
「か、金を出せ!」
少し声が裏返りつつも、緊張感を走らせて声を張り上げた。果物ナイフを持った右手はガタガタタ震え、今にも落としてしまいそうだった。
カウンターの中には男が一人。レジの前には客の男が一人。強盗に入るには丁度いい時間帯だった。
「警察だ」
「…………え?」
あっさりと現行犯逮捕された。
取り調べ室に入ると、男に睨まれながら質問された。
「なんで強盗なんてしたんだ?」
男は、黒い髪に、ノンフレーム眼鏡を掛けた、所謂美形だった。私が見た中で一番の美形かもしれない。が、美形に睨まれるのはとても怖いという事を身を持って知りたくはなかった。
「……答えろ」
吊り上った目が、余計に釣り上り、見下される。
怖い。恐怖心だけが煽られ、声が出なくなる。
「答えろと言っているんだ」
「……っ私、」
じっとりと睨まれて体竦む。だが、何か言わなければ悪化するのは目に見えてわかる。
「コンビニに強盗入るっていう想定の訓練で、たまたま私が強盗役だったんです…」
「は?」
実は私がそこのコンビニの従業員である事、最近は強盗に入られるコンビニも少なくはないという理由である事、だから訓練して非常事態に備える事にした、という事など洗いざらい全て話した。
「だが、君が強盗ではないという証拠が、」
その時、部屋の戸を叩く音がして、入ってきた刑事さんが私が無実であるという事を話してくれた。店長が必至に抗議してくれたらしく、私は即釈放された。
その後、店長は今後こういう事がある場合は警察に一言相談してくれれば協力すると言ってくれたので、協力してもらう事になった。
「いらっしゃいませー」
死んだ目で客をお出迎えし、顔を上げずに商品を棚に並ばせていると、背中を尖った何かで突かれた。
「こっちを振り向くな。大声を出すな。いいか、言う通りにすれば怪我一つなく帰してやる」
そう言われて、そっと両手を上げる。
自分の心臓がドクンドクンと激しく鳴り、冷や汗が滝のように流れ出る。
「手を上げるな。普通にしていろ。ゆっくりレジに行くんだ」
強盗と思しき男の言う通りに動き出し、カウンターに入ってレジ前に立つ。
「レジを開けろ」
カシャッという軽快な音を立ててレジは開いた。そこに少し大きめのポーチを渡され、お金を詰めていく。
「よし。不合格」
「は?」
不合格という実に違和感の塊でしかない言葉に思わず声が上がった。
「こういうパターンを取る強盗はなかなか居ないが、普通に金を渡す奴があるか」
初っ端から怒られ、その場で正座をしながらよくわからない強盗の説教を受けた。だいたいは右から左へと聞き流してはいたが、男は目ざとくそれに気付き、ガッチリと顎を掴まれ、「聞き流しているだけなら左耳から流れないように塞ぎ止めろ」と言われたが、今度は右耳が溢れて来ている事がわかったのか、また顎をガッチリ掴まれ「蓋でもしろ」と言われ、どうすりゃいいの、とちょっと、いやかなりおバカな頭を呪った。
「初めての奴にはこういう風にやっているが、熟練になると強盗を背負い投げする奴もいるが真似せず速攻で逃げろ。素人が強盗やったって上手く行くわけねぇんだ。監視カメラも付いてるしな」
「…………あの、かなり怖かったんですけど」
「俺は強盗役慣れてるからな」
「ご、強盗のプロになれますよ」
「なるか」
なれる。鮮やかに人を脅し、半端ない圧力を掛けてくるその様は正にプロ。こんなにも強盗に向いてるんじゃないかっていう人はこの人を除いて他には居ないんじゃないだろうかって思うほどに手慣れていて怖かった。
そうこうしている間に、美形警官は、一仕事終えたと言わんばかりに酒とつまみをレジに置いた。ピッピッピッとバーコードをスキャンしていると黒尽くめの男が来店してきた。とりあえず、「いらっしゃいませー」と言いながらスキャンし終えたカウンター一杯の商品をモタモタと袋詰めしていく。
「か、金を出せ!」
黒尽くめの男は強盗だった。私は心の中で強盗に合掌した。当たり前だが、強盗は普通に美形警官に現行犯逮捕された。会計の終わった商品は、袋に詰めてから籠の中に入れてレシートの裏に、「美形警官さん 支払い済み」と殴り書きして貼り付けておいた。