優しく起こしてください。答えはいつだって「NO」
「君との穏やかな時間を」からの派生短編。ヘタレ第二皇子×貧乏伯爵令嬢
私は男爵家の長女である。
昔から、お金に苦労をした事はない。何故ならば我が家の父は商売が好きだからだ。キッチン用具を売りさばく手腕は誰もが認め、今では王宮御用達のキッチン用具までも揃えているのだそうだ。だが、昔は貧乏貴族だったのだそうだ。
伯爵家令嬢だった母は、名ばかりの位でやっぱり貧乏だったのだそうだ。
そのせいか、母は豪華な物に免疫がなさ過ぎて、嫁いできてすぐ落ち着かなくてストレスを溜め込み、とうとう胃に穴を開かせたという逸話もあったりする。
使用人は居ない。自分の事は自分でするのが暗黙の了解である。食べる物は基本的に母が作り、欲しい物があれば、コツコツ貯金して買え。贅沢言うな。贅沢は身を滅ぼす。ちなみに最後のは唯一無二の家訓である。
そんな我が家にも一応領地というものがある。辺鄙な田舎だが、決められた額の税金を徴取し、国に治めている。村は、長閑で平和そのものである。近くには、規模の小さな森と、規模の大きい湖があり、そこで漁業を生業とする村人達。うん、長閑だ。
なのだが、私はこの時森に山菜を取りに来たのであって、人を狩りに来たわけではない。
目の前に寝そべっている多分男は、金色の髪に、プルプル艶々の白い肌とふっくらと赤い唇。まるで、どこかの童話のお姫様のようだが、股間の膨らみは目を瞑れない。
「………すいません」
男は、旅装束だ。題名を付けるとするならば、『身包み剥がされた美形の旅人』だ。
それぐらいに男の荷物は少なかった。
「…仕方ない」
ぐっすり眠っている所、申し訳ないが私はコイツを背負って我が家まで運ぶ力と体力はない。山菜はもう取った後なので、後はもうする事がないのが救いだな。感謝しろ。
心の中で偉そう呟きながら、高い鼻と、プルプルの赤い唇を手で塞ぐ。
「……っ…むぐぐぐぐぐぐ!!!!!?」
起きたようなので、離してやると大きく息を吸ったり吐いたりしていた。
「…っ…兄上に息の根を絶やされるかと思った…!」
どんな夢を見たのだろうか。ちょっと気になる。
「お前…」
私の方を向いた、赤い瞳が怯えた色を見せた。
「兄上の手の者か!」
ちょっと話に付いていけなくて、私は助けてやろうと思っていた男を置いて、家に帰ろうと思い、背を向けた。
「待て待て待て!!今まで受けた扱いの中で一番酷いぞ!」
知るか。
しょうがなく、金髪の美形さんの話を聞いてあげる事にした私は、美形さんの前に座り、聞く態勢に入った。
「俺は、ヴェルフェ。お前は」
「クグリ」
「クグリか。クグリの家はどこだ?」
居座るつもりだ。
なんか、そう直感が告げていた。
いざ連れ帰ってみれば、おっとり系母は大歓迎。今、父は王宮の方でお仕事に行っているため、当分は帰ってこないのだが、この金髪の男は居座るつもりだ。
奴が滞在してから一週間ほど経った頃、私の隣の空き部屋はもうすっかり人の生活の気配がするようになった。
私の作る料理不味いと言って来たので、嫌がらせに奴の布団の中に冷たくなった自身を横たわらせ、抱き付いてやった。「冷たい冷たい」と悲鳴をあげる奴に良い気味だと胸をスカッとさせた。
奴が滞在して一か月が経った。奴は非常にモテる。いつも誰かしら我が家の門の前に誰かが居る。決まってそれは女だった。なんだか無性にイライラしたので、母が出掛けていて誰も居ない昼に私手製の料理を奴に振る舞った。恐怖に顔が引き付いていたのは見て見ぬフリ。
奴が滞在して半年が経った。その日、ようやく我が家の大黒柱である父が帰宅した。父は、奴の顔を見るなり顔を真っ青にさせて、「で、殿下!!」と言った。何かの間違いだろうとその時は笑い飛ばしたが、翌日我が家の門の前に立派な馬車がそこにあった。
「…どういう事?」
「昨日、義父上が言った通り、俺がこの国の第二皇子だからじゃね?」
「だ…?」
胡乱気な目で、奴を見上げるとキスをされた。
「クグリの所に婿に来てもいいんだぞ。俺は」
「は?」
怪訝な顔をして、奴の顔を覗きこむ。
「俺はちょっと力が有り余っているだけで、兄上みたいに絶倫じゃないし、財力も申し分ないと思うぞ」
「知らんがな」
馬車に背を向けて部屋に戻ろうとしたら、背後をやられた。無理矢理馬車に引きずり込まれ、ガチャンと鍵を掛けられ、ガタガタと馬車が動き出した。
「兄上に婚約者が見つかったんなら帰ってこいと言われてさ。俺、兄上怖すぎて逆らえねぇんだよ」
「こんのヘタレ!一人で戻りなさいよ!」
「ヘタレでも良い。俺は自分の命が一番可愛いんだよ。お前もわかるよ。兄上がどれだけ恐ろしいかを、な」
影のある笑顔で微笑まれて、何故か怖気付いてしまった。
恐れすぎだろ、そう思っていた私はこの後陛下にお会いして、その恐ろしさをこの身で体験する。
その時、王妃様とは離婚したばかりだと言う。陛下の機嫌は悪かった。「悪かった」という言葉の前には、聊か、超絶、などと言う言葉は不似合な程、悪かった。
「ヴェルフェ」
「はいいいいいい!!」
いや、ビビり過ぎだろう。そう、思っていた時期もありました。
陛下の執務室にて、私は頭を下げたままの体制を保っていた。
「折角帰って来たんだ。息抜きに私と鬼ごっこしようじゃないか」
「え、いや、兄上。政務は?」
「私は愛しのアンジェと別れて三日も経つが、」
「……………しか、の間違いだろう」
彼はそうボソリと呟いた。その呟きは傍に居る私にも聞き取るのがやっとのぐらいに小さなものだった。
“だった”のだ。
「ヴェルフェ。私はアンジェが居なくて辛いんだ。それを三日“しか”経っていないと言うのか?」
陛下はとんでもない超人だった。
なんで聞こえたの。その事実に私も段々と背中に冷や汗が伝い、顔からサッと血の気が引くのがわかる。
「とんでもない!義姉上も、きっと寂しがっているはずです!」
「はず?」
「俺、義姉上の最近の様子知らないんで!」
「はず?」
「絶対寂しがってます!兄上と離婚というのが受け止められなくて城から出て行ってしまったんですよ!夜は枕を濡らして、メソメソと泣いてます!!」
コイツ、さりげなく王妃様を盾にしやがった。
だがしかし、ナイスだ。ナイスフォロー!王妃様には申し訳ないけれど、こちらの命も掛かっているのだ。
その答えに満足したのか、陛下はそれ以上何も言わなかった。
「それで、ヴェルフェ。私は今非常に運動がしたい。付き合うよな」
決定事項だった。
彼は、陛下と地獄のような鬼ごっこを一週間程していた。
一週間経った頃見た陛下の顔はそばかす一つない艶々のお肌をしていた。反対に、奴は酷くやつれた顔をしていた。
どう励ませばいいのか、思わず考えてしまったぐらいには哀れだった。
それから私とヴェルフェは結婚し、子宝に恵まれた。そうなると我が家の家計簿は真っ赤に染まりそうになった所で、私はヴェルフェと同じ姓に変えた。それは、結婚して、三年後の事だった。
「誰が絶倫じゃないって!!!!?」
「兄貴は、義姉上とは一週間部屋から出てこなかった」
「異常兄弟めっ!滅びろ!」
結婚してから毎晩体を求められ、妊娠中が心休まる期間だった私は、産後一か月後もやはり毎晩体を求められた。これでどうして絶倫と言わずにいられるか。
「…………一週間…」
私の中で王妃様の存在は徐々に偉大な存在になりつつあった。