花が咲く
ギャルゲーの世界が性転換してしまった。さぁ、どうしよう。
「…行ってきます」
パタンと一軒家の扉を閉め、歩き出した地味な少年。黒縁眼鏡を掛けて表情を伺うには邪魔な鬱陶しい程伸びた黒い前髪。鬱々とした雰囲気がより一層彼を暗くさせた。
彼は、家を出る前に優秀すぎる程優秀な義妹に「それだから、いつまでたっても劣等生なのだ」と言われた。
彼は、それをわかっていた。わかっているつもりだ。だが現実は厳しく自分に向けられる目はいつだって厳しいものだった。
「………もう、死にたい」
親が再婚するまでは、ここまで卑屈ではなかった。
血が繋がっていないのにも関わらず優秀な義理の妹と姉に挟まれていつだって苦しい想いをしていた。それに付け加え、彼女達は容姿端麗だ。自分と比べると雲泥の差だった。
ジリリリリ…と携帯のアラームが鳴る。
先ほどのアレは、現実ではなく夢だった。夢でなくばおかしいのだ。何故ならば私は、女だからだ。状況は一緒だったかもしれない。私も、小学3年生の時に兄弟が出来た。出来の良い弟と兄が。そして私も、彼と一緒で比べられて、嫌われていた。
制服に着替えて、身形を整えて下の階に行く。洗面所で顔を洗ってそのまま玄関に向かう。今日も、弟が食事を嫌々ながら準備しているかもしれないが、食欲があまりない。
革靴を履いて、玄関の扉を開ける。一度家の中をグルリと見回して溜息を一つ零し、扉を閉めた。
「…行ってきます」
鍵を掛けて、学校に行く道を歩く。学校が見えてきた頃、足を止めて空を見上げた。憎らしい程に青く澄み切った空に呟くように吐き捨てた。
「………もう、死にたい」
まるで今日見た夢と一緒だった。
学校に着くと、学校はいつもよりもざわついていた。
一体何があるのか知らないが、そこまでざわつくものだろうか。
「転校生が来るってマジで?」
「さっき見かけたの!マジ超カッコいいんだから!」
なるほど転校生が来るのか、それで。
合点がいき、クラスへ続く廊下を足早に歩く。早くクラス行かないと遅刻してしまう。実際は時間に余裕があるが、早く行って昨日出された宿題をしなければならない。
「井上、また宿題忘れたの?」
今し方来たらしい湯島木槿は、カバンを机に置くと私の方に体ごと向けてきた。
彼は、ふわふわとした癖のある明るい茶髪に、同じ色をした茶色い眼をしている。彼は顔面偏差値がかなり高い。女子からの人気も高いが男子からの人気も高い。なぜならば、その明るい性格と天然故だ。ちなみに彼は私の唯一の友人である。
「邪魔するなら、あっち行って」
そう言って、親指で差した先は女子達の塊である。彼女達の殺気立った視線は私に突き刺さっている。
仕方がないだろう。昨日の席替えでこうなってしまったのだから。
「つれないなぁ。俺は、井上と話したいのに」
そう言いつつも、席を離れてくれる湯島は、私とは正反対の生き物だ。友人ではあるが、私は湯島が苦手だ。
それに、だ。
『つれないなぁ。私は、井上君とお話したいのに』
可愛らしい声の少女と被るのだ。
誰かはわからないのに、面影は似ていて湯島に妹が居るのか尋ねた事はあったが、居ないという。代わりに過保護な姉が一人居るとの事だ。
写真を見せてもらったが、確かに似ているが系統が違った。湯島のお姉さんは綺麗系だったが、その少女は可愛い系だ。
宿題は、朝礼前に終わり教室に担任が入ってきた。担任は私と同じ地味系だ。ただ、ドジだ。
「おはようございます。まず出席を…あ、出席簿忘れてきちゃったな…」
出席簿を忘れるのはいつもの事だ。
だがしかし、彼にも容姿的な意味で良い所がある。いつから美容室に散髪しに行っていないかわからないが、伸ばし放題の栗色の髪を右肩に流し、元々目が悪いのか度数の高いノンフレーム眼鏡を掛けた王木 楓先生は誰もが認める美形である。ただし、眼鏡を外した時に限る。
「先生。はい」
スッと横から出席簿を差し出す見覚えのない制服を着用している彼が、今回の転校生と言う訳なのだろう。
「あ、あぁ。ありがとう」
「気を付けてください」
そう言うと、転校生は白いチョークを持って、黒板に何かを書き出す。
「はい。まずは彼の紹介からだね。佳野 木蓮君です」
デジャビュ、だ。
『はい。まずは彼の紹介からですよね。佳野 木蓮ちゃんです』
「初めまして。ロシアからの帰国子女で、今回親の都合で日本に戻ってくる事になりました」
これもどこかで聞いた事がある。
しかも女子の声で。先生も、女性特有の高めの声で聴いた事がある気がする。
なんだろう、この違和感。
「初めまして。佳野木蓮です」
「あ、あぁ。初め、まして。井上です」
どうやら、彼は私の席の隣らしい。
「初めまして!俺は湯島木槿です!仲良くしてくれると嬉しいなぁ」
戸惑う私を無視して、いや多分空気を読んでないだけだろうが、湯島が自己紹介をし秒で友人関係を築いていた。
凄いな…。このコミュニケーション能力少しだけ羨ましい。
「ところで、俺がフルネームで自己紹介したというのに、君はファミリーネームだけ?」
サラサラの黒い髪に、吊り上った赤い眼。整った顔立ちが羨ましい。しかし、そのセリフもどこかで聞いた覚えがある。なんでだろう。
「あ、すいません。井上 菫です」
「スミレ?」
「あ、出来れば苗字呼びが良いんですが」
女子からの殺気立った視線がそのまま私に注がれている。
しかし、よく見れば見る程、佳野君は顔が整いすぎている。これは綺麗じゃなくて、美貌っていうんだろうな。
「はい。じゃあ、出席の確認します。隣の子が居ない人は居る?」
ちなみに担任は、ドジなりに雑な所がある。
体育の時間、一人だけ違うジャージを着ている佳野君は目立っていた。休憩時間も湯島と一緒に女子に囲まれていたし、思えばこの学校の男は顔面偏差値が聊か高い。その中にも平凡な容姿の方が倍率は高いが、故に女子達のレベルもかなり高い。女子達は自分磨きに事欠かさない。
「井上さん、行くよー」
今日の体育はバレーだが、膝をガツッとボールを当てられる。教師はこの瞬間を見ていない。
「…いっ!」
「ごめんなさーい。でも、ボーっとしてる方が悪いんじゃない?」
そう言って、邪魔者扱いされながら全身でボールを受け止める。
私には運動神経というものが基本的に皆無である。避けたくても避けられないのだ。
で、最終的に保健室行きとなる。体育の片付けをほとんど一人で終わらせ(こればかりは教師の目が届いているので安全)、教室に戻る際に保健室に寄る。
うちの学校には保健室が二か所ある。一つは体育館横。もう一つは二階にある。いつも私は二階の保健室に行くのだが、今日は少しばかり辛いので、体育館横の保健室に行く事にする。ここは、女子生徒にも人気の保健室だ。
なぜならば、そこに居る保険医が美形だからだ。保健室前に行くと、張り紙が一枚。「用の無い者の出入り禁止。怪我人の邪魔」と書かれてある。それを無視して扉を開ける。
「すいません。湿布ください」
「今、仕事中なんだ」
湿布ぐらいくれ。それと、女子生徒をベッドに押し倒すのは仕事じゃないだろう。
「おい!有沢テメェ!」
女性だと思われたのは、美麗なイケメンだった。
紫がかった銀色の髪に緑の眼。赤フレームの眼鏡の色気駄々漏れの保険医に押し倒されている、金色に染まった髪の美女と見間違えそうになるぐらいの美女顔の青年は、その筋のものが好きな人にはドキドキものだろうが残念な事に私はノーマルだった。
「さぁ、今日こそ、その筋肉美を見せてもらおう」
有沢紫苑先生は、相坂紫蘭先輩を名前が似ているという理由だけのために、相坂先輩の事を溺愛している。
ノーマルの自分が見ていてとても気持ち悪い光景だ。
「おい!お前、助けろ!ちょっ!なんで戸を閉めようとしてんだよ!!後でシバくぞ!!テメェゴラッ!!!」
後々が怖くて、仕方なく勢いよく保健室の戸を閉めて逃げた。